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それは2014年の夏のある日のことだった。突然体のある部位に今まで感じたことのない激痛が走ったのでした。思わず「痛い!」という声を上げてしまったほどでした。
その痛みは、しばらく耐えていると自然におさまって行ったのですが、しかし、その余波とも言えるような現象が体にしばし現れました。
さすがに能天気な私もこれはちょっと体に異常なことが起きているのかもしれないと、土曜日でしたが、診察をしている町医を探して仕事中時間を作って診てもらいました。血液検査やいくつかの初歩的な検査をしてもらった結果、激痛が走ったものは一時的なもので、しばらく様子を見なければならないということで保留状態になりました。まぁ、今後どうなるのかはわかりませんが、少なくともその時は大事に至らなかったという結果となり、少しホッとしたわけであります。

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ところが、医師は「それはそれとして、血液検査の(ある)数値が同年代の基準値の3倍以上の異常値を示している。こういう数値が出るのは、ガンである可能性も示唆している。この医院ではこれ以上の検査はできないから総合病院への紹介状を書くので、そちらでもっと詳細な検査を受けた方がいい」という「別の診察結果」を示した。

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私は呆然としてしまった。まさか私が、という気持ちと、ついに私も、という気持ちが入り交じり、少しの間何をどう答えていいのかわかりませんでした。ついさっきまで自覚していた自分というものが、全て偽物の自意識の中で存在していたのだろうか。自分にとっても紛れもない現実は、今目の前にいる医師が告げた病を持った自分なのだろうか。

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でも、そんなことをいつまでも考えていても仕方ない。どうするかの結論を私は出さなければならなかった。医師が紹介状を出すという病院の候補は3病院だった。その中から一つを選んでください。私そんなことを瞬時に決めろと言われても困るだけなのだが、結局その中からある病院を選んだ。次の病院でどういう結果が出ようが、ともかく検査を受ける以外に自分の選択肢はないのだと、その時は思った。
そして、医師は紹介状を書き、受付でそれを受け取ってひとまず仕事に復帰した。

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しかし、私はすぐには紹介された病院には行かなかった。もしもやっぱりガンだという診断が下ったらどうしよう。そんな不安をもつのであれば、検査をしなければ結果も出ない。そうするとうやむやのままではあるが、「事実」を知らずひょっとしたらこれからも生活をして行けるのかもしれない。そう思った。
だもそれは一時的なことだ。今逃れてもいつかはその必要性が、どんなに嫌でも知らなければならなくなる時がやって来るかもしれない。

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そんなうじうじしたことを考えていた時、常に自分の頭の中にあったのは、「もし自分が本当にガンであったなら何をどうしたらいいのだろうか」という漠然としたほとんど具体性のない迷いだった。入院してその部位の摘出手術をして、抗がん剤を打ち、しばらく休職する「病人」になるべきか、それともガンを抱えたまま奇跡的な回復を期待して今まで通りに仕事して生活を続けて行くべきなのか。

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どちらの答も出なかった。その間紹介状はずっと私のカバンの中にあった。でも、次第に私の考え方が変わってきた。
「もし、本当にガンだったとしても、これからの命の時間を出来る限り自分がやりたいことや行きたい場所に行った方がよわり有意義なのではないか」
しだいに私はそのように考えるようになった。

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「自分が行きたい所?」その時にふと浮かんだのが奥入瀬だった。


後篇に続く。





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奥入瀬渓流の川沿いの自生している樹木は川に向かって成長を続けてきた。写真でもおわかりの通り、河川の上空は樹木の枝が複雑に重なり合っている。これも自然のなせる業ということもできる。

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見ていてその生命力に圧倒される。その生命力を体に吸収するために毎年奥入瀬に行くわけだが、今回は少し悲しい現実を見てしまうことになった。

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そんな散策の中、この場所に着いた時、熟年夫婦が河川の方をじっと見ていた。夫が「鳥が何かに引っかかって動けなくなってしまってているようだ」と妻に話していた。その会話を聴いた私は、望遠レンズを最大ズームにしてレンズ越しに確認しようとした。

