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猫の話は一休みです。

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私はあまり雑貨店で物を買うことはないのですが、買う時はかなりの割合で、宝来町のSUQ+で買います。

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えー、商品を選ぶ時間より、店主さんと話をしていることの方がはるかに長いですが・・・・。

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これ、すずがみ、漢字で書くと「錫紙」というのでしょうか。簡単に曲がるようです。

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充分話したら休憩で写真を撮ります。

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そんなお店です。帰りにはフライヤーをたくさん持たされました。




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その猫に対して、私は特別な感情を持たなかった。正確には、猫が好きな人のような可愛がり方をしなかったということだ。しばらく顔を出さなかったとしてもそれほど気にはならなかったし、たまに「あいつどうしているのだろう」と思うくらいで、とりあえず来た時のために缶詰を用意しておいているものの、まぁ、猫には猫の都合というものがあるのだし、他にもっと可愛がってくれる人がいるのだったらそれはそれでいいのだから成り行きに任せよう、という感情しかなかった。

2週間くらい顔を見なかったこともよくあった。久し振りに顔を出した時は「よう、何やってたんだ?」と話しかけてみるのだが、猫はまるで「そんなのはこっち勝手でしょ」と言いたげに知らんぷりしていた。まぁ、いいか。気が済むまでそこにいたらいいさ。だいたい私たちはそんな関係で、お互いに干渉はしなかった。ところがある時、私の部屋の窓に訪れない期間がかなり長くなった時がある。たまに「そう言えば見ていないな」と思うことがあったが、たぶん「定住」できる家を見つけて、きっとそこは完全に家の中だけで飼われているのだろう。それはそれで良かったのかもしれない。そんな風に思っていた。

しかし、もちろん私にはこの時だけしか体験しなかったこと、恐らく多くの人々も体験しないであろう奇妙なことを私は体験した。

それは、もうその猫のことは頭の片隅の一部にしか存在が無くなって来た頃のことだ。いつものように窓を開けて、私は真昼間から布団の中に入ってボーとしていた。すると窓の敷居に猫が突然現れた。一瞬それは過去の何気ない登場の仕方のように思えたし、でもどこか違うような気がした。そして、しっかりと猫を見ると、何と口に真っ白い子猫をくわえていたのだった。えっ!子供を産んだのか?そうか、そうだったのか。だからしばらく顔を見せなかったんだな。と咄嗟に思ったと同時に、その時その猫がメスだったことを初めて知ったのだった。それくらい私は無頓着だった。

だいたい私は猫の種別にも関心がなかった。だから、その猫の毛の模様についても大雑把にほとんど灰色と白としか認識していなかった。ところが、その灰白の猫から全身真っ白な毛の子供が産まれた。どういうメカニズムなのだ、と不思議に思ったが、考えても答えが出るわけもなく、ともかく「あっ、そーなんだ」という妙な納得を無理矢理自分に言い聞かせていると、猫は子猫をくわえたまま、すっと床に降り私の許にとことこやって来た。
私は一瞬戸惑ったが、まぁとりあえず布団の中に入りなよ、と掛け布団を持ち上げて中に入れてやった、すると親猫は遠慮なく私の胸近くに座り子猫をやっと口から離し、ぺろぺろと子猫の体を舐め始めた。間近で白い子猫を見ると、まだ目が開いていなかった。産後何日目で目が開くのかなんて私は知らないが、ともかく生まれて間もないに違いない。そのくらいは何となくわかった。

しかし、そこで私はあることを思い出した。誰からか聞いた「猫は自分の子供を人間に見られたり、他の動物からの危機に遭遇すると自ら子供を食べてしまうことがある」という言葉だ。それが本当なのかどうかは私は見たことがないのでわからないが、ともかく警戒するのは本能的に当然だろうというくらいの意識はあった。ところが、この新親猫は警戒どころかまだ目も開いていない子猫を、わざわざ私の部屋に連れて来たのだった。
ありえない。猫に関して無知な私でもそのくらいはわかる。ともかくありえない。

だが、その白い子猫をじっと見ていると、無条件で可愛く思えた。まだ立つこともおぼつかず、よろよろと親猫に寄りすがろうとしている姿は可愛い以外のなにものでもなかった。驚きの次には何とも言えない心を暖めてくれるシーンに包まれていた。まぁ、良かったんじゃないか、と何の根拠もない歓びを私は感じた。
ところが少しすると、親猫は、さて行こうかと窓の方向を向き、そして子供を置いて窓から外に出て行った。おいおい、この子猫はどうするんだ。もしかして私に育ててくれということなのか。とんでもない。そんなことはできるわけがない。だいたい私は母乳が出ない。毛を舐めたりする習慣もない。
そもそも、人間が子猫を捨てという話はよく聞くが、親猫が子猫を人間に預けて育児放棄をするという話なんて全く聞いたことがない。

