函館の食文化について

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このブログを始めた頃に時々函館の食べ物について書いたことがある。また、食遊帳というハコダテ150+のメンバーが共同執筆できるブログにもお店を紹介していたことがある。函館の美味しい店を紹介することは、地元の方にとっても、観光などで来られた方にも参考になると思ったからだが、最近は書く気にはなれない。

実際、たいして美味しいものを食べていないこともあるが、正直言って特別これは是非紹介したいと思う店が少ないのも事実だ。たまに美味しいと思っても、その店に次に行く機会がなかったりするため、なかなか紹介することができないこともある。

ところが、私も参加しているブログ村のOUT順位の上位を見ると、食べ物を扱ったブログが占めているのに驚いてしまう。そして、店と料理の紹介の中で、必ず美味しいという言葉が出てくる。毎日のように飲食店の紹介をしているのだから、何名かのブロガーが紹介している総数はかなりの数になる。
ということは、函館は美味しいものだらけということにならなければならない。本当にそうなのだろうか?

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もちろん私もお店を紹介したら、その店の料理がまずいなどとは書かない。社会全体のことはあーだこーだと強く書くが、個人を特定したようなものについては書こうとは思っていない。これは一貫しているつもりだ。
そして、自分に正直でいたい。だからあまりお店について書かないのだ。

こんなことを書くと、ランキング上位になれない者のやっかみだと思われるかもしれないし、そう思われても結構だが、これからももし書くとしたら気に入った店だけを書こうと思っている。
なぜなら、タウン情報誌のようなお付き合い的なおだてを書いても、函館全体の食文化には決してプラスにはならないだろうと思っているからだ。

もし、函館がそれほど美味しいものが揃っているのなら、とっくの昔に六花亭を凌駕する、北海道を代表するようなお菓子が誕生してもおかしくはないはずだからだ。また、観光客が「函館に行ったら、この店は絶対外せないね」という店があってもおかしくはないはずだからだ。
ところが残念ながら、そのような話は聞いたことがない。そして、実際私もそう実感している。

そこで「美味しい」と無理に言って、何となく現状のままでいいのではないかという錯覚を函館全体に起こさせるのは不本意であるから、そうそう簡単には書こうとは思っていない。

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どうしてそこまでこだわっているかと言うと、食というのは文化だと思っているからだ。文化である以上、料理だって作品だ。作品である以上、地元に限らず誰からもいいと言われなければならない。そこまでではなくても、わかる人にはわかるような作品を仕上げなければならない。

作品を作るということは、お付き合いや馴れ合いでできるものではない。真剣勝負だ。自分と葛藤しながら、形として表現する。味として表現する。だから文化なのだ。

北海道は本州などにはない、圧倒的な食材の宝庫だ。新鮮で美味しいものが何でも揃っている。気候などの環境のお陰もあるかもしれないが、素材に関しては他地域の追従を許さないものを持っている。そこには農業や漁業の従事者の努力もあるだろう。素材に関しては憧れの地だ。
函館も例外ではない。だが、昔関西のある人が言った言葉が払払拭できずにいる。それは、「北海道は素材の良さに頼り過ぎて、調理の奥深さがない」この言葉は、私が関西に行った時に実感した。

それは、やはり文化の違いなのだ。食文化は他の文化全体にも影響を及ぼす。函館の魅力のひとつである、異国情緒漂う街並みは、当時の先進的な文化から生まれたものだ。
もう函館にはそのような文化はない、とは個人的には言いたくない。だから私はそう簡単には、「ここは美味しいですよ」という紹介はしたくないのである。


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by jhm-in-hakodate | 2013-03-22 00:57 | 函館の現状について | Trackback | Comments(3)
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Commented by 元函館人 at 2015-08-05 11:14 x
初めまして。
望郷の想いから、色々なサイトを閲覧しているうちにここにたどり着きました。
色々と読ませていただきました。
「自分の価値観が日本人として絶対的に正しい、函館人の価値観が間違っている」と思わせる表現に
いささか不快になり、一つ一つ反駁しようかとも思いましたが大人げないので
最も癪に障ったこの記事にまとめます。
函館の人は調理法より素材そのものの味(鮮度なり旬なり)が価値判断基準になる傾向があると思います。

「炙りなんちゃら」みたいな「一手間加えて付加価値を上げる」というものは好きになりません。
魚なら刺身か塩焼き、野菜は生か塩茹で。この条件でおいしいかどうかが函館基準だと思います。
というより生でおいしいものに手を加えてほしくありません。
逆に言えば都会の評判の店に行っても、鮮度が悪いとあまりおいしいとは感じません。
食文化という表現を用いたいのであれば、下手な小細工をせず素材の味を楽しむことが
北海道の食文化だとアクセプトしてほしいです。

確かに函館は文化を含め価値観が独特かもしれません。
しかし、本来価値観には正しいも間違いも無い筈です。
マジョリティではない考え方は衰退するだけだからマジョリティに合わせろと押し付けないでいただきたいです。
Commented by jhm-in-hakodate at 2015-08-07 01:28
元函館人様、コメントありがとうございます。
私の考えが絶対正しいと思って書いているという類のことを書かれていましたが、「自分は間違っていますけど、意見を述べます」と、主張する人はいますでしょうか?
誰でもその時は自分の考えは間違いないと思って自分の意見を述べるのではないでしょうか?

もしそれを不快と思われるのでしたら、あなたには私のブログをご覧にならないという自由があるのです。私は自分の意見を述べているだけです。それをどう受け止めるかは個々の自由なのです。もう二度とこんな不愉快なブログは開かないという自由があなたには与えられているのです。

ですからあなたの食に対する価値観を否定するつもりはありません。確かに鮮度については私も認めます。でもそれはあなたの価値観です。お互いに別々の価値観を持つことは許されるべきものではないでしょうか?

私も「元函館人」でした。故郷の良き光景に惹かれるように戻ってまいりました、しかし、その期待とは裏腹な現実をたくさん実感する場面を多く経験しました。
函館は好きです。だからこそ苦言を呈しているわけです。

どうか、今度は元函館人ではなく、現函館人という立場で話し合いをしてみたいものですね
Commented by 元函館人 at 2015-08-20 16:13 x
すいません。この話はこのまま流そうと思っていたのですが時間が経ち悶々としてきたのでやはり書かせてください。

納得できないのは下記の部分です
>>「自分は間違っていますけど、意見を述べます」と、主張する人はいますでしょうか?
誰でもその時は自分の考えは間違いないと思って自分の意見を述べるのではないでしょうか?

自分は「自分が正しいかどうかわからないから自分の主張の下で他の方の意見を確認したい」と思って主張します。
これには根拠があります。
意見には根拠がつきものです。さらには背景もあります。突き詰めていった時に自分が見てきたもの・経験してきたこと即ち自分にとっての常識が本当に森羅万象から逸脱していないのかという点において確信が得られないからです。
確信が得られない以上、自分の考えが絶対的に正しいとは言い切れません。
だから、「正しいとは言い切れないけども意見を述べる」という立ち位置しか取りようがありません。
これが文章内『?』に対する私の回答です。

お互いに別々の価値観を持つことは許されるべきものではないでしょうか?
この部分に関しては私も同意見です。
ただ、本文中からは異なる価値観は許されないと感じました。恐らく私の読解力不足だったのでしょう。

長々とすいませんでした。