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こんなちょっとミステリーだけどファンタジーな世界の写真の一部になってみませんか?
例えばこの写真の中にあなたが花に変わって主人公になるとしたら。
それで写真の完成です。

そのような素敵な感性を持ったモデルさんを探しています。




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NHKのドキュメント72時間のエンディング曲の松崎ナオさんが歌う「川べりの家」がとてもいい。
こんな歳になってしまった者からすると、とても透明な心でみずみずしく歌っているその歌は、年齢を重ねいつしか忘れてしまったどこにでも見えるかもしれない風景の中から自分のこれからの将来に夢を持とうという、現実と夢を退避させながら淡々と歌って行く松崎ナオさんの曲は、どこか誰でもが持っている原点のような気がする。

若い頃、渋谷の道玄坂で朝まで遊んでくたびれてガードレールにもたれかかって街を眺めて、少しさみしくなったように、「なんて奇跡の色を持っているの キラキラ揺らめいてる 水溜まりに映っている 僕の家は青く透け 指でいくらかき混ぜても もどってくる とても儚いものだから」という感性は、歳と共に持たないようにするようになったのかもしれない。

でも、そんな自分からは何も特別なものは伝えられない。
もう一度「一瞬しかない」時を大切にして、感じ、記録してみたい。

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もし私の写真がつまらないものだとしたら、きっとそれがないからだろう。






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この写真の方が昨日亡くなった。死因はガンだった。

その知らせを聞いて、過去に彼を撮った写真を探してみた。だがごく僅かしかなかった。元々被写体として撮影意欲が湧き出てくる風貌ではなかったし、撮ったものは彼の事務所のPCにすぐ保存することが多かったため、私の写真ライブラリーの中に残っているのはほんの僅かであった。

彼は決まって、自分が困った時に私に電話をよこした。舘野泉氏の演奏会を夫婦で観に行くために、運転に不安のある彼は私に鑑賞料をおごるからということでドライバーの役目を果たさなければならないことがあった。いつも彼の不安定な運転に神経質になっていた奥様は安心して帰り道はうとうとと眠り始めた。別に自分は特別に慎重に運転したわけではないのだが、よほど彼の運転が不安だったのだろう。

住宅の建て替えをするときも、工事費が適切かどうか確認したみたくて、私に建築図面を見せてくれたとがある。内容を確認すると、妥当なものであり、色々と注文がエスカレートするからこの金額になるんですよ、と専門的立場から意見を述べ、納得してくれた。

そして、彼と二人きりで最後に飲んだのは昨年の秋の頃だった。その時も突然電話がかかって来て、ちょっと江差から人が来るのだが、それまでの時間潰しに来てくれないか(もちろそのような言い方ではなかったが、結局はそういう意味だった)
やれやれ、今日は私はの誕生日でもあるのに、こんなムサイおっさんと呑まなければならないのかと、ちょっと躊躇したが他の人に電話をしても都合の悪い人たちばっかりだったので、わたしを誘ったわけだったのだが、もう少し言い方を考えて話したらこっちの気分も違っていたかもしれないのだが、彼にはそんな気の利いたことは話せない。いや、私にだったから正直に話したのかもしれない。そう思うことにした。
それにしてもその日は私の誕生日であった。何で自分の誕生日にこのおっさんの付き合いをしなければならないのか、ちょっとした不条理を感じながらも、「まぁ、いいか」と少し間付き合うことにした。だが既にその時、彼の咳の出方は異常なほどの回数になっていた。さすがの私も心配になったが彼は咳を除いてはいつもの彼だった。

