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本日は過去画像の中から函館の風景の様子を写したものをご紹介します。

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ゴライアスクレーンがあった頃。

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ゴライアスクレーンが無くなった時の写真。

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ロープウェイから撮影したどつく方面。去年のちょうど今頃。

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どこから撮ったか覚えていない冬の西部地区。弥生小学校が当り前のように建っている。
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ベイエリアの岸壁で遊ぶ若者たちときらめく光。今月撮った写真の中で3本指に入る「お気に入り写真」だ。

本日、スターバックスがオープンした。
今日私が知ったのは、オープンして長い行列ができ、店内が非常に混んでいた。ツイッターで得たひと握りの情報だけで、その他は普段と変わらぬ仕事の1日であった。

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七財橋より撮影。

スターバックスへは、店が少し落ち着いた頃を見計らって行ってみようと思う。そして、その感想は本ブログで表したいと思う。

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これらの写真は傾いた陽の光に助けられ、お陰で何とも言えない雰囲気を写真におさめることができた。
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大手町ハウス(旧浅野セメント函館営業所/村木甚三郎施工/大正7年頃築)

前回は重要事項説明をきちんとするかどうかという点で、業法違反かどうかについて述べました。本日は、たとえ重要事項説明を行ったとしても、その内容が曖昧であったり素人の方が判断しずらい項目に関してお話ししましょう。

といっても、あまりにも専門的な話をしても、不動産の基礎知識がなければ解らないことだらけになると思いますので、ここでは比較的誰にでもわかり易い事柄についてお話しします。

まず、多くの人が心配する事柄に、その物件の過去に変死等の事故がなかったかどうか。これは気になりますよね。自殺や変死の物件であるかどうかについては、判例によると、現在の所有者の時点で起きたものは買主(または借主)へその内容を説明しなければならないことになっています。
逆に言うと、現所有者以前の事故であれば報告しなくてもいいことになっています。また、現所有者でもかなり前に起きたことではどうなのか。いやゆる時効のようなものですが、これについての明確な基準はありません。実際、私が経験した物件で、土地の売主の祖母が自殺したものがあったのですが、所有者が家の恥だということで私に話しませんでした。元々その土地には建物が昔あったのですが、既に20年前に解体され更地となっていたので私も特段確認はしませんでした。
ところが、たまたま隣地の方に挨拶に伺ったところ、その方は昔からずっとそこに住んでおり、40年前におばあちゃんが自殺した土地だよ、と私に教えてくれました。そこで私は売主に尋ねたところ、売主はその通りと認めました。それからは、その土地は相場より安い価格に変更し、問い合わせに対してきちんと過去の話をするようにしました。
たまたま場所も日当りもいい物件だったのと、40年も前のことだからということで納得して購入してくれるお客さんが見つかりましたが、これが契約後に発覚したらと思うと、今でもぞっとします。

このように不動産会社には「調査可能なことは全て調査して説明する」義務があるのです。だから私は物件の近隣にはご挨拶という形で訪問し、その物件のことを尋ねてみることにしていました。これも「調査可能」なことです。でも、意外とやっていない会社が多いんですね。

次に、これは売買の場合に非常に重要なのですが、隣地との間に越境物があるかどうかという問題です。
越境があるかどうかを確認するためには、まずきちんと境界を確認しなければなりません。通常境界石やプレートがあるのですが、ない場合はちゃんと測量して「境界の明示」をしなければならないのです。その上で隣地間に越境物があるかどうかの確認をするわけです。
ところが、見た目には境界石があり、問題なく境界線がわかるように思えても、実は境界石があるべき場所とは違った所に埋設されていることがあるのです。原因として多くあるのが、隣地の方が塀を作る時に業者が邪魔くさいといったん境界石を抜き、工事終了後にてきとーな場所に埋め直したことによるものです。一見ちゃんと境界石がきちんとあるように見えても、このような場合、実際に測ってみると図面と10㎝以上異なっていることもあるのです。特に昔の業者はいい加減でした。だから、いくら境界石があったとしても、少なくともメジャーで測ったかどうかの確認を不動産会社にするのが良いでしょう。

