<   2011年 07月 ( 32 )   > この月の画像一覧

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入舟町の漁港に下りる階段。

今週の水曜日に、世間一般からかなり遅れて、我家に地デジ対応液晶テレビがやって来た。新しいテレビのいいところは、画面に出てくる文字が二重にならずにクリアに見えるため、読みやすくなったことだ。
もちろん画像もきれいだ。先程、観た映画「トランスフォーマー/リベンジ」も、新しいテレビのお陰で画像のきれいさを存分に堪能できた。が、疲れた。あんなに複雑な部品を集結させてできたロボットが素早く動くのは、目にこたえる。それも約3時間近くもだ。

3時間も時間を費やして、楽しみよりも疲れが勝っているのはいただけない。それならば途中で観賞をやめればいいだろう、と思われるかもしれない。それはもっともだ。それができたらどんなに楽なことだろうか。
だが、私にはそれができない。一度見始めてしまった映画やドラマは、最後まで観なければ気がすまない性質なのだ。それも、途中でこの物語のストーリーの結末を予見できたり、内容が観るに堪えないものでも最後まで観てしまう。

それには理由がある。その物語の作者は、こちらが予想もつかないような展開を、結末までの間に隠しているかもしれないという期待と、たった一シーンでも「観て良かった」と思えるものが潜んでいるかもしれないという期待があるからだ。
だが、ほとんどの場合、その淡い期待は打ち砕かされる。あーあ、やっぱりで終わる。仕方ない、期待する方が馬鹿だった、と自分を慰める。そんなことの繰り返しを長年やっていたら、テレビで放映される映画やドラマは観なくなってしまった。

時折、特にテレビドラマなどを観てしまうと、楽しいどころか辛くなってしまうことがある。作者のことを考えてしまう時だ。物語を作る者として、本当はもっと違う展開でストーリーを組み立てたかったのに、局のディレクターの要請で仕方なく可もなく不可もないものにしなければならなかったのだろうか?自分の発言権がもっと強ければ、タレント事務所のしがらみを考えずに自由にキャスティングして、もっとクオリティの高いものに仕上げれただろうに。
役者だって、本当はこんなくだらないドラマには出たくなかったのに、他に仕事がなかったり、事務所の関係で出演しなければならなくなって、仕方なく演技しているのでは。このドラマの仕事が終わったら、次の仕事はあるのだろうか。この演技では難しいのでは。どうやって生活をしているのだろうか?何かアルバイトをやっているのだろうか?

テレビドラマを観ていると、そんなことばかり考えてしまう。ただでさえつまらないドラマが、輪をかけてつまらなく思えてしまうのだ。だから、40代になってからは、よほど関心のあるもの以外は観なくなってしまった。
最初から観なければ、最後まで観なくても済む。その時間を違うものに充てることができる。

本日のトランスフォーマーも、観なければ良かったと思った。ただ疲れた。
最後まで観てしまう、自分の性格を怨まざるを得ない。


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姿見坂。

函館はキラキラ光る街である。正確に言うと、街だった。
おもに10代までの頃に、それをたくさん見た。
札幌でも何度か見たことがある。
だが、それ以外の街では見ることはなかった。

キラキラ光るものは突然現れる。
やはり、晴れた好天の街中や建物の中で現れる。
その光は、水しぶきが太陽の光を浴びて輝くように、
他のものが目に入らないほど、光り輝く。

写真に撮りたいと、何度も挑戦したが、撮れなかった。
これからも撮れるかどうかはわからない。
それ以前に、キラキラしたものを、
もう一度見れるかどうかもわからない。

キラキラしたものは、記憶の中にだけ存在するのだろうか?
いや、そんなはずはない。
それをもう一度見るまでは、死ぬことはできない。

私が函館に戻ってきた、最も大きな理由は、
キラキラしたものを、もう一度見るためである。


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夏になると、海に向かう男達が増える。男の持つ狩猟欲求を満たしてくれるのは今だ。

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夏は海が最も青く見える時だ。海よりも青い船は、その存在感を誇示しようとする。

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広大な海の中で、独りきりになるのも悪くはない。話し相手は自然という最も難解な友人だ。


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弥生町バス通りにできた空地。

ここ何日かで、弥生町幸坂近くの建物が無くなっていた。こういうものを見る時、複雑な気持ちになる。私たちは、また古い建物を失うと、残念だと言う。その通りだ。街並は一戸一戸の素敵な建物の連続によって出来上がる。何かひとついいものがあれば、それで街ができるわけではない。