それから約1か月後、彼は入院した。

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病名はがんだった。私は元来のひねくれ者と行動として、皆が寄ってたかって見舞いに来る時期がおさまるのを見計らってから病院に行った。見舞品は青森県立美術館で買ったシャガールの2017年カレンダーだった。それは月ごとにめくるとシャガールの絵を1か月楽しめるようになっていた。彼は「新しい古地図カレンダー」を作ったからと言ったが、私は内心「いいからシャガールを楽しんでくれ」と思い、彼に、「このカレンダーの全ての絵を、来年見てくださいよ」と言って無理矢理渡した。
その後病室から1階のカフェへ場所を移ししばらく話すことになったのだが、私の分のコーヒー代を彼が出そうとしたので、「病人におごってもらうくらい今は金に困っているわけではないから」と言って断った。私と彼は苦笑いをして顔を見合わせた。
何やかんやと話している中で、「私は星野さんが死んでしまうなんて考えられないんだけれど」と話したところ、彼も「自分でもそう思う」と返してきた。でもやっぱり死んだ。死というものはそういうものなのだろうか。あまりにも私たちは日常というものの不変性を信じすぎているのだろうか。

彼のおかげで私はブログを書こうと思ったし、彼の業務的命令でfacebookにも登録し、彼から依頼された色々な取材で、普通に生きていれば知らないことまで知ることができた。何よりも函館で起こったムーヴメントの裏にはかなりの割合で彼が存在していた。そのようなところから勉強させてもらったことは数多くある。私が今でもこのように世間に向けて何かを発信しているのは彼のお陰であると思う。

ある飲み会の時、皆がいる前で私は「もうそろそろ隠居した方がいいのでは」と彼に話したことがある。その発言の理由は、「あまりにも彼の存在が大き過ぎて、次世代で育つ人がいないのではないかと思った」からだ。彼は「いや、まだまだ」と反論した。
本当は、早めに引退して彼にしか書けない本を書いてほしかったのだ。

ある時、彼は私にこう言った。「函館の歴史を勉強している者の年齢層が高くなっきた、次にやれるのはあなたかその他一部の人間しかいない」という趣旨のものだった。私もそう思った。でも私はあなたとは違う形で歴史を伝えたい。恐らくあなたも、あなたを取り巻く人々も全面否定するかもしれない私流の歴史の伝え方をして、あなたの意思を継いでいきたい。決してあなたの真似はしない。いや、真似などできない。

あなたは、時には反面教師として、時には適切なアドバイスを話す人間として、私の中に存在した。
昨年珍しく私の写真展に来てくれた。まさか来るわけがないだろうと思っていたからびっくりした。そして、あなたのFacebookでの最後の投稿はなせかTom Waitsの曲であった。Tom Waiitsを聴くようなタイプの人間ではなかったのだが、私が深夜に聴きたくなるというTom Waitsを度々facebookに投稿したのを覚えていたのだったのだろうか、それとも実は元々のファンだったのだろうか。

ともかく、少しくらいは彼は私のことを好いてくれていたのかもしれない。だから困った時に私に電話をかけたのかもしれない。

「下駄を鳴らして奴が来る、腰に手ぬぐいぶら下げて」
彼の登場の仕方は私にとってはまさにそれだった。


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2月14日より20日間にもわたって国際ホテルで開催された写真展が終了し、展示品等の撤収作業が終わりました。
ずっとギャラリーにいれたわけではありませんので、どのくらいの方が来られてご覧になったのかはわかりませんし、写真展そのものが成功だったのか失敗だったのかもわかりません。自分の中ではいつもやる度に失敗だったと思っています。もう少し違うものを作れたのではないか、せめてここをこうした方が良かったのではという反省ばかりが目に見えて「良くできた」などと思える日が一生訪れない気になってしまいます。

ギャラリーには、私へのメッセージを所定の紙面に書いていただき、封筒に入れ、箱の中に投函していただくという形で皆様のお声を聞くようにしていました。
その中で、けっこう多かったのがモノクロの写真が良かったというものでした。モノクロは2点展示しましたが、最初の構想ではなく直前に思い付きプリントしたものでした。しかしメインはあくまでカラー写真の方です。それを評価されなかったのは、きっと私の力不足だったのではないかと思いますが、ではこの次は評判の良かったモノクロで、ということは私はしないでしょう。

