函館の暴力

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色々な暴力がある。
本当に体に対して行う暴力。一般的にはそれを指す。しかし、時々精神的にダメージを与えるための暴力もある。その暴力をふるう場面・種類はその戦いによって異なる。

生きている以上戦いに巻き込まれる。例えば、仕事上の戦い。相手は競合他社という場合もあるし、社内の人間同士という場合もある。このような戦いが凄まじいのはやはり大都市だ。北海道で言えば札幌だろう。助けてくれる人は少ない。自分の努力でこの戦いに生き残らなければならない。敗れた者がいたとしても、誰もいちいち気にしていられない。自分のことで精いっぱいだ。孤独と冷たさに打ちひしがれることもあるだろう。

無秩序という戦いもある。色々な街から、仕事があるからと集まった、「寄せ集めの街」だ。苫小牧がいい例だ。市民歴が浅い住民が多いために、その街の底に流れる暗黙の秩序というものがない。だから、平気で歩道を車で走るし、空いていれば誰の土地であるかも気にもせず車を停める。ただ仕事が有るからと言う理由で生活しているために、そこにある人間関係は希薄だ。また、DVが多い。母子家庭も非常に多いが、原因は夫の暴力やギャンブルによっての離婚という話を嫌というほど聞いた。

これらは実際に自分が住んだことのある街について話している。他にも似たような街があるのかもしれないが、住んでもいないのに語ることはできない。

さて、函館は・・・・・。内側に向いた暴力だ。と言ってもDVのようなものではない。自分の立場を守るための戦いだ。それは、対外的(例えば函館資本以外の企業に対してという意味ではなく)市民内部での自分の立場を守るための戦いが繰り広げられている。
例えば市民Aが市民Bよりも立場的に優位に立ちたいとすると、市民Bに対する「言葉の暴力」を武器にする。このような戦いは日常的にあちこちで繰り広げられている。
決して、外に向いた戦いではなく、あくまで身近な相手に対する戦いだ。そのような戦いにばかり終始しているから、他都市からの資本にはあっという間に敗れてしまう。
目が向いているのは、日本ではなく、世界でもなく、自分のいるテリトリーだけでの戦いである。だから函館は道をどんどん誤った方向に進んでしまうのだ。

私は、函館に戻って来た当初は、実年齢よりも見た目は若いとよく言われていたが、今は年上のの人より老けて見えることもあるらしい。同じように函館に住み始めてから急速に老化が進んだ人もいる。
それは、戦いが内側に向けられているからに他ならない。

函館は、限られた人々との交流だけをして過ごすのにはいい街だ。しかし、仕事などの必要があって様々な人と接すると、そのような暴力を感じてしまうことが多々ある。

私は今、できることなら引きこもっていたい。誰ともあまり関わらず、静かに住むにはいい街だ。
40年近く前に、函館に住んでいた人が札幌に戻る際に話した言葉が甦って来る。

「函館の街は好きだけれど、人は嫌いだ」





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by jhm-in-hakodate | 2015-11-15 00:47 | 函館の現状について | Trackback | Comments(0)
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