2017年 03月 15日 ( 2 )

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この写真の方が昨日亡くなった。死因はガンだった。

その知らせを聞いて、過去に彼を撮った写真を探してみた。だがごく僅かしかなかった。元々被写体として撮影意欲が湧き出てくる風貌ではなかったし、撮ったものは彼の事務所のPCにすぐ保存することが多かったため、私の写真ライブラリーの中に残っているのはほんの僅かであった。

彼は決まって、自分が困った時に私に電話をよこした。舘野泉氏の演奏会を夫婦で観に行くために、運転に不安のある彼は私に鑑賞料をおごるからということでドライバーの役目を果たさなければならないことがあった。いつも彼の不安定な運転に神経質になっていた奥様は安心して帰り道はうとうとと眠り始めた。別に自分は特別に慎重に運転したわけではないのだが、よほど彼の運転が不安だったのだろう。

住宅の建て替えをするときも、工事費が適切かどうか確認したみたくて、私に建築図面を見せてくれたとがある。内容を確認すると、妥当なものであり、色々と注文がエスカレートするからこの金額になるんですよ、と専門的立場から意見を述べ、納得してくれた。

そして、彼と二人きりで最後に飲んだのは昨年の秋の頃だった。その時も突然電話がかかって来て、ちょっと江差から人が来るのだが、それまでの時間潰しに来てくれないか(もちろそのような言い方ではなかったが、結局はそういう意味だった)
やれやれ、今日は私はの誕生日でもあるのに、こんなムサイおっさんと呑まなければならないのかと、ちょっと躊躇したが他の人に電話をしても都合の悪い人たちばっかりだったので、わたしを誘ったわけだったのだが、もう少し言い方を考えて話したらこっちの気分も違っていたかもしれないのだが、彼にはそんな気の利いたことは話せない。いや、私にだったから正直に話したのかもしれない。そう思うことにした。
それにしてもその日は私の誕生日であった。何で自分の誕生日にこのおっさんの付き合いをしなければならないのか、ちょっとした不条理を感じながらも、「まぁ、いいか」と少し間付き合うことにした。だが既にその時、彼の咳の出方は異常なほどの回数になっていた。さすがの私も心配になったが彼は咳を除いてはいつもの彼だった。

それから約1か月後、彼は入院した。

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病名はがんだった。私は元来のひねくれ者と行動として、皆が寄ってたかって見舞いに来る時期がおさまるのを見計らってから病院に行った。見舞品は青森県立美術館で買ったシャガールの2017年カレンダーだった。それは月ごとにめくるとシャガールの絵を1か月楽しめるようになっていた。彼は「新しい古地図カレンダー」を作ったからと言ったが、私は内心「いいからシャガールを楽しんでくれ」と思い、彼に、「このカレンダーの全ての絵を、来年見てくださいよ」と言って無理矢理渡した。
その後病室から1階のカフェへ場所を移ししばらく話すことになったのだが、私の分のコーヒー代を彼が出そうとしたので、「病人におごってもらうくらい今は金に困っているわけではないから」と言って断った。私と彼は苦笑いをして顔を見合わせた。
何やかんやと話している中で、「私は星野さんが死んでしまうなんて考えられないんだけれど」と話したところ、彼も「自分でもそう思う」と返してきた。でもやっぱり死んだ。死というものはそういうものなのだろうか。あまりにも私たちは日常というものの不変性を信じすぎているのだろうか。

彼のおかげで私はブログを書こうと思ったし、彼の業務的命令でfacebookにも登録し、彼から依頼された色々な取材で、普通に生きていれば知らないことまで知ることができた。何よりも函館で起こったムーヴメントの裏にはかなりの割合で彼が存在していた。そのようなところから勉強させてもらったことは数多くある。私が今でもこのように世間に向けて何かを発信しているのは彼のお陰であると思う。

ある飲み会の時、皆がいる前で私は「もうそろそろ隠居した方がいいのでは」と彼に話したことがある。その発言の理由は、「あまりにも彼の存在が大き過ぎて、次世代で育つ人がいないのではないかと思った」からだ。彼は「いや、まだまだ」と反論した。
本当は、早めに引退して彼にしか書けない本を書いてほしかったのだ。

ある時、彼は私にこう言った。「函館の歴史を勉強している者の年齢層が高くなっきた、次にやれるのはあなたかその他一部の人間しかいない」という趣旨のものだった。私もそう思った。でも私はあなたとは違う形で歴史を伝えたい。恐らくあなたも、あなたを取り巻く人々も全面否定するかもしれない私流の歴史の伝え方をして、あなたの意思を継いでいきたい。決してあなたの真似はしない。いや、真似などできない。

あなたは、時には反面教師として、時には適切なアドバイスを話す人間として、私の中に存在した。
昨年珍しく私の写真展に来てくれた。まさか来るわけがないだろうと思っていたからびっくりした。そして、あなたのFacebookでの最後の投稿はなせかTom Waitsの曲であった。Tom Waiitsを聴くようなタイプの人間ではなかったのだが、私が深夜に聴きたくなるというTom Waitsを度々facebookに投稿したのを覚えていたのだったのだろうか、それとも実は元々のファンだったのだろうか。

ともかく、少しくらいは彼は私のことを好いてくれていたのかもしれない。だから困った時に私に電話をかけたのかもしれない。

「下駄を鳴らして奴が来る、腰に手ぬぐいぶら下げて」
彼の登場の仕方は私にとってはまさにそれだった。


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