カテゴリ:函館の現状について( 200 )

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先日の休日、北海道の高校野球夏の甲子園で2年連続日本一となった駒大苫小牧の試合をYOUTUBEで観た。
それは北海道民にとって奇跡的な出来事だった。

それまで北海道というのは、農業畜産業などの1時産業以外は全国にはるか遅れをとっていると思っていた。
しかし、プロサッカー―チームのコンサドーレ札幌が誕生し、北海道にプロのスポーツチームなんてできるわけがないと諦めることが当たり前となっていた市民にまず第1歩の希望を与えた。

そしてついに2004年、日本ハムファイターズが札幌を拠点を移転し、史上初の北海道のプロ野球球団が誕生した。それだけで凄かった。私にとって自分が死ぬまで何も変わらないだろうと諦めていた。プロ野球球団が北海道になんて構想することすらないだろうと思っていた。ところが2004年に奇跡が起きた。
北海道日本ハムファイターズの誕生のみならず、その年は駒大苫小牧が初めて夏の甲子園で(いや、春夏合わせて)初めての優勝を勝ち取った。

こられ全ては、いい大人になって時、自分が死ぬまでの間、決してお目にかかれるものではないと考えることすらしなかったことだった。だが、それが現実のものとなった。たぶん私だけではなく、多くの北海道民にとって「奇跡」を純然たる事実として直視することができた素晴らしい季節だった。
それどころか駒大苫小牧は夏の甲子園2連覇という当時57年ぶり、今の出場校数になってからは初の大偉業を成し遂げたのだった。

ちょうどこられの驚きを体験した頃からか、私の中に小さい仮説が芽生えてきた。それは、地方に住んでいても「全国」で活躍することは可能であるし、それが以前よりも実現困難な状況ではなくなってきている、という希望だった。だから、地方に住むことによって「時代遅れ」「競争環境が整っていない」などという言い訳をすることもなく、何かをやって行けるだろうということを、まるで手に取るように実感させてくれた時期がこの時であった。

その後私は函館に戻り、定住を前提として日常生活を送ることにした。だか、眼は常に全国や世界に向けていたかった。それも地方都市にいてもできる、そう確信していた。おかげさまでこのブログをご覧になっている方は、もちろん函館在住の方が中心だが、数は少なくても日本全国各地や一部の海外の方にもご覧になってもらっている。
では、函館はどうだろうか?明治時代の函館にはことごとく「奇跡」が誕生していた。その内容に関しては、過去のこのブログの探すことがとても困難な記事の中に一部記述されていると思う(筆者も探すことが大変なので、ご覧になっている方はもっと大変でしょう)その「奇跡」の遺産で今の函館の観光が成立っている。そしてそこで生まれる金で私たちは市内で金を回して生活することができている。
このブログでは何度も話しているが、それはあくまで過去の「奇跡」なのだ。

今、私たちが何らかのモチベーションを持ち、全国・世界に誇れるものを生み出すことができるだろうか?
それを産業道路や函館新道を走っていて感じることはない。なぜなら、それは整った環境の中で不便なく日々を暮らしている人にとっては必要のないものだからである。
何もない所から何かを新たに生み出す。それこそが「奇跡」を生み出すきっかけになる。既にある物を利用するだけでは「奇跡」は起きない。
でも「世界」に目を向けている人も函館に入る。そのような人たちは静かに静かに、でも着実にその方向に向って日々を過ごしている。決してFBなどでは騒いだりしない。
そう、静かに静かに、まるで地中でマグマがエネルギーを溜めこんでいくように、その人の中で蓄積されている。

さて、函館はどれほどそのエネルギーを内包しているのだろうか。


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今朝、姿見坂と大黒通りの角に面する市営住宅前のの様子を撮影しました。
市内ではもっと大きな被害もあったかと思いますが、仕事の関係上、時間的に撮れたのはこれだけでした。あぁ、近くのバス通りの空家の屋根のトタンもめくり上がっていましたが、それは撮らないでおきました。