なぜなら、モノクロ写真はかなりの数撮っており(またはモノクロに編集したりして)、慣れたものだからです。そして、それは前回の写真でオールモノクロということでやった「過去」のものだからです。それと同じことをするくらいなら、個展をやらない方がいいと思っているくらいです。やるなら前回とは全く違うものを。そういうコンセプトや目標が生まれて来ないのなら、個展をやる必要はないとさえ思っています。
だから自分には慣れていてそれなりに評価されているモノクロをメインにはしませんでした。今の自分にはちょっとハードルが高い表現をあえて選びました。

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メインの背景は、今回の写真展が決まった時から函館の風景を軸にして作ろうという漠然としたものは決めていました。しかし、それをどういう構成でどのような表現にするかは、本当に直前までほとんど空白のままでした。でも、幸なことに、最も写真に登場したモデルさんを撮影することができてから、タイトルも写真のイメージも固まってきました。ですが、それも去年の冬が始まってからのこと。本当に制作という点では時間との勝負になってしまいました。

元となる背景は函館の夜景が主でした。されを単にきれいに撮るというコンセプトであれば、私は写真展はやりません。そのような写真はインターネットに余ってこぼれるくらいたくさん存在するし、私よりもはるかに上手な写真が山ほどあります。皆さんは気軽に自宅や出先でそのような写真をネットでご覧になれます。わざわざ足を運んでいただき、見ていただくのであれば、誰もが作らない写真でなければならない。偉そうですが、それが私の考えでした。

ですから、函館の夜景(あえてきれいなものを潰したものもあります)にモデルさんの姿を散りばめて表現しましたし、それに自分なりに意味を持たせました。そのためにご覧になっていただく順番も決めたのです。それをどこまで理解いただけたか、逆に理解いただけるものになったのかどうかはわかりません。
わからないまま、次はもっとハードルの高いものを作ろうと考えています。それが私が個展をこれからもやりたいと思っている大きな動機であります。

国際ホテルの方々には本当にお世話になりました。在廊中、平日であるため来客も少なく、空き時間はずっと本を読んでいました。そんな私に優しくお声をかけていただいた国際ホテルのスタッフの方々には本当に感謝しています。このご恩は、もし次に開催させていただけるのなら、作品という形でお返ししたいと思っています。
ただ、ちょっとだけ残念なことがありました。それは国際ホテルさんには全く関係のないことですが、先ほどお話ししたご覧になった方からのメッセージ(封筒に入っているはず)が誰かに持ち去られていたのでした。どうしてそれがわかったかと申しますと、用意してあるメッセージ用紙にご記入いただき、隣に置いてある封筒に入れていただき投函する方法を採用したわけですが、その手順がわかりづらいかもしれないと思って、実例のために、時々メッセージを回収する際にも、必ず1部ないし2部箱の中に残しておいたのでした。それを見ると、あぁ、こんな風にやればいいんだということを摑んでいただけるのではないかと思ったからです。
このメッセージの残し方は、封入することによって個人のプライバシーも保たれ、より率直な意見が書けるのではないかという考えからだったのですが、最終日「例」として残しておいたメッセージ入りの封筒が無くなっていたのです。

そうです誰かが持ち去った、それ以外は考えられません。
哀しくなりました。それが宿泊客なのかそれ以外の方なのか、もちろんわかりません。どの国の人なのか、函館の方なのか、わかりません。
そのような方式を採用した私が悪かったのは確かかもしれませんが、それでも私に対してのメッセージが誰かに奪われてしまったのはショックでした。私が見ることのできなかったメッセージを書いた方には本当に申し訳なく思います。ごめんなさい。

再度申し上げますがネこれは国際ホテルさんの問題ではありません。どの場所で行ったとしても、このような「人が見ていないのなら好き勝手なことしてしまえ」という人はいます。そういう方への対処を取らなかった私が至らなかっただけであります。本当に申し訳ありませんでした、と思うと同時にそのような人がいることに哀しみを覚えます。

