<   2014年 09月 ( 27 )   > この月の画像一覧

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ふと止まる 鉛筆の中から
まっさらな日記帳に落ちてゆく影

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食べかけのチョコレートから
お幸せにと落ちてゆく影

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今晩は どこへいく風
ミルキーウェイに花が
ほら

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笑ってるよ 白いワンピースの
長い髪に落ちてゆく影

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ガラスの言葉が眠ってる
遠いあの日の遠いあの街

※及川恒平・作詞



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暮れかかった大門を歩いていると、建築中の建物を発見した。どうやら老人ホームのようだ。
大門という場所は高齢者にとって便利な場所のようだ。バス路線は集中しているし市電もある。近くに銀行もあればデパートもある。中央郵便局も近い。ちょっと歩けば市役所もある。総合的には最も便利な場所であるのは間違いないからだ。

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だが解体中の建物もあった。元キャバレー未完成だ。閉鎖されてからしばらく経っていたため驚きはしなかったが、大門の「妖しい」風景がまた変わるのかと実感させられるシーンだ。

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大門には仲通りにこのような店がポツンとある。それが昔からの奥の深さであった。

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仕事帰りのサラリーマンがこの先のどこかに消えて行った。賑わいはないが、いつの間にか居酒屋が増えたような気がする。静かに大門は動いている。

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電車通りには赤帽子屋さんが健在ぶりを示していた。ここが無くなったら函館の「粋」も無くなるような気がする。1886年創業の老舗だ。

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市電松風町電停近くにはマクドナルドの建築が進んでいた。ドライブスルーができる店舗のようだ。すぐ近くにパチンコ店もある。まるで大門が「郊外型」的場所になるかのようだ。

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広小路にはほとんど人が歩いていない。この場所に若者や恋人たちがベンチに腰かけているシーンを頻繁に見る日が来るのだろうか?

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もうひとつの立ち飲み屋の隣で若い女性が煙草を吸っていた。
大門には昔からある種の「不良」さが漂っている。だから大門なのだ。

だが、3年後大門はどのように変わっているのだろうか?それは静かな地殻変動と呼べるものになるのだろうか。それはわからない。しかし、確かに動いているのは確かだ。多くの市民が見向きもしない中、それは確実に起きていることだ。




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昨日の夕刻、駅前から大門方面を歩いてみた。

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まず目に入るのが、解体された和光デパート跡地。ここではもう商住複合ビルの建設が始まっていた。いずれ函館の駅前に住居系のビルが誕生する。コンパクトシティに向かうためには必要な過程であるはずだ。

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その建築現場の裏側、音羽通り。丸南本店の情緒にはいつも癒される。上品な対応、上品な盛付け、上品な蕎麦の量。蕎麦の文化を守っているような気がしてならない。さすがに本店だという満足感をいつも与えてくれる。

そして、私は入ったことがないが、立ち飲みの「瀧澤」。これも大門には欠かせない文化の一つだと思う。

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隣の柳小路から高砂通り方面を見る。このような向こうがはっきりと見えることができなくなる日が来るだろうか。

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柳小路といえば「杉の子」。なぜか辺り一帯が呼吸をしていない気になってしまった。

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柳小路には本当に柳がある。この角度の風景を何度深夜に見たことか(笑)

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大門仲通りの閉店した旧・王さん店舗。うん?何か改装工事をしているぞ。

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それにしてもこの窓ガラスとガラス戸は雰囲気がありますね。

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その向かいの「モーリ」。こんなお店が現役で残っているのが大門の良さのひとつなのだ。

でも、静かに大門は変わりつつある・・・・・・・・(続く)




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高砂通り。
五稜郭公園付近から大門を通り函館山山麓まで、旧市街地の真ん中を貫く通りが今静かに変貌しつつある。冒頭の写真は、マックスバリュの(現段階では)建設候補推定地だ。たが、筆者は候補地を確定できておらず、その隣にある下の写真の空地(現駐車場)であるかもと考えられる。

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いずれにしても、駅前通りからすぐの、昔の中心繁華街そのものの場所にある。昔の概念ではここにスーパーマーケットが建つとは考えられなかっただろう。

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そこから五稜郭方面に進んでいくと、郊外に移転した旧大村病院の解体工事が進んでいた。

