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ここ何年間もの間、ほんのたまにしか函館にのことについて話してはいない。それはある程度意図してそうしていたのですが、ある程度は話しても仕方ないかという諦めや絶望感を持ちながら日々を過ごしていた部分もあったことも理由としてあった。
でも、だからと言って何も話さなければ、たとえほんのわずかな人に対してでも何かを考えていただくことはできない。

水をたった一滴落とすだけにしかならないかもしれないが、一滴でも波紋はできるはずだ。とてもとても小さな波紋かもしれないが。

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このブログを始めた頃とは違い、1日に長文を書くパワーは持ち合わせが無くなっているけど、できる限りで何度かに分けて話して行こう。
逆に言うと、それほどの危機感を最近感じ始めているからだ。

さて、何から話して行こうか?
とりあえず、今晩約1か月ぶりとなる飲み会がある。若い方や妙齢でも元気な方にはわからないかもしれませなが、酒を飲みに行くということもパワーが必要なのです(笑)ここ1か月ずっと会社と自宅の往復だけしかしていなった(そうするしかなかった)私にとっては、飲みに行くということもとても貴重な時間となるはずです。




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皆さんは近年の室蘭の測量山麓の街をご覧になったことがあるだろうか?そこには室蘭駅や室蘭市役所や胆振総合振興局や青少年科学館や室蘭総合病院や、少し離れて日鋼記念病院などがある。これだけの公共的施設があれば便利でさぞかしそれなりの賑わいがあるのではないかと思われるだろうが、実際は全くその逆だ。
これらの中心部に近い中央町の商店街アーケードは函館の大門よりも悲惨な「シャッター街」となっている。

その原因として推測できるのが、鉄鋼業の変化と推測してみた。室蘭寄りにある「日本製鋼所」よりも東室蘭近くに存在する「新日鋨住金」の方が繁栄しているからでは?と思われたが、調べてみるとそれぞれの従業者数(関連会社は除く)は日本製鋼所が約800人に対して新日鋨住金が約1000人(双方とも当該会社のHP参照)と200人の差はあるものの、街が変化するほどの大差はない。

では、何が中央町をシャッター街化させたのであろうか?もちろん地元でずっと街を見て来た人間ではないので自信を持って言えることではないが、東室蘭には大型商業施設が集中しており、また、高校通学も東室蘭が便利であり、東室蘭駅には特急も停まり、国道37号線も走っている。つまり、日常的な生活をするためには東室蘭の方がずっと便利であるということだ。
それでは人口はどのようになっているか?室蘭市の人口が最大になったのは高度経済成長真っ最中の昭和44年の約18万3千人であり、その後徐々に減少を始め、ついに平成17年には10万人割を起し、平成29年5月末現在ではたったの8万6千人程度の人口しか擁していない。製鉄業の不振やその他の要因がいくつもあるだろうが、乱暴な言い方をすると、室蘭は死に東室蘭はかろうじて生き残っている、ということができると思う。

そして、これは函館と似ていないだろうか?中心部が山の麓にあったのが、その先の向こうに街が拡がり、やがて中心街が逆転する。そして市全体の人口は目を見張るほど減少を続ける。私は函館山と西部地区を見て時々室蘭の測量山と中央町周辺を重ね合わせしまう。このブログで何度となく書いているが、中心部が移動する地方都市はだいたい衰退の一途を辿っている。そのように考えるのはたまたま仕事で全国や道内の街をあちこち見て来たからだ。
しかし、何度書いても人々は「目先の便利さ」を選択する。地方では人口減少が止まることがなく、大都市はまだ人口が増加している。このような現象は異常としか思えない。社会の色々なバランスが狂っているとしか思えない。

さて、今まさに函館市民が殺そうと思っている西部地区をビバリーヒルズ化しようと市長が宣言した。どのような具体的構想があっての発言なのかわからないが、簡単に考えても相当な障害・弊害が待ち構えていることが想像できる。想像というより、それはそこにまさに存在しているのだ。その存在をどのように調整できるか、近々担当部署に計画内容の詳細を聴取したいと思っている。





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ずっと思っていて、でも、ずっと発言を控えていたことに函館のランチパスポートのお店のことがありました。なぜ控えていたのかと申しますと、私自身ランチパスポートを購入して食べ回ったことがないためでありまして、実体験したことがない者が何かを発言したりするのは自分でもあまりにフライング的な要素が強いのではないかと思えたからです。
そのため、昨年の第1回目の時もかなり控えめに少しだけ発言させていただきました。今年も思うことがあったのですが、それでもやはり控えていました。

でも、昨日、さすがにこれは私の「推測」だけでも充分発言してもいいと思えるようなことを体験してしまったのでランチパスポートについて述べさせていただきたいと思います。