私は、残されたこの子猫をどうしたらいいのか戸惑って、とりあえず子猫が押し潰れないように掛け布団を持ち上げているだけだった。子猫はよろよろと動こうとするが、思うように動けず、ほとんどその場にとどまっているだけだった。困った、困った、と何もできずにしていると、親猫が再び窓から颯爽と、今度は全身真っ黒な猫をくわえて私の許に歩み寄ってきた。そして、先ほどと同じポジションに座り、同じように子猫を口から離し同じように全身をぺろぺろと舐め始めた。だが、ひとつだけ違うことがあった。それは黒猫はお世辞にも可愛いとは思えない風体をしていたことだ。特に可愛い白猫の後に連れて来ただけに、よけいに黒猫のぶっきらぼうな風体が芳しい印象を与えなかった。
あぁ、この親猫、私の好みを知っていて、まず可愛い方から連れて来て、既成事実ができたことを認識したことを確認してから、可愛くない別の子猫を連れて来たのだ。
これは親猫の周到に考えた策略だったのだろう。見事に私はその策略に嵌ってしまった。仕方ない、こいつらの寝床を作ってあげなければいけない。
そこで私は部屋にたまたまあった段ボール箱の一部を改造して、猫一家の家をこしらえた。段ボールの中には新聞紙や布きれなどを敷いて少しでも暖かく過ごせるようにしてやった。一家にとっては窮屈かもしれないが、寝る時はそこで寝てもらわないとこっちも困るから、私が眠たくなったら、強制的に3匹をそこに入れ、そこが君たちの家なのだ、と理解してもらうようにした。

さて、共同生活を始めるにしろ、食べ物がなければ生活は成り立たない。私はその日からスーパーに行ってお徳用の魚の缶詰を常に買うようになったる
ともかく、通常では考えられない猫親子と私の共同生活が、その日から始まってしまったのだった。

2回で完結しようと書き始めたのですが、どうやら4話以上になりそうです。次回に続く。




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たまにはきちんと何かを話そうと思う。
いや、これから話すことが「きちんとした」ことに分類されるのかどうかはわからない。それは読んだ方が判断することであろう。私が言う「きちんと」というものは、自分の考えをきちんと話そう、という意味だ。

だいぶ前に書いたかもしれないが、本人でさえその確かな記憶がないので、ある部分まではもし重複していたとしてもとにかく書いてみることにした。
それは私が20歳から22歳くらいまでの間のどこかで起きた話だ。時期などの細かい記憶はないけど、出来事は今でも鮮明に覚えている。

私は札幌北区のあるボロアパートの1階に住んでいた。当時はもちろん昭和だったが、その中でもとびっきりの昭和的なアパートだった。玄関・トイレが共同で、電話も玄関先に1台公衆電話があり、電話がかかって来ると音に気付いた住人の誰かが出て対応するという、今では信じられないようなシステムが当たり前の時代だった。
台所、というより「流し」はレバー式、と言っても今のキッチンにある混栓式のようなお湯と水が混じり合うといったレバーではなく、単に水を出すためにレバーを右から左に回すという代物で、冬になるといつも管が凍結していた。ところが幸いなことになぜか凍結しないトイレの水をやかんに汲んで、コンロでそれなりの高温のお湯にして、レバーからゆっくり下にお湯が流れるようにかけて辛抱強く金属管内で凍結した氷を少しずつ解かしていく原始的な手法を使わなければならなかった。
一度のトイレで組んだ水で解凍できたらまだましだが、何度も繰り替えさなければならない時は、水が出るまで1時間以上かってしまったこともある。

ともかくそんな昭和でも古代に属するアパートに流れる空気はゆっくりしていた。金もなく特別やりたいこともなかったその頃は、夏になると窓の半分を全開にして空気を入れ替え、本人は布団の中でだらだと横になっていることが多かった。音楽を聴きながら布団に入ってボーと天井を見ていることもあった。そんな時期、必ず夕方近くに窓の敷居にひょいと現れる猫がいた。あるいは窓の下で「にぁぁ~おん」と啼き、自分の存在を示すこともあった。最初、当然のことだが私にとってはstrangerであった。
どこかから辿り着いた猫なのだろう。きっとどこかに塒があって、ちょっとした散歩の途中に私の所に立ち寄っただけかもしれない。

だから、その猫が来た時は、「よう、ようこそ」「ちょっと一休みしていくかい?」のような声をかけていた。
猫は怯えもせずにじっと窓の敷居に座って室内の様子を眺めていた。私は、ある時まるで自分の家に訪問したお客さんにするように、「せっかくだからソーセージでも食べるか」とおやつを差し出した。すると猫はそれを美味しそうにしっかりと食べた。むしゃむしゃむしゃ。口からこぼれたら落ちた室内の床に下りて拾って食べ、また窓敷居の定位置に戻った。

そのようにしてかす猫は時々私の部屋をたびたび訪れるようになった。さすがに何度も遊びに来るようになったらシーチキンの缶詰くらいは私も用意することにした。貧乏だったが、私の部屋を訪れる数少ない「お客様」だったので、せめてご馳走くらいは、というきもちだった。
そして、猫と私の関係は、たまにはちょっとふざけて猫を抱いたり、キャット空中3回転の実験をしたりする以外は、ただそれぞれ自分の過ごしたい時間を過ごしていた。私が本を読んでいる時は、その猫には一切構わなかった。そんな状況に退屈したのか猫は帰って行くのだが、また懲りずにそのうちに訪れてくる。
シーチキンをあげる時は、窓の下の地面に缶詰を置いて食べさせた。
一応、窓敷居までが君に許される位置であり、それ以上は勝手に踏み込まれても困るし、猫もそれを察しているかのように自分「定位置」を変えることはなかった。

我々の関係は、ただ偶然知り合った人間と猫、それ以上でもそれ以下でもなかった。
ところがある時から事情が一変した。ありえないことが私の身に起こったのだった。
(次回に続く)




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