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通りを1本挟んだ隣では「函館高砂保育園・函館市松陰母子ホーム」の新築工事が行われいる。地上5階建の施設だ。

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そして少し五稜郭寄りに走ると、スーパーマーケットのラルズが建築中だ。

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その先にはサッポロドラッグストアの店舗が完成し、営業開始の準備を進めているようだ。

このように、今まで街の新陳代謝というものから全く無縁だった「見捨てられた」ような通りだった高砂通りが変わりつつある。商業施設の空白地帯だったせいもあるが、需要が認められないと出店の検討すらされなかっただろう。

郊外型チェーン店舗が多いのが気になるが、それでもトレンドは掴んでいるのかもしれない。今まで変わりようがないと思われていた通りに同じような時期に建築または建築計画が上がるということは、旧市街地回帰の兆候ではないだろうか。

その基になる動きが大門にもあった。



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だいぶ前になるが、ある所で飲んでいると、私のお隣の紳士と会話する機会があり、色々話した中で息子さんが会社を辞めたいと考えているとの話題が出た。
その息子さんは、特別な仕事上のへまをおかしたわけではなく、そのままやっていれば昇進も約束されている立場にあるそうなのだが、自分のやっている仕事に誇りを持てず、仕事をやっていてもつまらないという理由を話していたという。

私も転職を重ねてきた身分なので偉そうなことは決して言えないが、その方に話したのは、辞めるのはいいが、中途半端な仕事の成果のままで辞めても、次に仕事につながらないだろうというような内容だった。仕事というものに対して、やり遂げた自信を持てずに転職するということは、逃げたことと同じだ。
その方は同意してくれた。

実際私はそのようにして転職してきた。転職すると当初は辛い。一からやり直さなければならないからだ。満足な成果どころか、人並の結果も出すことができない。無能社員みたいな状態だ。給料泥棒と言われても仕方ない。だから、必死になって働く。結果が出るまであきらめたくない。
それでも結果はそう簡単には出てこない。でも、その時辛いから会社を辞めたとしても、「仕事ができなかったからやめる能力のない人間」として次の会社での仕事をスタートさせなければならない。これは新しい会社が判断することではなく、自分自身の心の持ち方に影響する。

それがいやだったから、仕事の成果が出ないうちに退職したくなかった。会社からクビだと言われたら仕方ないが、そうでなければ自ら放棄するのは「自分を諦めた」ことになると思っていたからだ。

そんな風にやっていたら、なぜかNo.1というおまけがついた成果を上げることができた。
20代の頃に勤めていた会社では私が所属していた支社の部門が、全社の同部門の中で常にNo.1の成績を収めていた。その会社はその分野では日本No.1の位置にあったため、結果的に私たちのグループは日本一の仕事をしたことになる。もちろんこれは私個人の成績ではなく、あくまでグループの成果だが、奇しくも私が退職したらNo.1の座を他支社に奪われたようだった。

30代にやっていた仕事は色々な支店に配属されたが、その各支店は売上No.1になったり表彰されたりしていた。そこでも私は社内No.1となったわけではないが、なぜか知らないうちにグループが上位に位置づけられていた。

40代に働いていた仕事からは個人の成績に結果が出て来た。この年代になると支店を任されたりするようになるのだが、私が所属している部門の社員の中で最も高い月給をマークしたことがある。これは本人も知らなかっただが、わざわざ役員が社員の前でそのことを話して初めて私も知ったことだった。

そして前職では、契約件数2年間でNo.2、No.1をそれぞれ一回ずつマークしてから退職した。
でも、これらは狙っていたわけではなかった。ただ成果を出せるように必死になって仕事をしていたらそのような結果がついて来ただけだった。何年も働いていると会社の悪いところが色々見えるようになり、それよれも自分自身の考え方が変わって来て、方向転換を検討してしまうことは誰にでもあるだろう。だが、それだけで転職したとしても、最初に言ったようにただ逃げただけにしか過ぎないのではないだろうか。

これは自慢話ではない。私のようないい加減な人間でも何かを残せるのだということを伝えたかっただけだ。逆に言えば、そのような成果を出せたから、次の仕事にある程度の自信を持って臨めたではないかと思う。どんな分野でもいい。例えば、製作部門の仕事をやっている方は、その会社で最も完成度の高い商品を作ったりとか、他の部門でも、新たな業務システムを構築したとか、種類は問わない。極端な話、出勤率全社No.1でもいい、何でもいいから自分に誇りを持てるような結果を出してから転職を考えても遅くないのではないだろうか。

