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APAホテルの客室にも南京大虐殺の否定を主張する本が備え付けられていることについて、中国でここ2、3日でなぜか急激に問題化されたとの報道があった。
中国でこのことを指摘したネット投稿は1億もの閲覧があったそうだが、まぁ、確かに中国の人民性から言ってそうなるだろうなということは容易に想像できる。それ故にそのことについてあれこれ述べるつもりはないが、より自分が身近な問題としては、本当にこのことが中国人の逆鱗に触れて、日本での宿泊先にAPSAホテルを利用しなくなったら、他のホテルに鞍替えし、私がいつも泊まっているホテルの予約が取れなくなるのではという心配がある。

ネット上では、「APAホテル、よくぞやった」「今度から宿泊はAPAにする」などと称賛する日本人のコメントも多数見受けられたが、そのような方は是非APAに泊まって他のホテルの空室をが増えるようにご協力いただきたいと思う。他のホテルの空室というよりも、APAを選択肢に入れていない者にとっては、他のホテルの日本人宿泊数が変わらず、中国人観光客の宿泊が増えると予約が困難になり、選択肢がとても狭まってしまうからだ。

ちなみのその記事(書く人によって捉え方が異なりますがね)のひとつがこちらです。


まあ、ホテルによっては別にキリスト教でもないのに聖書が備わっていたり、仏典があったりしているので、何を置こうがそのホテルの趣味嗜好によるものとしか言えないものもあるため、表現の自由という意味では非難されるものではない。だから一個人の主義主張は私の場合問題にしない。
一番の問題は、前述した中国人がAPAに泊まらなくなった場合の他のホテルの予約状況と、序用供給のバランスによる室料の高騰化。それと「よくぞ言った」と支持した人たちが本当にAPAホテルに泊まってくれるのかどうか。指示した以上はそうしてもらわないと、宿泊のバランスが崩れてしまうからです。

ちなみに私の従事している業界でのAPSAの仕事のやり方が(不動産取引において)、決してクリーンだとは言えない点もあり、実際に「被害」に会ったある業者の担当者は、もうAPAには物件を紹介したくないという声もあり、また、実際私も泊まってみたことがあるが、(そのホテルが古いホテルでAPAが買い取り全てリノベーションしなかったせいか)エアコンの音が激しくうるさく。睡眠の障害になってしまったこともあり、あまりイメージはないため、たぶんこれからもAPA以外のホテルに宿泊すると思うので、中国人の動向が気になってしまうのです。

中国人と言っても、それなりのホテルに泊まる観光客は、他の日本人に迷惑をかけてはいけないという意識も持っており、朝食のバイキングで顔を合わせても、憤慨するほどの不快感を感じたことはない。静かに自分たちの食事を終えてラウンジを去って行く姿をたくさん見ている。
結局日本人であろうか中国人であろうか、イギリス人・アメリカ人であろうが、その人の「字様式」に対する考え方ひとつでその場の空気は変わってくるということではないでしょうか。

参考までに、冒頭の写真はAPAホテルのもので、特に室内にどうしても撮りたいというインテリアがなかったため、こんな写真を撮っただけです。


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今日元町公園でバルブ撮影をしてまいりました。前回の寄りはちょっとだけましですが、何でこうなるのだろう?
上はf7.1でiso100で撮ったもの。
仕手はf9.0で同じくiso10で撮ったもの。


うーん

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今日、函館は一時晴れ渡った。
たくさん雪が降った後だから、空気が澄んでいて空の色や雪の白がとびきり鮮やかに映え、昔だったらわくわくして写真を撮ったものだ。
しかし、今日は、たまにはこんな青空の写真を撮って見ようか、という自分ーの重い腰を上げるような気持ちで撮った。
そして、ひょっとして昔の方がもっといい写真を撮ったのではないかと、ふと思った。

自分はいつから何も見なくなったのだろうか。見るべきものを見ていなかったのだろうか。あるいは素通りしたのだろうか。
長い時間をかけて、カメラにお金をかけて得たものがあるのだろうか?

私が見て来たものは何だったのだろうか?

もちろん、威喝の全てが写真ではない。仕事もしているし、雪かきもしなければならないし、日常生活の中でやらなければならないことも放っておくことができない。
もっといいものを、と思い始めた時、自分は妙に「いい人」になろうとし始めた。でも、結果は陳腐な写真の眷属になってしまっているのかもしれない。

もっとわがままに撮ろう。誰にも気兼ねせず、自分の世界を追おう。それができなければ、心は哀しみの坂をどんどん下って行く。




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