昨年、ランチパスポートについて疑問を感じたのは、果たして飲食店は500円で美味しいものが充分提供できるのだろうかというものから始まっていました。いや、参加店の中にはその限られた金額の中で試行錯誤しながら頑張って美味しいものを提供しているところもあるかもしれない。そう考えると、私の疑問もとりあえず保留状態にしておこうと考えていました。
ところが、その昨年、たまたま知らずにランチパスポート参加店(ラーメン店)に入って昼食をとったことがあるのですが、そこは初めて入るお店であったためどんな味のラーメンを提供してくれるのか、まぁ、とりあえず味わってみましょう、という感じで入りました。ところが、それなりの料金のラーメンを食べたのですが味が・・・・
これなら自分で家で作った方がいいのではないかとも思えるようものでした。
あっ、この店失敗だっだなと思っていた頃、ランチパスポートを巣縦に入って来た女性客がありました。その時初めてそのお店がランチパスポート参加店なのだと分かったのですが、私がゆっくり(我慢しながら)食べている間にさっと食べてパスポートを見せ500円を支払って去って行きました。その際、「ここ美味しいですね、また来ます」と言って出て行かれました。
「えっ、これのどこが美味しいの?」という根本的な疑問を持ったわけなのですが、まぁ、人の味覚はそれぞれですので、それはそれでいいのではと思い直しても、ふと、まともな料金で美味しいとは言えないラーメンを食べた私は、何とも言えない不条理な感覚になりました。
そう、ここであれば500円で充分なのではないか、いゃ、500円だったらこの味でやっと我慢ができる。そう考えると、通常料金を出した私がものすごく損をした気持ちになったのです。もちろん通常メニューとランチパスポートメニューは違うでしょうが、ランチパスポートメニューの方が美味しいのだとしたら、本末転倒であるわけですから。

これは去年の1例だけ。ですが、その1例があってから今年はランチパスポートを実施しているお店は避けるようになりました。先ほども言いましたように、美味しいとは言えない料理を通常の価格で食する可能性があるお店は何となく損をした気分になってしまいます。また、仮に私がランチパスポートを購入して500円でそれなりの味を楽しめたとしても、通常料金に戻った時に「ここのお店500円で食べれたのに」という気持ちになってしまいそうになりそうなので、ともかくできるだけ参加店での食事は避けていました。

ところが、以前から気に入って時々昼食をとっていたあるお店が今年ランチパスポートに参加し、そのイベントが始まった頃に駐車場が全て埋まってことがありました。すぐにランチパスポートのお客さんだとわかりました。なぜなら、それまでは何度行っても多少混んでいても1台から2台分の空は必ずあったからです。仕方なく私は近くのお店に行って通常の安いとは言えない料金の食事をしました。(そのお店はいつもそれなりに美味しい料理のですから、もちろん料金は納得しております)そのお店はランチパスポートに参加していなくても相変わらずたくさんのお客さんが入っておりました。やはり、美味しいところは何もしなくてもお客さんが入るのだなと思ったわけです。駐車場のいっぱいで入れなかったお店も私は気に入っていたのですが、立地と店内のインテリアが芳しくなかったためにきっと好印象を持たれていないのだろうなとずっと思っていました。

それから1か月以上経って、昨日久し振りに前回入れなかったお店に行ってみました。さすがに最初の頃に比べてランチパスポート客も一段落したようで、今度はちゃんと停めることができたのです。そして、もちろん通常の料理を注文しました。しかし、周りを見ると今まで見たことのないプレートで食べているお客さんが何組もあり、あぁやっぱりランチパスポート客が大半を占めているんだな、とその影響力には改めて驚いた次第です。
それはある程度予想して入ったのですから、それはそれでいいのですが、最も重大なことは、出て来た、今まで通常料金で美味しいと思って食べていた料理の味が変わっていたことでした。結論から申しますと、味が明らかに薄くなっていたのです。すぐにこれはランチパスポートのために薄めたのだなとわかりました。それはそうでしよう、500円だからと言ってその分料理を減らすわけにもいかないでしょうから、500円対策としては、同じ量の原材料でよりたくさんのものを作らなければならないのですから。そうしなければ店側にとってはかえって損になってしまうのですから。それは理解できても、その味は私が好きだった味ではありません。最初からその味であれば、私は何度も行くことはになかったでしょう。

これで私の行くお店が1軒減りました。ランチパスポートで初めて来たお客さんはそれがそのお店の味だと思うでしょう。美味しいと感じたかどうかはその人次第でしょうが、少なくとも私はランチパスポートによって美味しくなくなったお店としか映らなくなりました。もちろんそのお店の考え方・方針、はっきり言えば、とにかく誰でもいいから来たくさんてほしいという切羽詰まった事情もあるかもしれませんが、もし、自分の作っている料理の味に自信があるのなら、それを大切にして欲しいなと思うのです。それはきっとランチパスポートの期間が過ぎて通常料金に戻った時に、どれだけ期間中に来たお客さんがリピートされたかを注視していればわかることでしょう。

