<   2012年 03月 ( 33 )   > この月の画像一覧

a0158797_23402621.jpg



みなさん、お元気ですか?


a0158797_23412810.jpg



生きるってたいへんですね。


a0158797_23423027.jpg



それでも、たぶんまた明日も生きているでしょう。


では、また。



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_233381.jpg

音楽は何でも好きで、その時の気分で色々なジャンルの音楽を聴くのだが、最近ずっと聴いていなかったものがあった。それはブルースだった。
私の10代後半はブルースに侵されていた(笑)当時住んでいた札幌の輸入レコード店に1枚しか(つまり、札幌に1枚しか)売っていないマニアックなブルースミュージシャンのレコードを買うのが趣味であった。

 Muddy Waters 「Mississippi Delta Blues 」

ブルースに惹かれたのは、あるコンサートからであった。それは、確か1975年だったと思うが、札幌の中島公園野外音楽堂で行われた「ブルースフェスティバル」を函館から見に行き、脳天をかち割られたことがきっかけであった。それ以前もブルースを聴いてはいたが、主に白人ミュージシャンのブルースをレコードで聴く程度だった。

そのコンサートは全てアメリカの黒人ブルースミュージシャンが演奏した。オープニングから「凄い!凄い!」の連発であったが、極めつけは70歳を過ぎたじいさんの演奏であった。ピアノの弾き語りというスタイルであったのだが、何とステージに登場した時、杖をついて係員に体を支えられながら歩き、やっとピアノに辿り着いたくらいヨボヨボであった。
こんな体で演奏できるのか?正直そう思った。ところが、いざ曲が始まると、全身でリズムを取り、強いタッチで鍵盤を叩き、とても70代とは思えないようなパワフルな演奏をしてくれた。

口が開いたままになり、目が点になった。ただただ「凄い!」の一言だった。「この老人にはブルースが滲み込んでいる」「やはり、ブルースは黒人の音楽だ」そんなことをボーと感じながら聴いていた。

a0158797_23302991.jpg

そのコンサートからは、黒人のブルースを聴くようになった。だが、あまりにもマニアックなものばかり聴いていたため、レコードを手放してからは、ミュージシャンの名前すら忘れてしまった。上のMuddy Waters は有名ミュージシャンの一人である。

ところで、このMuddy Watersといい、ブルースミュージシャンにはふざけた名前を付ける人が多い。それがまたいい。ちなみに、そのコンサートにはMuddy Watersのような有名ミュージシャンは出演しなかったが、充分ブルースの良さを堪能できた。

 Muddy Waters「Got My Mojo Workin' 」

ジャズもロックも元を辿るとブルースだ。ブルースはアメリカの演歌だと思っている。メロディも似たり寄ったりの曲が多い。それでも、ブルースはブルースだ。今私たちが聴いている音楽の半分以上の曲の源流がブルースにはあるのだ。

a0158797_23525841.jpg





いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_044587.jpg

私たちは言葉を使っている。人に対して何かを伝えるためだ。
だが、もちろん言葉は完全ではない。言葉だけで全てを伝えることができたなら、世の中に写真やテレビや絵画や彫刻や映画など存在していなかったであろう。

そんな不完全な言葉を、特にビジネスの世界では、端的に述べる必要性が生じる場合がある。主に報告などの時だ。簡単な報告なら特段の問題はないが、何かの状況説明をする必要がある場合、短い言葉できちんと相手に伝えるのは非常に難しい。

しかし、報告を受ける側は端的に述べろと要求する。それは長話に付き合っている時間がないという相手側の都合によるものだ。だが、それがビジネスでの常識になっている。
ここでいつも思うのだが、それではその言葉を受け取った人は、短い言葉で全てを理解できるのだろうか。もしそれができたとしたなら、その人は人間の領域を超えた神のような存在であると思う。

太宰治がある短編小説(タイトルは忘れた)の中で、兄に金を無心した時の会話を書いていた。兄は、太宰に対して、「そんな金にならない小説を書いても仕方ないだろう。言いたいことがあるのなら、一言で言ってしまえ」と言い放った。太宰は心の中で「その通りだよ兄さん。一言で言えたならどんなにいいことか。でもそれができないから小説を書いているんだ」とつぶやいた。

