タグ:函館の想い出 ( 80 ) タグの人気記事

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先週の更新以来の記事となります。その間、オフタイムは写真の編集を行っていました。それは、15日で閉店したル・コントワールの過去からつい最近まで撮った写真を整理し、ひとつのSDにまとめて、函館を離れる栄子ママにプレゼントすることになっていたからでした。11月20日のイベントで皆様よりいただいた会費が、清算をしましたら若干余ったため、これから東京・フランスに行くために函館を離れた時、時々思い出す機会があったら見てほしいと、私が過去に撮った写真から約500枚を抜粋してSDカード(もちろんカードは元祖Sun Disk)にまとめ、デジタルフォトフレームにとともにプレゼントすることにしたのです。

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結果としては500枚ですが、コントワールに関わる写真は、恐らくその4倍から5倍以上は撮っていると思います。それを、過去に撮った約6万枚から探して画像編集をし、やっとフォルダにおさめるこということをやっていました。

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ル・コントワールではよくライブが行われていました。決して広いとは言えない店内に人が歩けないほどのお客さんが入り、通常の席が空いておらずカウンターの中で見ることも度々ありました。

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コントワールで行われるライブの質は高く、普通ではホールの舞台で遠くからしか見れないようなプレーヤーをとても間近に見ることができました。こんな贅沢なことはありません。

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そんな規模が小さくても質が高いライブをもう見ることができないのも残念です。本当はライブ以外のお客さんたちを含めた楽しい写真もご紹介したいのですが、ブログに掲載されるのが好ましく思わない方もいらっしゃるでしょうから、過去のライブだけをご紹介しました。

さて、私は今回の写真の編集で、写真の色の付け方(あるいは直し方)を少し学びました。これは今度の写真展に役立つこととなるでしょう。そうそう、写真展の会場である函館国際ホテルから会場使用の申込書が届きました。いよいよ本格的にやらなければなりません。今度の年末年始休暇はずっとPCとにらめっこになるでしょう(笑)

そして、2月にはきっとあなたをワンダーな世界にお連れいたします。



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小学生時代の頃だろうか?20代からは見ていなかったような、そんな光。

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トランジスタカフェのこの光が、私は好きだ。



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何年かぶりに函館山に登りました。(もちろん車で・・・・・)

平日の午前中に行ったため、観光客は少なかったのですが、それが幸いして写真をゆっくり撮ることができました。
上の写真、箱館戦争の時には既にあった、五稜郭から函館港へ直線で向かうことができる道路がはっきりわかりますね。現在では主要幹線ではないため、地上を走っているとなかなか気が付きませんが、高い所から見るとはっきりわかります。そうです、この道を恐らく土方歳三も馬に乗って走ったのでしょう。

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この写真は、現在私が住んでいる地域です。

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この辺りが私が高校を卒業するまで住んでいた地域。この狭い地域の中で5回も引っ越しました。(もちろん親が引越ししたためですが)

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まぁ、そんな個人的なことは別にして、みなさんご存知の元町教会周辺。実はこの狭い地域の中にも、とてもひとつの記事ではまとめきれないほどの函館の歴史が詰まっています。

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恵山方面。

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駒ヶ岳方面。

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下北半島。母方の祖先が約600年近く前に、この陸地の反対側の陸奥湾のある所から蝦夷移住してきたと言われている。

そう、ここから見えるものは私の歴史の地図のひとつであるし、きっとそのような地図として見ることができる人も多いでしょう。函館に住んだことのない人でも、ちょっと函館のことを知ったら、函館山から見える風景も違って見えてくることでしょう。
函館山からの見所は夜だけではないのですよ。


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住吉漁港の近くに来ると、なぜだか子供の頃を思い出す。
私が小学生だった昭和30年代から40年代半ばにかけて、私の住んでいた街の周辺は、決してきれいとは言えない地域だった。いや、おそらく全国のどの町でも一部の地区を除くと、今の感覚での「きれいな街」は存在しなかったのではないかと思う。

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道路には馬や牛や犬や猫の糞があちこちに排泄されたままの形で散在していたし、側溝というよりドブには生活雑排物や工場の排泄物やその他訳の分からないものが流れずに溜まっていた。
普段は不思議にその臭いにも慣れているように思っていたが、野球のボールがドブに落ちてしまい、そのボールを取り上げるために溜まっている汚物に手を入れると、物凄い悪臭がした。

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その悪臭は、家に帰って石鹸で手を洗っても容易にとれないものだった。
それはいつものことだった。手がとてつもなく臭くなるとわかっていても、ボールは拾わなければならなかった。そのボールがなければ遊びがひとつ無くなるからだ。まして、ドブに入った度に新しいボールを買ってもらうわけにはいかなかった。子供心にそんなことを親に頼んだらいけないとわかっていた。
だから、家に帰ると、手とボールを一緒にタワシで洗わなければならなかった。
それでも臭いはとれなかった。

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小学生らしき女の子たちが、大勢自転車で通り過ぎて行った。

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グランドでは中学生らしき少年たちがサッカーをやっていた。

