カテゴリ:旅( 142 )

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今回、陸前高田へは前回の海側からではなく山側から入った。そこで街を少し走って撮ったのが前回の写真だった。そして一度「何が存在していたことがあって、何が元からなかったのかが全く知ることのできない整備をされている地区」を通り過ぎ、新しく「かさ上げ」されて登場した「まちなかテラス」に入ってみた。
実はこの商業モールに、3.11の津波で店主と店舗を失った蕎麦屋さんの息子さんが、母親と共に仮説店舗から自前の店舗を持って昨年秋に再オープンしたことをテレビで見ていたからだった。店を継ぐというのは大変なことだ。先代の味より落ちていれば次第に客は離れて行く。それだけでも大変であるのに、何もない再開発中のまだほとんど建物のない新市街地にぽつんとできた「離れ小島」みたいな場所に店舗を持つことにしたことだ。

他の仮設店ではその場所に常連客を摑み、経済的気馬鹿を持ち始めている。今回仮設店舗から新店舗に挑戦したのは、そのような以前の常連客の思いを振り切ってのことだろう。「美味しければどこでもやっていける」そのお蕎麦屋さんが上のり写真の「やぶ屋」である。時間もちょうどお昼頃。私は整備中の低い標高の道路から小高いショッピングモールに行ってみた。
ショッピングモールに入るとすぐに目に入るのが全国的なチェーン店だった。しかかし、その片隅に元から地元で営業をしていた店舗が3軒並んでいた。

写真上の左側が1717年創業の陶器店、真ん中が1961年創業のやぶ屋、右側が1947年創業の中華食堂 熊谷だ。店舗名の下にある数字はそういう意味だと捉えた。
さて、お目当てのやぶ屋に行こうとして車を停め店舗に向って行ったらこのような状態だった。

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大晦日も近いせいだったかもしれないが、お店は外まで行列ができていた。困った。私は行列が大嫌いなのだ、
ひこで隣の中華料理 熊谷に入ることにした。ここも待ち客ができるほどではなかったが、ほとんどの席が埋まっていて繁盛している様子が窺えた。
私が頼んだ坦々麺は山椒が入った、舌も心も体も温まる美味しいものであった。
入った店は違うが、新しい街の形成がまさに起きようとしている場面に自分が入り込んで行けたのは貴重な体験であったと思う。

この日、そして次の日も仮設住宅ははもとより、仮設セブンイレブン、仮設ホーマックなどのものを多く見ることとなった。
あれから7年以上経った今でも、まだ人々は迷っている。それは何となくわかるような気が死した。もし私が彼らの立場であったら、なかなか進まない復興のなかで自分たちの人生をどこに見出すか、悩むに決まっているに違いない。
坦々麺を1本1本食べながら、「へなんな想像はよそう。ひの新しい店舗の裏には私が知るべき由もない葛藤があったはずなのだから。今は、ただ美味しく目の前にあるものを食べるしかできない。でもそれでもいいのではないか。次に向かって進みも始めた味なのだから」そんなことしか考え付かなかった。




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今回もやはり被災地を訪れてみた。2泊3日の2日目と3日目の日中は全てそれに充てた。
2日目、昨年も訪れた陸前高田に真直ぐ行ってみた。今回は奇跡の一本松などには行かず、被害を受けなかった陸前高田の高台方面まで行ってみた。ちょうど消防署の前に駐車場があったのでそこに来るのを停めて上の写真を撮った。
すると津波が襲って来た地域と、想ではない地域の境目が何となくわかったような気がした。でも、問題は津波が襲った地域だ。上の写真をトリミングして拡大したのが舌の写真だ。

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私はこの写真を撮る前、写真の右から左に向かって車を走らせた。
そこで素直に感じたのは、「ここに何があったの?ここん何がなかったの?}という基本的な疑問だった。津波の災害による痕跡は少なくなっているのも見て分かったが、いったいどれほどの家屋や人を津波は呑み込んでいったのか。私の見た風景からは想像できなかった。