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「鳥」は時々動いていたためピントをオートではなくマニュアルに変えて探って、やっとピントを定め撮ってみた(と言っても拡大すると微妙にピントが合っていない)
それで分かったのは、誰かが釣をしようとして糸を川の中央付近まで投下しようとしたところ、途中の枝に引っかかって巻き戻すこともできず、竿側のテングスを切断し、枝側だけを残してそのままにしていたのだろう、枝の先から糸と浮きと重りと針がだらんと下がっていた。
そんな状態の中、コウモリはその場所にたまたま飛行して、見事に針に引っかかれり、身動きが取れずにその場でもがいているだけだった。私は近くにあった地上に落ちている枝を投げて、上手い具合に糸の引っかかっている枝にぶつけて震動を与え、期待は低いが糸が外れてくれるのではないかと何本かトライしてみたが、まったくその場所までは届かなかった。

何とも言えない場面を見てしまい、写真を撮ってしまった。

人間ってね・・・・・。やっぱり自然とは溶け合えないのだろうか?




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元アナウンサーの木庭薬麻央さんが亡くなったそうだ。
テレビのニュースをはしごしていると、何度もその報道が流れる。その中で、麻央さんがBBCに寄港した文章がとても印象に残った。
要約しようとすると微妙な今が消えてしまいそうなので、一部を中略なく引用させていただきます。


例えば、私が今死んだら、

人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」

でしょうか??

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

だから、

与えられた時間を、病気の色だけに

支配されることは、やめました。

なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。

だって、人生は一度きりだから。


私が旅に出るようになったきっかけは全く同じ理由です。
生きるためにはやらなければならないことはたくさんあり、日々暮らしていくためにはそれらをこなしていかなければならないのは誰でも同じでしょう。
でも、それだけで人生の全ての時間を費やしてしまうことに疑問を持ったのでした。

ある時、ふと気づくと自分はまだ日本のことを全然知らなかったことを知りました。けっこう出張や転勤などである程度の街を訪れたことがあるのですが、それが北海道とは全く違う風景を持ち、言葉を持ち、食生活を持ち、生活感を持っていることを知ると、日本人に生まれながら、実は日本のごくごく一部しか知らない自分が偉そうに何かを考えていたことをしりました。
まして世界となると・・・・。この世に生まれて、一度しかない人生なのに、「この世」を知らずに死んで行くのは納得がいかない。狭い函館で何かを知った気になって勘違いを持ったまま死んで行くのは悔いが残る。

では、世界とまではいかなくても、せめて日本人として生まれたのだから、生きているうちに日本のことくらいはできるだけ知りたい。それが私が旅をするようになったきっかけです。何も知らないという小さな自分を少しでも彩のある人生だったと思えるものに変えたい。
まだまだ旅はこれからです。




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こんなちょっとミステリーだけどファンタジーな世界の写真の一部になってみませんか?
例えばこの写真の中にあなたが花に変わって主人公になるとしたら。
それで写真の完成です。

そのような素敵な感性を持ったモデルさんを探しています。




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NHKのドキュメント72時間のエンディング曲の松崎ナオさんが歌う「川べりの家」がとてもいい。
こんな歳になってしまった者からすると、とても透明な心でみずみずしく歌っているその歌は、年齢を重ねいつしか忘れてしまったどこにでも見えるかもしれない風景の中から自分のこれからの将来に夢を持とうという、現実と夢を退避させながら淡々と歌って行く松崎ナオさんの曲は、どこか誰でもが持っている原点のような気がする。

若い頃、渋谷の道玄坂で朝まで遊んでくたびれてガードレールにもたれかかって街を眺めて、少しさみしくなったように、「なんて奇跡の色を持っているの キラキラ揺らめいてる 水溜まりに映っている 僕の家は青く透け 指でいくらかき混ぜても もどってくる とても儚いものだから」という感性は、歳と共に持たないようにするようになったのかもしれない。

でも、そんな自分からは何も特別なものは伝えられない。
もう一度「一瞬しかない」時を大切にして、感じ、記録してみたい。

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もし私の写真がつまらないものだとしたら、きっとそれがないからだろう。






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この写真の方が昨日亡くなった。死因はガンだった。

その知らせを聞いて、過去に彼を撮った写真を探してみた。だがごく僅かしかなかった。元々被写体として撮影意欲が湧き出てくる風貌ではなかったし、撮ったものは彼の事務所のPCにすぐ保存することが多かったため、私の写真ライブラリーの中に残っているのはほんの僅かであった。