と、まぁこんな内容の一節だったと思うが、全くその通りだと思った。太宰治は、読む人によってその小説の内容には好き嫌いが極端に出てしまう作家だが、私は、言葉の人を惹きつけようとする力は石川啄木に匹敵するほど、あるいはそれ以上の天才だと思っている。その太宰をして、一言では言えないというのだから、一般人が言えるわけがない。(文章ではなく、実際の会話がどうだったかは知らないが)

それでも世の中では短い言葉での会話を要求される場合がある。短い言葉で意思の疎通が可能になるのは、全ての人間の思考回路・感性が全く同一である場合だけである。それ以外、つまりほとんどの場合、温度差が生じている。

よく年寄りの話は長いというが、きっと年配者はその温度差で幾つもの失敗や後悔をたくさん経験してきたから、より理解してもらおうと長話になるのではないかと思う。
ちなみに私は比較的若い時から年寄りの話を聞くのが好きだった。長くてもそんなに苦ではなかった。なぜなら、長く話を聞くと、その人の歩んできた人生を知ることができるからだ。見た目どこにでもいるような人でも、その人ごとの物語がある。それはじっくり長話を聞いて初めて物語のあらすじが見えてくるものだ。


いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_10421169.jpg

函館は幾度となく大火に見舞われた。その都度新たな住宅が必要となったわけだが、資力のある者たちはその時点での最もモダンな住宅を建て、現在の函館の情緒の一部となった。しかし、そんな財力のない庶民は、とりあえず有力者が建てた長屋に間借りするしかなかった。
そう想像する。

a0158797_1047993.jpg

私も幼い頃は長屋に住んでいた。別にそれが窮屈だとか貧しいだとか思ったことはなかった。
多くの庶民は、音が筒抜けでも、寒くても、布団を敷いて眠ることができる場所があることが幸せだったのではないか。その幸せの中で仕事に勤しみ、結果的に函館を復興させることができた。

a0158797_10515771.jpg

長屋は効率的に土地を使うことができる。そして多くの世帯を収めることができる。この密集した狭い範囲の中で、きっとその何倍もの大きさの物語があっただろう。人はそこに息づいていた。その息遣いは、薄っぺらい壁に染み込み、見るものに哀愁を与えてくれる。

a0158797_10584261.jpg

函館市では古い家屋の解体に対して補助金交付するという。具体的にどのような家屋が対象となるのかはわからないが、函館の原点である「大火からの復興する力」の象徴のひとつと言える長屋を、できる限り長く残してほしいと願う。わがままであることはわかっている。だが、まぎれもなくそこが函館の原点であるのだから。


いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_23342180.jpg
東川町。

今日はいたってシンプルな話題を。

民主党政権になってから、いくつかの変革はあったものの、どうも見ていると官僚主導の政治になっていることには変わらない。異常なほど長きに亘って続いた自民党政権時代に作られた体制なのかどうかはわからないが、政治家は対省庁との調整に追われて、国民に目を向ける余裕のないように思える。

100年後の日本の歴史教科書には、「55年体制での自民党長期政権」という一文が載っているかもしれないが、正確には自民党政権を遥かに凌いだ「霞ヶ関政権」という一文を残すべきではないかと考えてしまう。

なぜなら、政権が変わっても、与党が政策として最後に出てくるものはそんなに変わらないからだ。次の選挙で新政権ができたとしても、党独自の政策で霞ヶ関を蹂躙するとはとうてい思えない。この度民主党に政権が変わってやっとわかったことのひとつだ。
多少の期待は橋下氏率いる維新の会だが、仮に政権を取ったとして、どれだけ霞ヶ関をコントロールできるかは不透明だ。

これは何を意味するか?国会議員は私たち国民が選んで、自分たちの代わりに政治を仕切ってもらう人たちで、それが民主主義の最大の根幹なのだが、それが全く機能していないということだ。
私たちが選んだ政治家が政治をできないのであれば、この国には民主主義がない、ということになってしまう。

