a0158797_071454.jpg
東雲町の旅館街(?)日本銀行傍にあります。昔はこの辺りに泊まり、役所などに赴いたのでしょうね。

「あなたがいるから私がいる」
これは美しい人間関係を作ろう、というきれい事を表す意味ではない。フロイド精神分析での自己を認識する原因となる関係について述べた一つの例えである。
もし、この世の中に仮に自分しかいなかったら、自分は「自分」という人間を認識しないであろう。他者の存在を認識し、そこに生まれる相対関係から初めて「自分」という存在を認識できる、という意味である。

そして、人間は自己と他者との葛藤を同時に抱え込むことになる。次に他者をどう判断し、その鏡に映る自己をどう守るか無意識の中で懸命になって考える。その行為の過程で、自我が揺らぎそうになると他者に対する攻撃を用意しようとする。わかり易く言うと、相手を否定することによって自己の正当性を保とうとするのだ。

以前、物事の相対性について書いた。ここでもその相対性が適用される。つまり、自分が正しい人間として存在したければ、誰か正しくないとんでもない人間が必要となり、対象となる悪者を探したり作ろうとするのだ。
昨今の報道や人間の反応として、何かよろしくないことをしでかした者へのバッシングは異常とも思えるものがある。一種の集団ヒステリーとも思えるその行為は、自分はもちろんのこと、友人や家族を「悪者」にしたくない、または「悪者にするような浅ましい人間であるわけがない」ことになっているはずの自分を守るため、だからと言ってこの不況下で会社に対する不満も露わにできない自分が、最も自分に被害が及ばない対象として、とんでもない悪者と報道された者を「こいつはひでぇ奴だ」と非難すれば全てが解決できるからだ。

そのように、自分が正しく心優しい人間であろうとすればするほど、多種多様の悪者が必要となる。世の中に悪者が増えると、より自分の正当性が強くなっていく。それが稀にいる者の特徴であればまだいい。集団になってしまうと、誰もが簡単なことで「悪者」や「非道徳的人間」になってしまう可能性が高くなる。
そうなれば、当然の結果として犯罪や自殺者が増大することとなる。平たく言えば、「はみ出し者」が増えるということだ。

私はこのような傾向に世の中があるような気がしてならない。
これは決して平和を生まないシステムである。認められない者の数が多くなればなるほど世の中は不安定になる。では、どうしたらよいのか?それは、「相手を認める」こと以外に方法はない。悪者を誕生させるのは、その人間の要因よりも、自分の中にある要因によるものだからだ。
認められる人間が増えることによって、「はみ出し者」は減少し、とんでもないことは減る。断っておくが、これは道徳的な問題ではない。物理的な問題である。

結論として、相手を否定して自己を肯定させるのではなく、相手を認めて自己も認めてもらうという、忍耐と自己鍛錬が必要な作業によってのみ平和は訪れてくる。

ちなみに、武力によって相手を否定するのが戦争であり、思想によって相手を否定するのが道徳であり、権力によって相手を否定するのが支配である。
a0158797_23543617.jpg
旭町の高砂通り。このあたりもけっこう古くて味がある建物を見かけることができます。

本日(もう昨日になったが)、ハコダテ150+のスタッフミーティングがあった。内容は簡単に言うと、サイトの改善を目指した意見の交換だったのだが、その中で出てきたのが食に関する記事をより目立つように表現する、ということだった。

私も「食遊帳」に記事を書かせてもらったが、今月始めに掲載したピザ店に本日の昼食で再度伺ったが、掲載後にネットを見て来たというお客さんが増えたという話を聞き、食に関する閲覧は多いのだと実感した。
確かに函館は人口の割に飲食店が多い気がする。札幌のような街で星の数ほどの飲食店があるのは当然のことで、すんなり納得できるのだが、函館は密度的には札幌に匹敵するほど高い気がする。
もちろん、市民以外にも観光客が利用するのだからある程度全体数が多くなるのはわかる。しかし、どう考えても観光客が訪れない地域にも、こんなにあって経営が続けることができるのかと余計な心配をするほど、店舗がある。

函館よりも人口の大きい旭川でもこんなに飲食店は多くない。結局、函館の人は外食が好きだということ以外に答が見当たらなくなる。ただ、見逃してはいけないのは、閉店している店の数も物凄く多いような気がすることだ。
実際、「食遊帳」で紹介されている店舗にも店仕舞したところがけっこうある。これはどういうことなのか。
函館市民が脱サラや独立して起業する業種に飲食業が多いのか、市民が飽きやすいのか。ここでその答も推測もできないが、ひとつだけ言えるのは、いずれにしても函館市民の食欲と味覚は、安易に始めた飲食店を許さないのは確かだ。

ところが、だからと言って函館の味が全体的にハイレベルかと言えば、必ずしもそうとは言えない。味に対する需要と供給のバランスが取れていないのか、単に飲食店が多すぎるだけなのか、結局わからないまま今日の昼食はどうしようかと「食遊帳」で調べたりするのである。

余談であるが、取材は自費で行っておりしがらみもない一般市民の立場なので、自分で本当に美味しいと思った店だけを掲載することにしている。もっと執筆したいと思える店が増えることを願いながら。
a0158797_23253585.jpg
万代町の陸橋を下り、国道227号線を走ると、右手に豪奢なピンクの建物が出現する。あまり早く走ったり前だけ見て運転すると気づかぬこともあるが、それほど注意深く見なくとも目に入るような広さの邸宅だ。
周囲を塀で囲まれているため、中の様子が良く見えず、ご覧のような写真しか撮れなかったが、これだけでも建物の大きさがわかってもらえると思う。
a0158797_23321089.jpg
ちょうど交差点の角に位置しており、国道から万年橋小方向に回ると、ご覧のような非常に保存状態良好な和洋折衷住宅を間近で見ることができる。
どんな方がお住まいなのかと勝手門に近づくと下の写真のような可愛らしい和洋折衷部分の住居を垣間見ることができた。
a0158797_23392310.jpg
このような建物は西部地区の定番とばかりに思っていた私にとって、この建物の歴史が気懸かりになる。
そこで、表札の苗字を基に函館市史デジタル版等で調べると、どうやら戦前・戦中に船舶を造っていた船矢造船所(のちに船矢造船鉄工所と名を変える)の経営者の邸宅であろうと推測できた。同造船所は北浜町と浅野町の広大な敷地にそれぞれ工場を作り、戦中の第一号型駆潜特務艇等の軍需木造船舶を作製したとの記録があるが、この建物の竣工年を考えると、そのずっと前から造船業で財を成していたと思われます。

わずかな史実とその他は私の想像での記事となりましたが、この頃西部地区だけではなく、函館全体を見渡してみたいという想いに駆られる次第です。それだけ、あちこちに歴史の片鱗が散らばっている、やはりどこも見逃せない素敵な街であります。