<   2016年 11月 ( 24 )   > この月の画像一覧

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昨日あたりから、やっと風邪だという自覚症状が出て来たのですが、思い起こすと10日以上前から続いていたのが今回の風邪です。

まだ風邪に罹っていない方のために私が辿って来た今回の風邪の経過をお話しします。あくまで私の場合ですので誰もが同じとは限らないことは断らなくてもおわかりいただけると思います(笑)

それは10日以上前のことですが、少し喉が痛くなりました。私の場合喫煙者であり、夜自宅でワインなども飲むため、その影響かな?と思っていました。しかし、煙草も通常の本数でしたし、ワインも普段と変わりのない量しか飲んでいませんでした。まぁ、少し気を付けようという軽い気持ちでした。それが5日ほど前から、喉あたりから気管支までの間が重く苦しくなり始めました。何か空気がスムーズに肺に入って行かないような、重っ苦しい状態になったのです。おまけに喉仏あたりが炎症を起こしているような感じもしていたのですが、特に熱もなく、咳もしない、ただ喉から気管支が苦しいという自覚症状しかありませんでした。

最初、あっ、いよいよ私も喉頭がんか、あるいは気管支炎か、ともかく咳もくしゃみも発熱もなかったものですから、別の病気を疑っていましたそうしているうちになぜかその部分の苦しみ・重さがなくなったと思ったら、今度は激しい咳の繰り返しが襲ってまいりました。汚い話ですが、痰はいっぱい出て来るわ、咳もたて続けに4,5回ゲホゲホとやってやっと収まるといてう具合で、そこでやっと、風邪かな?と思ったわけです。それが昨日のことですが、とりあえず常備薬の風邪薬を飲んだら少し平静化したものですから、あっ、もう開放に向かっているのかなと思ったら、今日の夕方から熱も出てまいりました。と言っても、私の場合、本格的に風邪をひいた場合、普通に38℃以上の体温を記録する人間なのですが、さっき測ったら37.2℃しかありませんでした。

熱も出ないし、くしゃみもしない、鼻水もたいして出るわけではなく、ただひたすら喉に来るのが今回の風邪の特徴のようです。

ですから、今、ちょっと喉が痛いな、だとか、胸が若干苦しいというだけで他の症状がない方でも、ひょっとしたら風邪に罹っているかもしれませんので、どうぞご注意を!咳が出始めると、けっこうきつくなりますから、その前に体を大切にしてあげてください。

ともかく、もう寝ましょう(笑)




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もともと我ままで自己中心的な私ではありますかが、この年齢になってそれをより増幅させようと思っている次第であります。

いきなり何を言いたいのだろう、と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、今まで生きてきた中での出来事を振り返ると、その時は必死になってもがいていたり、たいしたことのないものに大袈裟に反応したり、喜んだり、焦ったり、快楽を得ていたりしていたことが、全て人生のひとつの季節の中での出来事だったように思えるからです。もちろんその時はそんなことなんか考えることもせず、または考える余裕もなく過ごしていました。それはそうでしょう、嵐の真っただ中にいて自分の身の安全を確保するので精一杯の人間が「これも人生の一つ」なんて悠長なことは思えませんよね。これは私だけではなく皆さんもそうだと思います。

でも、何とか運良くそのような出来事が過ぎ去ってみると、辛いことも嬉しいことも哀しいこともこの上ない快楽も全て人生という中でのある季節のひとつの出来事だったのかな、と思えてくるのです。もちろん今だから言えることには違いがありません。
ですが、そう思うと、これからの起きる出来事も死期が近付いてから思うと、実は小さな出来事の連続なのではないか、そんな風に思えます。

私は30代40代とほとんど働きづくめの毎日を送っていました。朝起きて仕度をし、会社で夜遅くまで働き、家に帰って遅い晩御飯を食べて寝る。ほとんどそんな日々の繰り返しでした。ところが50代になったある時、自分は仕事しかしてこなかったことに気付きました。心身ともに大きな疲労を抱えながらも、とりあえず生活のためにそれまで通りに働き続けていましたが、その結果として残ったものがお金でしかなければ寂しいものだと思うようになりました。もちろんお金は必要です。今でもいくらでも欲しい。でも、そのために全てを犠牲にしていいのか?他にも自分がしたいことはないのか?このまま「何も仕事以外のことを知らずに、何も出来ずに」気が付けば実は何もない男として死んで行くのか。そんな疑問が次々と湧き上がりました。

