この写真も、写真展で展示しています。ただしL判の小さいものですが。
函館の行啓通を本町交差点から下っていくと、赤川通りと五稜郭タワーへ続く高砂通りに分岐するあたりに、高校時代、「チボリ」という喫茶店があった。この店で、私は嫌というほど荒井由実(当時)を聴かされた。行けばユーミンがかかっていることを知っていながら何度も行ったから、決して嫌ではなかったのだろうと思う。
当時、荒井由実のアルバムは、まだ「ひこうき雲」(1973年発表)と「ミスリム」(1974年発表)の2枚しか発表していない頃だったため、この両方を交互に何度も繰り返して流していたことになる。
2枚のアルバムの中でも「ミスリム」は私に大きなカルチャーショックを与えた。それまでどちらかと言うと泥臭い音楽ばかり聴いていた私にとって、洗練された都会の音楽であった。
函館という地方都市では考えられない、思いも付かない音楽だった。東京の山の手あたりで、木陰のオープンカフェで聴くような音楽だった。
バックミュージシャンも凄かった。ギターに鈴木茂、ベースが細野晴臣、キーボードに松任谷正隆、ドラムが林立夫、バックコーラスがSugar Babe、即ち山下達郎や大貫妙子という、超豪華なメンバーであった。
当時、ユーミンの歌はともかく、演奏だけでも聴きたいという者までいたほどだ。
そんなミュージシャンの演奏で作られた「ミスリム」の中の1曲。「12月の雨」。
明日もまた雨であろうから、朝少し遅く起きてから、もう一度聴いていただきたい。
荒井由実といえば、1975年(だと記憶しているが)に初めて函館でコンサートを行っている。ところが、ソロコンサートではなかった。今では考えられないカップリングなのだが、ダウンタウンブギヴギバンドとのジョイントコンサートだったのだ。東芝EMIの企画であったためだと思うが、当時両者とも売れ始めてきた若手ミュージシャンだったが、まだ地方でソロコンサートまでという段階だったのだろうか?ともかく私はその贅沢なコンサートで、会場設営手伝いという名目で中に入り、無料で観た。開場前、ユーミンが会場視察のため市民会館大ホールの中に入った時、私のすぐ横を通って行った。ポニーテールとホットパンツという、いかにも彼女らしい格好だった。
もちろん何も手伝いもせずに無料で観たわけではなかった。私の役目は、客席最前列とステージの間に陣取り、ステージに上がったり詰め寄ったりする観客を抑えるものだった。だが、函館のお客さんは物静かなため、そのような心配をすることもなく、ずっと両者の音楽を楽しむことができた。
最初の出演はユーミンだった。アルバムと同じような都会的でポップな音楽を次々と繰り広げていた。ところが、そこは函館だ。
当時キャロルが解散して、そのファンが新たなバンドを待望していた時にタイムリーに「港のヨーコヨコハマヨコスカ」が大ヒットしたダウンタウンブギヴギバンド目当ての、髪をリーゼントで固めた高校生たちが会場の多数を占めていた。
彼らにはユーミンの音楽は退屈に思えたのだろう。曲の合間にユーミンをからかい始めたのだった。最初、ユーミンは無視するようにしていたが、何度も繰り返される中、遂に彼らに向かって強い口調でこう言い放った。「おだまり!」
一瞬で会場は静かになった。私も唖然とした。と同時に、「この人は大物になる」と思った。そしてその通りになった。
ミスリムのトップを飾る曲、「生まれた街で」。バックの演奏も素晴しい。
昨日の暑さから一転して、ほぼ1日中の雨で、少し風邪気味になってしまいました。どうぞ、みなさまもお体には気をつけてください。
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