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朝は巨大な台風が来るようです。
明日の起きたら家や街がどうなっていることやら・・・。




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既にご報告した通り、私はお盆休みに東京に行き、その大半を銀座で過ごすことになった。と言っても、ほぼただ街をぶらぶらするだけの「銀ブラ」状態だったのですが、函館に帰って来てからふと思ったことがあった。

それは、そのブランド店舗名に銀座という文字が入っているケースがとても多いということだった。
私がまとめてお土産を買った「松屋」の紙袋にも「MATSUYA GINZA」という文字があった。街を歩いても「〇〇銀座」という店舗名を飽きるほど見た。また、そのブランドの日本の本店機能を持たせているものも銀座には多い。ある有名ファッションブランド店では、銀座通りと並木通りにわざわざ2店舗も持っているところもあった。

それほど銀座という地名は魅力的なのか?はっきり言って私はそう思う。それは東京の繁華街の人気がその時代時代で流動したとしても、凛として銀座の「立ち位置」は変わらず、常に日本の最高峰の街として存在し続けたことにあると思う。高額の商品を購入する者、高額の料理を嗜む者、高額のお酒を飲むことができる者の目は厳しい。そのような人たちの評価を得ることをできる商品・料理・サービスを銀座に出店した者には求められる。ちょっとした成金や親の遺産で多額の金を得た者たちを満足させることができる街や店は全国どこにでもある。だが、(おそらく)研ぎ澄まされた眼を持っている者を満足させることができる店舗がこれほど多く存在している街はやはり銀座だろう。
ごまかしはきかない。だが、そのようなお金を使える人に認められる商品・料理・サービスを提供できたら、彼らは躊躇なくお金を出すだろう。そして、認められたお店はその金で潤い、同時に知名度も得る。だから銀座に店舗を構えることを目標にして努力する者が現れる。もちろんそれは一人や二人ではない。一社や二社ではないだろう。また、従前より評価されている店舗も、その地位を失わないように努めるだろう。その互いのパワーが、とても静かに水面下で蓄えられ、いつまでも銀座が銀座であるという街のスタンスが保たれる。絶妙なパワーのバランスや世代交代がその位置を不動のものとしている。
そのような場所は東京でも銀座しかない。
だから、〇〇GINZA、〇〇銀座という名称を自らの店舗に付けるのだろう。

では、函館にはそのような場所はあるのだろうか?もちろん規模やグレード等は銀座と比べることなどできないが、少なくともその街の名を冠した店舗名が人から違和感なく受け入れられる町はあるだろうか。例えば、今多くの市民が「便利」だとして利用されている(同時に居住されている)美原・昭和・石川という名前を冠した店舗があったとしたらどうだろうか?おそらく多くの人が違和感を感じるだろう。カフェ○○美原、レストラン○○石川、○○屋昭和というような名前の店舗があったとしても重みと高級感を感じるだろうか?
もちろんこれは私の感覚であるが、函館で唯一町名を冠して許されるのは元町だけだろう。それはおそらく多くの人が最も違和感を持たない名称となるだろう。だから、自分が高いレベルで挑戦したいと考える者は元町やその周辺の場所に店を構えようとするだろうし、そのようなパワーがあるうちは、函館は全国的にも評価される函館として存在するだろう。しかし、観光客だけで経営を維持するのは実際には難しい。地元の人々が好んで利用できるような店舗にならなければならない。

店舗だけの問題というわけではないが、函館の中での元町の「位置」がもし失われたら、おそらく函館は函館でなくだろう。また、そのようにならなければただのどこにでもある街になってしまうだろう。元町をいつまでもその位置づけできるかどうかは、決して観光客がするものではない。既に遠くてなかなか行けないと言ってしまっている私たち市民によって左右されるものだと思う。



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実は機会があれば行政関係者に話していたことがある。
それは函館市の特別税として「観光税」を導入したらどうかということだった。

