<   2011年 01月 ( 32 )   > この月の画像一覧

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大雪の中で旧英国領事館を撮影する観光客

函館も他の雪国の例に漏れずに連日雪が続いている。前々回に吹雪きの中、開き直って雪降る風景を撮ったら、人間怖いものなしになって、吹雪や大雪の中で(ほとんど車の中からだが)風景を何枚か撮るようになった。本日はその写真をご紹介する。

上の写真は、前々回にご紹介した写真を撮影した直後に、たまたま一人の女性が領事館へ向かって門を入っていった。とその時、彼女も領事館を撮影しようとカメラを構えたところを撮影したもの。う~ん、彼女の方が偉いですね。
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この写真は西埠頭から常盤坂を写したもの。真直ぐ伸びた坂が雪でぼやけている。函館市内でも、やはり函館山附近は特に雪が多い。
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この写真も西埠頭から撮ったものだが、撮った自分でさえ何が何だかよくわからない。ただ、雪が真横に降っているのはわかっていただけると思う。
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これは、ハコダテ150+の写真館にも投稿したもの。ペリーは雪の中でも勇敢に立っていた。

雪国で撮影する者の特権として、吹雪を撮る機会に恵まれているというものがある。これは、今後の面白い題材となるような気がする。



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弥生町・みかづき工房にて

この話は事実である。なぜなら、実際に私が体験した話だからだ。体験したといっても、私が被害者でも、加害者でもない中立な立場での体験だ。

舞台は札幌だった。私は不動産仲介業務を行っており、業務で土地の売却を頼まれていた。売主は近郊で農業を営んでいる年配者だった。自分が持っていた畑が土地区画整理事業の対象となり、畑に使えないのなら売却してしまおうという理由だった。
売主は、農家特有の優しさを持っている方で、仕事で農場に訪れる度に採れた野菜や果物を私にくれた。私はいつもその恩恵にあずかっていた。

その頼まれた土地に買いたいという客が現れた。札幌市内のA不動産会社が買主を見つけてくれたのだった。買主は30代前半の若い方だった。若いゆえに資金も充分ではなく、多少の金額値引交渉が入ったが、売主さんも自分の息子のような若者だからと快く値引に応じてくれた。
買主の住宅ローンの事前審査にも承認が下り、順調に契約へ至った。そこまでは普通の取引だった。

だが、それから私が経験した取引の中で、最も驚いた展開を見せることになった。
その前に、住宅ローンの仕組みがわからない方に簡単に説明しよう。土地建物の総体費用を借入する場合、銀行で実際に融資金が出されるのは、建物が完成してからなのである。ところが、建物は土地が本人の名義にならないと建てることが通常できない。そのためには、買主は土地の代金を全額支払わなければならないのだ。ローンの金が出ないのに土地代金を用意しなければならない。無理な話だ。
そこで、通常行われるのが、つなぎ融資という土地代を立替えて別の金融機関から一時的に借りるという方法と、建築会社が土地代を立替えて支払うという2つの方法だ。後者の場合、小さな建築会社であれば銀行から資金融資を受けて支払うことがある。

買主の建築の請負はB建築という個人経営のものだった。そして、土地代金の決済は後者、つまり建築側が支払うということになっていた。
一定の手続が終了し、土地代金の決済日がになった。土地の仲介業者である私は、決済場所や司法書士等全ての準備を整え、売主買主を待つことになっていた。ところが、予定時間の1時間前になって、A不動産会社の営業マンから、B建築が金を調達できなかったと私に連絡してきた。つまり、土地代金は用意できなかったということだ。前代未聞のことである。何か不都合が生じることは、不動産取引にはたまにあることだ。だが、決済の直前にそれが発覚することはまずない。

私は関係者に連絡を取ろうとしたが、もう既に皆指定された場所に向かっていたため連絡がつかず、結局B建築以外の人間が全て揃った中で、事態の報告をしなければならなくなった。全員あきれたり驚いたりして、その場はやり場のない重い空気に包まれてしまった。
しかし、困ったねでは当然済まされない。A不動産の営業マンは、完全にどう対処していいのかわからなくなっていた。仕方なく私はB建築の者に電話をし、どうするつもりなのか問い質した。するとB建築は3週間後までには必ず用意するとの返事をしてきた。もう完全に信用できなくなっていたが、売主と買主の気を静めるために、いちおうその日を決済日として改めて設定することになった。

もうA不動産は対応能力を持っていなかった。私も初めてのことだが、必死になって考えた。B建築に何度か電話し、借入予定の銀行はどこなのか、担当者は誰なのか尋ねた。そして、その銀行の担当者に直接会いことの真偽を確認したところ、確かに相談には来たが、実際の融資は不可能だったので断ったとのことだった。

