<   2010年 09月 ( 28 )   > この月の画像一覧

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夜景撮影会での写真。夜の遊覧飛行でこんな函館の夜景をみることができたら最高でしょうね。

先日コメント欄で記述した、松風町電停附近角地での建設、昨日現地で確認したらイエローグローブではなくツルハであった。やはり人から聞いた情報は確認しなければならないと実感。だが、大門が郊外型店舗へと次々と変わっていく様は典型的な地方都市の特徴。結局このまま、ただの地方都市となってしまうのか?
ところで、ツルハだが、こんなに急激な店舗展開をして大丈夫なのだろうか?札幌が飽和状態で地方に手を伸ばすのはよくわかるが、上場企業の増収か増益が使命という一種の脅迫観念的な病的サイクルに陥っていないのだろうか?函館くらいの人口では、単に客の分散化で一店舗あたりの売上が下がるだけにしか思えないのだが。

「町おこし」だとか「街づくり」という言葉がよく使われる。私が函館のことを話すと、その言葉で返す人がいるが、いつも違和感を覚えている。
「町おこし」や「街づくり」は、元々あまり何もないところに何かを作っていこうという意味に思える。ところが、函館には元々色々なものがあるのだ。だからそのような言葉は適さない。元々あるものを保存したり変化させたり発展させたりすればいいだけの話だ。その発想をしたら、街全体も違った様相となるはずだ。ただ単に市民が「街」を捨てているだけだ。より素晴しい街にすることを放棄しているだけなのだ。

今撮りたい写真。西部地区で風景に溶け込んでいる雰囲気を持った女性が佇んでいる写真。坂道を手を繋いで歩いている若いカップルの手だけをアップで写し、坂道の風景がメインとなる写真。傘をさしながら細い坂道をゆっくり登る落ち着いた感じの女性と坂道の写真。
みんな人間が入っている。特に女性だ。これは当分無理か。だれかモデルになって欲しい(笑)

もっと市民は文化的なものに触れる時間を増やして欲しい。函館はそのようなものに積極的に接しようともせず、かといって仕事で画期的な発想を出すほどにのめり込んでいるわけでもない。中途半端なものが目立つ。本当に市民は自分が住む街をどうしたいのか、時々わからなくなる。

今日はここまで。またいつか溜まったらこんなつぶやきを披露してしまうかもしれない。ツイッターでの流れの中ではつぶやけないものもある。
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JR函館本線「山越駅」

一昨日に函館の市街地の分散の問題を掲載した。要は街の機能がまとまっていないという類の話だった。その記事に対してお二人の方が適切な補説を展開していただいた。

余談だが、gaudi 氏が指摘した、地権問題は遠く昔はそれなりに機能していたと想像される。ある程度以上の地主になると、不要になった土地や金に困り換金するための土地を、買ってくれと頼まれることがあったと思う。実際、外国商社が函館を撤退する時に所有地を某大地主に売ったという話を聞いたことがある。
一般の地主も困ったり不要になったらきっと買ってもらいたいと懇願に訪れていただろう。これは今でもたまに聞く話だ。そして大地主は土地を貸した。当時(特に明治時代)、建物はほとんどが現金で建てなければならなかった。今のような住宅ローンなどはなかった。因みに住宅ローンを一般庶民が利用できるようになったのは昭和の高度経済成長期になってからのことだ。
だから、それ以前は土地に金をかけることができなかったわけだ。この循環は当時の社会経済を鑑みると上手くいっていたといえよう。だが、現代は違う。流動性が低い借地は様々なものを停滞させてしまう。何筆かの土地を集めて現代のライフスタイルや建築基準法に合わせて土地を再構築できるかもしれない。
しかし、現在の地権者が隣接する土地をまとめて再開発のようなものを協力して実施するとはなかなか思えない。こう言うと地権者だけが物事の原因となっているように思われるが、市民が「どうしてもその土地が必要なのだ。何とか手放してくれ」と叫んだという話を聞いたことがない。つまり、みんなばらばらなのだ。面倒なことに巻き込まれるより、だったら自分で勝手にやるわ、という感じで違う方向を向いてしまう。

