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家からすぐ近くなのになかなか夕陽を撮る気になれなかった入舟漁港に今日行ってみた。

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あまりにもネットには夕陽の写真がたくさん溢れているし、比較的容易にきれいに撮れるのが夕陽だからあまり関心を持たなくなったのだが、今日はなぜか足が漁港に向かった。

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色々な構図で撮ってみた。

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漁港には猫もいたし、当然だけれどカモメもたくさんうろついていた。

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この写真を撮って帰途に就いた時、向こう側から、入舟町周辺に水産加工場研修員として多く滞在している中国人女性の一人とすれ違った。少し歩いてから振り返ると、彼女は私が写真を撮った見晴らしのいい場所にいた。

そう、入舟漁港の夕陽の向こうには母国があるのだ。ずっとずっと向こうの空の下に故郷があるのかもしれない。
わかるような気がする。もしもね私がどこかの国に長期滞在したとしたら、きっと海辺に行き、ずっと続く空を眺め彼方の日本のことを思うだろう。
そんなことを思うのには、夕陽は最もふさわしい。




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何から話し始めようか。話さないことはたくさんありすぎてドコカラチヲつけていいのかわからない。

明日は本来なら休日だが、仕事が入ってしまったのでもう寝ることにしよう。
話すことだって相当のパワーが必要なんだから。



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それは、「私が撮りたいと思っている写真」です。決して「私が撮った写真」ではありません。
どうして、そんな大胆なことが言えるのか?その理由はとても簡単です。

もし、私が撮りたいと願っている写真を誰かが撮っていてくれたのなら、私はもう撮る必要が無くなります。その人の写真をずっと眺めていればそれで自分は満足できるはずです。そうなると、もう私にはカメラは必要ありません。今持っているカメラを売り払って海外旅行にでも行った方がずっと有意義であります。

でも、それができない。それは、どんなに世間で優れていると言われているカメラマンの写真でも、それが「自分が表現したい写真」ではないからです。私にとっての写真の価値(そんなものがあるとしたらの話ですが)は、自分の中にあるなかなかそれを作るヒントさえつかめないような写真を作れるかどうかにかかっています。

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はっきり言って自己満足の世界です。でも、「優れている」と言われている写真家の作品を見て感慨を受けたり、その世界に入ったりするのも、結局は見た人の自己満足であるはずです。

私は、技術的に優れた作品を作りたいとは全く思っていません。
ただ、「これが最も作りたかったんだよ」というものがもしできたら、それは自分にとって世界で背最も優れた写真となるでしょう。
そういうものがなだないから細々と写真を撮り続けているのでしょう。




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