完全に作り話にだった。私が入手した事実をB建築に話すと、そこではない、と言葉を翻した。ある金融機関から(銀行ではなく)の借入を申し込んでいるとの答が帰って来た。その金融機関はどこなのかと訪ねてみたが、今度は実名を挙げなかった。
事態は収拾不能になってきた。そこで私はA不動産に、予定日に決済ができなかったら買主に対して損害賠償を請求する旨伝えた。ことの経緯からいって、買主は悪くないのだが、契約上では買主の責任となるため、賠償請求先は買主となってしまうのだ。A不動産の営業マンはパニックになっていて何も出来なくなってしまった。仕方なく引き続き私はB建築に連絡し続けたが、そのうち連絡が取れなくなってしまった。

そこで私は損害賠償請求を出そうかと売主と相談した。本当はそんなことをしたくはなかった。買主は建築の契約金として50万円をB建築に支払っていて、ほとんど金が残っていなかったのを知っていたからだ。だが、それでも業務として、何らかの決着をつけないわけにはいかなかった。
だが売主は、息子のような若者を苦しめたくはない、可哀想だと解決策を探った。そんな折、買主が別の建築会社を見つけたとの連絡が入った。そこはそれなりに業務をきちんと行っている会社だった。私はそのC建築会社の担当者と連絡を取り、確認の上、決済をあと1ヶ月延ばすことを売主に提案した。売主は承諾し、ただしそれが最後のチャンスとし、不調に終わったら本当に損害賠償請求する旨の確約書を買主と交わした。

最終的にc建築会社が何とか期日を合せて金を用意し、予定より3ヶ月遅れて何とか土地代金の支払いは終了し、買主は建物を建築することができた。だが、B建築に支払った契約金50万円は戻ってこなかった。それをA不動産の担当者は自費で買主に戻した。
建物が完成し、買主が新居に引っ越してから、ある書類に買主の署名捺印をもらいに訪れたことがあった。その書類は取り決めごと関係のものではなく、単なる事務手続上の損にも徳にもならないものだったにも拘らず、買主は署名捺印を拒否した。もう書類にはサインをしたくないと拒んだのだ。気持ちはよくわかった。それでも、主旨の説明や感情の高ぶりを鎮めて何とかサインしてもらった。その頃、B建築は別の詐欺事件で逮捕され収監されたとの噂を聞いた。

これは本当に私が体験した実話である。

*もちろんのことではあるが、冒頭の写真と本文は全く関係がありません。念のために。



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高田屋嘉兵衛像と函館山。個人的にこの組み合わせは絵になると思っている。嘉兵衛像の横のビルがなければ申し分のない「絵」である。

たまには、写真を中心にお送りしたい。私は写真をフィルムで撮っている。(コンデジもあるが)そのため、フィルム1本が一区切りとなるわけだが、今回現像されたものは、けっこう気に入っているものが多い。色々新たな試みで撮影したものが結構ある。
次の写真もその中のひとつだ。
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吹雪の時に撮影した旧英国領事館。
しばらく函館は雪の日が続いた。散策をしながら撮影することが身上の私にはなかなかその機会がなかった。吹雪の日はもちろんのこと、しんしんと降っている雪の中を歩いて撮影するのもしんどい。おまけにカメラを首からぶら下げてうろうろするため、カメラが雪で濡れてしまう。

そんなフラストレーションが溜まりそうになった時、もういいや、車の中から撮ってしまえ!と撮影したのが上の写真である。そして、どうせ雪だらけなのだから、雪に焦点を合わせてしまえ、とやったら、こんな写真になった。これはこれで面白いと自己満足している。
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元町のプレーリーハウス。ここでは構図を決めるのに5分ほどかかった。また、決めてからピントをどこに合わせるかにも相当時間がかかった。きっと何枚もこの建物を撮影しているからだろう。建物そのものにピントを合わせると、どうもしっくりこなかった。だが、美しいデザインの建物である。それをしっかり写さなくてもいいのか、と思ったが、美しいものはぼかしても美しいはずだと決めて撮影した。
どうだろうか。
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旧ロシア領事館。雪の白とレンガのえんじ色の対称がいい。そして雪が綿のように木の枝に載っているが気に入っている。

これから、最初の方に話した気に入っている写真を多く登場する予定である。また、先程ハコダテ150+にアップしたスタッフブログの「冬の鱒川町」で使用した写真もお気に入りだ。良かったらご覧いただきたい。


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旧ロシア領事館

今朝の北海道新聞朝刊の道南面に、「高校生ホンネ調査」を読んだ。市教育委員会が市内7高校の2年生を対象にした調査であるという。調査結果の内容から、答が選択式であったことがすぐわかったが、この場合、答える側としては、近似のものを選ぶために「ホンネ」とはなりずらい。まぁ、それは集計する上での都合もあるから仕方ないと思うのだが、全ての質問と返答の集計結果を調べようと市HPを開けたが、例によってどこにも報告は無かった。