そんなこんなの自問自答(他にも考えることがあったのですが)の結果、故郷である函館に戻ることにしたのです。その人にもよるかもしれませんが、転勤族には「根を張る」場所(街)がないのです。結局会社に「根を張る」しか無くなり、会社人間になるしかなくなるのです。自分の心の支えは会社(仕事)となってしまったとすると、定年退職したと同時に「支え」が無くなってしまうのです。もちろん家族という大切な支えはあるでしょうが、だからと言って退職後のたっぷりある時間を全て家庭で過ごすということはないでしょう。

話が逸れてしまいましたが、人生という全人類に間違いなく平等にたった一回しかない舞台で何を演じるか、それは人それぞれで違うでしょうが、どんなものを演じても、結局結末はどのように死んで行ったか、ということになるのではないでしょうか。そのスケールで考えますと、ひとつひとつの場面は、季節の中で「今日は暖かい日だった」とか「晴れたり曇ったり雪が降ったりと訳の分からない日だった」のようなものになるのではないかと思います。でも、確実に季節は変わり、それぞれの季節の記憶を人に与えてくれます。

さて、あなたはこれからどんな人生の季節を迎えるのでしょうか?私の季節は、何となく秋の台風シーズンになるような気がしています(笑)



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いつも思うのだが、樹とはあらゆる偶然が重なって、人間の想像を超えた人間が「創造」できない芸術品だ。

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撮り方によって、またはカラーと白黒によって、同じものでも全く別の生物体に見えてくる。

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撮り方によっては、美しくもなり、自然の淘汰の中で生き残ってきた逞しさや、「人間では想像のできない」自然美を表現してくれる。

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自然が美しくなければならない理由なんて何もない。それは、樹を見た時、「きれい」と思うように仕組みこまれ、それを探して喜ぶことが「きれい」を求めるが第一優先の人の正当化となっているだけだろうと思う。

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自然は、時には何よりも残酷だ。生きるか死ぬか、静かな戦いが「きれい」と言われる風景の中で起きている。

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これから冬になり、自然そのものが眠っているかのように見えるかもしれないが、樹は静かに、ひっそりと音も出さずに、自らの生命をかけて戦っているはずだ。




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南三陸町にて




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最近巴大橋を走りながらJR函館駅を何気なく眺めると、以前より寂しくなったなという感じを受けていた。それがなぜなのか少し考えてみたら、青森行の列車が無くなったからだと気付いた。そうか、特急白鳥がなくなったから、函館駅にターミナル駅独特の活気を失ってしまったのか、そんなことを思ってみた。

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特急白鳥が無くなったのはご周知の通り北海道新幹線が開業したからだが、新幹線新函館北斗駅からの乗り継ぎ列車のはこだてライナーもあるじゃないか、と思われる方もいらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、「特急」という独特の車体が札幌行と青森行で並んでいる光景はもう見られないのだ。つまり、駅のホームとしての華やかさが激減したということだ。

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新幹線の開業によって新函館北斗駅に注目が集まっているが、それと相反するように函館駅は、まるで北海道のローカル線の発着地のような寂しさを持つことを余儀なくされ、じっと耐え偲んでいるように映る。

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私も、白鳥に乗る時はどうしてか写真を撮る気分になるのだが、今年新幹線に乗っても車窓から見える風景を積極的に撮りたいとは思わなくなった。何となく、これから旅に出るのだという気持ちより、これから青森や仙台に短時間で移動する乗り物に乗車するのだという気持ちになってしまう。車窓からの風景を楽しむという点では、在来線の方がずっと楽しい。

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どこにでもありそうな風景だが、なぜか見知らぬ街に向かっているのだなというワクワク感を味わうことができる。

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以前、「男のいない女たち」というタイトルで記事を書いた。
実際、私の周りには「男のいない女たち」がたくさんいる。函館に戻って来てから私はそういう環境になぜかいる。そして、まるでそれに引き寄せられたかのように、私は「女のいないjhm」となっている。
女がいないと言っても、妻もいるし、食事やお酒やカフェに行こうと誘ったらOKと気軽に会ってくれる女性もたくさんいる。恐らく同年代の男性としては、妻以外に女性と二人だけでいる機会が多い方ではないかと思う。そういう物理的な意味では「女」はたくさんいる。だが、それは私の孤独感を一時的に癒してくれるものにしか過ぎない。もちろん会ってくれる方々には感謝しているし、とても素敵な女性たちばかりだ。彼女たちはその時、私にとても素敵な時間を与えてくれている。それを満足しないと言ったら彼女たちに失礼だ。時には私のことを心配してくれることもある。ありがたい。
でも、jhmには女はいないのだ。どこかでいつも孤独感を抱いている、そんな自分がある。