こんなことを話している私はさぞかしいつも高い料金の食事をしているのではないかと思われる方もいるかもしれませんが、けっこう500円以下の昼食もとったりしています。でも選ぶ基準はその料金でこれだけのものだったら納得できるかどうかという所にあります。500円以下で高級な料理は最初から期待していません。その限られた価格帯で納得できる料理でしたら、私は喜んで食べに行きます。でも、たまには本当に美味しいものを食べたい、と思った時は1000円以上のランチを採ったりします。常に安くなければならないとは考えていません。
その使い分けで日々の昼食を出費的なバランスをとりながら楽しんでおります。

何度か書いたことがありますが、本当にその店の味が気に入ったのなら、いつもとは言いませんが月に1度か2度行ってそのお店にお金を落とすことが最も大切なのではないでしょうか。新しいものに目移りばかりしているうちに、お気に入りのお店が閉店していたということもあるのではないでしょうか。ちょっと大袈裟かもしれませんが、結果的にはそれが函館の食文化に大きく影響してくると、私は思います。





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つい先日、「私が函館のことを話さなくなった理由」という文章を書いた直後で何ですが、少しだけ話します。

色々な街に住んでから函館に「定住」して7年を超えましたが、住み始めて函館での社会生活を開始した頃に感じ、今でもずっと変わらない函館のイメージがあります。それは、函館という地域社会は学校と似ている、ということです。
どういうことかと申しますと、地域社会を構成する人々の関係が、学校での生徒の関係と変わらないということであります。それは学生時代の大部分を函館で過ごしたからそう思うのでは?疑問を呈する方もいらっしゃるかもしれません。確かに他の街よりはるかに同窓生と遭遇する確率が高いのは間違いないのですが、単純に、だから学校のように感じるというわけではありません。いくら同じ学校に通っていた者でも、何十年も社会で様々な経験をしていますと、それなりの人間関係の作り方というものを体得して、親しき仲にも礼儀あり的なお付き合い、より正確に言えば、ちょうどいい距離感を保って人間関係を構築するということを覚えるはずなのですが、函館の社会は、相手に学校的な関係を求めているのではないかと思われて仕方ないのです。

学校的な人間関係の真っただ中にいる方々の間では噂はあっという間に広がります。ほんのちょっとしたどうでもいいことまで、当の本人があまり知らない人間にまでその噂が広がっていることがあります。それも事実とは異なった内容で伝わったりとか。人口が26万人以上も住んでいる街の中でのことです。5000人くらいしか住んでいない町の中でのことではありません。
こんなことは、100万人以上住んでいる街の中では、当人がよほど著名な人物であるとか、特定の狭い業界内での話以外はあまり考えられないことです。確かに中途半端な人口であることは理由のひとつとしてあげられるでしょう。しかし、私が思うのは、函館の人々は「学校的な人間関係」を望んでいるということです。学校と言っても、せいぜい高校までのことです。大学生になって全国各地で新たな生活を始めた人とは全く違った、1学年何クラスで何百人というコミュニティを人口26万人の社会にも求めているということです。

もう少しと詳しく話しますと、函館でずっと住んでいる方々は、函館という「学校」で何らかの成果を収めると(例えば社会的地位や名声・経済力など)、もうそれから上を中々見ようとはしない人が多いような気がします。それはそうです、「学校」中には限られた数の生徒しかいないわけですから。その中での立場を確立すると、「学校」の中でいい成績を取ったのだから凄いね、満足してしまうのです。後はその地位を失わないようにすることが最重要課題となってしまい、「学校外」のことはわからなくなってしまいます。「学校外」のことがわからないから、「学校外」ことは自分には関係のないことだと処理をして、注目しないようにしてしまうのです。

たまに大都市からの転校生がやって来ると、「えー、札幌の○○高校からなの?東京から来たの?」とちょっとした話題になって、すぐ関心がそちらに移って何となく田舎者っぽくなりたくない人は、転校生をもてはやします。転校生がもたらす「今までの学校内では知らないこと」には興味津々で、何となくそれが「学校外」での全てを知るかのような関心を示します。ですが、その転校生は全国各地どこにでもいるような生徒なのです。転校生は全国各地に散らばっている同じ学校の出身者なのですが、そういう者に憧れてしまうのです。だから転校生がいる場所にみんなが集まって来ます。今まで1組と2組が安定的な人間関係を築いても、転校生が来た3組や4組に関心が移ってしまうのです。
しかし、学校全体の基本的なコミュニティは変わらないため、結局3組も4組もいつしか今までの「学校」という枠内での価値判断をしてしまうわけです。この「学校」の中でちょっと音楽が上手だと、この人が一番だと盛り立てます。例えわざわざ「学校外」から優れた技術を持った方が演奏に来ても見向きもいないことがあります。「学校外」のことにはあまり関心がなく、ともかく学年テストで上位の成績を取れば何となく「できる人」となってしまうのです。
これでは、全国各地あるいは世界各地の「学校外」で生まれている新しいものには目もくれずに、あくまで「学校」での自分の立ち位置が重要となってしまいます。