さて、境界がはっきりして越境物が発見された時、まず不動産会社はその状態を克明に説明しなければなりません。枝一本、上空の電線までもです。意外とこれを面倒がりやらない業者があります。たとえ発見したとしてもわざと説明しない場合があります。なぜなら、説明したとして、じゃあその越境物の処理をどうするのか、という次の問題を解決しなければならなくなるからです。
通常は越境物があった場合、越境してしまっている方にその事実を認めさせ、その撤去か塀のように即座に撤去できない場合は「同意書」によって、現状はそのままで仕方ないが、越境物を解体する時は、正常に敷地内におさめるということを約束します。

これを面倒だと思う業者があるのですね。買主に対して将来不利益になると予測されることの説明と対処よりも、穏便に取引を終了させてしまおうという考えの表れであります。

以上、今回も長くなってしまいましたが、これでも比較的わかりやすい部分についての説明をしたつもりです、法的なことで、ほとんどの一般人が気付かない「将来不利益となる」ことの説明がなされていないこともけっこうあります。だいたいその法律があることすら知らない業者もあるのですが、また長くなってしまいますので今日はここまでとします。
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ハリストス正教会の主の復活聖堂入口。

以前、本ブログにて人が入った風景を撮りたいと言った。その後、そのような写真を撮るように務めた。だが、思うように思った人が思った風景のある場所に現れてくれず、かなり同じ場所をウロウロしたりして、見方によっては変質者か盗撮者かのような怪しさを漂わせていたかもしれない。
西部地区でカメラを首からぶら下げてウロウロしている胡散臭そうな怪しいオヤジがいたら、きっとそれは私である。

この写真は、たまたまハリストス正教会境内に入ったら、写真右の女性を見かけ、瞬間的に花とコラボで写したらいいのではと感じ、ちょうどいい角度に移動し花の方にピントを合わせて撮影したものだ。
この女性、眠っているわけではなく、携帯電話の操作を行っているのだが、プライバシー保護にはちょうど良かった。人を入れて撮る時は極力人からピントを外して撮るようにしているのだが、それはやはり主役は風景という趣旨があるからである。

見る人によって感じ方は様々であろうが、もしこれと同じ角度で人がいない風景を撮ってもちよっと物足りないものになっていただろうと思われる。

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シーポートプラザ駐車場で撮影。

これも釣り人がいなければとても退屈な写真となっていただろう。写真の出来としてはスナップ写真に限りなく近いが、例えば現在函館から離れて暮している元函館在住者がご覧になって、多少は潮のにおいを思い出してくれるものに感じていただけれたらありがたいと思うように撮った。

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基坂の若いカップル。

これは前々回の記事「函館ラブストーリー第3章」で取り上げた若いカップルだが、このシリーズを始めたのは、実はある若い女性の言葉からだった。函館らしい場所でのカップルの写真はいい、とのことだった。
なるほど確かに函館の写真にはそのようなものがあまりない、ということでカップルの写真を撮るように冒頭で述べたような変質者のようにウロウロし始めた次第である。
だが、これは普通の風景を撮るよりはるかに難しい。何せ人は動く。ゆっくりピントを合わせたり構図を考えたりする時間がない。この写真も普通に並んで歩いているところを撮りたかったのだが、シャッターを押そうとした瞬間に女性が花壇を跨いでしまった。指を止めるのが間に合わずこのような写真となってしまった。それでも一応人からはピントを外すことはできたようだ。
まぁ、これも若さを表す一面となったのではと、自己正当化して掲載してみた。

ちなみにこの「函館ラブストーリー」シリーズ、思ったより閲覧数が少ない。第4章を近々予定しているが、これも振るわなかったら続行するのを躊躇してしまいそうな感じでいる。もちろん写真そのものが下手でつまらないという方もいるだろうし、他人のカップルを見てもつまらないという方もいるだろう。率直なご意見をお聞きしたい。
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弥生町。この建物と本文は関係ありません。

