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以前、私も共同執筆者として参加させていただいている、「函館食遊帳」で紹介させていただいていた、手打ち蕎麦「野菜ソムリエの蕎麦屋 きたわせ」、移転のためにしばらく休業しておりましたが、去る25日に函館市松陰町で再オープンしていました。

この蕎麦屋さん、実は私が苫小牧に住んでいた頃、仕事で伊達市に行った時にたまたま昼食で食べて、生まれて初めて美味しかったです、お店の方に言ったところです。また行きたいと思っているうちに、私が函館に移住したため、何かの機会がなければ食べれないのかとずっと残念な思いでいたところ、何と私を追いかけて(もちろん冗談です)函館に移転していたのでした。

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だが、函館で最初にオープンしたのは鍛治の駐車場もない小さな店舗。とりあえず遊んでいるわけにもいかないから、ということで仮オープンしたのですが、私のような一部の人間以外は駐車場もないこともあり、味に似つかわしくない客数しか来店していませんでした。
もったいない、函館市民がこんな美味しい蕎麦を食べないなんて、と残念に思っておりました。店主夫婦も函館での本格オープンを早くしなければと、物件を探して北斗市の大野新道と松陰町の2店舗に絞り込んでいたところ、私は強く松陰町を推挙。
また、お客さんから「函館は細麺が主流」と言われたと悩んでいた時にも、絶対に太麺を続けて欲しいと要望。函館には美味しい太麺がないからだった。

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そしてその通り松陰町にそれまでの蕎麦を出して営業を再開してくれた。私が訪れたのは28日の日曜日。昼時だったせいもあるが、開店したばかりなのにたくさんのお客さんがそこにいました。
なぜかとても嬉しかった。
客が閑散としていた鍛治の様子を知っているだけに、とても嬉しかった。

「きたわせ」は道内の蕎麦好きには密かにその名前が知れ渡っていた名店。伊達に店舗を構えていた時も、わざわざ札幌から食べに行くお客さんもあったとか。
その味がこの函館で食べることができるのです。
明日「函館食遊帳」に再執筆予定ですので、よかったらそれを読んで是非お試ししてください。私が以前本ブログで書いた函館の蕎麦屋さんの課題をきっと理解していただけると思います。
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公会堂



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高龍寺



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カトリック元町教会
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スターバックスはベイエリアにある。

オープンしてから約1ヶ月経ってから、今週やっとスターバックスに行った。以前にも本ブログで述べたが、私はひねくれ者なので開店当初の混雑時には最初から行く気はなかった。やっと今週その気になったので、以前の記事で約束したとおり、その感想を書いてみようと思う。

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まず、店内の雰囲気だが、オープン時の色々な情報では木をふんだんに使い、柔らかい雰囲気を出そうと意図されているとあったような気がするが、第一印象は都市的な感じがした。
だが、これはその時いた客層のせいかも知れないが、ひとりで入って違和感を感じないほど都会的でもなかった。

都会のカフェは、ビジネスマン等が多く利用しているため、ひとりでも全然不自然でもなく自分のペースで利用することができる。ところがこの時店内にいた客の大半は複数で来店していたため、個人的にはひとりを持て余してしまった。ちょっと自分の場所がないという感じがした。
都会ではひとりが普通だ。余談だが、首都圏では都心部のマックはハンバーガーを食べながら書物や新聞を読んでいるビジネスマンが数多くいるが、郊外に向かうにつれ家族連れや女性同士という客に占められる。観光地という場所柄仕方ないが、都会のような仕事の合間にちょっと一服という感じで利用するタイプの店舗ではなさそうだ。

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メニューは、スタバをしばらく利用していなかったのでさっぱりわからなかった。目が回るほどの種類のメニューがあったが、この名前の飲物は何なのだろうか全然わからなかった。また、紙ナプキンやクリーム等がどこにあるのか説明がなかったため、気付くまでけっこう時間がかかってしまった。

つまり、スターバックスのメニューやシステムを知らない者にとっては、戸惑うことばかりだということだ。逆に言うと、スタバのことは知ってて当然でしょ、知らない方がおかしいと言われているような気になったということだ。

私はカフェモカを飲んだが、味はまずまずであった。まだ一回しか利用していないので、上記のことはたまたま私が久し振りということで感じたことなのか、どうなのかわからないが、第一印象としてはひとりで内容を知らなければ使いづらいということだった。私は飲物を飲み干して写真を撮ってすぐ店を出た。滞在時間は20分くらいだったと思う。

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亀井勝一郎文学碑。

あなたは、「いい人」と聞いてどんな人を思い浮かべるだろうか?