それは、例えば、都会の雑踏の中で感じる孤独感、何名かの友人と時を過ごしている場面で感じる孤独感、学級の中でクラスメイトとは遊んだり話したりしているにも拘らず感じてしまう孤独感。生活を共にしている知人である妻、お酒や食事やお茶が終わったらそれぞれの自宅に真直ぐ向かう女友達。それでも自分の場合、全く相手にされないよりはずっとマシであるのかと思い、色々な女性と時間を共にすることがある。

だからと言ってその人たちは私の恋人ではない。

ではどのような関係であれば「女のいるjhm」となれるのだろうか?それは、きっとお互いに相手が望んでいることを許し合える異性関係ではないかと思う。
具体的には、ハグはするがキスはしなくてもいい、添い寝はしてもセックスはしてもしなくてもいい。そんな関係が成り立ったら、「きっと女のいるjhm」になれるのではないかと思う。

ちょっと理解しがたい関係なのかもしれないが、異性をとても身近に感じるのは、やはりどこかで接触している時だ。だからといってセックスまで至る必要はない。ほんのひと時、ちょっと体をくっつけて温め合えればいい。それで十分だ。
それはセックスよりもずっと重要な行為なのだ。時には性欲だけでセックスはできる。しかし、相手に寄り添う自然な体の動きは心を許していなければできない行為だ。

車を運転しながら歩道を歩いている女性を見ると、「どうして私はこの女性と食事も一緒にできないのだろうか?」と思ってしまう方がいる。もちろんそれは一方的な思いであり、相手からする甚だ迷惑な話かもしれない。でも、どうせ人間として生まれてきたならたくさんの異性とハグくらいしても問題があるわけではないのではないかと思う。

ただ日本にはそんな習慣がないために、ひょっとしたら昔よりも自由に交際できる今の方が「男のいない女たち」や「女のいない男たち」が多いのではないのだろうか。「男のいないな女たち」や「女のいない男たち」はこれからもっと増えるだろう。それはセックスとは別の話だ。そして、「女のいないjhmたち」は、ただ女性とボーとしてとりあえず日々を過ごすことになるのだろう。



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今日、函館に本格的な雪が降りました。例年ですと、もう根雪は間近と思わせるような雪です。
気温もプラスにはならなかったようで、寒さが身に染みて来ました。
このような冬になりかけの時が一番寒いときです。真冬になるまでには徐々に寒さに慣れ、意外と平気になって行くものですが、今までまだ暖かさの名残があった時が去ると、急に寒さを強く感じるものです。

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それは、今まで誰かと日々を楽しい日々を伴にした後にやって来る寂しさ、空虚感のようなものなのかもしれません。
色彩を持たない冬には、ただコートやもっくもっくのラムウールのセーターや優秀な暖房機でも高断熱の住宅でもなく、一緒に寄り添って濃くて熱いコーンポタージュスープとその相手が必要だ。

私には、また色彩を持たない冬がやって来そうだ。



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11月20日、既に12月15日で閉店することをお知らせした「ル・コントワール」の栄子ママの誕生日と新たな旅立ちを祝う会を催した。これは、私と加納さん(バル街実行委員の一人)が企画したもので、その会場は大町にある「港の庵」にした。
コントワールに馴染みのあるお客さんを全て呼ぼうとすると、ホテルなどの宴会場で行わなければならない。しかし、それは企画側の我々もママも本意ではなかった。なぜなら、まずコントワールに関するイベントを企画する際、その場所がホテルというものはどうしてもイメージがつながらなかったということと、そこで出される料理は知り合いのシェフにお願いしたかったということがある。そして、会場はやはり西部地区でなければならない。できれば建物そのものにも趣があるもの。それ以外は考えられなかった。

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そうなると「港の庵」以外に適したものはなかった。ここは、厨房施設がある。そして運のいいことにピアノもあった。そして我々が企画したものは、来た方にコントワールのイベントでなければできないようなちょっとした贅沢な環境を作ることだった。

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お酒とグラスは和田商店さんが用意してくれた。

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花はBOTANさんに頼んだ。

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料理はコムシェヴ―さんにお願いした。

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そして、会を彩ってくれるBGMとして、まず高実希子さんにピアノ演奏をしていただいた。彼女は騒がしい中、しっかり自分の世界を表現してくれた。ちゃんと聴いていた方にはその素晴らしさが伝わっただろう。