自分はいったい何を撮ろうとしているのだろうか?この写真を撮れながら自分に対して疑問を抱いた。そして3日目は全く写真を撮らなかった。ただ見るだけにした。
小さな漁港はあるがそこには人が息づいている雰囲気がない。
何もないものを撮るくらい、写真撮影をしている者にとって困難なものはない。
かろうじて高台から撮影した陸前高田の姿を皆さんはどう感じただろうか。それはこのような写真から伝えることができるわけでも、テレビのニュース番組で伝えることができるわけはない。実際にそこに行って、そこの空気感を感じた者にしか理解できないものだろう。

だから次の日は1枚も写真を撮らなかった。


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私が旅に行く時、必ずバーをネットで選んで行く。その選び方の基準はイチローズモルトが置いている、あるいは置いていそうだと想像できるバーだ。
それが自分にとって、少なくても失望はしないバーで飲むという楽しみ方である。理由はそんなに難しくない。ひとつは私がイチローズモルトが好きであるということと、もう一つは、その経営者がイチローズモルトをどう評価しようが、バーとしてそれなりの酒を揃えようとした時、決して外せないウイスキーのひとつであると思っているからだ。

今イチローズモルトの一部の種類を除いては、入手はとても困難だ。それなりの努力をしなければ入手することができない。努力のみならず熱意もなければに優者はなかなか難しい。ネットで初回販売価格を大きく上回る値段で売っているのを見かけるが、その価格で買ってもお店には出すことができないだろう。なぜならシングル1杯でもとんでもない金額になるからだ。

今回私が選んで行った仙台の「ミレジム」は、サイトに投稿された写真の中にイチローズモルトの「秩父」があったからだ。これで即決定(笑)
現在一般的にバーにあるのはリーフシリーズだが、これは比較的入手が容易で、最近はこれを飲むことが多い(というより他はなかなか飲む機会がない)。しかし、秩父は約5年前に飲んだきり、しばらく飲んでいなかったので是非飲みたかった。そもそも私がイチローズモルトが好きになったのは、一番最初にこの秩父シリーズを飲んだからだ。

とても驚いた。国産のウイスキーでこれほど美味しいものがあったのか!国産と言えばサントリーかニッカしか頭になかった私の固定概念が大きく崩壊させたのが、この秩父シリーズだった。

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それ以来、自分でも入手をしようとネットで調べても、迷っているうちにどんどん値が上がり、1本〇万円がたった何か月で〇〇万円と2ケタにまでなっていた。
ちなみにこの秩父もたったの6700本しか瓶詰されていない。日本全国でたったの6700本のうちの1本だ。
その希少さから、ざっとネットで調べてみても、1万円台から高いのでは5万円近くのものまであった。もっとも1万円2万円台はとっくに売り切れになっていましたが・・・・。

この秩父があった「ミレジム」のマスターとは、当然イチローズモルトの話で盛り上がった。秩父で行われるウイスキー祭りの話や、ネット限定販売の酒をお客さんを集めて何人かで販売開始時刻に一斉に注文したが、全員売り切れで飼えなかったとか(たった1分の愛での出来事だそうです)面白い話をたくさん聞かせてもらった。
しかし、とても残念なのは、私がこのお店に入った時、既にけっこう酔っていて、カメラの設定がきれいに撮れるものになっていなかったのに気付かず写真を撮ったしまったことだ。きちんとクリアに撮っていれば、ボトルの右下に6700分の〇〇〇という手書きの番号が表示されているのがわかるのだが、それも判読できないほどひどい設定で撮ってしまったのだ。つくづく馬鹿だと後から思ったが、酔っている時は哀しいかな当然そんなことを考える能力が無くなっている。