またしても、道新の報道を基にするしかないのだが、高校生が最も要望している(逆に言えば不満・不足と思っている)ものが、「自由に遊んだり集まったり出来る場所を増やしてほしい」が656名だダントツの1位となったそうだ。
この場所とはいったいどんな場所なのだろうか?しばらく、あれこれと考えてみたが、具体例が思い浮かばなかった。ひょっとしたら答えた高校生もわかっていないかもしれない。単純に集まろうと思えば、どこにでも集まることが出来るだろう。友達の家でもいいし、喫茶店でもいい。
だが、そう思ってしまうのは、世代が違うからだと思う。

私が高校生の時は、目的がなくても自然に喫茶店や同級生の家に集まり、その面子で何か遊ぶことを見つけてやったものだ。時にはギターを弾いたり、違う同級生の家に行ったり、喫茶店に行ったり、何も思いつかなければそのままいたりと、とりあえず集まっていた。だから集まり場所に困ることはなかった。
しかし、今は喫茶店自体少ないし、高校生が喫茶店に行くということをあまり聞かない。せいぜいカラオケやゲームセンターやそれに類する場所に少人数が集まるというイメージしかない。もちろん友達の家に行っている高校生も数多くいるだろう。だが、気のせいか、積極的に外に出かけて遊んでいるというイメージは薄い。

だから設問自体が現状とマッチしていないような感じがする。そして、高校生は仕方なくどれかと言えばこれ、という感じで答を選択したような気がする。
高校生にとって、「自由に遊んだり集まったり出来る場所」というのは、親元を離れた都会以外にはないのではないかと思う。自分がそうであったし、これは世代関係なくそのくらいの年齢になると誰でも思うことではないか。就職難だから函館を出たい・出なければならないという背景もあるかもしれないが、仮に景気が良くても、この年代は都会に憧れてしまうのは仕方ないことなのだ。

だからといって、札幌や東京にあるような「遊び」を函館に再現しようとしても、それは困難なことだ。都会と函館では「遊び」の全体構成がまるっきり違うのだ。例えば、普通の人にはあまり関心をもたれないマニアックなものでも、都会では人口の0.0001%の者がマニアックなものを提供する店を利用したら、充分経営が成り立つ。だが、函館ではあっという間に経営は立ち行かなくなる。
そのため、当然の結果として遊びの種類は少なくなり、ワンパターンになってしまう。若者は退屈して、とどのつまり、男女交際に走ってしまう。そして「できちゃった婚」を早々にしてしまう。だが、本当は遊び足りない。我慢できずに遊んでしまう。そして離婚が待っている・・・。地方都市のよくあるパターンだ。
それに比べて都会は遊びの裾野が広い。次々と目新しい遊びが作られる。今の遊びに飽きても、違う遊びをすぐ見つけることができる。だから都会は晩婚型が増えることになる。

それはもう仕方のないことなのだ。出たければ一度出すしかない。大切なのは、戻って来たいと思える街であるか、戻ってきたらそこに仕事があるのか、そしてその仕事で食べていけるのか、ということなのだと思う。
そんな街ではないから函館を出るという者もいるだろう。それも理解できる。出戻り組として、それは痛感している。

さて、そこで結論と行きたいところだが、正直言って一言では片付けられない。様々な要素が絡んでいるので、一刀両断というわけにはいかない。函館の人間の気質・起業力・経営力・金の流れ等々説明しなければならないことが多岐に亘る。
ただでさえ長文になってしまっている本ブログであるのに、ここからその説明を始めたら、書く方も読む方もぐったり疲れてしまうだろう。多分私は明日仕事を休まなければならなくなる。
そんなわけで、中途半端にこれで終わるが、ともかく、危ない子供の犯罪は増えたが、危ない子供の遊びは減っている、そんな気がするのは私だけだろうか。



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旧茶屋亭にて。

私は毎日ブログを更新し、その数だけ記事を書いている。時には二度と読み返したくないような記事もあれば、よく書けたと自己満足に浸ってしまう記事もある。だが、どんな記事もその時書きたいと思ったことを、自分の気持ちに忠実に書いている。
しかし、それは自分の世界だけのことだ。私の記事を読んだ方が、どのように感じたり思ったり、時には怒ったりしているかは、一部のコメントで応えてくれる方以外はわからないのが実情だ。

