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弥生町バス通りの風景。この辺りの車の速度は遅く、みんなゆったりとした運転をしている。(個人的には西部スピードと呼んでいる)

今朝8時半頃、北海道新聞社前の五叉路交差点内で乗用車とバイクが衝突する事故があった。事故の瞬間は見なかったが、パトカーが到着して気付き事故現場をビルから見た。
バイクの運転手は路面に倒れていた。倒れたままぴくりとも動かなかった。間もなく救急車が到着してバイク運転手を収容して立ち去った。帰宅後、新聞社のWebサイトを調べたが特に扱いがなかったため、バイク運転手は一命をとりとめたようだ。明日の朝刊を確認するまでわからないが、この記事を書いている時点では不幸中の幸と言っておこう。

この頃、ちょうど半月近く前から市内道路を走行する車のマナーが酷くなっているように思える。今年が特別ということではなく、元々マナーの悪い性質が顔を覗かせて来たと言う方が正しいだろう。北海道は全般的に運転マナーは酷く、道外からの来訪者はひやりとしたり不快に感じたりすることが多い。函館も例に漏れずに確かに酷い。
特に函館の特徴として挙げられるのが、車線はないが、暗黙的な習慣として右折車のために右側を空けているところに直進車が平気に後方から先頭に来て、信号が青になる前に見切り発進するという馬鹿げた運転である。正直言って、見切り発進こそしなかったが、私も若い頃には右折用の空に入り込み、青の点灯と同時に急発進をしたことが時々あった。だからあまり偉そうなことも言えないのだが、その頃の自分を省みると、自分のことしか考えていない世の中を甘く見ていた子供だったと思う。
今は流れに従って順番を待つようにしているし、自分の横にそのような車が並んだら、青信号と同時に40㎞/hないし50㎞/hまで急加速して前を走り、その後は定速走行で「ちゃんと走りなさい」と教えるようにしている。ある種の意地悪といえば意地悪とも見られるかもしれないが、そんなことしても無駄だよと教えなければ、真似をする運転者が後を絶たなくなるからだ。私だって自分が独自に開発したマナー違反をしたわけではなかった。人の真似をしたのだ。だから、やる人間を減らさなくてはならない。

自分の反省を込めて言うと、マナー違反=ずるさである。世の中、自分に都合がいいように事が進むという思い上がりがあり、他人のことなんかどうでもよく、自分さえよければいい。そんな身勝手な考えがマナー違反を生産する。そしてこれは何よりも危険だ。
恥ずかしながらそんなことに気付いた時からは、周りの運転手の状態をよく見るようになった。中にはやっとのことで運転しているような高齢者もいる。(これは別の意味で問題がある場合があるが)速度が速くなったり遅くなったりする運転手もいる。そんな時は、いらいらせずその運転手の傾向を分析して対応するようにしている。
人身事故が起きてしまってからでは何を言っても始まらないし、得になることなど何ひとつないのだから。

函館は狭い。札幌市内を仕事で車を走り回ることを考えると、たいていの行程は近所に行くようなものだ。だから普通に走っても走行時間に大差はない。自分の心をコントロールできるかできないかだけの違いだ。

ここで提案がひとつある。
よく交差点にこちらが直進で入ろうとしている時に、無理矢理右折しようとする車がある。その時は遠慮なくクラクションを鳴らそう。喧嘩するわけではない。「あなた危険だよ」と教えるのだ。そうしないとその運転手はまた平気で同じ事をするからだ。
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弁天町の倉庫。西部地区にはドック附近から今のベイエリアまで倉庫が数多く存在する。

弁天町で幼少期を過ごした者にとって、岸壁と倉庫はいつも遊び場所だった
特に倉庫は、時には独りキャッチボールの相手だったり、だるまさんが転んだの鬼の場所だったり、冒険の場所でもあった。なぜか当時から倉庫の扉は閉ざされていることが多く、倉庫が物を保管するものだと知ってからも出入庫をあまり見ることがなかったため、ずっと中は空だと思っていた。

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独りキャッチボールの相手になってくれた倉庫。

当時は下水道という便利なものはなく、排水は側溝に流されていた。側溝と言えば聞こえはいいが実態はドブと呼ぶのが最も適していた。弁天町周辺は生活排水だけではなく、工場排水もあったし、実際何が流れていたのかよくわからなかった。そのためいつも悪臭が漂っていた。
独りキャッチボールの時、上手く投げていればそんなことはないが、欠けた煉瓦に当ててしまうとボールの角度が変わりドブに落ちてしまっていた。ボールを拾うと手にとんでもない臭いがこびり付く。本当は拾いたくはない。しかし、ボールは1個しかなく、簡単に買い換えれないから我慢して臭いドブに手を突っ込み拾い上げた。そして、壁キャッチボールの再開だ。終えた頃には石鹸でも洗い流せないくらいの臭いが手に染み込んでいた。

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倉庫と倉庫の狭い空間。
この中に入ると思わぬ宝物を見つけることがあった。

並んで建っている倉庫の間は狭い。大人でも入れないことはないが、湿気が多くコケが生えており、そのため靴やズボンが汚れるので大人は必要以外は入らない。だから倉庫の隙間は子供の独壇場だ。
大人が昼休みにやったキャッチボールで失投して入り込んだまま置き去りにされた野球ボールや漁船用の浮きガラスなどがこの隙間によくあった。どちらも子供には即座に遊び道具になる。まさに狭くちょっと不気味な空間に果敢に探検して得た戦利品だった。

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倉庫の扉は鉄製でなければならない。物理的理由からではなく、錆びた扉でなければ倉庫とは思えないからだ。

たまに見た倉庫作業の際、鉄の扉を閉める大人の動きで扉の重さをそれとなく知った。だから閉じられた後の扉は、何者も受け付けない堅牢なものに感じた。それは子供にとって秘密の扉であり、未知の世界へ導く入口のように思えた。
そんなお伽噺のようなものを西部地区の倉庫を見ると今でも感じてしまう。

この古めかしい倉庫を見ると、あなたの素敵な想像力で自分だけのお伽噺を作ることができるはずだ。
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入舟町・平石造船にて。



ベンチを見ると写真を撮りたくなる。

そして、できることなら座ってしまいたくなる。

ペンチに座ってボーと風景を眺めるのが好きだ。

心も落ち着く。

さぁ、家に帰ろうか。