今は時代が大きく変わり、街の衛生面は比べ物にならないくらい清潔になった。でも、どんな時代でも外で子供たちが遊んでいる風景はいいものだと思う。特に親が一緒におらず、子供たちだけで遊んでいる光景にはホッとすることがある。

なぜなら、そこには子供だけのちょっとした冒険心を育む場面があるからだ。きっと親に見つかったら叱られるかもしれない、でも、やってみたい。それは、家の中で遊ぶゲームでは決して経験できない冒険だ。
たぶんそれだけは今も昔も変わらないのではないだろうか。


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今日の函館は、午後から青空が広がった。

そして、青を撮りたくなった。

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函館の青空はどこかいつもちょっと切ない気持ちにさせる。それは、子供の頃に涙ぐんで見た青空を思い出すからなのか。

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悲しいことがあっても空は青かった。だから抜けるような青空も、どこかちょっと心に重さを感じさせる爽やかさだった。

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子供の頃、青空の下の海には油が浮いていた。濁った青とは呼べない海の色を眺めていた。そこは、仕事で使う船舶のための海であり、物語に出てくるようなキラキラした輝きを連想するものではなかった。

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青空は子供の頃もきっと抜けるような清々しさがあったのだろうと思う。でも、私の記憶にある海の青はモノクロになってしまっている。



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映画「海炭市叙景」の中の強烈な個性で観客を釘付けにした、(あの映画の中で最も優れキャスターではないかとも言われている)トキさんの住んでいたことになっていた家が、人知れず解体され更地となっていた。

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それを今日知った。恐らくもっと前に解体されていたのだろうけど、気が付いたのは今日だった。

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この家は、ロケのために特別に貸し出したもので、ロケが終わったら本来の住人は静かにさせてほしいと、ロケ地マップにも記載されなかった。知っているのは地元函館市民と関係者だけだっただろう。

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解体された板の外壁の一部なのだろうか、木の枝に引っかかっていた。

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動物を飼っていたところの奥側、その辺りには可愛い花が咲いていた。

私たちは、静かに消えて行った家や人を、知らないまままた明日も生きて行く。
いつしか、まるでそこには最初から何もなかったようにと、思いながら。

家は人だ。家は街だ。それらが無くなることによって、また、歴史がほんのわずか変わって行く。




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父が生まれた年に、この建物は大火後の復興建築物のひとつとして建築された。

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幼い頃、この旧丸井今井のある場所は、子供としての行動範囲外だった。普段は決してこの近くまで来ることはなかった。
だが、好奇心の旺盛なその頃、小学校の友達と冒険気分で子供たちだけで何度か訪れたことがある。

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当然のことだが、紳士服売場や時計売場などには全く関心がなく、最上階のゲームコーナーにまっしぐらであった。

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10円でどれだけ遊べるかが大きな問題であった。10円で長く続けられるゲームはどれか、自問自答の上ゲーム機を選んだ。しかし、たった3分もしないうちに終わってしまうこともあった。その3分のために、また冒険をしたいと心のどこかに残るものがあった。

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手動式のエレベーターにも何度も乗った。子供心にエレベーターガールってきれいな女性がなるものだと定義していた。そして、大人の雰囲気をまき散らしながら、エレベーターは昇った行く。普段母親からはかぐことのないいい匂いに、何故かちょっと緊張して。

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そう、それはずっとずっと昔のことなんだ。
でも、今でも新しい冒険はやっぱりやめられない。

旧丸井今井函館店



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昨日、札幌の北海道博物館で開催されている、蠣崎波響の夷酋列像展を見て来た。

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北海道博物館は今年、北海道開拓記念館と北海道立アイヌ民族文化研究センターが統合して今年リニューアルオープンしたもので、建物は海道開拓記念館だったものを利用していた。

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博物館は野幌森林公園内にあり、周囲の紅葉もクライマックスを迎えているようだった。
また、入場者も展示終了が8日までと差し迫って来ていたせいか、平日にも拘らず混んでいた。久し振りに次の絵を見るまでにしばらく待たなければならない展示会に遭遇した。

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写真撮影ができるのはせいぜいこれくらいまでだろう。

夷酋列像の1部を生で見たことはあるが、フランスのブゾンサン美術館所蔵の全てを同時に見たのは初めてであるし、また、ひょっとしたら自分が生きている間はこれで最後かもしれない。

過去に見たことのある波響の絵の中でも、これほど繊細に描写しているものは他にない。展示会の中には夷酋列像の模写がいくつか並べられていたが、やはり完成度は波響がもっとも優れていた。
違う見方をすると、それほどたくさんの模写をされるほど、当時の画家にとって評価されるものであっただろうし、また、絵そのものの存在意味があったのだろう。

細かな理由は省略するが、この絵は、当時松前藩の命運を背負って描かれたものだ。まだ20代だった波響はその責任感をずっしり重く受け止めながらこれを描いたのだろう。
私の遠い祖先は、そんなプレッシャーの中、美術的にも優れた作品を完成させたのだ。

函館に戻ろうと決めて帰省した時、松前の法源寺の波響の墓に向かって手を合わせたことを思い出した。
その墓は、歴史上の存在価値の大きさに比べて、ずっと小さかった。


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