これは、ブログやサイトを持っている方であれば同じ思いをしているかもしれない部分だ。ところが、例えば私がブログで、これはおかしいのではないか、と指摘したことや、これは素晴しいと紹介したことが、その後に形となって現れることがいくつか見られる。
勿論、単なる偶然かもしれない。私がブログに書こうが書くまいが、自然の流れとしてそうなっていたことかもしれない。私以外の方が強く訴えた結果だったのかもしれない。それはわからない。だから、思い上がるつもりは全くないし、できるだけ客観的に見つめていたいと心がけているつもりだ。

それでも、私が本ブログで表した事柄について、何らかの変化が見られたら内心書いて良かったと思う。
昨日書いた、市街地の拡大をせずに街をコンパクト化すると、市都市計画審議会で議決されたという件、私がハコダテ150に写真投稿し、コメントを添えていた2009年から機会あるごとに訴えていたものだ。
また、スターバックスについて、コーヒーを渡す時にコーヒーミルクのある場所の説明がなかったと書いたら、次回訪れた時にはきちんと説明を添えてくれた。ところが、その時は4人掛けのテーブルが無かったことに改めて気付き本ブログで苦言を呈した。すると次に行った時には、2階に4人掛けテーブルがセットされてあった。

逆のパターンもある。元町の旧亀井勝一郎邸の修繕工事に使用されている木材の品質のばらつきが見られる点と断熱材の装填方法に疑問を表したら、幾日とも経たずに建物全体にシートが被され、完全非公開のまま工事が進められたのだった。

繰り返し言うが、これらは全部偶然かもしれないし、本ブログが影響を及ばしたと断言は決してできない。しかし、仮に誰かがたまたま記事を読み、それをうっすらと憶えていて、何かの話の時にそのようなことを、「誰なのか忘れたけど、こんなことを言っていた」とか、それも憶えていなくとも、読んだ人の無意識の一部に残り、自然とその方向に向いて行ったとしたら本望だ。
なぜなら、私が最も望むのは、(仮にあったとしたら)功績を讃えてもらうことではなく、何かが改善されて、自分や人々がよりこの街を楽しむことができることなのだ。

だが、こんなことより、もっと顕著に結果に現れたことがある。昨年大きな問題となった自由の女神像の件だ。当初撤去に抵抗するような姿勢を見せていた北村水産が、ネット署名活動が始まった途端に撤去表明したことだ。
これは最もわかり易い実例だろう。

インターネットはまだまだ影響力はないと言われることがあるが、水がゆっくりと土に染み込むように、ネットを見ない人にも次第にその影響を及ぼす力は存在していると確信している。


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2009年9月の函館山からの眺望。

1月24日に開かれた函館市都市計画審議会の決定内容が本日の北海道新聞朝刊にて報じられた。
しかし、記事には際立った具体策も無かった。それが、記事としてまとめるための都合のためだったのか、それとも決定内容そのものが具体的でなかったのか、判断がつきかねたため、市のHPで確認しようと試みるもその報告もないので、道新の記事を基に気付いたことを述べてみたいと思う。

今回の決定事項として報じられた主な内容は以下の通りだ。
市街化区域は現状を維持し、駅前・大門・本町等の中心市街地の活性化を図る。郊外の大型商業施設を規制。滝沢町地区の市街化区域を市街化調整区域へ戻す。

これを北海道新聞社は「コンパクク化」と表現した。だが、現状維持のままでは、今後の小子化による人口減を想定しての「コンパクト化」とは言えない。なぜなら、現状の市街地がちょうど人口に適した密度を保っているわけではないからだ。
市内のあちこちには利用されずに単なる空地となっている広めの土地が数多く散見される。それに加え、人口が減少すると不要な土地が今まで以上に出現するのは誰にでもわかることだ。つまり、虫食い状態が拡がるだけでコンパクトになるわけでは決してない。
まして、郊外近くのロードサイド店舗が日常生活の主役となっている地域では、競争や人口減による売上減ともなれば引き上げていくことも考えられる。今まで「新しくて、物量が豊富で、安い」として、それを基準に生活を営んでいた住民は戸惑う。だが仕方ない。不採算店舗は閉鎖しなければ企業の存続に係る。まして、ほとんどはリースバック方式のため、違約金を支払うだけで引き払うことができる。赤字で営業継続するよりはずっとましだ。

そうなると、現状維持の政策では、全ての地域が中途半端な状態となり、どこに住んでも不便となる。まるで函館市がいくつかの村に分かれたかのような機能配分となるのだ。というより、既になっている。
コンパクトにするということは、機能を集中化することなのだ。決して行政機関のことではない。商業・金融・交通がある程度の範囲内におさまり、市民が効率的な行動を取れるような都市態形になることが、コンパクト化というものだ。
ところが、新聞によると、これを目指す理由がまた面白い。「道路維持や除雪など行政コスト増加に歯止めをかけ、都市生活を持続させる目的がある」とのことらしい。