ちなみにこの番号で購入者もわかるようで、購入後ネットですぐに15万円で売り出した人がいたそうだが、その人への販売を今後禁止することにしたそうだ。そう、確かに貴重なものだけれど、転売を目的とするのはどうかと思う。きちんと飲むために、あるいはきちんと妥当な額でお客さんに飲んでもらうために購入するのが紳士なのではないかと思うのですが。

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「ミレジム」ではとても楽しい時間を過ごさせてもらった。また仙台に行ったら必ず行こうと思う。
いつしかウイスキーが好きになり、その奥深さの最初の所を行ったり来たりしている私にとっては、このような店はとても心地良い。
店主さんも言っていたが、「毎日10杯ずつ一生違うウイスキーを飲み続けても、世界中のウイスキーを全て飲むことは不可能だ」
私もそう思う。たぶん私は一生初心者であり続けるであろう。だからバー巡りはやめられないのだ。未知の味と出会うために。



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私は何でもそうだが、機会があれば○○発祥の場所に行くようにしている。一昨年は「しじみラーメン」の発祥の地である青森県十三湖湖畔の「和歌山」でしじみラーメンを食した。味噌ラーメンの縮れ麺はゆはり西山製麺がいい。登別温泉もやはり第一滝本館がいい。日本のワインの父と呼ばれる岩の原葡萄園のワインもとても美味しい。

元祖を知るということは「本物」を知ることに他ならない。その後色々な細工・デコレーションを施してとても美味しそうに見える食事などがいくら出ても、私が興味を最も示すのが「元祖」だ。なぜなら、それまで誰もやっていなかったことを初めてやるということは、想像を絶する苦難が伴い思われるのだが、それを克服して完成させたものは、その料理の本質が詰まっていると思っているからだ。また、料理への愛着・こだわりが最も強いはずだ。
そういうものを食べないわけにはいかない。たまたまご当地に行けたなら、それはやはり「元祖」を食べることが王道であると私は考えている。

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その「味 太助」の店内は、まるで年季が入った居酒屋のようだった。私は一組待ちであったがほどなく座ることができた。カウンターの席だった。カウンターということは調理の様子が良く見える。厨房内の方々(高齢者だった)は注文を訊くと、まるでやっと電池の電源がオンになり、体内の機械が作動した仕掛け人形のようにそれぞれが動き出した。でも、ロボットのようにやっているわけではない。ただただ淡々とやるべきことを繰り返している、仕事に忠実な姿に思えた。

私が頼んだのは牛タン定食Aだった。牛タン焼きはとてもシンプルな味だった。何かを足し過ぎず引き過ぎず、牛タンの旨味をさりげなく出しているところは、以前JR駅構内店舗のお店で食べたものとは印象が違っていた。約70年前に先代が創り上げた味を守っているのだろう。無意味な味の装飾をしない美味しさ。これが元祖とされる料理にはある。
また仙台に行ったらここに来るだろう。今回は定食を注文したが、今度はビールを飲みながら牛タン焼きだけを1枚1枚堪能してみたい。ちょっとした庶民の贅沢気分で。



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28日より昨日まで仙台に(あるいは宮城県に)行ってまいりました。
今回の旅の目的は、この光のページェントを見ることと、太平洋沿岸の町々を訪れることでした。

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色々と感じることがあったのですが、それは後日お話しするとして、初日に訪れた定禅寺通の「光のページェント」を撮影しましたのでご紹介します。

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似たような画像が続くかもしれませんが、今回荷物になるので三脚を持参せず手持ち撮影をしたところ、予想通りといいますか、半分以上が明らかにわかる手ブレの痕跡を画像に残してしまいました(笑)今回貼りつけた写真もよく見るとしっかり手ブレをしております。そのため、アングル的にはいいなと思ったものでもボツとして残ったものがこれらでした。

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写真よりも実際の風景の方がもっと素晴らしく、光がずっと先まで続くさまは、それは見事でありました。