現在、二十間坂下の電車通にある「高杉印刷」の建物が解体中である。関根要太郎研究室@はこだてによると、この建物、大正11年頃の建築で、当時は金麟商会という会社が使用していたということだが、昭和9年の大火以後現在の高杉印刷が使用していた。
遠くから見ると何の変哲もない形をしているが、近くで細部を見ると玄関ドア等当時の面影を感じさせてくれる今となっては貴重な建物のひとつだった。いつもこんな時「残念」という言葉を聞くが、それ以外のことを言えないのが悔しい。民間の所有物であり、それを維持するのも所有者の費用となれば、金も知恵も出さない我々には「残念」の一言以外は口に出せない。

この「残念」の積み重ねが西部地区の虫食い状態の街並に至る。仕方ないのは仕方ないのだが、結局無力である我々は口惜しい。

だが、そんな中で、弥生町で二つの物件が現在「商談中」である。ひとつは「はこだて街なかプロジェクト」で西部地区空家・空地再活用プロジェクトでプラン提示されている物件である。
もうひとつは以前本ブログでもご紹介した現弥生小学校向かいの板張り古民家と蔵のある物件である。
いずれも恐らく建物は解体され、何かが建築されるであろうと思われるが、是非街並に相応しい建物が建築されることを望む。

西部地区には残念ながら年代物の空き家が多数ある。野口梅吉商店のように所有者が意志を持ってきちんと保存している場合はいいが、金をかけることができなければ、建物は朽ち果てて行くだけだ。
前述のように維持が困難な場合、金も知恵も出せない我々としては新たな所有者が西部地区を光らせてくれる建物を建築してくれることを願うだけだ。

また、ちょっと離れるが、護国神社と潮見中学校に挟まれた場所にある旧裁判所公邸跡地が整備されている。巷の噂によると、某ハウスメーカーが入札に参加し、落札したら分譲地とするとのことだ。ただ、ちょっと心配なのが、建物のデザインがワンパターンの会社であるため、景観という意味ではどうかな、という危惧を抱いている。

まぁ、いずれにしても西部地区が穏やかに空地・空き家が埋められて行くということはいい傾向であると思いう。あとは、くどいようだが、街並に合った建物を建ててくれることを望むだけだ。「街並に合った」ものはデザイン性が高い建物である。決して古さを模したものだけではなくてもいいのだ。
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弁天町、佐藤商会。

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弁天町、小森商店。

本日写真でご紹介する灯りは、西部地区にあるからこそ映えるものばかりです。

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大町、JOEと元町、公会堂。これはちょっと光を入れすぎた。

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西部地区と月と函館山。これも今一歩の出来だ。
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船見町にて。

昨日ハコダテ150+の記事で、同日の北海道新聞夕刊「マイたうん函館」に掲載された、はこだてランチョンの利用客が昨年実施された夏季と比較して好調に利用数が伸びている、その要因として市のブランド推進課の話によると、旅行会社のツアーに組み込まれているのも一因という旨の記事について、疑問だらけで読んだという記事を書いた。内容は上記リンク先を参照いただきたいが、あまり深くは追及しなかった。

そこで、ここではもう少し「疑問」について掘り下げてと思う。
まず、「旅行会社のツアーに組み込まれた」ために増加したということだが、函館の食材を使用した市民にはちょっと高いランチを食べて函館の料理を堪能してもらいたいという趣旨は悪くないと思う。だが、ここで疑問が生じる。
その組み込み方というのは、観光客が支払った旅費に含まれているのかどうかだ。ツアーの行程でバスから降りて案内されるままに食べるのと自分の財布からその場で金を払って食べたのでは、食後の感想が異なってくるのでないだろうかということだ。市民やパックツアー以外の観光客は当然後者である。
実際どのように「組み込まれた」のかは記事では明らかになっていないが、もし、旅費に含まれているのなら1,500円で提供されているということすらわかっていない観光客もいるのではないかと想像できる。だいたい「はこだてランチョン」という企画の料理を食べたというも認知していない観光客もたくさんいるのではないだろうか。

つまり、とりあえず数だけ揃えようという安易な発想がそこに見えてくるということだ。そのようにしてできたサンプルの質とはどのようになるのだろうか?堂々と報告書か何かに平然と同一環境下ということで記載するのだろうか?