それは人それぞれで違うだろう。そう、いい人は見る人によって異なるのだ。ある人にとっては「いい人」であっても、違う人からするととんでもないひどい人間であると評価されることがある。

だが、最大公約数的に誰からも「いい人」と呼ばれる人もいる。

私もたまに「いい人」と言われることがある。(最近はなくなったが、笑)
でも、その度に「違う、自分は決していい人ではない」と心の中で叫んでいた。
それは、私にとっての「いい人」と自分がかけ離れているからだ。

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函館公園のベンチ。

私にとっての「いい人」とは、その人と接すると幸せになれる人である。特別なことを話さずとも、その人と接した人間は何かが変わる。そんな人が私が思い描く「いい人」である。

そんな人間、そうなかなかいないんじゃないか?そう思われる方も多いだろう。その通り、「いい人」は恐らくこの世にいないのではないかというのが私の考えである。

自分の例を話そう。私がかつて接した会社の同僚・上司の中で、わかっているだけで自殺者が3名、犯罪で逮捕された者が3名いる。犯罪者の犯行は、殺人1名、窃盗2名である。全てどちらかの退職や転勤で、事件の時は自分との接点がなくなっていたが、それでも一時は色々な話をした関係であった。

もし私が本当に「いい人」であったとすれば、前記の6名は最終的行動として自殺や犯罪を実行しなかったのではないかと思っている。逆に、私と接触したおかげでそのような方向に進んでしまったのでは、と考えることがある。いずれにしても、私はその者たちを幸せにできなかったのは事実だ。

だから決して私は「いい人」ではない。逆に「悪い人」かもしれない。

人間は出会う人から大なり小なり影響を受けて生きている。自殺や犯罪を行う者は、結局、いい人と出会えていないのだ。

これは誰が善人か悪人かという種類の話ではない。人が他者にどのようなものを与えるかという種類の話である。
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十字街・三ッ星屋商店の看板。屋号でも解るとおり、昔は金森グループのひとつであった。

皆さんは「仕事」とは何なのか、と質問されたらどう答えるだろうか?
労働力を提供して、その対価としての金銭的報酬を得ること。言い方は違えどそのような意味合いのことを答える人が多いだろう。私もずっとそう思ってきた。だから、頑張って会社で働き収入を得ていた。だが、それも何年か前から少しずつ違った考えになってきた。

それは、ある老女との会話からであった。仕事で伺ったある家の老女と雑談をしてけっこうな時間が経った時、彼女が「もうそろそろ仕事をしなければならないから」と口にした。
えっ?と私は驚いた。80近くの女性であった。別に80歳の女性が仕事をしたらいけないということはないが、彼女に関してはそのような話は全く聞いていなかった。そこで私は「どんな仕事をしているのですか?」と尋ねた。すると彼女は「あぁ、仕事って家事。料理作ったりしなきゃならないからね」と答えた。

私はショックを受けた。冒頭に述べた金を産む行為が仕事だと思っていた者にとって、それは想定外の言葉であった。
だが、国語辞典で調べると、①しなければならないこと②職業③働くこと。労働と続いていた。
彼女はその最も本質的なことを話したのであった。

本来仕事とは上記①のしなければならないこと、なのである。ところが、私は会社に行って労働をし、給料をもらうこと、それが仕事だと思い込んでいた。読者にもそう思っている方が多いだろう。
だから夜遅くまでも、休日までも関係なく働き続けている方もいるだろう。

しかし、考えてみよう。私たちが「しなければならない」ことはそれだけだろうか?人によって「しなければならないこと」は違うだろうが、きっとそれぞれに必ずあるはずである。
だが、わかっていてもできないことが多くある。それは、収入を得るための労働を「仕事」だと思い込んで、それしか行わないからできないのだ。そう、金を得ることを「仕事」の最優先としているのだ。