それではどうしたらいいのか?ひとつは、霞ヶ関を牛耳れる政党が誕生するまで選挙を重ねるか、もうひとつは、主要な官公庁の幹部を国民の選挙で選ぶ、ということ以外に考えられない。例えば政務次官は選挙によって選出されるとか。

でも待てよ、政務次官を選挙で選んだら、ひょっとして最も権力を持つのは、その下のポストの人間になるのでは?じゃぁ、それも選挙で選んだら・・・。切がない。毎日どこかで選挙をやってしまうはめになる。

結局、この国には民主主義は育たないということなのか?やれやれ、いったいいつになったら私たちの声が届くようになるのか。やはり、霞ヶ関を変革できる政党が誕生するまで、政権を何度も変えるしか手立てはないのだろうか?

官僚に大きな実権がある以上、この国は民主主義国家とは言えない。せいぜい表面上の、選挙によって選ばれた政治の「代理人」という形式の者たちが、国会という井戸端会議場で形だけの討論をすることが民主主義国家の雰囲気を出しているだけとしか言いようがない。

日本が民主主義国家になるのはいつなのだろうかな?けっこう民主主義は、個人的には好きなのだが。


いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_0424118.jpg
a0158797_0431692.jpg
a0158797_043409.jpg
a0158797_0441132.jpg
a0158797_04440100.jpg



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_0325462.jpg

今日はある深いテーマについて書こうとしたが、内容が深くなればなるほど、その重さに見合う言葉が見つからないと、文章が先に進まなくなるもので、2時間以上も書いては削除の繰り返しをしてしまった。
そこで、気分を変えて、今年雪が融けて活動的に写真を撮れる季節になったら撮影してみたいと思っているものを話してみることにした。

先日、ツイッターでその一つはつぶやいた。木古内~上ノ国間の風景を撮る。つまり、江差線沿線の風景を撮影するということだ。
実は、この沿線に母の実家がある。そのために子供の頃、何度も私と妹は母に連れられてこの路線を往復した。冒頭の写真は去年の秋その実家近くから撮影したものだが、これだけ見るとどこの田舎にでもありそうな風景だ。これはあくまで私の記録として撮っただけで、本来はブログに載せるつもりではなかった。そのため、何も考えずにシャッターを押した。

だが、この路線の風景は、最近あまり手が付けられていないせいもあって、とても美しい風景が残っている。たまたま昨年は時間の関係でゆっくり撮れなかったが、今年は撮影のためだけにこの路線を走ってみようと思う。
夏までに一度は時間を作って行きたいと予定している。

もうひとつは、女性のヌード写真だ。と言ってもエロ写真を撮りたいとは思っていない。前述の田舎の自然と女性の裸体を合成して、ひとつの作品にしたいと思っているだけだ。
両方とも自然の姿と言えばその通りである。

多分女性のヌードは、写真全体のほんの一部になるかもしれないと想像している。つまり、自然に溶け込んだ人間の美しさや諸々を表現できたらいいなぁ、と考えている次第である。
でも、この作業をして作品とするためには、大きいサイズの画像を難なく処理できるだけの能力を持つPCとフォトショップのようなソフトが必要だ。そうなると、それらを購入しなければならなくなる。PCを買うとしたらやはりマックになってしまうのか?

それよりもその前に、ヌードほ撮らせてもらえる女性が見つかるだろうか?何かそう考えるとちょっと気が引けてしまう筆者であった。

いちおう、もしモデルになっていただける奇特な方がいらっしゃったら、メールアドレスをお書きになっていただき鍵コメントでお知らせください。



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_1194054.jpg

先日までシリーズで記事投稿していた「どうして駅前が中心街なのか」で、函館駅前の今後の街の形態の提案として、東京の原宿や私鉄沿線の駅前のようににしたらどうか、ということを書いたのですが、実はこの時、頭に浮かんだのは吉祥寺であったのです。

でも、吉祥寺に行った事のある方であればわかると思うのですが、駅前が函館駅前通りのように広く真直ぐでもないし、小道が入り組んで、その雑多な街並の中に色々なタイプの店などがあるから、あの雰囲気を出しているため、函館駅前通りが同じようにはなかなかならないのでは、と思い、結局その時は書かずにいました。

