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阪神淡路大震災から23年経った。当時の報道により、とてつもない自然災害、そしてそれが都市という人工的な環境の中で及ぼす被害という恐怖と教訓を我々に与えた。
しかし、7年前に起きた東日本大震災では人口物どころかもともと祖日にあったはずの自然も全て津波によって呑み込まれて行った。

上の写真は、高台に位置する陸前高田市の消防署前の駐車場から撮影した何枚かの1枚だが(別の1枚は以前掲載しました)、この高台に逃げた人は、下の平地に見えた、粉々に破壊した家々や人々や自動車や鉄橋や木々や泥やあらゆるものが津波に呑み込まれて遡上し、引いて行くのを肉眼でただ見るしかなかったのかと想像すると恐ろしくなってくる。

「何もできない」その高台にいた人々はそう思っただろう。

東日本大震災が起きる前に、たまたまネット上で神戸のデザイン会社真社長さんと知り合いになった。
その後東日本大震災が起き、少ししてから、私は彼に「今、私は東北の方々に何かをしてあげたいと考えているのですが、いったい何が被災者の最も望むことなのでしょうか?」というメールを送ったことがあった。彼から帰って来た返事は、「被害の規模が桁違いすぎて、何かをお話しすることなどできない」というものだった。
あの、ズタズタに都市構築物が破壊され、死者も多数出た震災を経験した方が、「わからない」という言葉を口にするということは、もう私たちの想像の域をはるかに超えた出来事が起きたのだ、ということだけは理解できた。

それから6年以上経ってから私は現地に2度も行ってみたが、1度目よりも、2度目の方が写真を撮ろうという気になれなかった。

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私は報道カメラマンではない。無理に「その後」を見つけて写真におさめる理由がない。だから、被災地訪問の2日目は1枚も写真を撮らなかった。
「わからない」それが心の大半を占めたからだ。きっとここには民家があって、とても小さいなりにも集落があったのだろうな、と思われる浜でも、そこには今も何もなく、整地が進まれている。それを見ると、言葉にできるのは、「わからない」以外にはない。
何かから逃げるための「わからない」ではない。そこに何があって、津波によって建物が飲みこまれ何人被害者が出たのがこの現場ですよ。という写真輪をとってもいったい何の意味があるのだろうか。1個人が2.3日見ただけで何かも言葉に出せるものではない。それと同じように写真に写すことなどもできない。

でも、たぶんそこには「生」がきっとあったのだろう。そのくらいの想像は私にもできる。
これは三陸海岸に沿って走る道路を北上した時に見た、小さなとても小さな複数の(過去には)集落だった風景の印象だった。しかし、そこは既に「平地」に整備され、元々民家があったのかどうかすらわからない。

そう、私にはわからないのだ。


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仙台で止まったホテルの向かい側にあったワインショップにあった「テ・マニア・リースリング・アイス 375ml」というワインを買ってホテルで飲んだ。ニュージーランド産で氷結した舞踏から作るという何年に1度しかできないワインらしく、とても葡萄の甘味が凝縮された甘味のある美味しいものだった。
仙台はもう、見た目は普通の大都市のひとつのよう見える。
だが、酒場で話した女性の両親は、震災後父が石巻に住み、母は福島に住み、本人は仙台に住んでいるという。また別の女性は、岩手県の中部海岸地域から震災後仙台に来たという。なぜそうなったのか、などという質問は、初対面の私には深く訊けなかった。

ただただ仙台は人でごった返していた。喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか、そんな判断は私にはできない。




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冬になると、結露で白く曇っている窓を見ると心が温かくなってくる。
それは、最も喫茶店に出入していた10代20代の頃、エアコンがまだ普及していない時代の暖かさの象徴であった。
肌が痛くなるような寒さの中を歩いてふと白く曇った家の窓を見ると、あっ、あったかそうでいいな、と家路を急いだことが何度もあった。

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心も温かくなるような装飾品を置いてあるのもまたいい。ちょっとした悪戯っぽくズームで撮ってみた。

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セーターの袖が指まで伸びている女性。これもまた暖かそう。



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このグラスは、あるバーの経営者からいただいものだ。
特別のレアものでもなく、毎年2月に開催される秩父ウイスキー祭りの参加料を支払うともらえるものだ。
ちなみにこのグラスをもらった開催年は2015年だ。

しかし、その祭りは今ではネットの前売りですべて売り切れてしまう。なぜなら、実質主宰しているのはあのイチローズモルトだからだ。
この祭りに参加すると、イチローズモルトの祭り用の特別酒や海外の手に入りづらいウイスキーが試飲できたりする。
どちらからというと、ウイスキーのプロ・マニア向けのイベントだ。参加料もそれなりにかかる。その他この日限定で販売されるウイスキー(本数限定)の抽選に当たれば当然代金を払ってほしくなる(笑)まして、イベントは埼玉の奥の秩父である。そこに辿りつまでの時間と旅費を考えるとけっこうなお金が必要となる。

だからこのテイスティンググラスは単なる「参加賞」ではない。
多くのウイスキーファンが年に1回だけもらえる「証」のようなものだ。
まだ私はこの秩父ウイスキー祭りに行ったことがないが、運よくグラスをいただいた。

これで美味しいウイスキーを飲んでみたいと思いながら、ずっとPCディスクの前に置いて眺めている。
でも、なんて素晴らしいことなのだろうか!年に一回の祭りでもらえるものが目の前にあるなんて。
いつか私も秩父に行って、昼間から酒を飲んで、白昼堂々と帰りの秩父鉄道でぐでんぐてんに酔っ払って寝てみたい。

いい大人が恥ずかしいことをしているようだが、そんな恥ずかしさをものともせずに、きっと楽しむことができるだろう。
このグラスからは、そんな色々なことを想像させてくれる魔力が放たれている。


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