つまり、人口が減れば税収入も減るので、支出を抑えたい、というただそれだけの理由に解釈できる。全く発想が貧困であるし、そこに市民の日常生活という実像に即した思考を感じさせない。
明治時代、函館という既存の先進的な都市があったにも拘らず、政府は札幌を北海道の中心地とするべく、様々な施策を重ねた。北海道全体の地理的関係を考えると、函館では統治に物理的な無理があるからだろう。そして、結果的にそのようになった。

函館市もそのくらいの発想の転換を図らなければ、コンパクト化は単なる理想論で終わる。今回示された案は、子供の人口が減り始めた初期に採るべき策であって、人口減少が確実になっている現在には、もう時代遅れの案としかいいようがない。今から10年から15年前に施されたものであれば画期的なものだっただろう。

今回の新聞報道の見出しだけ見た時、やっとその気になったかと期待を持って読んだが、何とも形だけのもので終わってしまいそうな公算が高い。
はぁ~とため息をつき、さて、自分の老後はどうなるのやら、と考えてしまうのであった。

ただ、滝沢地区の調整区域化を実施する前に、もし、上下水道や道路の整備が終わっていないのであれば、それを終えてから指定変更してほしい。一般の方はご存知ないかもしれないが、都市計画法では、市街化区域に指定した場合、その自治体は前記のことを実施しなければならない義務を負うのだ。
立つ鳥跡を濁さず、だ。


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この度のハコダテ150+の「X'mas イルミネーション フォトコンテスト」の最優秀賞の賞品のひとつとなった、阿形佳代さんの作品。「ガラスの家」

本ブログでも何度か話に出て来ている、東京都在住の阿形佳代さん。
たまたま、12月に函館に長期滞在をされていた時、私がコンテストの賞品として、作品のご提供のご協力いただけないかとお願いしたら、二つ返事でOKをいただけた。そして、幾つかの作品を候補として持ってきていただき、八幡町の小春日和で並べて観賞させてもらった。
どれが賞品として最も相応しいか、感性に乏しい私は判断しかねた。最初、函館は教会があるから、教会の作品がいいかと阿形さんと話した。それが下の写真の左奥のものだ。
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とてもシンプルに仕上げているが、何とも上品な情緒がある作品だ。
だが、冒頭の写真の作品もとてもいい。レンガもまた函館の建物らしい。迷ってしまった。そこで、仕事中で忙しいところを無理を言って、小春日和代表の大野友莉さんに見てもらい、直感でいいと思うのはどれかと尋ねた。彼女はすぐさまレンガの家を選んだ。

私が彼女に選んでもらったのは、恐らく阿形さんの作品の良さをより理解してくれるのは女性の方が多いだろうと思ったからだ。それは的中した。
その場で150+用の写真を撮り、まずスタッフ全員にこれが賞品です、とのメールを送信したところ、ある女性スタッフから、受賞資格のないスタッフであることが残念とのメールをもらった。また、別の女性スタッフと話した時も、あれは欲しい、との率直な感想をもらった。

ガラス工芸品の最大の特徴は、背景によって作品の雰囲気が変わってくるということだ。同じ、小春日和で撮影した別の写真をご覧いただきたい。
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上は背景の色が基本的には白だが、椅子や観葉植物がガラスに反映してちょっと複雑な表情になっている。そして下の写真は白が背景の時とは全く違う大人っぽい表情になっている。
つまり、見る側の気分や感覚によって置き場所を変えると、見事にそれに応えてくれるのがガラス工芸品であるということだ。正直言って、阿形さんと出会うまではこの素晴しさに気付かなかった。だが、彼女の作品を手に持ちあれこれと観賞させてもらっているうちに、そのことに気付いた。

だが、もちろんそんな素敵な観賞方法も、作品そのものが良くなければ成り立たない。彼女の作品は見事にその期待に応えてくれている。ちなみに、2枚目の右の作品は、彼女が賞品が1個だけだったら少し寂しいでしょう、と自らもう1個提供を申し出たものだ。そのため、コンテスト当初の賞品リストでは単体として紹介していたのが、最後では2個と変更されている。
最初候補とした教会は、彼女の作品の函館在住のファンが全て買い上げてなくなってしまったそうだ。

実は、昨年夏に初めて彼女が長期函館滞在をした際に、個人的にいただいた桜の花を散りばめたぐい呑みがある。私はそれがとても気に入っている。しつこくならない程度に、ランダムに桜が舞っているような絵は、上品さをより醸し出している逸品だ。
ところが、家の片付いていない室内に置いても、どうも作品の良さを楽しむことができないため、ある処に飾ってもらっている。もちろん売り物にはしていない。