ですが、それ以降も私の頭から吉祥寺が離れず、ちょっとだけここで書いてみようと思います。
私が吉祥寺のようになればいいなぁ、と思ったのは、「住宅街の中心としての駅前に、雑多な店の種類が絶妙なバランスで混在して、街全体の空気を作っている」という点です。

これを函館の中でやろうと思えば、その候補地は十字街・元町方面か駅前しかありません。十字街・元町地区はある程度もう形のようなものができているし、雰囲気も充分持っているのですが、ちょっと雑然とした感じがないし、どちらかと言うと街としてはまとまっているような感じがします。(一部のとんでもない店は除いて)
これはこれで私ももちろん大好きなのですが、雑然としているけれど雰囲気がある街を作れるのは、やはり駅前通りなのではないかと思うのです。

その最も大きな理由は、吉祥寺のような住宅と店舗が隣り併せで存在できる街にできるほど、空地が多いからです。そして、繁華街という素養を元々持っているため、繁華街に住宅をたくさん建てるという感覚で整備すると面白い街ができそうな気がするからです。

これも以前書きましたが、駅前は高層ビルが建ち並んで、商業施設が連なっているという前時代の幻想はもう捨てた方がいいと考えています。余程のことがない限り、大幅に人口が減少する地方都市においては、駅前は立派なビルがあって、という固定観念を捨てて、住商混在の「面白い街」を作った方がいいと思っています。もちろんそのためには地権者の「公共性のある協力」が必要ですが、もし本当に実現できたら、函館の魅力は西部地区だけではない、ということになるかもしれません。

では、どうして吉祥寺をモデルとするのか?という疑問を持たれるかもしれませんが、それは、函館は観光の街ではなく、文化の街として今後存在するべきだと思っているからです。
文化とは人です。旅は人との出会いです。人の素敵な営みを強く感じる街には、人が集まって来ます。つまり、観光客も今まで以上に来るかも知れないということです。
どんな箱物を作るかではありません。人を感じさせるものを作らなければなりません。それは、半ば自然発生的な息遣いから生まれます。

今後、函館は(どこの街でも同じかもしれませんが)自然発生的なものができる環境作りが重要になると思います。自然発生を人工的に作るという非常に難しい課題ですが、箱物を作れば何とかなるだろうという時代がとっくの昔に終わった今、私たちが作れる「地方の魅力」というのは、そんなものだと考えています。


いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_234150.jpg
a0158797_2343597.jpg
a0158797_2352716.jpg
a0158797_2362519.jpg
a0158797_237325.jpg
a0158797_2372965.jpg
a0158797_2375892.jpg
a0158797_238289.jpg



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です  
a0158797_19485882.jpg

また高校時代の同級生が亡くなった。
私と同じ歳の女性だ。
教諭の仕事をしていた。

くも膜下出血による死だったようだ。

彼女とは高校時代、ほとんど話をしたことがなかった。昔から可愛い女性で、1月の同期会でもその可愛らしさは変わらず目立っていた。
私は昔からひねくれ者だったので、人気のある女性には逆に関心を寄せなかったが、今となっては、そんな小さいことにこだわらずに、同じ高校の仲間として何か一言でも話せばよかったと後悔している。

そう、つまらないことにこだわっているうちにどんどん時間は過ぎて行く。残された時間は確実に少なくなって行くのだ。



人生は流星のようだ。
宇宙の中では、取るに足らない小さな存在だ。
誰にも気付かれずに、その命を消してしまうこともある。

だが、もし誰か見ていてくれる人がいたら、美しかった、と思わず言ってしまうように、
遠慮せずに思いっきり光り輝いてやれ!

それが自分の生きた証しとなるだろう。

53年の人生、お疲れ様でした。あの世で、苦しみからも悲しみからも解き放たれていることを祈ります。

a0158797_20402626.jpg



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ

函館愛ポストカード、ハコダテ150ショップで販売中 ⇒ こちら
函館写真、弥生町のみかづき工房で販売中 ⇒ こちら

*下のコメント欄を使って、皆様のご意見・考えを自由に述べていただきたくお願い申し上げます。読者様同士での議論も大歓迎です