このブログではしつこいほどお話ししていますが、函館のかなりの企業収入は観光そのものと観光に付随する仕事(クリーニングやお土産、ホテルの食事の食材他)に亘って得られていると思われます。また、そのような仕事をしている方々が消費する日常品などで色々な産業も市民に利用されています。例えば美原の蕎麦屋さんと観光は関係ないだろうと思うかもしれませんが、観光関連参議用に従事している人が利用しているかもしれません。

つまり、もしも観光客が全く来なくなった場合、想像では連鎖的に市内の半分の会社・店舗などが閉鎖に追い込まれるかもしれないと言っても、全くの見当外れではないと思っています。しかし、その観光で何とか市民の生活が成立っているはずの「観光地」は年々姿が変貌しています。より雰囲気のある建物や店舗が増加していればいいのですが、それどころか市民はまるで函館市のお荷物・廃れた生活の拠点には到底ならない場所としての認識がない方が相当数いると思います。

観光のおかげで生活が成立っているのに観光地には無関心で街が廃れても全く気にも留めない。それどころか、ある出版物の記事では、ボーニ森屋の経営危機に際して、大門はもうどうしようもない街というような表現を使って切り捨てていました。
ここで良く考えてみましょう。

広い地域で見てみますと、函館市の企業で働きながら近接の北斗市や七飯町に住んでいる方々は住民税をそれぞれの市町に支払っているのです。遠回りながら函館の観光の恩恵を受けている会社で収入を得ていながら、納税するのは函館市ではない。
また、同じ函館市内で働いていても居住地を、観光地として維持すべき建物・地域には住まず、観光地の老朽した建物が滅び、その姿が年々みすぼらしくなってしまうことに寄与している人々が観光地以外で何食わぬ顔で暮らしています。

そこで、「観光地に居住せずに、観光地としての街並の保全に寄与せず、その恩恵だけ受けている観光地以外の住民に対して観光税を賦課する」という条例を作ったらどうかということです。これは、下水道の受益者負担と全く同じ発想です。今まで下水道が整備されていなかった地域に汚水管が新説されますと、その道路に面する土地の所有者から、「下水道が整備されて生活が便利になるだから」という理由で下水道受益者負担金をどこの市町村も徴収します。

それと全く同じ考えです。

観光で直接的にあるいは間接的に経済的恩恵を受けている市民・あるいは市内の企業に勤務している他市町の住民で、観光地の街並の形成に寄与しない人は、その整備の費用の収入源として「観光税」を支払うべきだと私は考えます。
これは、私が密かに考えていたことですが、実は函館市でも真剣に考えたことがあるようです。内容が全く同じかどうかは別として観光以外に主幹となる産業がない函館にとって、それは必要に迫られる選択になるかもしれません。

これも以前このブログでお話ししましたが、函館の観光地は明治から昭和初期に建設され、何とか今でもその姿を維持している建物・街並でできています。つまり、私たちは「遺産」で食いつないでいるのです。その「遺産」も放っておけばいつか崩壊します。
崩壊して函館が観光地としての魅力が無くなった時、産業は大幅に縮小するでしょう。雇用も縮小され、失業者が多数出ることとなるでしょう。そんなことをこれっぼっちも考えず、今上手く行っているのだから、目先の楽・便利の方を優先したいと無意識に思っている方々には、是非「観光税」という形で半ば強制的に函館の街並の意地の協力をしていただかなければならないと思います。
もちろんこれには課題がたくさんありますどこまでの地域を「観光地」とみなすか、税率を何パーセントにするのか、得た収入で具体的に何を行うのか、特に他市町からの労働者の徴収をどうするのか。などなど検討すべきことは山積みですが、「失ったもの」を再び得るためにはそれ相応のお金が必要なのです。
このままでは、新幹線効果が薄れて来た頃から、観光してもつまらな街・街並になって行くことでしょう。

そのようになる前に、「函館を捨てた人たち」は観光という恩恵を受けているのですから、「観光地」に対しての「受益者負担金」を支払ってもおかしくはないのではないでしょうか。