それを近々撮影し、本ブログでご紹介したいと思う。
阿形佳代さんの作品は、元町の「はこだて工芸舎」で展示販売されているので、関心のある方はそちらに出向いていただきたい。きっと春にはまた桜の作品を作ってくれると思うが、今は函館ではきっと私だけが所有しているだろうと、密かにほくそえんでいる次第である。


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西浜町の旧野口梅吉商店。

函館に明治から大正にかけて、馬車鉄道が走っており、それが現在の市電の路線の基盤を築いたということをご存知の方は多いだろう。その当時の写真も残っているため、その当時の街の様子なども窺い知ることもできる。
だが、当時の函館中心部である西部地区での路線が、たった1本の道路違いで2路線が並行して走っていたことを知っている方は意外と少ない。かく言う私も、しばらくうろ覚えの状態のままで、2路線だったことを自信持っていなかった。ところが改めて調べてみると、やはりそうだった。

このことをハコダテ150+でも特集の中で取材しているので、こちらを参照していただきたい。

その複数の路線とは、現在の函館どつく前から十字街までを並行に走るもので、今の電車通りのひとつ函館港側の通りだ。十字街からも銀座通りを通って東雲線で合流する路線もあった。そのような事実を前提にこれらの通りを見ると、沿線にある建物が立派で、今見ても馬車鉄道というメインストリートに相応しいと思える建物ばかりが並んでいる。

そこで、本日は当時の駅名で西浜町から恵美須町あたりにかけての、たまたま撮っていた建物の写真を西浜町よりからご紹介しようと思う。鉄道沿線の建物として見ると、たぶん納得していただけると思う。
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旧堤商会。現在はロマロマなどが入っている佐藤商会である。
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ご存知、太刀川米穀店。Tachikawa Cafeと言うより、太刀川米穀店といった方がしっくり来るのは歳のせいか。重要文化財。
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コーヒーハウスJOE。旧遠藤平吉商店。何度見ても素晴しい建物だ。なお、一時閉店状態であったが、この頃はけっこう頻繁に開店しているのを見かける。ここを通って、開いていたら入って中の落ち着いた佇まいを堪能してみることをお勧めする。
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ちょっと距離は離れるが、函館海産商同業組合事務所。名建築家、関根要太郎の現存する傑作だ。知人の某氏がこの建物にある一室を占領している。何という贅沢というか幸せ者というか、とにかく羨ましい限りである。
また、写真右のマンションが建っている所には、昔北海道拓殖銀行函館支店があった。そのことからも、馬車鉄道の重要性の高さは理解できる。

さて、その馬車鉄道通りであるが、馬車鉄道そのものと沿線の建物も含めて、私なりの視点で調べてみたいと思っている。そして何らかの形でご紹介しようと計画している。
今年は調べたいことが多い。自分に課した宿題である。


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魚見坂界隈の小路。船見町・入舟町にはこのような長屋が多い。映画「海炭市叙景」で使用された長屋も、この附近にあるこんな感じの長屋だと推定できる。

函館・梁川町にマンションが3棟建築される。長く続く不況で、函館市内においてはマンションといっても、小規模な賃貸目的のマンション建設がしばらく主流となっていた。そんな折に発表された函館としては大規模なマンション建設計画でどうしようかと考えている方も多いだろう。
そこで本日は、マンションを購入して住む利点と難点についてお話ししてみたい。

まず利点から話そう。
1.利便性が高い
マンションの利点のかなりの部分はこれであろう。アクセス・買物等に便利な地域に、一戸建を購入しようと思っても、土地価格の高さから一般市民はなかなかできるものではない。そんな場所に住むことを実現できたのがマンションだ。

2.利便性の高い割に価格が低い
これは、ちょっと考えるとわかると思うが、ひとつの土地に一世帯だけ住むわけではないため、当然安くなる。ちなみに、不動産業界では容積率100%当たりの坪単価という、土地価格の計算方法がある。例えば、一般の住宅地で容積率(土地の面積に対する延べ床面積の割合)が100%の場合(この場合、50坪の土地であれば、50坪までの建物を建てることができる)で土地価格が坪当たり20万円であれば、100%あたりの坪単価は20万円となる。だが、これが容積率400%で坪単価60万円の土地であれば、100%当たり15万円となり、同じ面積の建物を建てる場合の土地代は結果的に安くなる、という計算の仕方だ。
このようにして、マンションの方が一戸建住宅よりも安くなるということが可能になる。

3.管理が人任せにできる
これもマンションの魅力のひとつだ。管理人がいる所では様々なことを任せることができ、何かあっても一戸建のように自分で対応しなくても済むことがある。通路部分の清掃などもそうだ。