「学校」の中では、「学校外」のことを知っている人をよく馬鹿にします。それは「学校」で当たり前のことを「学校外」の人を「学校内」の基準に合わないおかしい人と思うからです。あくまで「学校内」での基準をもとにしていますから、「学校外」のひとの言動は受け入れがたいものとして一笑に付すのであります。そんな学校を卒業したい人は函館という「学校」から転校します。「ここにいても狭い学校内のことしかわからないから」と。そうすると残された者は余計に「学校内」の基準でしか物を考えなくなります。
「学校外」の人は、日本全国や世界を知っています。広い世界を知って、自分より数段優れた人が星の数ほど世の中には存在していることを嫌でも思い知らされます。ですら、謙虚につまらない自己顕示をせずに、自分の進む道を全うしようとします。目が日本全国やせかすに向いているからです。しかし、「学校」の中ずっといる人は、情報としては入って来るけど、それは別世界のものであって自らがそれに類似した世界を作ることができないと、最初からあきらめています。

もちろんそうでもない人もいます。そういう人は「学校外」で活躍しています。決して「学校内」には留まったりしません。残された「学校内」人たちは、あいも変わらず噂橋で誰かがへまをしたとか、めくでもないことをしたとか、そんな「失敗者」の噂をすることで、相対的に自分は「善良なる学生」であることを確かめるわけです。ですから、函館の人は、他人をよく馬鹿にしたかせるのです。人を馬鹿にすることは、同時に自己への肯定という祖業をしているわけですから。

私は、進学校と呼ばれる函館の高校を卒業してから、大学・社会人として生活を重ねているうちに、それまで「学年でちょっといい成績」をとって優秀だ、と自己暗示にかかっていた妄想みたいなものを木端微塵に粉砕されてしまいました。世の中には自分より優秀な人間が数えきれないほど存在しているのだと。でも、だからこそ、目は「学校外」の広い世界に向いてしまうのです。
例えば、小説を読んでいると、この作者以上の作品を作ることができないか、そのようなことを頭に浮かべしまい、「学校新聞」にお願いして載せてほしいなどとは思わないのです。「日本の新聞」に取り扱われるようなものを創りたい。そんなことしか考えません。
「学校内」で評価されていた者が全て実社会でも活躍しているとは限りません。ちなみに、高校で3年先輩の方が、今ある道内大手銀行の副頭取の役に就いていて、次期頭取候補となっているようですが、高校時代は全く地味で目立たない生徒だったそうです。きっと密かに「学校外」ことを頭に入れていたのでしようね。だから「学校内」ではおとなしくしていたのではないかと、勝手な想像をしてしまいます。

久々に長く書きましたが、学校の関係を求めていては、「学校」という枠から飛び出すことはできません。どんなに「学校内」で人を比較したとしても、それはやはり「学校内」にしか通用しないものなのです。函館がよりよい街になるためには、「学校を卒業」することが必要だと思います。
まぁ、学校であれば、「港内新聞」に載るとちょっと別の目で見ていただけるというのはありがたいことですが、それでも「学年で一番優秀」だと言われるよりも、やはり私は日本で「ちょっと面白い奴だ」と思われるのが望みであります。そういう人間がたまたま「学校」に住んでいる。私の7年はそんな感じでいつも過ごしてきた毎日であります。




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このブログを昔からご覧になっていただいている方は気付いていると思いますが、私はここしばらく函館のことについて話すことを控えていました。それどころか、函館の写真を撮る数も滅法少なくなりました。
もう函館のことはどうでもいいと思っているのではないか、函館のあるべき姿という理想を諦めたのではないか、まぁ色々なことを推測できると思いますし、それ以前に、こんなブログはもうつまらないと思って既にご覧にならなくなった方もいるのではないかと思います。それはそれで受け入れるべき事実と思っていますし、そうなっても仕方ないとも思っています。

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ですが、まぁ懲りずにずっとブログを更新しているのは、ある意味があります。それを話すのは恐らくこのブログをやめようと決めた時であると思います。それまでは、核心の話はしないでおこうと考えています。まぁ、かと言って実際に話したところで「何だもったいぶって結局くだらない内容ではないか」と思う方もいらっしゃるかもしれませんし、事実としてそんな大層なものでもないかもしれません。

ただ、ひとつだけ申し上げますと、このブログを始めた時から目指していもの(と言えばまた大袈裟になってしまいますが)は、世界の人々が見ても何かを感じてもらえるもの。そこまでの力はなくても、函館地方の方に限らず全国の方の誰かが何かのきっかけでこのブログをご覧になった時にちょっと関心を持つ、それは、例えば色々なお店を紹介して「カタログ的」に便利なものではなく、文章の底に潜んでいる何かを感じてもらえるようなものを表現できたらいいなという願望を持って続けてまいりました。
それは今も変わりがありません。常に「会ったことも見たこともない人」を頭の中に入れて、決して仲間内を満足させるためのものではなく、薄っぺらい「函館LOVE」みたいなものを発信するわけではなく、耳触りの良い言葉を選ぶわけでもなく、常にその時の自分に正直に自分なりに「函館に住んでいるある人間が考え感じていること」を発信してまいりました。