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何から話し始めようか。話さないことはたくさんありすぎてドコカラチヲつけていいのかわからない。

明日は本来なら休日だが、仕事が入ってしまったのでもう寝ることにしよう。
話すことだって相当のパワーが必要なんだから。



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ここ何年間もの間、ほんのたまにしか函館にのことについて話してはいない。それはある程度意図してそうしていたのですが、ある程度は話しても仕方ないかという諦めや絶望感を持ちながら日々を過ごしていた部分もあったことも理由としてあった。
でも、だからと言って何も話さなければ、たとえほんのわずかな人に対してでも何かを考えていただくことはできない。

水をたった一滴落とすだけにしかならないかもしれないが、一滴でも波紋はできるはずだ。とてもとても小さな波紋かもしれないが。

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このブログを始めた頃とは違い、1日に長文を書くパワーは持ち合わせが無くなっているけど、できる限りで何度かに分けて話して行こう。
逆に言うと、それほどの危機感を最近感じ始めているからだ。

さて、何から話して行こうか?
とりあえず、今晩約1か月ぶりとなる飲み会がある。若い方や妙齢でも元気な方にはわからないかもしれませなが、酒を飲みに行くということもパワーが必要なのです(笑)ここ1か月ずっと会社と自宅の往復だけしかしていなった(そうするしかなかった)私にとっては、飲みに行くということもとても貴重な時間となるはずです。




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皆さんは近年の室蘭の測量山麓の街をご覧になったことがあるだろうか?そこには室蘭駅や室蘭市役所や胆振総合振興局や青少年科学館や室蘭総合病院や、少し離れて日鋼記念病院などがある。これだけの公共的施設があれば便利でさぞかしそれなりの賑わいがあるのではないかと思われるだろうが、実際は全くその逆だ。
これらの中心部に近い中央町の商店街アーケードは函館の大門よりも悲惨な「シャッター街」となっている。

その原因として推測できるのが、鉄鋼業の変化と推測してみた。室蘭寄りにある「日本製鋼所」よりも東室蘭近くに存在する「新日鋨住金」の方が繁栄しているからでは?と思われたが、調べてみるとそれぞれの従業者数(関連会社は除く)は日本製鋼所が約800人に対して新日鋨住金が約1000人(双方とも当該会社のHP参照)と200人の差はあるものの、街が変化するほどの大差はない。

では、何が中央町をシャッター街化させたのであろうか?もちろん地元でずっと街を見て来た人間ではないので自信を持って言えることではないが、東室蘭には大型商業施設が集中しており、また、高校通学も東室蘭が便利であり、東室蘭駅には特急も停まり、国道37号線も走っている。つまり、日常的な生活をするためには東室蘭の方がずっと便利であるということだ。
それでは人口はどのようになっているか?室蘭市の人口が最大になったのは高度経済成長真っ最中の昭和44年の約18万3千人であり、その後徐々に減少を始め、ついに平成17年には10万人割を起し、平成29年5月末現在ではたったの8万6千人程度の人口しか擁していない。製鉄業の不振やその他の要因がいくつもあるだろうが、乱暴な言い方をすると、室蘭は死に東室蘭はかろうじて生き残っている、ということができると思う。

そして、これは函館と似ていないだろうか?中心部が山の麓にあったのが、その先の向こうに街が拡がり、やがて中心街が逆転する。そして市全体の人口は目を見張るほど減少を続ける。私は函館山と西部地区を見て時々室蘭の測量山と中央町周辺を重ね合わせしまう。このブログで何度となく書いているが、中心部が移動する地方都市はだいたい衰退の一途を辿っている。そのように考えるのはたまたま仕事で全国や道内の街をあちこち見て来たからだ。
しかし、何度書いても人々は「目先の便利さ」を選択する。地方では人口減少が止まることがなく、大都市はまだ人口が増加している。このような現象は異常としか思えない。社会の色々なバランスが狂っているとしか思えない。