世の中には「しなければならないこと」がたくさんある。それらは報酬の有無にかかわらず全て仕事だ。人間として生きていくための仕事である。

ところが悲しいかな、私たちはやはり金が必要である。そして昔より金がなければ生きていけない生活を送っている。それ故に収入を得るための労働に毎日振り回されている。その代償として、人間として行わなければならない「仕事」を放棄している。
だから自分の住んでいる街のことなんてどうでもいいのだ。将来の社会のことよりも今の自分の生活の方が大切なのだ。自分さえよければそれでいいのだ。

だが、個人を責めることはできない。これは社会という全体の問題だ。心が貧しくなるという犠牲を払わなければ収入を得ることができない、現代の経済社会の問題なのだ。
ここしばらく表情が素晴しい人を見ることが少なくなっている。どこか苦渋に満ちた表情の人間ばかりだ。きっと貴方が私を見てもそう思うはずだ。
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青柳町の一風景。今年夏撮影。

後悔だらけの人生でした。
人はよくその日その日を大切に生きよと言いますが、その言葉を借りるなら、その日その日が全て無駄な日々であったといえます。人に誇れることなど何ひとつ行ったことがなく、いつも自分に幻滅している毎日でした。

どうして人は集団になると平気で人を傷付けれるのでしょうか。同級生のHは、二人だけで話し合うととてもいい奴でした。こいつなら信じてもいいやとも思いました。だから僕の部屋に連れてきたり、初恋の女の子の話をしたり、その子の写メを隠れて撮ったことも打ち明けました。
Hはとても真面目に聞いてくれました。でも、何日かしてから、Hが付き合っているグループの人たちから、「お前、あいつのこと好きなんだって?おまけに盗撮までして」と、僕のことをからかいました。その日から、全然僕とは関係ないとんでもないことで、僕をいじめ始めました。とても辛かったです。

本当は最初に奴らに毅然とした態度をとれば良かったのですが、でも、相手は5人もいて、とてもそんな勇気はありませんでした。だからじっと我慢しました。こっちが我慢すると、もっと奴らは面白そうにいじめを続けました。
でも、もう限界です。

このことをお父さんに相談しました。お父さんは学校に相談すると言ってくれました。そして、男ならもっと強くなれ、とも言いました。
お父さんが学校に話してくれて、少しの間は何もなく過ごせました。僕はホッとしました。でも、クラスの僕への視線が前よりももっと冷たくなりました。

奴らも最初何もしなかったのですが、しばらくすると下校途中で僕を5人で囲み、無言でじっと睨むようになりました。何も話さないし、暴力もありませんでした。ただ少しの間そうして、Tが帰るぞと言うとみんなその場を離れました。
何回かそんなことがあり、またとても嫌な出来事が始まったと絶望しました。でも、ある時お父さんの言葉を思い出し、強くならなければと思ってじっと奴らを睨み返してみました。すると、奴らは本当に怒ってHが僕の腹にパンチしました。そうしたら、他の奴らも僕を殴ったり蹴ったりしました。僕はしばらくその場から立ち上がれませんでした。

やっぱり僕は弱いのです。強くなろうと考えました。でも、もし僕が強くなると、今度は誰かが弱くなって、きっと誰かがその子をいじめます。つまり、僕が違う僕をつくることになってしまうんだと思ったのです。それではその子が可哀想です。
弱いのは僕だけでいいです。でも、もう限界です。

どうして僕が僕であってはいけないのですか?僕は誰とも喧嘩したくないし、強いとか弱いとか、本当はどっちでもいいんです。僕が僕であればそれでいいんです。でも、他の人たちは僕が僕であればいじめるんです。強くなろうとすれば怒るんです。
もう疲れました。限界です。

だから、僕がずっと僕でいれるところへ行くことにしました。さよなら。


*これはいじめ自殺に対して筆者が思ったことを手記風にして創作したフィクションです。
本日は、ちょっと早いが今年撮った未公表写真でをご紹介して回顧しようと思う。と言っても、非常に個人的な回顧になるのため、回顧できるのはきっと私だけだろうから、皆様には普通に写真をご覧いただきたいと思う。

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イチヤマ商店。ずっと気になっていたが、今は普通に営業しているようだ。

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元町の個人的なお気に入りストリート。左手前の味のある平家の建物を含んだ土地が売出しされていた。最近見ていないが、売れたのだろうか?