次は順調に用意ができれば9月に開催しようと思っています。場所は「あそこ」です。
ずっと何年も暖めていた構想を実物のものとして展示しようと考えています。

きれいな写真を作るの比較的簡単です。自分が見えたものを美化すればいいのですから。モノクロもある意味簡単です。でもそれらだけでは表現できないもの、今回も次回もそれに挑戦している私だったのです。

今回ご来場いただいた方々、本当にありがとうございました。とてもいい経験となりました。国際ホテルさん、本当にありがとうございました。


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ラブソングを書きたいと思ている。

この歳になったからこそ書けるような。

それも灼熱の温度を伴った激しいものではなく、
たとえば、朝もやのたちこめる湖の水面に静かに滲みこんでいくような、
穏やかな、穏やかな

あっ、ラブソングといっても曲は無理です(笑)

詩だけです・・・・。




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今日村上春樹の新刊が発売されるとのことで、昨日NHK「クローズアップ現代」でも特集が組まれていました。
番組の中では、熱狂的な春樹ファンの話や催しと、アンチ村上の方の話などが紹介されていました。これほどアンチが多いということは、彼の作品にはやはり魅力があるということでしょう。私が若い頃、太宰治に陶酔する者と猛烈な嫌悪感を持つ者との二手に分かれていましたが、とてつもなく嫌いになるほど太宰に人を惹きつける魅力があったからだと思います。石川啄木もそうです。彼の文を作る才能はとてつもないものがあります。函館文学館に彼の直筆の手紙がありますが、単なる手紙にさえ啄木の文才を読み取ることができるほどです。

特別なインパクトも特別な害も何もない作品は、好きだとか嫌いだとかという話題にもならずに自然に忘れ去られて行きます。ですが、村上春樹がたくさんの人に嫌われ、それ以上の人に「密かに」読まれているということは、事実として村上春樹の小説には、人に何かを感じざるをえないものを与えているということに違いありません。

さて、タイトルの話になりますが、私は新刊を買いません。その理由は、単に私がひねくれ者だからです。私は彼の作品は大好きです。
正確に書きますと、「新刊を買わなくなった分岐点がある時やって来た」ということです。
その分岐点が「ノルウェーの森」でした。彼の長編・短編集をずっと買って読んだ私はそれまで通りに「ノルウェーの森」の新刊を買って読みました。その感想は、彼にしてはあまりパッとしたものではないな、というものでした。いつの間にかのめり込んで、一気に読み終えなければ気が済まないようないつもの「魔力」がありませんでした。
随分普通の作品を書いたのだな、というのが率直な感想でした。その作品がなぜかベストセラーになったのでありました。私は混乱しました。なぜ「羊をめぐる冒険」が爆発的なヒットをしないでこの本が売れたのか、不思議で仕方ありませんでした。私としては「羊をめぐる冒険」の方が数段優れた作品であり、また、彼の作品を「読みたくて読みたくて仕方なくなる」心の習慣を根付かせた作品であったのです。

特別に色々な人と「ノルウェーの森」について話し合ったりすることはなかったのですが、私の中では、違う捉え方をする人に支持されたのだろうか?という疑念を捨て去ることができませんでした。その後、彼の出す新刊購入は「ねじまき鳥クロニクル」までとなり(クロニクルは傑作!)、その後は自分の仕事か多忙になったのこともあり、疑問を抱えたまましばらく彼の小説を購入することもありませんでした。