これでは街が分散化してしまうのも仕方ないことだ。そして、そのようなことは土地だけではない。企業もそうだ。函館は、よく言えば独立心が強いのか、ある程度の実績を作るとすぐ独立してしまう人間が多いと聞く。そのために企業の余剰能力がなくなり、札幌や本州の企業に太刀打ちできない体力しかない。
また、創造的な分野もそうである。聞くところによると、アーティストたちも小さなグループを作ってその中での協調はするが全体としてまとまることはないと思う。まぁ、個性が強い分野だからこれはなかなかまとまるのは困難かもしれないが、互いを刺激し高めるという点ではまずい環境にあるのではないかと思う。
何でも昔と比較するのも問題があるが、私が下手ながらもアマチュアバンドに加わっていた頃は、コンサートと言えばほとんど「サウンド・パパ」主催のものだけだった。だから市内の音楽好きは皆そこに集まって互いの演奏を聴いていた。それが刺激になったことは言うまでもない。

どうも函館市民の比較の対象は函館だけにある場合が多いのではないかと思う。だから、「お前とは違うんだ」と離れ、結果的に力が分散してしまうのではなかろうか。そのような風潮が現在の街並にも反映されているのではないかと思う。

だが、批判ばかりしてもどうしようにもならない。分散することによって失う遺失利益はけっこう大きいものがあるのだから、再構築を図らなければならない。そのような作業は、「しがらみ」のない他都市出身者でなければできないような気がするのは私だけだろうか?
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関根要太郎作。夜見てもこの建物は美しい。

一昨日、ツイッターでHollywood 在住だというAbraham Cloud 氏が私をフォローしはじめた。そして昨日New York,Brooklyn在住のAndy Snyder 氏が続いてフォローを開始した。
二人に共通するのは歌を歌っていることだ。

今日1日考えて、というより時間を置いているうちに勢いで私もフォローを開始した。
早速両者からDMが寄せられた。
Abraham Cloud 氏 "Really good to meet you"
Andy Snyder 氏 "i'm also at www.facebook.com/mobilewu here are some mp3s: www.mp3twit.com/4m9 www.mp3twit.com/4"

アメリカ人は自分の作品を積極的に売り込むのだ、と思った。作品に対してはノーコメントとしたい。

Abraham Cloud 氏の歌はYou Tubeでも見つけられた。
聴いてみてください。


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先日の夜景撮影会の時の夜景。前回ご紹介したものとはちょっと違う。(わからないかもしれないが)

先日、東京在住の方と電話で話した。長年東京に住んだが、広すぎるしその中で自分の存在を感じることができない、という内容の話だった。
とてもよくわかる。自分も何度も遊びに行ったし、また、一時住んでいたこともある。まったく同感だ。

札幌は人口が120万人くらいまでの時は、「自分が住んでいる街」という感覚を持つことができた。具体的にどういうことかと訊かれても的確に答えられないが、どこか「街」と何かを共有することができた。
だが、人口が増大するにしたがってその共感は失われていった。ただの大きな街にたまたま住んでいるのだという無味乾燥さを肌で感じることになった。

さて、函館はどうなのだろうか?
先ほどの東京在住の方は西部地区が好きだと言っていた。住むのなら西部地区以外は考えられないと話した。これも私と全く同じだ。わざわざ他都市から引っ越してきてそれ以外の地域に住むことは考えられない。
だが、これは人によって違うだろう。例えば実家が桔梗にあるのなら、その人にとっての函館は桔梗となるかもしれない。
それは当然のことだと思う。

問題なのは、桔梗と西部地区ではあまりに「街」が違うということだ。恐らく観光客やかなりの数の人にとっての函館はどちらかと尋ねると西部地区方面と答えるだろう。それほど函館のイメージは定着している。
だが、これは極端な比較である。両者の間にはまたたくさんの街がある。それを取り上げていったら切がないが、いったい函館の住民にとっての「ハコダテ」どこにあるのだろうか?