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そして吉村兄弟。当初は吉村4でなければできないと言っていた兄であったが、ちゃんと楽譜を用意していた(笑)この二人だけでやったのはかなり久しぶりではなかっただろうか。

でも、これがコントワールでの日常だった。普段はお金を払って聴くようなミュージシャンが、酒の勢いに任せて突然演奏を始める。私はそういう贅沢な時間をたくさん経験させてもらった。それをこの日も再現したかった。

その他、プロ並みのギターと歌を佐賀さんが、ママへのプレゼント贈呈式とママから皆様への感謝の言葉のBGMを畑中さんと吉村弟が奏でてくれた。私がやらなければならない作業の関係上、これらの写真は撮れなかったが、こちらの依頼に快く引き受けていただいたミュージシャンにとても感謝したい。ここで流れた音楽は全て生演奏というひとつの贅沢。そういう場面を提供したかった。
私は運営側だったので、ゆっくり酒や食事や演奏を楽しむことができなかったが、会場に来られた方々はご満足いただけただろうか?そして主役である栄子ママは喜んでもらえただろうか。

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そして、一緒に企画し、料理や酒、花、マイクなどの手配をしていただいた加納さんには大感謝。彼がいなければこんなにまとまっていなかっただろうと思う。私一人では絶対不可能だった。また、受付等をしていただいたN・KさんやN・Yさん、K・Yさん、設営を手伝ってくれたI・Hさんたちの協力にも感謝したい。

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収容人数の関係で、ご招待できない方がかなり多くなってしまいました。お詫びいたします。

最後は、スペイン料理店「バスク」の経営者で、バル街の主宰者でもあり、この「港の庵」で定例的に行われている美食倶楽部「ソシエダ」の主要メンバーである深谷さんが締めていただいた。ちなみに、ル・コントワールはバル街の第一回目から前回の9月の秋バルまでずっと続けて参加していた。
だが、来年の春バルにはもうどこを探しても店はないのだ。


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どうやら人には歓びの時代と哀しみの時代が交互に訪れて来るようだ。
私にとっての喜びの時代は終わり、再び悲しみの時代に入ったのかもしれない。

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歓びの時代は本当に短い。



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昨日のニュースで、15歳の娘を高齢者が運転していた車にぶつけられて亡くした母親のインタビューが流れていた。自分の子供を失う悲しみ・喪失感・絶望感が実際どんなものなのか経験がないので想像でしか言えないが、自分の存在価値まで疑ってしまうほどやるせないものではないかと思う。

車での事故死で社会的に大きな問題となる原因に、飲酒運転・スピードの出し過ぎ・わき見運転・携帯電話での会話や操作・過労などの他に、高齢者の認識・判断・反応の能力低下によるものもクローズアップされている。確かに普段運転していて、妙に遅い車、前後左右の間隔の取り方が変な車、平気で中央線をはみ出す車などは結構高齢者が運転していることが多い。
確かに高齢者の運転は見ていて同じ道路を走っている者にとっても不安に見える。ある意味危険がある。だが、ここではそれを主題とはせず、「なぜ高齢者はそこまでして運転をしなければならないのか」を考えてみる。

その理由のひとつとして、自動車が公共交通機関(バス・電車等)を利用するよりも早く到達し、経路も自由に選ぶことができる乗り物であり大量の荷物も手から離して運搬できるもので、一度その便利さを知ってしまったらなかなか手放すことができないというものがある。これは私もその恩恵を受けている身だ。逆にそれがなければ購入費・維持費が膨大にかかる高額な消耗品を持つ意味がないのだが。