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あくまで私の好みの問題ですが、最近予約する傾向にあるホテルの部屋の特徴を並べてみました。
そもそも、昔仕事の出張の関係で安いビジネスホテルに缶詰めになって、遅くまで仕事をし、外食も面倒くさくなるため(そもそも仕事がが終わった頃に開いているお店はしても少ない)コンビニの弁当を狭い部屋で寂しく食べたというのが軽いトラウマになっているため、旅行でどこかに行く時はそのようなビジネスホテルは極力選ばないようにしている。あくまで「非日常性」を求めているのです。

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よくホテルは眠るための所、ということで特別な居住性を求めない方がけっこういらっしゃいます。確かに表で飲食したりすると、実際にホテルの居室を堪能できるのは、1泊で6時間もあるかどうかわかりません(睡眠している時間を除いて)たったその時間のために多少多めの料金を支払うのは理に適わないという方もいらっしゃるでしょう。
でも、私はその6時間を楽しむために小さなビジネスホテルには泊まらないようにしています。
それは先程も言いましたが、非日常性を求めているからです。

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かと言って超豪華なホテルに宿泊するのはちょっと気が引けます。例えば私は外出から戻りホテルに入る前に必ずと言っていいほどコンビニによって寝酒用の酒を買ったりします。その他もですが。もちろん歩けるところは歩いてホテルまで行きます。
それが帝国ホテルだったらどうでしょうか…・。うーん、ちょっと絵になりませんね。帝国ホテルには車で帰るのがやはり絵になるでしょう。ということでそのようなホテルは利用していません。いわゆる豪華絢爛なホテルには泊まっていないのです(もちろん予算の関係も大いにあります)

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それで結論としての私の選ぶホテルは、
1.最高級より1つか2つ下のランクで気軽に宿泊できるところ(コンビニの袋を持って帰ってもおかしくないところ)
2.部屋が広めで高層階に近いところ(これが唯一の贅沢です)
3.内装ができるだけスタイリッシュであること(とりあえず安く泊まれるといいんでしょ、というところはトラウマが甦ってきます)

そんなものを求めて、宿泊施設をネットでけっこうこだわって探しているのです。
さて、次はどのようなホテルでしょうか(笑)




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平成28年9月 撮影



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普通の方であればどこかの外国などを選んでいただろう。ひょっとしたら死んでしまうかもしれない。もし手術や何かで生き延びたとしても、通常の生活をするのが精一杯で旅に出るなどできないかもしれない。もしかしたら、ガンだったのが嘘であったかのように元気に生きているかもしれない。拾った命なのだから時間を惜しまず精力的に何かをするようになるかもしれない。実際そのような人が身近にいた。
いずれにしてもそうなってみなければわからない立場に自分がいることには間違いなかった。

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最初の医院から少し経って、やっと私は紹介された総合病院に行くことにした。そこで検査してもらったら、やはり血液中のある数値は基準値の3倍近くになっていた。その他CTスキャンなどの精密検査も受けたが、「ガンではない」という確証を得るまでにはならなかった。
医師はまだ別の検査をしてみたいので、その間ある薬を処方するから少し時間を空けてから来てほしいという主旨の話をし、とりあえずある薬を飲み続けることにした。

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その「しばらく間」に私は奥入瀬に行くことにした。奥入瀬に決めたのは、複数の人から「あそこはいいところですよ」という話を聞いていたからだ。その時、私は自分勝手にとても良いイメージを自分に埋め込んでいたのかもしれない。

そうだ奥入瀬に行こう。だが、そもそも奥入瀬というのはどこにあるのかすら知らなかった。そこでネット検索でやっと隣の青森県であることが分かった。「何だ、とても身近に奥入瀬があるのか」と分かった時、私はもう宿やレンタカーの手配を始めていた。そして、2014年9月2日の午後、私は奥入瀬にいた。