それほど目に留まる建物でなくても、全体の一部を構成しているものだ。そして函館の魅力は、そんな建物が醸し出すにおいの集合なのである。だが、古い建物の維持は所有者に委ねられている。年数が経てば建物の老朽化・消耗は著しくなってしまう。冬は寒いであろうし、雨漏りもするかもしれない。そんな建物を補修して居住を継続するためには膨大な費用がかかる。まして昔の建物には駐車場がない。不便である。
それであれば解体して新たに違う場所に新築する方がいいに決まっている。

そう思う所有者・居住者のことをどうのこうのとは言えない。しかし、景観は市民の財産である。市民の財産が徐々に失われつつある。特に今年は顕著である。
解体した土地に、景観に順応する意匠を持つような建物が建築されれば、それはまだいずれ起こる新旧交代として捉えることができる。だが、解体だけであったり、新築してもどこにでもありそうなデザインの建物が建つと、街並は崩れていく。異国情緒の街函館から、単なるちょっとだけ歴史を感じさせるただの地方都市になってしまう。
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バス通りから幸坂を2~3本上がった所にある解体中の現場。

それではどうしたらいいか。これは残念だが、行政に頼らざるをえない。ところが困ったことに、それなりに大きな補助金が出るのは、景観形成指定建築物か伝統的建造物だけである。それも主に建物の外観に対しての金である。これでは問題解決はできない。実際に内部で住んでいる人の、住環境保全のための修繕費は出ないのだ。例えば、内壁の補修や暖房設備の修繕、水周りの費用など、住民にとって居住する上で大切なものに対する補修工事費用は補助金の対象とはなっていない。(景観条例を読む限りではそうだ)
これでは、居住者が建物を解体して新築したいと思うのも無理がない。

建物は人が住んでこそ生き続ける

その住民の生活環境を整えるための修繕費を補助することも必要なのではないか。補助する代わりに解体の禁止等の非保存的行為禁止の厳格化などを盛り込んだ改訂条例を作るべきだ。
建物所有者の方々には勝手に思われるかもしれないが、景観形成建築物や伝統的建築物に指定された建物は函館市民共通の財産という認識をもっと強く広く知らしめるべきであると思う。それ以外の建物を含んだ街並も函館市民共通の財産である。それを失うということは、没落を意味するのだ。
そう、このままでは市民が自ら破滅の方向に向かっていると言われても反論ができない。
いつも同じことを話すが、この考えに異議を唱えるなら、函館市民が今後長きに亘って生活していけるような産業基盤を構築できる具体的代替案を示すべきだと思う。景観という、日本にとっても貴重なものを捨てても、得ることができる誰もが納得できる案をだ。

何代にも亘って100年ほど守られてきたものでも、解体はたった3、4日で終わってしまう。鉄筋コンクリート建築物でも1週間から10日あれば解体できる。100年のうちのほんの僅かな時間で、長い歴史を失ってしまうのだ。そして、それはもう二度と甦らない。再生が不可能であるということは、旧西警察署や建築中の弥生小学校を見て充分わかるはずだ。
函館独特の雰囲気を出してくれている建物たちに必要なのは、その建物を使用している人が快適に暮せるための、建物内部のリノベーションだ。中は全く新しいものになっても仕方ない。現代において、明治・大正時代と同じ生活をしろと言っても無理なことなのだ。実際にそのようにして外観を守っている建物は全国にいくらでもある。

放っておくと、気が付いたら何も無くなってしまった、となってしまいそうな、現在の西部地区である。


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冷しトマトそば。

今日の昼食は松陰町のきたわせでとった。以前、ここの奥様から言われていた、夏限定の冷しトマトそばを食べるためだ。私はもちろん初めてだったが、このメニュー、きたわせが札幌で営業していた頃から出されていたものだという。
そして、二度も「どさんこワイド」で紹介されたのだという。

食べる前に、奥さんから「そばつゆをつけてもつけなくても食べれますよ」と言われた。「トマトソースがちょっとしょっぱくなっていて、つけなくても食べることができるけど、私はつゆをつけちゃいますけどね」と笑った。