4.雪掻きが不要
ご年配の方がマンションを選ぶ大きな理由のひとつがこれだ。車を所有していなければ、雪掻きをしなければならないのは、せいぜいベランダくらいで済む。

5.防犯性が高い
昨今のマンションはオートロック方式が主流であるため、なかなか他人が勝手に入って来れなくなる。たまに偶然マンション住民が出入する際に侵入することができるが、しっかり目撃もされているし、また、今は当然のように防犯カメラもある。

6.頑丈で長持ちである
マンションの建築工法は通常鉄筋コンクリート造(RC造)か鉄筋鉄骨コンクリート造(SRC造)である。これらはの素材はみんな堅固である。耐用年数も長い。きちんと施工さえしていれば、築40年経っても躯体そのものの変化はない。

以上が主な利点である。
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弁天町の長屋。この中のある家で私は暮していたことがある。

さて、次は難点だ。
1.分譲価格自体は安いが、ローンを組んだ場合、月々の支払いは高くなる場合が多い
一戸建住宅に比べて価格設定が低くなるのがマンションの魅力だが、他にかかる月々の費用を合算していくと、一戸建以上になることが多いことがある。例えば、分譲価格2200万円でマンションを購入したとしよう。これを、全額融資で資金調達したとして、仮に銀行の3年固定型の金利0.9%、35年払いで借入したとすると、当初3年間の支払いは、月々61,082円の支払いとなる。(ボーナス時の支払いなし)
ところがマンションには管理費・修繕積立金・駐車場代が必要となる。管理費は管理会社に管理を委託するなどに要する費用で一般的に7,000円から10,000円になる。修繕積立金は、将来建物の共用部分の修繕に使うために毎月住民が積み立てるものだ。これはマンションによって幅がある。5,000円から20,000まで様々だ。なぜこんな差があるかは後述する。最後に駐車場代だが、5,000円から10,000円が相場であろう。
これを、例えば管理費8,000円、修繕積立金12,000円、駐車場代7,000円として月々の支払いを合計すると、この3つだけで27,000円となり、ローン支払いと併せると、88,082円となる。これを全部ローンの支払いに充てるとすると、同条件の融資で3170万円の借入が可能になるのだ。これだけ払えば、函館では高価な建物か、広い建物か、便利な場所に一戸建も不可能ではない。

2.大規模修繕を実施する場合に不足金を支払わなければならない
先程、将来の建物の修繕のために積み立てると話したが、実際に修繕を実施した場合にそれまで積み立てた金額を超える修繕費となることがある。なぜそうなるかについてだが、ひとつの原因は将来の修繕費を予想できなかったというものと、修繕積立金を高く設定すると分譲時になかなか売れなくなるため、とりあえず低く設定しておこうというものだ。
いずれにしても、不足金が出たらその金額を専有面積の割合に応じて按分して請求されることとなる。一般の方はどれだけの修繕費がかかるか想像もつかないと思うだろうが、例えば4階建の小規模マンションでも外壁塗装だけで軽く1000万円は越えるのだ。修繕はこれだけでは済まない。防水工事、配管交換、その他数えたらきりがない。
だが、この修繕は一戸建でも必要となるため、修繕については一概にどっちが得とは言えない。ただ注意していただきたいのは、途中で誰かに売却しても今まで支払った修繕積立金は戻ってこないのが通例であることだ。

3.好き勝手にリフォームできない
例えば、自室の玄関ドアが古くなったからといって、勝手に塗り直しなどはできないのだ。通常マンションの専有部分、つまり自分だけの所有部分は壁の中心から内側である。だから、玄関ドアの外側は共用部分となり、塗り直すためにはマンション管理組合の承認か全戸実施するまで我慢するしかないのだ。
これは意外と知られていないことだ。窓ガラスもそうだ。当然外壁もそうである。
内部のリフォームも床材の種類・強度の制限などがある場合がある。これは安くて薄い床材を使ったために、階下への足音などの振動が激しくならないように基準を設けているのだ。

4.堅固であるための欠点
マンションはコンクリートの上に床を敷いている。そのため、木造住宅に比べて柔らかさに欠ける。私も鉄筋コンクリートの賃貸マンションに住んでいたことがあるが、歩いても、横になっても体に負担がかかり、疲れがなかなかとれなかったという経験をしている。私だけではなく、けっこう同じことを訴える人はいる。
また、鉄を骨組みに使用しているため、火事に弱い。意外に思うかもしれないが、鉄が溶ける温度は550度から600度と言われている。だが、火事の際には1000度にもなる。アメリカで起きた9.11事件で高層ビルが崩壊したのは鉄が溶けたのが原因と思うのが妥当である。1000度で鉄を加熱すると5分で湾曲する。

5.固定資産税が高い
マンションの場合、敷地権持分のため土地の固定資産税はかなり低くなるが、それ以上に建物の評価は高い。コンクリートの耐用年数が長いために評価が高くなるに加えて、古くなっても評価額は一向に下がらない。そのため、古くなってもけっこうな固定資産税をはらうことになる。

