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函館駅ホーム。少年の頃はこのホームに立つと、これから始まる旅への期待でわくわくしていた。

何と古めかしいタイトルを選んだのだろうか。終着駅という言葉に、昔は旅情や哀愁を連想することができた。今は途中駅であろうが終着駅であろうが、目的地という括りの中におさまってしまう。

昔は本当に函館は終着駅であった。札幌が拡大する以前の時代の話だ。本州から見ると、津軽海峡を渡ることは相当な覚悟が必要であったのだろうと思う。
そして、函館を最期の地として選んだ者たちの祭が、明日・明後日と行われる。

人生は死に場所を見つける旅、と思い始めたのはつい2~3年前頃からだ。つまらないことにもがき、悩み、喜び、泣き、笑い、希望に胸震えたり、失望の暗闇に怯えたり、あたふたして日々の営みを繰り返し、その結論としての選択は死に場所をどこにするかということでしかないということに気付いた。

そんなことを思うと、残りの人生はやりたいことをやって死にたいと望むようになる。だから年寄りが我儘になるというのもわかるような気がする。
ひょっとしたら旧幕府軍も本州で既に覚悟を決めた上で、やり残したことを遂げる微かな夢を持ってこの函館に辿り着いたのではなかろうか?微かな命のモチベーションとして独立国の建設というとんでもないことをやろうとしたのではなかろうか?

そんな勝手な想像をしながら、明日の祭を見てみたいと思う。
祭は祀りである。
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豊川町の建物。何の変哲もないよくありそうな古建築物だが、なぜか気になり撮影。

今日、所用でハコダテ150+のスタッフの事務所に赴いた。そこで、偶然㈱シンプルウェイの阪口社長とお会いした。イカール星人を産み出した張本人だ。私より一回り以上若い方なのに、気負わない落ち着きのある方であった。静かに物事を見聞きし、頭の中で整理とまとめを行い、何かの形に変換して表現することができるタイプの方にお見受けした。
そして何よりも好感を受けたのは、こちらが身構えする必要のない存在感をお持ちであったことだ。現代の営業(セールス)は、昔のように押して押しまくるというタイプは煙たがれる。彼女のように、押し付けがましくないサラリとした受け答えができる人が人々に受け入れられる。大変参考になった。(別に私が何か営業されたわけではありません。会話の中で感じたことです。念のために)

その阪口社長は静岡からの外来者だ。事務所の150+スタッフも私もずっと函館を離れて戻って来た、半分地元民半分外来者という立場だ。
そんなことから、三者の間で函館における外来者についての話となった。150+スタッフの話では、ある教授が、異なる地域の人間が接触することによって生じる力が新しいものを生み出す、同じ地域内の者同士では悪く言うと馴れ合いのようなものが阻害し、なかなか新しいものが生まれにくい、という説を提唱しているとのことで、全くその通りだと思った。

阪口氏も函館という未知の環境に置かれ新鮮な目でこの街を捉えて、とんでもない面白いものを誕生させた。ご本人には大変失礼だが、もし静岡にずっといたのなら同じような奇抜なアイディアが果たして生まれたどうか疑問だ。
昨日記事にしたアリタリアの店主も東京の修行から戻った当時は外来者だ。カール・レイモンは勿論ドイツからの外来者である。

これから夏にかけて多くの外来者がやって来る。その中には函館が気に入り、将来移住して来る方もいるだろう。彼らはとても新鮮な目でこの街を注視するであろう。
私たち函館市民も同じように彼らを受け入れ新鮮な目で彼らを見ると、きっと市民から新しい文化を誕生させることができるはずだ。
まずは「ようこそいらっしゃいませ、お越しいただいてありがとうございます」という姿勢から何かが拓けて見えてくるのではないかと思う。
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今日の弥生小学校。今が満開のはずの桜ですが、なぜか寂しい咲き方です。

休日であった今日、久し振りに大門の「アリタリア」に行った。
「食遊帳」に記事を掲載した時以来の訪問であった。実はその間、ピザ好きの私は何軒かのピザのメニューがある店を訪れていたのですが、「食遊帳」に掲載していないという事実通りに満足を得ることができない所ばかりでした。
別に偉そうに言うつもりは全くありませんが、私がわくわくして「食遊帳」に記事を書きたいと思わせてくれる店と出会えることを祈っています。

さて、アリタリアに妻と入店する時、珍しく若い男性グループとすれ違った。後に店主とカウンターに座っていたお客さんとの会話では茨城県から来た人たちだと推測されていた。何でも、店主が修行で東京にいた頃、同じ職場の茨城県出身者と同じ訛だったそうだ。
きっとネット検索で知ったのだろうと思った。実際、Webで紹介されると若者の来店が増えるとある店の店主から聞いたことがある。やはりネットの影響力はそれなりにあるのだと再認識させられた。

アリタリアの店内はいつもと変わらぬものだった。前回着いていたテーブルクロスの染みはそのままであったし、食事を終えたテーブルの後片付けはすぐには行われていなかった。その理由を「食器を持ってくると調理する場所の邪魔になるから」とカウンターの客に話していた。
そう、後片付けなどどうでもいい。今いる客に最高のピザを提供するのが最大のサービスなのだから。多少テーブルクロスが汚れていても、客はクロスを食べるわけではないので全然かまわない。

店主の足取りは重い。そして頼りない。年齢からくるものだ。しかし、カウンターにいる客が手伝いますかと言ってもきっぱり断った。当り前と言えば当り前だ。そのくらいの気概がなければ何十年という気が遠くなる歳月を一人で続けることはできない。まさに職人魂である。

私は、足元がおぼつかない店主を見て、カール・レイモンを思い浮かべた。レイモンハウスで流れている晩年のカール・レイモンのVTRの足取りもやはりおぼつかないものだった。しかし、この函館という街でその食べ物の先駆者となったことや職人魂や多くのチャレンジャーの追従を許していない等共通する凄さが両者にはある。
ひとつだけ違うことがある。後継者だ。カウンター客との会話ではどうやら後継者はいないようだ。つまり、店主が引退したらもうこのピザの基本とも言える味を楽しむことができなくなるのだ。仮に後継者がいたとしても、創業者の味を忠実に継承できるケースは少ない。味が落ちたと客が離れる店をたくさん見ている。

どうか、もし、ピザを扱っている店の方やこれからピザをメニューの一つにしたレストランを開店したいと考えている方は是非ここのピザを食べていただきたい。何十年も客に愛されている基本の味の理由をきっと見つけることができると思います。

店主は相変わらず曲と一緒に歌を口ずさんでいた。今日はサラ・ブライトマンの曲に合わせて「あゆみちゃん、かわいいね」と歌っていた。
客はそのまま穏やかに聴いていればいい。例えこの店のテーブルにゴキブリが這って歩いていたとしても(もちろんそんな事実はないので誤解のないように)、私は許せる。
こんな美味しいピザを食べることができる期限は、確実にカウントダウンされているのだから。