百聞は一食にしかず、どんな味か食べてみた。そばはもちろんここ独特の二八のちょっと硬くて太目の麺だが、トマトソースと一緒に口に入れた瞬間、そばを食べている感覚ではなくなった。第一印象はイタリアンである。トマトソースがやっぱりそう感じさせてしまう。だが、噛んでいくと、後から口腔を満たすのはやはりそばの香りだ。
今度はトマトを単独で食べてみる。壮瞥町の横山農園のトマトだとのこと。お店のHPを読むと、壮瞥から枝付きで完熟させたトマトを送ってくれているようだ。そして味。甘すぎず、酸っぱすぎず、濃すぎず薄すぎない、上品で爽やかな味のトマトであった。
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そして、雛皮のから揚げ。カリッとして、から揚げ独特の濃い味が、全体的にさっぱりした料理にアクセントを加えてくれる。これらを交互に気の向くまま、舌の向くまま食べていたら、結局そばつゆは不必要であった。ただ、最初にトマトソースを全体に馴染むように、少し掻き混ぜた方が良かったかと悔やんだ。トマトソースは中央付近の下に集中している。

だが、間違いなく言えることは、麺がもともと美味しくなかったら、蕎麦屋の看板を背負っている店では出せないだろう、ということだ。そばつゆは時には麺の味をごまかしてくれる。つゆが美味しければ、何となく麺まで美味しいと錯覚してしまうこともある。
本当に美味しい麺は、薄い味付けでも充分、いや、薄味だからこそ麺の味が引立つのだ。それができる蕎麦屋は残念ながら非常に少ない。

特に夏は濃いそばつゆは、喉が乾いてきてしまう。涼もうと思っても、舌は口直しの水で涼むという結果になることが多い。ところがこの料理は、本当に舌も涼むことができる。

7月から9月下旬くらいまでの期間限定メニューで、1200円。そばつゆをつけない美味しいそばを食べれる期間は限られている。

きたわせの「函館食遊帳」での紹介記事はこちら⇒http://shokuyuu.seesaa.net/article/171321645.html
きたわせのHPはこちら⇒http://www.kitawasesoba.com/

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本日、ハコダテ150+に情報掲載するための取材を、富岡町の「水花月茶寮」で行った。福田るみ子さんという、函館では一人しかいないカラーセラピストの取材だった。
その記事はこちらからご覧いただきたい⇒7/26 カラーセラピー講座開催

このお店はかなり前に行ったきりしばらくご無沙汰だった。理由は簡単だ。仕事中にちょっと一服というには、目立つ場所にあるし、休日に訪れるには自宅からはちょっと遠い。仕事で店の前を通る度に、たまに行きたいと思っても、そんなわけで実現していなかった。

本当に久し振りに入った店内は、昔と全然変わっていなかった。このお店、知っている方は知っていると思うが、映画「海炭市叙景」を制作した菅原 和博氏のお店である。
入店すると、ご本人がカウンター内に立っていた。こちらは、シネマアイリスや新聞等で氏を充分知っているのため、思わず親しみを持って声を掛けそうになったのだが、あちらからすると私は見ず知らずの人物。黙って席に座った。

モカを注文し、撮影の許可をいただいて、店内を見渡すと、思い出したことがひとつあった。ボブ・ディランの写真だ。そう、ここには函館では珍しく、ディランの映画「Don't look back」収録時に撮影された写真が飾られていたのだった。
その写真をわざわざ店内に飾るのは、相当なファンであると以前来た時に思ったのだったが、相変わらず入口附近に飾ってあった。

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私の悪い癖で、取材とは関係のないこともお相手とけっこう話すために、取材時間が長くなり、お店にはご迷惑をかけたが、最後に勘定を払う時に、菅原氏に「ボブ・ディランがお好きなんですか?」と尋ねた。氏は「はい」とだけ答えた。

今度は一人で行き、氏と海炭市叙景の話ではなく、ボブ・ディランの話を聞いてみたいと思った。


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昔の港まつりのスナップ写真。中央が筆者である。

まずお詫びから申し上げなければならない、昨日のブログ記事であるが、執筆中に猛烈な睡魔に襲われながらも、書いてしまったのだから最後までという無謀な続行を敢行したが、本日読み直してみると、とんでもない数の誤字・脱字があり、読んでる方々もあきれたり読みづらかったりしたのではないかと猛反省をした。
文章は訂正したが、どうかご容赦の程、お願い申し上げます。ちなみに、書き終えてアップすると同時に布団に入り、何秒かで別の世界に行ってしまった。

もうひとつお詫びをしなければならない。冒頭の写真だ。これは多分私が5歳か6歳の頃の写真であると思われるが、港まつりの写真を探しても、近年撮影したものが全くなく、過去の写真を採用するしかなかった。別に自己愛的で掲載したわけではないので(笑)、どうかこれもご容赦いただきたい。