さて、今まさに函館市民が殺そうと思っている西部地区をビバリーヒルズ化しようと市長が宣言した。どのような具体的構想があっての発言なのかわからないが、簡単に考えても相当な障害・弊害が待ち構えていることが想像できる。想像というより、それはそこにまさに存在しているのだ。その存在をどのように調整できるか、近々担当部署に計画内容の詳細を聴取したいと思っている。





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ずっと閉館状態が続き、建物のそのももの老朽化が加速するのではないかと懸念であった、旧安田銀行(元ホテルニューハコダテ)が京王グループのアイディアによってホテルとして利用されることになった。
京王ホテルグループは、首都圏を中心に利便性が高い(例えば東京駅のすぐ近く)などにビジネスマンも泊まりやすい価格帯のホテル「プレッソイン」を展開しているに中、リノベーションホテルも手掛けていた。その流れ上にあるのがちょうど1週間後にオープンするHakoBAだ。
この施設は外国人だけではなく、外国人と接してみたいと思っている日本人旅行客にとっても面白いものになるかもしれない。

内覧をしていないのでどのような空間であるかなどはわからないが、ともかく築85年の旧銀行の良さを充分宿泊客への魅力にしてくれたらいいと思う。
まだまだ函館には手つかずの逸品がたくさんある。



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ずっと思っていて、でも、ずっと発言を控えていたことに函館のランチパスポートのお店のことがありました。なぜ控えていたのかと申しますと、私自身ランチパスポートを購入して食べ回ったことがないためでありまして、実体験したことがない者が何かを発言したりするのは自分でもあまりにフライング的な要素が強いのではないかと思えたからです。
そのため、昨年の第1回目の時もかなり控えめに少しだけ発言させていただきました。今年も思うことがあったのですが、それでもやはり控えていました。

でも、昨日、さすがにこれは私の「推測」だけでも充分発言してもいいと思えるようなことを体験してしまったのでランチパスポートについて述べさせていただきたいと思います。

昨年、ランチパスポートについて疑問を感じたのは、果たして飲食店は500円で美味しいものが充分提供できるのだろうかというものから始まっていました。いや、参加店の中にはその限られた金額の中で試行錯誤しながら頑張って美味しいものを提供しているところもあるかもしれない。そう考えると、私の疑問もとりあえず保留状態にしておこうと考えていました。
ところが、その昨年、たまたま知らずにランチパスポート参加店(ラーメン店)に入って昼食をとったことがあるのですが、そこは初めて入るお店であったためどんな味のラーメンを提供してくれるのか、まぁ、とりあえず味わってみましょう、という感じで入りました。ところが、それなりの料金のラーメンを食べたのですが味が・・・・
これなら自分で家で作った方がいいのではないかとも思えるようものでした。
あっ、この店失敗だっだなと思っていた頃、ランチパスポートを巣縦に入って来た女性客がありました。その時初めてそのお店がランチパスポート参加店なのだと分かったのですが、私がゆっくり(我慢しながら)食べている間にさっと食べてパスポートを見せ500円を支払って去って行きました。その際、「ここ美味しいですね、また来ます」と言って出て行かれました。
「えっ、これのどこが美味しいの?」という根本的な疑問を持ったわけなのですが、まぁ、人の味覚はそれぞれですので、それはそれでいいのではと思い直しても、ふと、まともな料金で美味しいとは言えないラーメンを食べた私は、何とも言えない不条理な感覚になりました。
そう、ここであれば500円で充分なのではないか、いゃ、500円だったらこの味でやっと我慢ができる。そう考えると、通常料金を出した私がものすごく損をした気持ちになったのです。もちろん通常メニューとランチパスポートメニューは違うでしょうが、ランチパスポートメニューの方が美味しいのだとしたら、本末転倒であるわけですから。

これは去年の1例だけ。ですが、その1例があってから今年はランチパスポートを実施しているお店は避けるようになりました。先ほども言いましたように、美味しいとは言えない料理を通常の価格で食する可能性があるお店は何となく損をした気分になってしまいます。また、仮に私がランチパスポートを購入して500円でそれなりの味を楽しめたとしても、通常料金に戻った時に「ここのお店500円で食べれたのに」という気持ちになってしまいそうになりそうなので、ともかくできるだけ参加店での食事は避けていました。