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松陰町「らんぶる」。ここは写真の撮りごたえがあるお店です。

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亀田川の高盛橋。飛んでいる鴎をレンズで追いかけて行って撮った写真。鴎に見えないし、川面も入っていない大失敗作(笑)

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春の旧相馬邸。生きているうちにこの邸宅内部を見ることができるなんて思ってもいませんでした。

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弥生町「みかづき工房」今はもっと大きい薪ストーブが活躍しています。本当に色々お世話になりました。

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相馬㈱社屋。今年の特徴としてバルブ撮影を始めたこと。本当に綺麗に撮れるものだ。
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末広町、日下部邸。

ツイッターのフォロー数も本日現在で144名になった。さすがにこのくらいの数になると、ちょっとPcの前から離れているとツイート数がその間に膨大に溜まってしまう。とても全部は読みきれなくなる。
もっとフォロー数が多い人はどうしているのだろうか?と、人ごとながら考えてしまう。

自分のつぶやきも、流れの中で自分でさえ何をつぶやいたか忘れてしまうことが多い。
でも、中には言いたかったこともけっこうつぶやいている。そこで、本日は比較的最近のツイートの中から幾つか取り上げてまとめてみた。

★食事をしながら読んだちょっと古い週間新潮に茨城空港が道の駅化しているという記事があった。新幹線新函館駅も最悪それに近い雰囲気になってしまう可能性もありそう。乗降客はそれなりにあると思うが、駅や周辺の利用度は低いと想像できる。

★時々経営についてのツイートを見掛ける。経営者でもない人間がこんなことを言うのも何だが、結局は発想だと思う。松下幸之助の「言葉」はまさしくそれを裏付けている。彼の経営手法を紹介する時、経営理論ではなく経営哲学という言葉の方が多く使われるのはそのためだと思う。

★松下幸之助の言葉で最も驚いたのが、ある年の新年幹部会の時のものだ。ある営業幹部が今年の売上目標をあげ頑張ると発言。これに対して松下氏は、数字を追い掛ける仕事をするくらいなら何もしない方ががまだましだ、と話した。すごい。

★元松下電器の社員から聞いた話でとても面白いものがあった。社内キャンペーンで、製品クレームを持ってきた者に報奨金を与えるというものだ。営業マンは皆張り切って販売店回りをしたそうだ。これも理論というより発想・哲学と言うべきであろう。

★3、4年ほど前に松下電器(当時)幹部の方から聞いた話。問題となったファンヒーターを探す作業は、専門の担当者が最後の1台が見つかるまでひとつのセクションとして仕事を続けることになっているとのこと。それまではセクションの解散はないとのことだった。

★死刑囚に死刑執行人が訊く。「最後に何かしたいことはないか?」死刑囚が言う。「煙草を一本吸いたい」死刑執行人「健康に悪いからやめとけ」

★面接官「この会社を選んだ理由は?」応募者「生きていくためです。もうここしかないのです」面接官「そんな動機では駄目だな」応募者「どうして生きていくことが駄目なんですか?」面接官「仕事と生きることは別なんだよ」

★業者「市の仕事を受託するには?」市「市の指定業者であることが条件」業者「指定業者になるためには?」市「市発注の仕事をしたことがある業者です」業者「?」これは札幌市で実際にあることです。

★映画「シンドラーのリスト」はスピルバーグでなければ作れなかったとの話を聞いたことがある。彼のハリウッドに対する発言力だけでできた映画だ。興行的な成功を度外視した、ユダヤ人として作らなければならなかった映画だったのだろう。他の監督だったら企画は潰されていたとの話。

★ナチスの行為は残虐で正当化できるものは何一つないが、皮肉なことに、そのお陰で戦後産婦人科の領域が飛躍的に進歩したという。それまで、女性の腹部は神聖でメスをいれることはタブーだったらしい。

★いつも思うのだが、友達知人だから安くするのは当然という風潮がある。また、そういう知り合いがいると得意げに話す人がいる。この時代、友達・知人であれば逆に定価以上で買ってあげるのが本当じゃないかと思う。相手の首を絞めることが愛情なのか?
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公民館事務室。

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二階。

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地階集会室。

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外観。

函館市公民館は護国神社坂に控えめに佇んでいるが、専門家によると音響的にも優れた名建築物のひとつであり、函館らしさを知ることができる、そこにあることが街にとって当り前となっている風景の一部でもあります。