さて、本題に入る。もうすぐ港まつりである。函館港まつりといえば花電車である。花電車といえば、大音量で走行中に流している「函館音頭」だ。



子供の頃、電車通り近くの自宅にいて、この曲が聴こえてくると、急いで外に飛び出し花電車を待った。遠くから煌びやかな電飾の花電車がゆっくりとドック前電停に近づいて来る。
昭和30年代、夜の大門のネオンを知らない子供にとっては、とてもとてもきれいな灯りだった。今の子供で言うと、東京ディズニーランドの夜のパレードを見るくらいワクワクした。別世界だった。

そんな心のウキウキを増幅させてくれたのが、北島三郎の「函館音頭」であった。私にとって、港まつりはこの曲がないと始まらない。この曲を認知してから45年以上経っても、やっぱりこれでなくてならないのだ。

「景気つけましょう、浮かれましょう」
今こそこの歌詞が必要なのではないか?

この曲をYou Tubeで調べていたら、「函館大門音頭」というものを見つけた。そうだ、これもあった。夏に大門に遊びに行くとこの曲が流れていたことを思い出した。
そして、この曲を歌っているのが、何と!加藤登紀子だった。これは知らなかった。



函館という街は何と幸せな街なのだろうか。北島三郎は地元ということもあり、すんなり理解できるが、加藤登紀子までが歌ってくれていたとは。
そして、写真。このような写真は、撮影技術や構図やピントが合っているかどうかなんて全く関係なく、素晴しい。この光景を記録したというだけで素晴しいことなのだ。

写真というものをシンプルに考えると、結局人の心に残るものを撮れるかどうかが最も大切なのではないかと、これらの写真を見て思えてくる。

夏の出来事や風景は心に残るものが多い。今年はどんな思い出を心に刻むことができるだろうか?


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旧相馬邸正門。

このようなタイトルを読んでも、ピンとこない方も多いかもしれない。松前の名は知っていても、蠣崎というのは何だ?と疑問を持つ方がたくさんいるだろう。

細かく書くとかなりの長文になるので、簡単に説明する。室町時代以前に、道南に12の舘があった。江戸時代の何とか藩のミニチュア版みたいなものだ。その中のひとつが河野政通の宇須岸館、すなわち箱館であった。
当初、津軽安東家出身の安東氏が12館の中での親分のような立場にいたが、武田信廣がアイヌ人との戦いに勝利すると、上ノ国の蠣崎家の養子になって蠣崎家を継ぎ、道南は蠣崎家が掌握することになった。そして、2世光廣の時に上ノ国から現在の松前(当時の福山館)に拠点を移し、5世慶廣の時に徳川幕府より藩として認められ、姓を蠣崎から松前に変えた。だが、家臣であった蠣崎家の者にはそのまま蠣崎姓を名乗らせ、以来、家老は松前家・蠣崎家・安東家の中から選出されることになったとされている。

つまり、松前藩は、元を辿ると蠣崎家が治めていたと言っても間違いではないのだが、ちょうど画家として有名な蠣崎波響が家老の時、ロシア南下政策を採った際、松前藩には任せてはおけないととの理由で、松前家(蠣崎家)は陸奥国の梁川(福島県)に江戸幕府によって追いやられた。
地元に帰りたいと願った波響はせっせと絵を描き、外国人などにそれを売り、その金を幕府に献上して何とか松前に戻ることができたわけだ。
ちなみに、蠣崎波響の孫にあたるのが、ペリーと交渉したことで有名な松前勘解由である。

そんなわけで地元に戻れた松前家であったが、幕末の戊辰戦争によって一族は各地に散らばり、藩を治めていた威光は無くなってしまった。地元に残った者も、漁業や農業を営んで暮らすこととなった。もちろん廃藩置県で藩主の身分もなければ、士族解体によって階位までも失ってしまったのだった。
そのような時代の波に右往左往させられたのが、松前家(蠣崎家)であった。一般民となった両家の生活は貧しくなった。じっと耐えて生活をしなければならなくなったのであった。

蠣崎家出身の私の祖母も、片田舎の貧しい農民であった。


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松前・法源寺。

このブログは、元々個人的なブログであるので、思い切り個人的なことを書かせていただく。(いつもそうだが、本日は特に)

本日(正確には昨日)ある方と話をした。話は2時間半以上にも及んだ。そこで、私は自分にまつわるキーワードを得た。


・松前家

・蠣崎家

・伊達家

・公家

・アイヌ人

・安東家

・松前と上ノ国


これらのキーワードを紡いで、その物語を探っていくことが、自分の人生の説明に繋がるような気がした。ライフワークになるのかもしれない。


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