今私はNo.1などは全く考えていない、ただ、函館に貢献できる仕事をどれだけできるかを一番の目標としている。
人によって考えは異なると思うが、もし、これをお読みになっている方で、転職を考えている方がいたら、少しでも参考になると思い、わざわざ話さなくてもいいことを書いてみた次第だ。




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John Lennon はまぎれもなくブルースシンガーだった。
メロディというのではなく、歌声と歌詞がそうであった。

だからきれいなメロディと歌声のなかにもどこか必ず切なさを孕んでいた。
だからJohnを誰かが美しく歌うと違和感を感じてしまう。



自分の内側から絞り出してshoutするする力は、ポールよりもずっと激しかった。
自分の全てをさらけ出そうしてもがいている姿がそのまま歌となっていた。



だから私たちの胸深くにいつまでもその歌声が響いている。

今でも、人を切なくさせることはJohnが生きていた頃と変わらず人々の中で渦巻いているのだから。

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最初に2つほどお断りを。
まず、本文と写真は関係ありません(このブログにはよくあることですが)
もう一つは、本日のタイトルのインド料理、私はインドに行ったことがないので本場では食べたことがありません。

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それを踏まえてのお話ですが、全て私の個人的感想でお話しますと、カレーとインド料理をごちゃまぜにしている方がとても多いのでは・・・・・・。

まずWikipediaによると、インドにはカレーという料理は存在しないようだ。イギリスの植民地時代に、イギリス人が、タミル語で食事を意味する「カリ」という言葉で世界にインド料理を広めたのが現在に至っているのではないかということだ。

そして、その内容だが、イギリスC&B社がインド料理の一部である汁物をパウダー状にしたものを、小麦粉を混ぜたシチュー状にしたものが、私たちが一般に認識している「インドカレー」である。
しかし、インド料理には小麦粉は一切使われない。あくまで香辛料を使用した煮込み料理が「カレー」と呼ばれているものに該当する。

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私がこの違いを体験したのは約30年前だった。当時は札幌に住んでいたのだが、たまたま東京に遊びに行った時、友人の誘いで銀座で初めてインド料理を食べた時であった。
その時まで私もカレーというのはご飯にかけて食べるシチューのようなものだと思っていた。そして身近なカレー店ではやたらと辛さの競い合いをするような「粉臭い」料理が席巻していた。

しかし、銀座のインド料理は全く異なった。その時の細かな印象は忘れてしまったが、私には頭がかち割られるほどの新しい刺激のある料理だった。
「今まで食べていたのは、インドとは全く関係のないものだった」
それがその時の感想だった。

札幌に帰ると、市内にインド料理店があるか早速調べてみた。すると1軒だけあった。それが「タージマハール」であった。当時はパルコの裏側のあるビルの地下にあった。ランチタイムに行っても、客がまばらでゆったりと落ち着いた雰囲気の中で食事をすることができた。
そして、その味は、銀座のインド料理店よりも美味しかった。私の大好物になった。

決して安い料理代金ではなかったので頻繁には行けなかったが、一定の間隔で通っているうちに客は増えてきた。それ以来私にとってのインド料理の味の基準は「タージマハール」となってしまった。
その店の料理は基本的にそんなに辛くなかった。それよりもスパイスを多用した煮込み汁の香ばしさが心地良く喉を通った。

「カレー」は辛くなくても美味しくなるはずのものだ、とその時知った。例えば、良質の生わさびは香ばしい匂いが口腔いっぱいに広がるだけで決して辛くないのと同じように、美味しいインド料理は辛くなければならないはずはない。

タージマハールにしばくら行っていないので、今はどんな味がしているかわからないが、少なくとも函館にはタージマハールを思い出させるようなインド料理を提供してくれている店はない。辛さを求めていたり、その逆に子供でも食べることができそうな甘さを強調したりしていめ店しか今のところ経験していない。

いつも何かが足りないと感じてしまう。それが何かかは専門家ではないのでわからないが、少なくても、カレー屋さんとインド料理店が分類されたことはいいことだ。

次は函館で私が唸ってしまうお店を見つけることかせできるかどうかの問題だ。そして、そんな店はあるのだろうか?





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