それを以前は直接的な表現で話してまいりましたが、ある時期あたりから控えようと考えたわけであります。ひとつには、直接的に話すことはもう既にやっているのだから何度も同じことを言っても、話している自分自身が嫌になってしまうからであります。書いている本人が嫌であれば、読んでいる方はもっと嫌になると思います。
もうひとつは、私の文章力の無さが原因なのかもしれませんが、前述したような「底に潜んでいるもの」を読み取っていただけなくて、全く別の方向で解釈されることが多々あったからであります。

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また、正直な気持ちとして、函館ばかりに目をやってばかりいると、どんどん小さくある範囲の中でしか考えれなくなる自分を感じるようになりました。
函館はとても魅力的な街です。ですが、やはり日本という国のある一部の地方しか過ぎないし、世界から見るとほんの小さな、たぶん世界の人口と比べるとかなり少ない割合の人しか訪れることのない街であるのではないかと思っております。
それを痛切に感じたのは、自分が旅をした時、あるいは外国の方と話した時、または、外国を旅した方から話を聞いた時であります。そのような規模で考えると、函館のことをあれこれ話しても結局内側に向かっているだけなのではないかと思うようになったのです。

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実際、先日旅した仙台も魅力的な街でありました。青森も面白いところがたくさんあります。以前住んでいた新潟も、そこに住んでいる方々はとても素敵な人たちばかりでした。大阪もとても面白そうです。どっぷりと大阪に浸かってみたくなります。京都は言うまでもなくやっぱり京都です。長野の山奥にある意味での「日本」を見ました。
そう、函館はそんな広い日本のひとつの街にしか過ぎないのです。でも、訪れてみたら何とも言えない魅力を感じる街でもあるのではないかとも思っています。

では、函館の魅力とは何だろう?それはきっと底に流れている、言葉だけでは表せない何かであろうと思います。その「底」は函館市民も近付いてみなければわからないものです。底を見ようとしない(あるいはその機会のない)市民は、それに気付かずにどこにでもあるような「便利な」ものに走ってしまいます。
そこで何が自分にできるか?それを無理矢理言葉で表現しようとするとどこかで限度が来てしまう。そんなことをやっているうちに「底」はどんどん薄くなってしまう。

だから直接的な言葉で話すことを控えるようにしたのです。

これだけで私が言いたい意味をわかっていただければとてもありがたいのですが、恐らくわからない方の方が多いのではないかと思います(笑)
ですが、結局どの世界でも、どの分野でも、最終的には結果が伴うかどうかが重要なのでありますので、私はその結果に向かってただ自分なりにできることをやって行くだけであります。そのようなことで、これからも「読んでもつまらない、便利ではない」記事を毎日アップする予定であります。




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昨日、平成28年の基準地価が発表された。函館は一部地点が横ばいで大半は下落という結果が出た。私はそれでいいと思っている。いや、もっと下がるべきだと思っているのです。
これは最近考えたことではなく、ずっと前から頭の中にあったのですが、確信できるとは言い切れなかった部分があるところもあったし、このことについてお話しすることに若干躊躇しなければならない理由もあったのですが、もう話してしまおうという気になって今回述べることにしました。

有名な話ですが、函館の地価は高い、それも北海道の地方都市としては「異常に高い」という状態です。それに伴って家賃も高い。札幌に匹敵するほどの高さだ。これがどんなことを意味するのか、たぶん函館だけしか住んだことのない人にはわからないかと思いますが、街全体へ多大なる影響を与えることとなるのです。

よく地価が下がれば所有者の財産価値も下がるので好ましくはない、という話を聞くのですが、これは土地所有者だけしか見ていない論理です。これから土地を購入する立場で見ると、地価が高いと土地と同時に購入(建築)する総費用が当然の如く高額になります。たとえそれが高額になっても、住宅ローンを支払うに充分な収入が高ければ問題ないのですが、残念なことに函館市民の平均収入はそれほどではないのです。
北海道内の他都市の一部をご紹介しますと、旭川・苫小牧双方とも市民の平均収入は高いのですが、一般住宅地の地価は函館よりも数段低いのです。坪当たりの金額にして5万円は違っています。つまり、函館市民は他都市より高い住宅ローンを組み、当然月々支払いをしながら暮らしているわけなのですが、例えば購入した土地が60坪として(建築費用は変わらないという前提)で坪当たり5万円違うと、総必要資金<で300万円違ってきます。これは金利1%35年何支払の内の当初5年間だけでも月々の支払いが8,468も異なって来ます。
この差は、3年固定・5年固定等が期間が終了すると、それ以上に確実に増額するのです。つまり、函館市民は少ない報酬に対しての住宅ローンの支払い割合が高くなってしまうということです。そうすれば一般市民は支払いを済ませたお金を余裕を持って使えなくなります。だから、安くて量があるというものに飛びついてしまいます。しかし、そのようなものを販売しているところは薄利多売がモットーですので、従業員の賃金を高くすることができない。そんな悪循環に陥ってしまっているのです。