また、ツアー客ではない者の利用について全く記載が無い。まるで利用客増加は全て観光客の利用増加とでも言わんばかりである。一応観光客向け実験イベントだから観光客ということにしておかなければならない、という「事情」もあるのかもしれないが、市民やよく函館の情報を調べた観光客以外は行かないだろうと思われる料理店でも利用客は増加しているという。
市も北海道新聞社もそこまでの情報収集と分析はしていないのか、あるいは頭をよぎっても「そこまで考えるのはよそう」と思ったのかは定かではないが、利用客増加には市民の利用増加もあると考えるのが妥当であるはずだ。そして、その情報源としてのWebの役割も多少あるのではないかと考えて、ランチョンの告知を行っているサイト運営者への取材や調査があってもおかしくはないと思う。だが、他のサイトについてはわからないが、少なくともハコダテ150+にそのような取材や調査が来たという話は聞いていない。

ちなみにグーグルではこだてランチョンを検索すると、最初に登場するのが今度のランチョン冬の参加募集、次になぜか昨年のハコイチの記事が続き、3番目に今年の記事としてハコダテ150+の「はこだてランチョンについて」が初めて登場する。ちなみに4番目が本ブログの記事である。
実際、ハコダテ150+のランチョン記事の閲覧数は都度相当数ある。常にその日の閲覧数トップとなっている。市民や函館マニアだって気にしていることがこれでよくわかる。

また、自分や他スタッフの取材でわかったことだが、きちんとメニューに「ランチョン」という名で提供せず、1,500円のランチという形式を取っている店がけっこうあった。これでは、そのランチを食べた人はランチョン企画メニューであるという認識を持つことができなくなる。それも「利用客数」に算入しているのだろうか?

実際に取材している者からすると、まだまだこの記事や市の発言に対して疑問があるのだが、それはまた別の機会に掲載することにする。ともかくこの企画には不思議なことばかり見えてしまう。
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ハリストス正教会。気分的にだが、この教会の建物、ホテルカリフォルニアに少し似ています。

「ホテルカリフォルニアからの遺書」という未完成の小説がある。と言っても著名な作家のものでも何でもない。私が構想とタイトルだけ考えてほんの出だしの部分を書いただけの小説だ。
舞台となるのは、昔函館に実在した喫茶店と私が札幌で住んでいたアパートだ。札幌での出来事と函館の喫茶店でのマスターとの会話とマスターの奥さんに起きた心情の変遷を、三つの場面を同時進行にして展開させていくものだ。小説は二つの短編を合わせてひとつの物語となっており、前編は「ホテルカリフォルニア」後編は「遺書」というタイトルが与えられていた。

まぁ、完成していなければ絵に描いた餅であるので、これ以上は記さないが、イーグルスのホテルカリフォルニアはこの小説でも重要な役目を持っていた。これは私だけなのかもしれないが、アメリカのロックはこの曲で終わったと思っている。この曲以降に生まれたアメリカの音楽は、日本で言えば「歌謡曲」か「ディスコミュージック」と何ら変わらない。
こんなことを言えば猛反論を浴びるだろうが、マイケル・ジャクソンの「スリラー」も私にとっては商業ベースに乗ったポップミュージックにしか聴こえなかった。

1960年代にビートルズとボブ・ディランとローリング・ストーンズらによって始まった一連の音楽のムーブメントの終焉が「ホテルカリフォルニア」であった。この曲の歌詞もそれをにおわせている。
ロック最後の曲に相応しい完璧な演奏だ。どこを切り取ってもこれしかないだろうという完璧な編曲とメロディだ。この曲を何度か聴いた時、これで何かが終わったと感じた。ロックだけではなかった。音楽が生活の大部分を占めていた自分の何かも終わったと感じた。しばらくの間空いた穴を埋めようともがくだけの日々が続いた。
そんな時、知人の女性が自殺した。彼女が死んだ理由はわからなかった。

そう、1976年に発表されたこの曲で「終わった」のだった。