あなたは海岸町1番から五稜郭に続くほぼ一直線の道をご存知だろうか?
現在の主要道路に遮られているため、大きな通りを車で走ると気が付かないかもしれない。きっときちんと調べると何かしらの名前があるのだろうが、この道は戊辰戦争時、五稜郭に陣取った旧幕府軍が函館港へ用事がある時に頻繁に使われた道と言われている。
その道は、海岸町1番から始まり途中八幡通に吸収されたような形になるが、大縄町13番辺りから再び現れ、昭和橋近くまで続く。その後は高砂通となり、五稜郭タワーを通り五稜郭に至る。

高砂通にはあまりその面影は見つけることができないが、その前の大縄町には昔から人通りがあったと思われる商店等が今もある。函館では珍しくない光景だ。しかし、時間が経つとここもきっと忘れ去られるだろう。その前に、と言っても遅すぎるくらいだが、幾つかの建物の写真を撮影した。
今回はそれをご紹介する。
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八幡通からその道に入ると、まず目にするのがこの建物だ。外壁はサイディングに張り替えられているが、軒などを見るとその古さを察することができる。
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先の酒店に併設されている蔵と思われる建物。恐らく一部復元されたと想像できるが、それにしても立派な佇まいである。
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それから少し進むと左手にご覧のような建物が現れる。以前は何かの商売をやられていたと思われるが、特に二階部分がユニークで心をうきうきさせて撮影。
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この写真だけしか見なかったら西部地区の建物と間違ってしまうほどお見事な和洋折衷建築物である。この建物はご存知の方も多いでしょう。

この先は次回に続くが、函館にはご覧のような歴史に絡む通りがたくさんある。そんな視点を持つと、また歩く楽しみが増す次第であります。
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弁天町・壁穴通りの倉庫。

突然変なタイトルで恐縮します。お食事の前後か、どうもこういう話題はという方は読まないことをお勧めします。ただし、一部のマニアックな趣味の話題ではありません。真面目な話です。

まず結論から言おう。人は「うんち」が好きなのである。

ふざけるな、馬鹿なことを言うのも程々にしろとの声も聞こえて来そうだが、ここまで読んだのなら最後まで読んでいただきたい。
普通、うんちはどうして臭いのかと質問すれば、腸内に分泌している何とかという物質が体外に出ると酸化されてあの臭いが出る、という答が返されるだろう。確かにそうかもしれない。だが、この回答では説明が足りない。その臭いを人間がなぜ「臭い」という判断を下すかという説明にはなっていないのだ。

私の考えはこうだ。
人間が最も幸せな時間を過ごすことができるのは、母親の胎内にいる時である。なぜなら、人生の中で最も「何もしなくとも生きていることができる」時間だからだ。「何もしない」と言っても、私たちが休日に一歩も外に出ず、家の中でボーとしていることとは異なる。ボーとしていても、トイレには行くだろうし、食事もしなければならない。生きるためには何かをしなければならないのだ。
ところが、胎内にいる時はこれらのことをする必要がない。つまり、感覚的には万能を得た心地良い状態になっていると考えることができる。栄養分は自動的に臍の緒で供給され、排泄物は胎内で処理される。本当に何もしなくてもいいのだ。

そんな素晴しい世界からこの世に出てきたら、逆に大変な苦痛が待っていた。今度は何かをしなければならなくなった。でも自分では何もできない。できるのは泣くことだけ。万能者から一変して無能者になったのだ。
また、胎内にいる時は他者は存在しない。母親は感じることができるかもしれないが、その他のものは心地良い胎内の世界にはない「不愉快なもの」に感じる。
そう、たとえ「糞まみれ」でも一番心地良い万能幻想を抱くことができる胎内が恋しくて仕方ないのである。
そんな恋しいうんちが心地良くない他者から出てきたものは許せない。
ある者はそんな許せないものを自分が排泄するのも嫌になったり、ある者は自分の排泄物だけは許せるが他者のものは許せない、また数少ないと思うがある者は誰のものでも大好きになったりと、その人の経験によって好みは変わる。それはその者の生育上の体験によって変わってくる。つまり、後天的な経験によるものだが、いずれにしても「臭いのこだわり」があることは確かだ。

誰でも最低一度は経験があるだろうが、あまり好きでもない人が用を済ました後に致し方なく便所に入らなければならなかった時、普通以上に臭く感じてしまう。自分以上に他人のものは臭く感じてしまう。
これらは、いずれも自己愛から生まれてくるものである。しかし、うんちをそんな汚らわしいものと決めた以上ほとんどの人は恋しい自分の排泄物を大事に残しておこうとはしない。では、どのようにしてこの矛盾を解決したらいいのか。
そこで人間は香水を発明した。香水には動物の便が少量混じっているという。これで人間は失った万能幻想を一時でも取り戻した気分になるのである。
十字街の銀座通りの古建築物のひとつ旧梅津商店倉庫が、賃貸用として借主を探していることがわかった。
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3階建建築物の右端、ちょっと青っぽい色の三角屋根の建物。

総床面積は約100坪で、裏に駐車場10台分があるそうで、賃料まではわからないが、大正時代のこの建築物、昔は公証人役場として利用されていたそうだ。その後梅津商店の倉庫として使用され、最近までアンティークショップが入っていた。
一度は解体という話も出たそうだが、賃貸という形で維持されることとなったようだ。

これは信憑性の高い話であるが、次の話は本当かどうかわからない。
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皆様ご存知、旧亀井邸である。
たまたま、この建物を撮影しようとしていたら、近所のおばあちゃんが声を掛けて来て、「これ買うのかい?」と唐突に話した。「えっ!」と驚いたが、よくよく尋ねてみると、どうやらずっと空家になっているからきっと売るのだろうと思っているように推測できた。
おばあちゃんの話によると、所有者のご主人が亡くなってから、誰も住んでおらず、たまに娘さんが様子を伺いに来る程度とのこと。きっとこれからも住むことは無いだろうから売ると思っているのだろうか。ひょっとしたらその娘さんから「誰か欲しい人がいたら教えてください」とでも頼まれたのだろうか。
どうも、お年寄りの話は何かを隠しているようで、いないようで、わからない場合がある。ただ、おばあちゃんから教わったことが二つ。
一つ目は、この建物の外観は寂れてきているが、中はたいそう立派であったということと(何でも亀井家が住んでいた頃からお付き合いがあったそうで、何度か中に入ったそうだ)、現在の表札の苗字「鷲見」は「スミ」と読むとのこと。この話は大変勉強になった。

さて、旧亀井邸が本当に売るつもりなのかどうかは別として、函館の名建築物の代表格としていつまでも残っていて欲しいものだ。下は、おばあちゃんに声掛けられた時に写したもの。意外と庭は和風な旧亀井邸であった。
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