街全体の「金の回り方」を考えると決していいことではありません。いつまでも貧しい収入の中で暮らさなければならないわけです
土地という個人財産のもののために一般市民氏の生活の水準が低くなってしまうのは本末転倒のような現象です。ですからね土地はどんどん下がるべきなのです。





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いつものことながら、本文と写真は全く関係ありません。しつこいようですが、そう断っておかないと、一部の方でも関連付けて考えられたら、被写体となっていただいたお店に大変申し訳ありませんので・・・・・。

さて、もうすぐ(9/4)に西部地区バル街が開催されます。今回は、おそらく「カウンターの中の人」としては最後のバル街になると思います。1年前あたりから服用している薬の副作用でめまいがしやすくなっていたところに、疲労蓄積(あるいは回復がしづらい)のために、前回のバル街は一般客として参加していたのですが、今回とあめ理由によって再び「カウンターの中の人」になります。ですが、これが最後となるでしょう。次回からは一般客として飲み歩きを楽しむこととなります(笑)

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さてそのバル街ですが、実は2年くらい前から「異変」を感じておりました。それは単純に参加者数が少なくなったこと。とりわけ男性が少なくなったと実感しておりました。それはどうしてでしょうか?正直言って断言できるデータはないのですが、感覚的に申しますと、女性が減らないのは、女性は各店舗の「メニュー」に魅力を感じるからであり、参画店舗数が増えたなら、それなりの楽しみも持てるのでしょう、
しかし、男性はメニューそのものより、雰囲気あるいは盛り上がりを大切にするのではないかと思います。
実際私が一般客としてバル街を回った時、函館にこんなに若者がいたのか!と思えるほど西部地区は盛り上がっていました。しかし、その賑わいを今は感じることができません。

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その原因は何なんでしょうか?一言でいえば、バル街がただ店を回るだけのイベントになってしまった、ということではないだろうか?私が最初に参加した時は、あちこちで路上ライブや大道芸が披露されて、客の多さも相まって「祭り」とう様相になっていたように思えます。ところが今は、そのようなストリートライブや大道芸などもなく、(正確に言うと、ライブはどこかの店内だけでやっている)「祭り」という意味での盛り上がりに欠けるような気がしてしまいます。

ただいくつもあるお店の中から何軒が選んで飲み食いする。それって、やろうと思えば普段でもできることではないでしょうか。バル街にしかないもの、それは西部地区を歩いている若者たちが一体感のある大騒ぎをしている、その賑わいではないでしょうか・

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内容が伴わずに店舗数だけで増える。これはデータに出て来ない「実態」であるでしょう。西部地区バル街は決してなくしてはいけないイベントです。日本のバル街の元祖なのです。ですから「変化」はすることはあれ、自然消滅などはもってのほかでございましょう。
そのためには、各店舗の思惑はあるかもしれませんが、まず、原点である「祭り」というものの再現をしてみてはいかがでしょうか?
夜の西部地区を黙々と歩いている女性グループを拝見しますと、そう割わらざるえません。



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函館は運に恵まれている街だった。「だった」と過去形にしたのは、その運を活かそうという意識を函館市民から感じないからだ。

かなり大雑把に函館の歴史を確認しよう。
まず、最初の大きな幸運は、開港だった。この開港により、貿易都市函館が誕生した。それも海外との取引であった。そのため函館駐在の外国商人のために洋風住宅が建築され、街の形態を大きく変えた。
幸いなことに、北海道および北洋で漁獲される魚介類は当時函館に集積されていた。そのため商人が函館に多数存在するようになった。それに加え、北洋漁業の拠点ともなり、寄港している船舶数の増加に伴って造船業も盛んになった。
そう、その時は函館に金が集まっていたのだ。特に明治後期になると、繁盛した商人たちは、そのお金の物を言わせて次々と高品質の建物を建築した。それも洋風のテイストをふんだんに取り入れたものだから、当時の写真を見ると、まるでテーマパークのような、ありえないだろうと思われるほどの欧米化した建物が連らなっていた。まさしく横浜に次ぐ「近代化した街」と言えるほどの新しいものを取り入れることができる環境にあった。このあたりが現在の函館西部地区の原型となっているのではないかと筆者は想像しているが、ともかく、函館は全国でも特別な「希望の街」のひとつとなった。

それはしばらく続いた。おまけに青函連絡船により、函館が北海道の玄関口という役目を担っていたのだから、函館という街の存在の重要度は非常に高かったと思われる。また、函館の資産家は相当な財力を有していたと想像できるのだ。だから何度も大火に遭い大きな面積を消失したとしても、復興するために要した時間は少なかったのではないかと思う。

そしてその復興された建築物も未だに函館の街を彩るアクセントとなる古建築物として現存するほど堅固に建築され、デザインも優れたものが多かった。それは函館の財力を象徴するものであったのだろうとそうぞうできる。