ところが、以前から気に入って時々昼食をとっていたあるお店が今年ランチパスポートに参加し、そのイベントが始まった頃に駐車場が全て埋まってことがありました。すぐにランチパスポートのお客さんだとわかりました。なぜなら、それまでは何度行っても多少混んでいても1台から2台分の空は必ずあったからです。仕方なく私は近くのお店に行って通常の安いとは言えない料金の食事をしました。(そのお店はいつもそれなりに美味しい料理のですから、もちろん料金は納得しております)そのお店はランチパスポートに参加していなくても相変わらずたくさんのお客さんが入っておりました。やはり、美味しいところは何もしなくてもお客さんが入るのだなと思ったわけです。駐車場のいっぱいで入れなかったお店も私は気に入っていたのですが、立地と店内のインテリアが芳しくなかったためにきっと好印象を持たれていないのだろうなとずっと思っていました。

それから1か月以上経って、昨日久し振りに前回入れなかったお店に行ってみました。さすがに最初の頃に比べてランチパスポート客も一段落したようで、今度はちゃんと停めることができたのです。そして、もちろん通常の料理を注文しました。しかし、周りを見ると今まで見たことのないプレートで食べているお客さんが何組もあり、あぁやっぱりランチパスポート客が大半を占めているんだな、とその影響力には改めて驚いた次第です。
それはある程度予想して入ったのですから、それはそれでいいのですが、最も重大なことは、出て来た、今まで通常料金で美味しいと思って食べていた料理の味が変わっていたことでした。結論から申しますと、味が明らかに薄くなっていたのです。すぐにこれはランチパスポートのために薄めたのだなとわかりました。それはそうでしよう、500円だからと言ってその分料理を減らすわけにもいかないでしょうから、500円対策としては、同じ量の原材料でよりたくさんのものを作らなければならないのですから。そうしなければ店側にとってはかえって損になってしまうのですから。それは理解できても、その味は私が好きだった味ではありません。最初からその味であれば、私は何度も行くことはになかったでしょう。

これで私の行くお店が1軒減りました。ランチパスポートで初めて来たお客さんはそれがそのお店の味だと思うでしょう。美味しいと感じたかどうかはその人次第でしょうが、少なくとも私はランチパスポートによって美味しくなくなったお店としか映らなくなりました。もちろんそのお店の考え方・方針、はっきり言えば、とにかく誰でもいいから来たくさんてほしいという切羽詰まった事情もあるかもしれませんが、もし、自分の作っている料理の味に自信があるのなら、それを大切にして欲しいなと思うのです。それはきっとランチパスポートの期間が過ぎて通常料金に戻った時に、どれだけ期間中に来たお客さんがリピートされたかを注視していればわかることでしょう。

こんなことを話している私はさぞかしいつも高い料金の食事をしているのではないかと思われる方もいるかもしれませんが、けっこう500円以下の昼食もとったりしています。でも選ぶ基準はその料金でこれだけのものだったら納得できるかどうかという所にあります。500円以下で高級な料理は最初から期待していません。その限られた価格帯で納得できる料理でしたら、私は喜んで食べに行きます。でも、たまには本当に美味しいものを食べたい、と思った時は1000円以上のランチを採ったりします。常に安くなければならないとは考えていません。
その使い分けで日々の昼食を出費的なバランスをとりながら楽しんでおります。

何度か書いたことがありますが、本当にその店の味が気に入ったのなら、いつもとは言いませんが月に1度か2度行ってそのお店にお金を落とすことが最も大切なのではないでしょうか。新しいものに目移りばかりしているうちに、お気に入りのお店が閉店していたということもあるのではないでしょうか。ちょっと大袈裟かもしれませんが、結果的にはそれが函館の食文化に大きく影響してくると、私は思います。





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