そんな年月が経て、ある時、「1Q84」がテレビで発売前からベストセラーになったとのニュースを知り、改めて自分に対して「新刊は買わない」と心に決めたのでした。どうして内容も何もわからない本がそんなに話題になるのか?私にはさっぱり理由がわかりませんでした。出版元の戦略もあるのでしょうが、「ノルウェーの森」の後の優れた作品である「ねじまき鳥クロニクル」がベストセラーと言えるほどの刊行数にならなかったのに、いったい読者はどのような目で彼の作品を見ているのか疑問になったのです。
特異なこのムーヴメントに対して、私の元来のひねくれ魂が湧き上がり、彼の作品を読むのは文庫本になるような時期、つまりその本についての騒ぎが収まったころにしようと決めたのです。それは、例えば優れた音楽はやはりできるだけ雑音がない環境で聴くのが最適であるのと同じ理由からでした。騒ぎが収まってあまり話題にならなくなった頃、静かにこっそりと読むのが今私の村上春樹本の読書方法です。
ですから、今回も新刊は買いません。これからも彼の本を読み続けたいからこそ、騒ぎの中では読みたくないという考えなのであります。

さて、そのような熱狂的なファンがいる作家には当然、「読んだけどつまらない」「何を言いたいのかわからない」その他の理由で拒絶反応を示す方もいます。今日FBでもその話題を出された方がおり、私はその方にとコメントのやりとりをしたのですが、好きになれない理由のひとつとして「主人公の行動が理解できない」ということを挙げていました。それに対して私は、「理解する必要はありません」と返答しました。
なぜなら、彼の作品は、彼自身の言葉で言うと、「色々なものを一度全部ミキサーの中に入れて形が無くなるまで粉々にして出て来たものを別の形に並び替えて文章にしている」問プロセスを経てできたものですから、絵で言うと抽象画になるからです。抽象画を頭で理解しようとすると、だんだん面倒くさくなり見るのも嫌になってしまうことがありますが、感覚として受け止めることができたら、それは素晴らしい抽象画と評することができるはずです。村上春樹の小説はそのような傾向にあるものです。だから物語の展開や登場人物の理解できない行動をいちいち考える必要はなく、全部読み終えて(感覚的に)面白かったか、そうではなかったかだけで充分だと考えています。
しかし、この形を変えて別の表現で物語を展開するということは、相当の作者のイメージ力がなければできません。そういう意味でも村上春樹作品は強いインパクトを私たちに与え続けるのです。




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自分の身の安全を陰に隠れるように守りながら
何もせずに、あるいは自分では何もできずに
人の目を気にして、目立たぬように群れの中にもぐりこんでいる者は

怯えながら、身を削りながら、ひとりぽつりと立ちすくみ
無我夢中に何かをしようとする者を嗤うだろう

私も若い時は何かをしようとする者を嗤っていた
同じように嗤る者を見つけて、どこかほっとしていた
それはただ自分の身を護りたいからだった

でも、ある時から、独りで立ち自分を曝け出し
嗤う側から嗤われる側になろうと決めた

だから光も浴びず もがきながらも独りで闘っている者を見ると応援したくなる

ファイト!







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今日、函館は一時晴れ渡った。
たくさん雪が降った後だから、空気が澄んでいて空の色や雪の白がとびきり鮮やかに映え、昔だったらわくわくして写真を撮ったものだ。
しかし、今日は、たまにはこんな青空の写真を撮って見ようか、という自分ーの重い腰を上げるような気持ちで撮った。
そして、ひょっとして昔の方がもっといい写真を撮ったのではないかと、ふと思った。

自分はいつから何も見なくなったのだろうか。見るべきものを見ていなかったのだろうか。あるいは素通りしたのだろうか。
長い時間をかけて、カメラにお金をかけて得たものがあるのだろうか?

私が見て来たものは何だったのだろうか?

もちろん、威喝の全てが写真ではない。仕事もしているし、雪かきもしなければならないし、日常生活の中でやらなければならないことも放っておくことができない。
もっといいものを、と思い始めた時、自分は妙に「いい人」になろうとし始めた。でも、結果は陳腐な写真の眷属になってしまっているのかもしれない。

もっとわがままに撮ろう。誰にも気兼ねせず、自分の世界を追おう。それができなければ、心は哀しみの坂をどんどん下って行く。




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