こんな訳のわからないことを考えてしまうほど、場所によって函館の表情は違う。例えは変かもしれないが、最初に札幌に住んだ時、白石区の工場や倉庫の密集しているとても住環境の整ったとは言えない場所に住んでいた。しかし、遊びは大通かすすきのに集中していたため、自分にとっての札幌はそこだと思えることができた。そこで出会った人たちが自分にとっての札幌の友人であったし大袈裟だが物語でもあった。そこ以外の街は脇役になっていた。前述した人口120万人程度の時代の話である。
ところが、たかだか29万人弱の街にそのような場所は無い。これは住んでみないときっとわからないことだと思う。都市機能が充実している所と、飲食店が集中している所、風情情緒を味わう所、たったこれだけの面積の街を市民はあちこち動かなくてはならない。

時々思うことがある。函館の歴史は市民がそれまでの街を捨てた歴史なのではないかと。

だからどこを歩いても、確信を持って「ここが函館です」といえる場所が見つからない。
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志海苔漁港から見た函館山。

本日、本ブログの訪問者数が累積25,000件を越えた。ページビュー数は昨日までで54,277ページになる。ブログを開設してから8ヶ月と20日経過しての数字だ。これがペースとして早いのか遅いのかわからない。もし、早いのであればハコダテ150+で紹介されていることが大きい。もし遅いのであれば紹介されているにも拘らず、内容が面白くないためそれ程読まれていないということになる。
だが、そんなことはどうでもいいと思っている。なぜなら、150+の「スタッフブログ」で表記されるブログ数が決まっており、ブログアップ時刻順に古いものは消えていくのだが、そうなってもわざわざご覧になってくれる方がいたり、更新を休んでも相当数の方が訪問してくれているからである。

本当にありがたい。「あいつ、今日のブログで何を書いてるんだろう」と気にかけていただいている方がいるからだと思う。だから、他人との比較はどうでもいいのだ。
しかし、1日の閲覧数は気になる。それはブログに対する評価でもあるからだ。つまらない記事を何日も続けたら誰だって期待はしなくなる。当然のことだ。よほどの暇人でなければ読んだりしない。誰にでも私のブログを読む義務などないのだから。

それは自分のモチベーションに至る。正直に言って、あまり考えずに短時間で仕上げた時の訪問者数は見事に少ない。タイトルにも興味を惹くものはないのだろう。結果は正直に出る。
時々同じくブログを書いている人から、「よく毎日のようにあんな長文を書くね」と言われることがある。それは前述の理由によるからだ。きちんと書かないときちんと読んでもらえないと思っているし、より理解してもらえないだろうと思っている。

ではなぜブログを毎日のように書いているか?
大きな理由は2つある。
1つ目は、これが自分なりの社会参加のひとつだと思っているからである。以前、テレビのニュースに向かって、「それは違うと思う」とか「世の中おかしい」などと妻しか聞いていないにも拘らず、ぶつくさ話していた。だが、それは独り言と同じなのだ。社会に対しては何も話しかけてはいなかった。
自分の考えを表明して、(賛同されるかどうかはわからないが)何かの問いかけを行うこと。とても卑小な声かもしれないが、何もしないよりもずっとましだ。また、色々な人の声も聞きたい。特定の知り合いとだけ話すのではなく、容易に否定できる立場の人の声も聞きたい。だから、コメントは承認制をとらなかった。完全フリーにした。
もちろんブログが立派な社会参加と呼べるかどうかは疑問だ。でも、ブログから何かのきっかけを掴むことはできると思っている。それが社会参加の次の段階に繋がればそれもいい。

2つ目は、これはほぼ毎日更新していることの理由だが、ブログを始める際に妻に言われたことに起因する。「ブログは毎日更新しないと意味ないよ。そのつもりがないのであればやらない方がいい」成る程、その通りかもしれない。私はけっこう単純だからその言葉を常に意識している。妻に言われたからというより、それもその通りだと思ったからである。