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奥入瀬は確かにきれいだった。まだ緑が陽の光に反射したり葉を透き通ったり、穏やかな眩さがと木陰のコントラストと川面に波立つ白い水流が、まるで小説でも読んでいるような絶妙な絵として描かれていた。思い切り吸い込んだ空気は清々しく肺に染み込んだ。函館からそんなに遠くない所にこんな素晴らしい世界があったのか。
来てよかった、と歩きながら思ったが、しばらく歩いていると、奥入瀬が持つある奇妙な光景をいくつも目にすることとなった。

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それは岩を抱えるようにしてそそり立つ木々であったり、無残にも命尽きた倒木であったり、倒れる寸前でかろうじて地面に這いつくばりそこから光を求めて上に伸びる樹木であったり、時にはそれらの木々を襲い、時にはそれらの木々に潤いを与えた川の水。川の水は倒木をものともせずに自然の法則に従って流れて行く。

それは美ではなかった。人間の否定も肯定も受け付ける余地もなかった。そこにあったのは私たちの想像を絶する長い時間によってもたされた「自然の掟よってできた姿」だった。容赦も何もない。倒れる運命にあった木々はその命を落とし、かろうじて生を保てた木々は逞しく空を目指して伸び、生と死の境にある木々は寡黙な自然の掟と闘っていた。

そう、奥入瀬にはあったのは、私たちの手の出しようがない「命の掟」だった。

何度息を止めてその光景を凝視しただろうか。そして思った。私の命は、今目の前に広がる無数の命の中のほんのひとつでしかない。小さな、とても小さな自然の中のほんの偶然で生まれてきた命にしか過ぎない。それは無情とも思える。だが、その光景は私に勇気を与えた。何も恐れることはない。自分という自然の中の一つの命を、その運命に任せて生きていればいいのだ。無残にも命朽ちた倒木と同じようにどこかで行き倒れてしまうかもしれない。運が良ければ何かに救われ、そこから自らの力で生き延びればいい。

どのようなことがあっても受け止めよう。それが与えられた運命なのだ。


函館に戻り、再検査を受けた結果、ガンではないことがわかった。普通であれば、とても喜ばしいことであり、ほっと胸を撫で下ろすことでもあり、希望に満ちることであるだろうが、私はそれをまるで普通の健康診断の結果を聞くかのような気持ちで聞いた。そう、私は運良く生かされたのだ。ただそれだけだ。それ以外のなにものでもない。

結果的にガンではなかったとはいえ、血液中のある数値が高かった原因となった病気はいつまでも私の中にある。そのため毎日薬を飲んでいる。その薬の副作用はけっこう私の日常生活を蝕んでいる。仕事中外出時、耐えられず車を止めて安静にしなければならない時もある。瞼を開いているのがとてつもなく苦痛になる時もある。

以前に比べて仕事を終えてからの外出(簡単に言うと飲みに行くこと)も次第に少なくなった。しかし、それはそれで仕方のないことだ。
「まだ私は生きることを許されている」のだから。

それから私は毎年奥入瀬に行くことにしている。今年は夏に東京にも行き、その後の仕事の問題解決に時間と心を費やされて、当初は奥入瀬に行く気にもなれなかったが、少しだけ心にゆとりができた時、やはり行きたいと思い始めた。そして10月の末奥入瀬と再会した。そこには季節柄青々しい葉を蓄えた木々の姿も、きれいに揃った紅葉が乱舞する姿もなかった。しかし、奥入瀬は奥入瀬そのものの変えずに私をを迎えてくれた。今回の滞在時間はそれほど多くはなかったが、今年も私は奥入瀬から来年また来るまでの命をもらったような気になった。そう、私はいつも奥入瀬に命をもらいに行っているのだ。

奥入瀬から帰って来て少しすると、それまでずっと重く私にのしかかっていた仕事上の問題が次々と解決され始めた。ずっと憂鬱な日々を過ごしたことが嘘だったかのように、物事が好転し始めた。毎年、奥入瀬に行ったら何か別のことでいいことが起きる。別に宗教的に意味合いを持って行っているわけではない。ただ行きたいから行っているだけだ。きっと、奥入瀬という壮大な命に、自分のちっぽけな気がかりなことが吸収されるのだろう。