しかし、戦後、次第にソ連との漁業交渉で年々漁獲高が減少を余儀なくされ、漁業関係としての函館の立ち位置は弱くなっていくことになった。それと連動するように造船業の経営も悪化する一方となり、港湾関係の職業の衰退は急激で大規模になった。
それでも、「北海道の玄関口」というアクセスの利点もあったのだが、北海道への移動が飛行機が主流となると、その地位も自然消滅することになる。

そして、ついにその時はやって来た。ドックの再建のための大量リストラ・関連会社・取引会社の倒産などで、海関係は壊滅状態と呼んでもおかしくないほどに疲弊した。
しかし、函館は幸運だった。全国にも誇れるほどの大都市だった函館の街並と夜景は、それを一目見ようとする観光客が相当数来函していたのだ。
そこで函館は海の街から観光の街という方向転換を急減に行った。観光地を整備し、今まで野放状態(と言ったら大袈裟だが)元町公園周辺を整備した。
観光は、函館の港関係で賑わい金をふんだんに使って建てた家が並んだ道路を歩くことで、訪問者に異国情緒菟ある街という印象を与えることができた。そして、もう一つの幸運は、その古建築物に維持保存に対して、著名な方で言うと、SECの故沼﨑氏や魚長食品の故柳沢氏などが積極的に古建築物を買い取り再活用してくれたことだ。これらがなければ、今の函館はそうとうみすぼらしい街になっていたかもしれない。また、個人でも自分の古くからの建物を護ろうと私財をなげうっている方々もいる。

そのような幸運が重なって、函館は造船・漁業の不況による打撃からかろうじて救われた。

そう、函館は幸運だったのだ。
しかし、今危惧されるのは、自分は運良く函館という街で生活をできているという意識を持っている人たちがかなり少ないということだ。
函館には年間約500万人弱の観光客が訪れている。この方々が落としていく金は相当なものになる。一人2万円としたら1000億円にもなるのだ。それが、街全体に流れ、私たちはとりあえず生活をしていくことができる。それを意識できている人は函館市民の中で何割いるだろうか?
それどころか、観光収入源の中心地となる西部地区をぞんざいに扱っていたり、無視したりしている人の多さは毎日仕事や生活をしているかなりの割合でいることが何となくわかる。

つまり、函館に最後に残された幸運を食いつぶして滅んでいくことを望んでいるかのように、目先の快楽を追及していということだ。西部地区を親だと仮定したら、親がせっせせっせと稼いだ金を子供たちに分配したら、親を殺すためにその金を使っているようなものだ。

さて、函館市民は最後の幸運を尽きるまでそれが気が付かないのだろうか?



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先日教育大学函館校で、西本伸顕さん(ふらのまちづくり株式会社代表取締役)の講演があった。
正直言って、この講演があることを全く知らなかった。ところがある日、知人である北海道大学水産学部准教授の松石隆さんから、「函館に来ますよ」というメールをいただき、これは絶対にはずせないと、当日をとても楽しみにしておりました。

この西本さん、実は私のリクルート時代の上司であった方なのです。
はい、それはもう仕事はできました。そして多くの人に好かれました。私もその一人でした。
男が惚れる男、と言っても過言ではありません。外見の問題ではないのです。やっている仕事がかっこいいのです。誰もが納得するようにスタッフの意見をまとめ、あるいは納得するような指針を示し、次の仕事に向って行く。その姿に職場の人間からとても敬愛されていました。

背中をまげてがに股で歩く独特の姿もなぜかカッコよく見えて、夕方近くなると、綿100%のオックスフードシャツに仕事でできた皺が、激務で自然に出来た仕事の後足のように見えて、これもまた似合っていたのでした。
私が綿100%のワイシャツをいまだに着ているのは、はっきり言って西本さんの影響です。ワイシャツにいい皺ができたら、その日はいい仕事ができたのかもしれないという、変な自己満足を与えてくれる皺。

そんな元上司に約30年ぶり以上に顔を合わせることができた。

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西本さんがリクルートを退職することが分かったのは突然だった。ある日の朝礼で突然退職の辞を述べたのでした。このまま会社にいれば、間違いなく上に上がって行くような能力を持った人間がどうして?そんな疑問しか浮かびませんでした。しかし、その時の説明では、実家富良野の農業系の会社の手伝いをしなければならなくなった、というのが退職の理由だったと記憶している。

でも、こ方は、富良野の小さな会社だけにおさまっている人ではないはずだ。若くて未熟な私にもそんなことを考えさせてくれる方だった。
それが、今では富良野に観光客を200万人呼び込んだ仕掛け人のひとりであったとわかっても、西本さんならやるでしょう、という当然の感想を持ったくらいでした。

ただ、今回の公演の中で最も心にグサッときたのが、「評論家になってはいけない、行動する者になれ」という言葉でした。
私を含め、函館には夥しい数の「評論家」がおります。ちょっとしたことに批判を集中させ、それによって自分の立ち位置を確保しようとする人々。でも、自らはそれほど動かない。
こらような実態を知るにしたがって、私は函館を論じることを控えるようになりました。語るのではなく、自分に何ができるか、何をしなければならないか、そちらの方を考えるようになりました。でも、やはり考えているだけだったんですね。

