a0158797_1822649.jpg
八幡坂の風景。この坂を撮る時は、決して観光客と同じ角度では撮らない。この写真は歩道が海岸まで続くというコンセプトで撮影しました。(説明が必要なほど微妙なアングルになってしまった)

マルキタ北村水産の二十間坂の自由の女神像問題が発覚してから早や10日以上が過ぎた。最初の3~4日のツィッターやブログ等には反対という声が多く寄せられ、報道も市も迅速に対応をとった。
そして本日の北海道新聞に女神像の撤去を求める要望書を、16日像近隣の宗教団体3団体が連名で市に提出したとの報道があった。

私は改めてWeb検索等を行い、市民の考えを冷静に見てみようと試みた。一時的に過熱気味になっていたが、ある程度の時間を置いて、人の考えを聞いて再考することも必要だ。そして、このことを結果が出るまで継続的に発言していかなければならないと思った。

まず設置反対意見。これは非常に多かった。圧倒的多数だった。
理由は、景観を壊すというものが主流だった。表現や微妙な意味合いは異なっても主旨としては大差はなかった。このことについては後述する。
次に容認意見。
目立っていいのでは、寂しい西部地区を活気づけるのでは、という内容。
次に、両者の中間的意見。
この像はいただけないが景観条例には反対したい。同じく像は駄目だが経営者としては認める、という意見だ。

ここからは私的コメントだ。

まず、容認派の意見だが、それも確かにある。見方を変えると、西部地区は歴史を大切にし過ぎて華やかさに欠けるということもできる。だが、どのように華やかにしたらいいのだろうか?何とかの歴史村のようなものになればいいのだろうか?
私はついつい京都と函館を比較してしまうのだが、京都の名所周辺には風土と見合った落ち着いた売店等はあるが、名所そのものの華やかさを殺してしまうものではない。見事な庭園を観た感動と興奮を少し落ち着かせてくれる控えめな役目に徹している。だから京都の寺院の印象がいつまでも強く残り、再び訪れてみたいと思うのだ。
女神像にその役目はできないであろう。観光の主役を奪わない限りその存在意味は異質なものになってしまうのは否定できない。誰もが函館の観光ポスターや函館紹介のビデオの中心に女神像を使おうとは思わないはずだ。
また、よく函館と京都とは歴史の重みが違うのだからという意見を耳にするが、歴史を楽しむという点では異なることは決してないし、そのような「諦め論」を提示するのなら観光に代わる街づくりプランを具体的に示していただきたいと思う。

次に中間的意見の景観条例について。これは都市形成計画の問題に属するので単純には語れないが、確かに条例の内容、強制力、運用に現実的な問題はある。それは同意見だ。この条例が市議会で採択された時、私は函館に住んでいなかったのでその推移を知ることはなかったが、再度多くの市民の意見を集めて改訂すべき内容・運用があることは確かだ。
だからと言って条例を無くしてもいいとは思わない。ある人は「滅び行く街の魅力」が函館なのだからわざわざ手を加える必要は無いと記述していたが、自然の衰退に任せていると本当に滅んでしまいそうなのが今の函館だ。本当に滅んでしまった時に市民がどう生活をしていったらいいのかというビジョンは示されていなかった。
日本人全体にそうだが、函館市民には「街並」というものが文化であると認識していない者があまりに多数いる。その点では少しは欧州を見習ってもいいと思う。都市によっては、建物の形状や塗装の色、屋根の形まで厳しく規制している所もある。そのように自らを律して歴史を守り、観光客にいつまでも街の素晴しさを提供しようとしているのだ。そのような函館の現状を鑑みると、もっと厳しくしてもいいくらいだと思う。ただし、所有者には多大な負担をかけてはいけない。これは充分熟慮すべきだ。