次に、車を運転しなければ日常の仕事や買い物その他の用を足せないという地理的な問題がある。これが今日の主題だ。

この問題は、仕事柄街の形成というものをずっと見て来たり、たまたま色々な街に出張で何年かごとに訪れて見た変遷を基に考えてみると以下のようになる。
高度経済成長の時代は、経済も右肩上がりであり、人口も右肩上がりで、それと共に賃貸住宅から持家へと住居を買える絶対数も右肩上がりとなった。そうなると、当然の如く、街は郊外に向けて拡大していく。道内では札幌がわかりやすい例だ。私が初めて住んだ約40年前の札幌は、まだ市内の「えっ、こんなとこに!」という地域に牧場があったり、住宅街と住宅街の間に広い農地があったりと、とても120万人都市とは思えないのどかな部分があった。しかし、今や190万人都市となった札幌にはもうそんな地域は市街地にはない。玉葱畑もずいぶん住宅地となったし、牧場はイオンになったりと、昔の面影は全くない。当然、昔は随分遠くて不便そうだなと思うような地域にまで住宅がたくさん建てられ人が住んでいる。
一般的にそのような外れの地域の公共交通機関の便は芳しくない。だから、住民は車が必需品となる。
そのようにして車の保有台数は一家に一台どころか二台や三台が今では当たり前になっている。それでも、札幌の場合は(東京もそうだが)、中心街が固定されており、中心街に行く時はできるだけJRや地下鉄等で行くようにする人が多いので、車の利用という点では、ある程度目的地によって使い分けされているのではないかと思う。
ところが函館のような地方都市は少し事情が異なってくる。バブルが終焉し、人々が価格の安い商品を追い求めていた頃、都市の郊外に「日曜日などを利用して、家族できていただき、大量に安いものを買いだめしてもらう」ための広い販売面積と品揃えを持った商業施設がたくさんできるようになった。それで最も規模を拡大したのがAEONであるが、それ以外の場所でもホーマックやツルハ、ゼビオ、などなど出店した。しかし、それは「郊外型店舗」と呼ばれていた。読んで字の如く、店舗は住宅街には遠くはないが近隣には住宅が整備されていない場所にあり低い土地利用料で浮いている分、建物に費用をつぎ込み大型店化を果たし、豊富な種類と大量のストックを可能にした。なおかつ、同じ敷地内にいくつものショップを配置すると、そのモールに一度車を停めると、たいていのものはそのモール内で購入でき、あちこち市内各所を移動して買いまわる必要性が無くなった。単純に利便性というものだけで見ると、格段に便利になった。
なぜそうしたのか?たとえばホームセンターだけがぽつんと郊外にあっても、最初は物珍しさで行くかもしれないが、そのうち他のもの(食料品や衣服他)を購入するためにはまた別の場所に移動しなければならなくなるため、だんだん面倒くさくなる。それでは、異種の大型店を集めると付加価値が生じる。だから、膨大な敷地を利用したショッピングモールが次々と誕生した。すると、そのモールに行くと大抵のことは用が済むため、そのモールの周辺は「便利な街」となる。するとその周辺に住宅街が誕生する。
つまり、本来郊外であった地域がひとつの街となってしまうのだ。これは何度も私が指摘したように、衰退する地方都市の典型的な変遷パターンである。しかし、いくら指摘しても人々はそのような地域に魅力を感じ住み始める。だが、あくまで郊外は郊外なのだ。全ての都市機能がそこに集約しているわけではない。ほんの日常的な一部の機能が集まっているだけにしか過ぎない。例えばJRを利用する場合、「郊外」はやはり駅から遠いのだ。また、バスなどのターミナルをそこに集中するわけにはいかない。なぜなら元々「郊外」なのだから。
このようにして分断された都市機能を地理的につなぐのが自動車である。このような「機能が分断された街」には車は不可欠となる。それ故に、「分断された街」に住む者は例え高齢になったとしても、車を使わざるをえなくなってしまう。そうしなければ「不便」なのだ。地方都市はこのようにして小さな便利さに吸い込まれるようにして都市機能の崩壊を加速し、衰退していくのだが、住んでいる以上は分断された機能を補うために高齢者であろうが誰であろうが自動車を運転しなければならなくなる。

しかし、高齢者の運転技術はやはり不安が多い。きっとそれはある程度それを認識しているのだろう。のろのろ運転の高齢者の車を別車線から追い越す時、運転している姿を見ると、それこそ必死になっているものをいつも発見する。何もそこまで辛い思いをしてまで運転しなくてもいいのではと思うのだが、車がなければ不便だからそうしているのだろうと少し可哀想になってしまう。

このような環境は、高齢者に優しい環境と言えるだろうか。ひょっとしたらもう運転ははしたくないかもしれないけど住んでいる場所が「不便」だから車を運転するしかないという高齢者も多数いるのではないだろうか。そうなると元々運転に不安のある高齢者の事故発生率は当然高くなる。それに伴って事故に会って死亡ないし負傷する歩行者も増えるかもしれない。だから単純に高齢者の事故の増加は、高齢者の運転能力の問題だけとは言えないのだ。
これは、そのような街を作ってしまった住民全体の責任だ、と私は思う。





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