西本さんは、自ら動いて、人口がたったの2万3千人の都市の寂れてしまうかもしれない駅前地区を見事に変えてしまったのです。人が集まるようにすればいい。観光客というのは、人が集まっているところに行く傾向にあるから、と大学の先生に教えられ、それを実践しました。
「人が集まる場所」というのは「地元民が集まる場所」でなければならない。それがなければ運営が成り立たない。よく考えてみると当然のことです。

人口28万人の都市で観光客が484万人(平成26年度)訪れているという実感を、はたして函館市民は持っているでしょうか?そして、その観光客方々が訪れているのは、人が集まらない場所なのです。だから富良野のように人口の100倍の観光客数にはならないのではないかと思います。
あと、そのような地元を元気になってもらおうと活動している人は、ほとんど出戻り組だそうです。昔からの地元民はなかなか腰を上げないそうでした。外から見える自分の街、これは最も函館市民に欠けている見方だと思っています。
函館のことについて語るのは、今後も少ないままだと思います。行動できなければいくら話しても仕方ないのですから。

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左が、西本伸顕さん、右が松石隆さん。見事に顔に焦点が合わない失敗写真でした。面目ない。



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えー、気が付けば最近色々なお店のことなんかを書いたりしているのが続き、グルメブログではないと言いながら、そのような傾向になっているついでに、今日は先日体験したおる料理店のお話を。

そのお店は、海岸線にある和食系の料理店だが、日常的にはあまり行かない所で、そこがオープンしてからも3~4度しか利用していないお店だった。
ところがある日、たまにはそのお店の料理でも食べようと、お昼時に入ってみたら、満席状態。まぁ、仕方ない.カウンターの一人掛け用の席もそのうち空くだろうと待つことにした。係員の指示に従って、順番待ちの雹に私の名前と人数を書いたのでした。

ところが、その直後、2人用のテーブルが空きました。と同時に店に男女2名のお客さんが入って来たのですが、係員は、空いたテーブルにその2人組のお客さんを案内したのです。
私が先に待っているのに、2人組を優先して案内したい気持ちはわかります。2人用の場所にひとりで占領されたらお店としたら1一人をとって二人を犠牲にする可能性があるからです。私のようなサラリーマンが外出先でひとりで食べるということには、そういうどちらかというと「後順位」に位置されているとは比較的小多くの店でも感じることができるので、ある程度は慣れている部分もあるのです。

少しすると、また2人用のテーブルが空きました。食器等を下げても、そこは空席のままでした。私への案内はありませんでした。すると、またまた2人組のお客さんが入店してきて、係員は待っている私には何も言わずにその2人組を案内した。
さすがにこの時は、もうだめだと判断しました。2人組を席に着かせた後、係員が私に「すみません」と言ったのですが、もう遅いです。私は「やめます」と言って、そのお店を出ました。

私が不快感を覚えたのは、祖気に待っている客に、「すみません、この方々を先にご案内してもいいですか?」ということばをひとこともかけなかったことだ。先ほども言ったように、2人用のテーブルには二人を着席させた方がいいという店側の気持ちもわからなくない。
だから、先ほどの一言を言っていたなら、もう少し待っていたかもしれない。その言葉が全くないまま当然のように2人組を優先するという、このお店の姿勢が最も不愉快だったのです。

私がよく行く蕎麦屋さんではこのようなことはありません。待っているお客さんには、必ずご了承をいただくための一言をかけます。よくあるのは、カウンターの一人席が空いた時、先に二人組が私より先に待っていたときの場合。一人分しか空いていないのだから二人は座れないことは誰が見てもわかるのですが、それでもちゃんとお断りとご了承を得てから席を案内するのです。だから私は、待っているお客さんにお辞儀をしてカウンターに座る。
また、逆に私が席を動くことによって、後から入って来た複数のお客さんが座れるなら、何の躊躇もなく席を移動しています。それは、自分がちょっと得したことへのささやかなお店に対する恩返しなのです。

そのひとことを言わないお店は、今や函館を代表する寿司店の系列店なのですが、その企業はそういう客の扱い方をするようにしろと社員教育をしているのだろうか?前々から私が入ったお店の従業員の客に対する応対が雑だなと思っており、好印象は持っていなかったのですが、頻回のことで決定的になりました。もうそのお店にはいくことは決してないでしょう。

かたや、比較として出した蕎麦店は今後も利用させていただくことになるでしょう。
その違いは、たったのひとこと。「こちらを先にご案内してもよろしいでしょうか?」これを言うか言わないかの差だ。

もうひとつ疑問。その不快感を覚えた店はいつも混んでいる。函館の人はそのような客への対応をしている店に何の疑問も感じずに行き続けるのだろうか?行くとすれば、函館スタンダードというのは、「気遣わずということになるだろう。
それを第三者(観光客など)が感じたら、函館の印象はどうなるのだろうか。

単なる一つの店の出来事ではないのです。



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