次に、像はいけないが経営としては面白いという意見だ。これは、「人さえ殺さなければ彼はいい人なんだけど」と言うのと同じ次元のことだ。経営手腕に長けているのならもっと熟慮したはずだ。近くに寺院や教会があるのに自由の女神がなぜ悪い、などという発言はしないはずである。最も効果的な演出を考案し、いい意味でのサプライズを我々に体験させてくれたであろう。それが経営手腕である。
確かに水産業も様々な規制強化等でやりずらい面はあるだろうし、食の多様化もあって売上が厳しいのもわかる。だからこそ、何が最も受け入れられるのかを熟慮しなければならない。以前、小樽市銭函の企業で海商という海産物の廉価販売業者あった。TVでもチラシでも常に派手に宣伝し、露出度を高くして集客を図ったが、結局60億円の負債を抱え倒産した。ここも規模が大きくたいしたものだと賞賛する者もいた反面、取引業者や近隣とのトラブルが絶えなかったという話を聞いたことがある。
逆に販売業者ではないが、同じ小樽市銭函にある井原水産は水産業の業態転換に成功した企業だ。派手な露出はなくとも、時代の変化に対応し、魚からコラーゲンを抽出し健康系化粧品製造会社へその成分を提供している。社屋も応接ブースなどは全面白い壁と半透明ガラスで区切られた、まるでIT企業か化粧品会社にでも来たのかと錯覚してしまう仕様で、誰もが「本当に水産会社?」と疑ってしまうものだった。そしてこの企業は次世代技術の開発を現在某大学と協力して実践しようとしている。
このような努力が経営手腕であると思う。

最後に圧倒的多数の反対意見だが、基本的には私も賛同する。だが、忘れてはならないのはこのような騒動が起きる土壌を作ってしまったことだ。
ひとつは、金儲けさえできれば何だっていい、という土壌だ。次に本当に西部地区を守ろうという意識を浸透させれなかった土壌だ。この二つの土壌がなく、逆のものだったら北村水産も二十間坂への出店は考えなかっただろうし、市も建築計画時点でより厳しい審査を行っていただろう。我々のどこかにある「まぁ、仕方ないか」という心が許してしまったのかもしれない。
自分を始めとして大いに反省すべき点である。
a0158797_2346043.jpg


赤い時、青い時

いろいろな時が 僕たちの瞼の上にある

想い出はいつも海面に漂い 未来は洞穴の中で

地獄の季節も 金色の女神の微笑みに色褪せる


航空チケット売場でムク星人が僕に尋ねる 「どこまで行くんだい?」

僕は答える 「どこでもいい、鳥のように自由に空を駆けたい」

ムク星人はクスクス笑いながら話した

「鳥は空に縛られている、空は地球に縛られている

地球は太陽の周りをぐるぐる回っているだけだ

太陽だってミルキーウェイから逃れられない」


ムク星人はクロニクル島行きのチケットを僕に渡し、言った

「ここでひと時の快楽を味わって来な」

僕は空を見上げ、ため息をつき、そしてチケットを受け取った
6月9日にハコダテ150+のスタッフ日記で掲載した写真以外の写真をご紹介します。
休日の明日、今度は大町・末広町の散策を計画していますが、天気予報では雨とのこと。雨の散策も悪くはないが、まぁ、起きてからどうするか考えよう。
a0158797_2216315.jpg
弥生坂咬菜園跡。
a0158797_2218591.jpg
アメリカ領事館跡と言われている船見町の小高い丘。
a0158797_2219223.jpg
港が丘通りにできた空地。また解体された建物があります。
a0158797_2221369.jpg
アニメ「ノエイン」に登場した自宅はこの家がモデルではないかと勝手に決め付けています。
a0158797_22222765.jpg
東 豊司氏。この方もハコダテ150+の本の情報・人の情報でご紹介しています。
a0158797_22261244.jpg
おまけ。散策の帰り道の常盤坂で出会った猫。笑顔のように見えるが、眼を開けると戦闘態勢に入っていた。
a0158797_2228498.jpg
おまけ2。散策とは全く関係ない、本日「ハコダテ写真館」に投稿した写真の別バージョン。