6.建て替えが困難を要する
これが一番やっかいな問題だ。何度もRC造・SRC造の耐用年数が長いと言ってきたが、コンクリートだけ長持ちしてもその他の建築資材の寿命がきたら、もういっそうのこと建替えようかとの話にもなる。だが、共同住宅ではこれを決めるのに相当の困難を極める。住民も入居当初は若くても、建て替えが必要となる頃には年金暮らしが増えてしまうのだ。建替える時の費用は、修繕積立金の比ではない。つまり、多額の費用負担が必要となるのだ。
最近では建替え費用専用の融資が設けられたり、建物を高層化することによっての一戸あたりの負担減を図ったりと試行錯誤の上で実施されているマンションもあるが、決定的にどの場合でも通用する妙案はまだない。その場合、不便に耐えて暮さなければならなくなる。

本当は、利点・難点ともまだ挙げることができる事項はあるのだが、切がないので以上とする。
双方とも客観的に列記したつもりだ。もしマンション購入をお考えの方がいたら、これらを比較してご検討いただきたい。どう考えて決断するかは、結局お金を出すご本人であるから。



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弥生小学校解体時の未公表写真。弥生小の解体中の写真はまだ多くあるが、気が向いたら公開しようと思っている。もったいぶっているわけではない。なかなかその気になれないだけだ。

たまには俗っぽい話をしようと思う。
この記事の執筆中にサッカー中継があるせいもあるが、たまには眉唾物の話も許されるだろう。

私の妻は、若い頃霊感が強かった。強いといっても、有名になるほどではない。また、具体的にはっきりと「その姿」が見えるわけではない。おぼろげに何かが見えたようだ。その程度なのだが、一緒にいてリアルタイムに「誰かがいる」と言われたら、こっちもたまったものではない。
結婚前に札幌までドライブしたことがある。その途中の小樽の運河沿いのあるレストランに入って夕食をとっていた時のことだ。けっこう広めの店内には広い吹き抜けがあり、そのため二階の一部が下からも見えた。二階には手摺があり、そこに立つと一階を見渡すことができるレイアウトになっていた。
そんな店での食事中、妻が「あそこで誰かがきょろきょろと一階を見ているよ」と話した。その時、既に妻の霊感を知っていた私は、その後なかなか食べ物が喉を通らなかった。その後何年かしたら、その店は流行っていたにも拘らず閉店となっていた。

そんな妻と当時私が勤めていた会社が入っていた函館市内のあるオフィスビルに一緒に行ったことがある。休日だったが、用があり、立ち寄ったのだった。妻がそのビルに立ち入るのは初めてだった。
薄暗いエントランスの奥にあるエレベーターで最上階に向かった時のことだった。ちょうど4階を過ぎたところで、妻が「何か3階と4階の間で嫌な感じがした」とつぶやいた。「あまりいい感じではない人の姿があった」
またか、と私は思ったが、冷静に考えてみると、立地条件のいいそのビルで、なぜか3階と4階には空室が多かった。その他の階は全部埋まっているのにだ。
その後私が転勤で函館を離れたが、出張で函館に戻った時に事務所に立ち寄ったら、また4階の空きが増えていたのだった。私は間違っても3階と4階には降りないよう常日頃気を付けていた。
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だが、上には上がいるものだ。
妻と知り合う前に妻が経験したことだ。妻と友人が「占い師さん」と呼んでいた中年女性の所に行った時の話。その占い師は殆ど何の情報も伝えていないのに、名前と生年月日だけ教えると友人の誰にも話していない過去のことを次々と言い当てていったそうだ。
それだけで凄いことだが、今度は二人に向かって「あんた達、昨日〇〇町の店に行ったでしょう」と話し始めた。「その店はL字型のカウンターがあったでしょ」
妻と友人はドキッとした。その話を占い師さんに言っていなかったからだ。
「そのカウンターのちょうど角の処に人がいたんだよ。その人はちょっとまずい人で、付き纏われたら大変なことになるからね。今のところ大丈夫だけど、もう絶対その店には行くんじゃないよ」
妻と友人は急に怖くなったという。もちろんその店のその場所には誰もいなかったからだ。

その店舗も程なく閉店し、その後二度と利用されることなく、現在も空き店舗となっている。

まだまだ話はあるのだが、あまりこの手の話を繰り返そうとは思わない。では、どうして話したかと思うだろうが、気が向いたからだ。弥生小学校の解体の写真のように。
なお、文中の町名・店名・ビル名を全て匿名にした。だが、妻や占い師さんの「感覚」の信憑性は別として、全て実在するものである。


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