まぁ、そんなわけでまた明日からああでもないこうでもないと独りよがりの話を綴るだろうと思う。
そんな話に付き合ってくれる読者に感謝感激雨あられ、である。本当にありがとうございます。
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本日夕方の夕陽。五稜郭町にて。


また見つかった、  何が、  永遠が、  海と溶け合う太陽が


もう秋か。 それにしても、何故に、永遠の太陽を惜しむのか、

俺達はきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか、

季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。

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暁が来たら俺達は、燃え上がる忍辱の鎧を着て、

光輝やく街々に這入ろう。


                                    詩/アルチュール・ランボー    訳/小林 秀雄
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 本日も昨日に続き、夜景撮影講習会で撮影されたものの一部をお届けします。元来のひねくれ者の私は、とりあえず上の写真のような「お決まりの」角度からの写真も撮りましたが、以下は我慢しきれずに自分なりに撮影したものを掲載します。似たような角度のものもありますが、そこは撮る場所が山頂からでしたので、お許しを。
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これが最も美しく撮れた夜景です。函館駅周辺。
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函館駅附近から五稜郭タワー方面へ一直線の道があります。これが、旧幕府軍がよく往復したとされる道です。
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写真中央下から湾曲しているオレンジ色に光る道路、これが電車通です。
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大森浜の漁火。光がザラザラに写っているのは、フィルムをISO1600にしてしまったためのものです。
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写真を撮っていて、かつ、このようにブログで公表している者にしては何を今さらと思う方も多いかもしれませんが、この度、やっと三脚とリモコンシャッターを入手し早速使用してみました。
150+スタッフのbakucyo氏が先日函館山夜景撮影会にてご指南していただいたものをそのまま街中に応用して撮影してみました。
出来としては、全然納得できませんし、自分が撮りたいと思っている構図や色の明暗とは大きな隔たりがありますが、それでもちょっとは見ていただけるような写真に仕上がりましたので、どうかご覧になってください。
今後、きっと夜の写真も増えていくと思います。
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雨中のジョギング。緑の島にて。



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飛び立たない夕暮れの白い鳩。新川橋にて。
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裏から見た太刀川邸。弁天町。

ツイッターを毎日見ていると(自分もツイートしているが)、面白いことがわかってくる。
フォローしている人のツイートにはそれぞれ個性があり、特徴がはっきりしてくる。
ツイート自体じっくり推敲して書き込むものではなく、思いついたものをそのまま短文で書くため、その人の癖や個性がはっきりしてくる。

ツイートの出し方にも個人差がある。
一気に10ツイートくらい立て続けに一方的につぶやく人や、決まった時間に出現し、似たような時間に消える人。誰かに返答を求めるようにつぶやく人や、そんなことは最初から考えていない人、様々だ。

また、内容も日常の出来事をそのままつぶやいたり、何かについて論理的に考えたことをつぶやいたり、ただ感情的になったり、お知らせ的な告知型があったりとこれも様々である。

それらが、時系列に羅列され画面に一緒に出てくると、社会そのものだと思ってしまう。
例えば、会社の1フロアーの中にいる社員にも、その日絶好調の者もいれば、昨夜飲み過ぎて今一歩冴えない者、男女関係で憂鬱になっている者、子どもが生まれてばりばり仕事に励んでいる者等、色々な状態の人間が混在している。

それがそのままツイッターにも現れる。
深刻な話題をつぶやいた人の次に、軽くこれから〇〇行きま~すとつぶやく者、その次には淡々と政治について語る者、その次に自社の宣伝を行う者。
この統一感のない混在ぶりは、社会や人生そのものである。

そうやってツイッターを読むとけっこう面白いし、結局言いたいことを言い合って認め合えばいいんだよ、という気になってくるから楽しい。
ちなみに、「村上春樹」で検索すると、11名もの「村上春樹」が引っ掛かる。全て偽者だが、それはそれでいいんじゃないか、と思えるのもツイッターの面白いところである。