また、来年も、再来年までの命をもらいに、私は奥入瀬にきっと行くだろう。



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それは2014年の夏のある日のことだった。突然体のある部位に今まで感じたことのない激痛が走ったのでした。思わず「痛い!」という声を上げてしまったほどでした。
その痛みは、しばらく耐えていると自然におさまって行ったのですが、しかし、その余波とも言えるような現象が体にしばし現れました。
さすがに能天気な私もこれはちょっと体に異常なことが起きているのかもしれないと、土曜日でしたが、診察をしている町医を探して仕事中時間を作って診てもらいました。血液検査やいくつかの初歩的な検査をしてもらった結果、激痛が走ったものは一時的なもので、しばらく様子を見なければならないということで保留状態になりました。まぁ、今後どうなるのかはわかりませんが、少なくともその時は大事に至らなかったという結果となり、少しホッとしたわけであります。

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ところが、医師は「それはそれとして、血液検査の(ある)数値が同年代の基準値の3倍以上の異常値を示している。こういう数値が出るのは、ガンである可能性も示唆している。この医院ではこれ以上の検査はできないから総合病院への紹介状を書くので、そちらでもっと詳細な検査を受けた方がいい」という「別の診察結果」を示した。

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私は呆然としてしまった。まさか私が、という気持ちと、ついに私も、という気持ちが入り交じり、少しの間何をどう答えていいのかわかりませんでした。ついさっきまで自覚していた自分というものが、全て偽物の自意識の中で存在していたのだろうか。自分にとっても紛れもない現実は、今目の前にいる医師が告げた病を持った自分なのだろうか。

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でも、そんなことをいつまでも考えていても仕方ない。どうするかの結論を私は出さなければならなかった。医師が紹介状を出すという病院の候補は3病院だった。その中から一つを選んでください。私そんなことを瞬時に決めろと言われても困るだけなのだが、結局その中からある病院を選んだ。次の病院でどういう結果が出ようが、ともかく検査を受ける以外に自分の選択肢はないのだと、その時は思った。
そして、医師は紹介状を書き、受付でそれを受け取ってひとまず仕事に復帰した。

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しかし、私はすぐには紹介された病院には行かなかった。もしもやっぱりガンだという診断が下ったらどうしよう。そんな不安をもつのであれば、検査をしなければ結果も出ない。そうするとうやむやのままではあるが、「事実」を知らずひょっとしたらこれからも生活をして行けるのかもしれない。そう思った。
だもそれは一時的なことだ。今逃れてもいつかはその必要性が、どんなに嫌でも知らなければならなくなる時がやって来るかもしれない。

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そんなうじうじしたことを考えていた時、常に自分の頭の中にあったのは、「もし自分が本当にガンであったなら何をどうしたらいいのだろうか」という漠然としたほとんど具体性のない迷いだった。入院してその部位の摘出手術をして、抗がん剤を打ち、しばらく休職する「病人」になるべきか、それともガンを抱えたまま奇跡的な回復を期待して今まで通りに仕事して生活を続けて行くべきなのか。

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どちらの答も出なかった。その間紹介状はずっと私のカバンの中にあった。でも、次第に私の考え方が変わってきた。
「もし、本当にガンだったとしても、これからの命の時間を出来る限り自分がやりたいことや行きたい場所に行った方がよわり有意義なのではないか」
しだいに私はそのように考えるようになった。

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「自分が行きたい所?」その時にふと浮かんだのが奥入瀬だった。


後篇に続く。





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これらは全て奥入瀬渓流の写真です。
さて、私は毎年奥入瀬に行っているのですが、なぜ行くのか?そのきっかけなどを次回お話ししたいと思います。




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