彼は決まって、自分が困った時に私に電話をよこした。舘野泉氏の演奏会を夫婦で観に行くために、運転に不安のある彼は私に鑑賞料をおごるからということでドライバーの役目を果たさなければならないことがあった。いつも彼の不安定な運転に神経質になっていた奥様は安心して帰り道はうとうとと眠り始めた。別に自分は特別に慎重に運転したわけではないのだが、よほど彼の運転が不安だったのだろう。

住宅の建て替えをするときも、工事費が適切かどうか確認したみたくて、私に建築図面を見せてくれたとがある。内容を確認すると、妥当なものであり、色々と注文がエスカレートするからこの金額になるんですよ、と専門的立場から意見を述べ、納得してくれた。

そして、彼と二人きりで最後に飲んだのは昨年の秋の頃だった。その時も突然電話がかかって来て、ちょっと江差から人が来るのだが、それまでの時間潰しに来てくれないか(もちろそのような言い方ではなかったが、結局はそういう意味だった)
やれやれ、今日は私はの誕生日でもあるのに、こんなムサイおっさんと呑まなければならないのかと、ちょっと躊躇したが他の人に電話をしても都合の悪い人たちばっかりだったので、わたしを誘ったわけだったのだが、もう少し言い方を考えて話したらこっちの気分も違っていたかもしれないのだが、彼にはそんな気の利いたことは話せない。いや、私にだったから正直に話したのかもしれない。そう思うことにした。
それにしてもその日は私の誕生日であった。何で自分の誕生日にこのおっさんの付き合いをしなければならないのか、ちょっとした不条理を感じながらも、「まぁ、いいか」と少し間付き合うことにした。だが既にその時、彼の咳の出方は異常なほどの回数になっていた。さすがの私も心配になったが彼は咳を除いてはいつもの彼だった。

それから約1か月後、彼は入院した。

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病名はがんだった。私は元来のひねくれ者と行動として、皆が寄ってたかって見舞いに来る時期がおさまるのを見計らってから病院に行った。見舞品は青森県立美術館で買ったシャガールの2017年カレンダーだった。それは月ごとにめくるとシャガールの絵を1か月楽しめるようになっていた。彼は「新しい古地図カレンダー」を作ったからと言ったが、私は内心「いいからシャガールを楽しんでくれ」と思い、彼に、「このカレンダーの全ての絵を、来年見てくださいよ」と言って無理矢理渡した。
その後病室から1階のカフェへ場所を移ししばらく話すことになったのだが、私の分のコーヒー代を彼が出そうとしたので、「病人におごってもらうくらい今は金に困っているわけではないから」と言って断った。私と彼は苦笑いをして顔を見合わせた。
何やかんやと話している中で、「私は星野さんが死んでしまうなんて考えられないんだけれど」と話したところ、彼も「自分でもそう思う」と返してきた。でもやっぱり死んだ。死というものはそういうものなのだろうか。あまりにも私たちは日常というものの不変性を信じすぎているのだろうか。

彼のおかげで私はブログを書こうと思ったし、彼の業務的命令でfacebookにも登録し、彼から依頼された色々な取材で、普通に生きていれば知らないことまで知ることができた。何よりも函館で起こったムーヴメントの裏にはかなりの割合で彼が存在していた。そのようなところから勉強させてもらったことは数多くある。私が今でもこのように世間に向けて何かを発信しているのは彼のお陰であると思う。

ある飲み会の時、皆がいる前で私は「もうそろそろ隠居した方がいいのでは」と彼に話したことがある。その発言の理由は、「あまりにも彼の存在が大き過ぎて、次世代で育つ人がいないのではないかと思った」からだ。彼は「いや、まだまだ」と反論した。
本当は、早めに引退して彼にしか書けない本を書いてほしかったのだ。

ある時、彼は私にこう言った。「函館の歴史を勉強している者の年齢層が高くなっきた、次にやれるのはあなたかその他一部の人間しかいない」という趣旨のものだった。私もそう思った。でも私はあなたとは違う形で歴史を伝えたい。恐らくあなたも、あなたを取り巻く人々も全面否定するかもしれない私流の歴史の伝え方をして、あなたの意思を継いでいきたい。決してあなたの真似はしない。いや、真似などできない。

あなたは、時には反面教師として、時には適切なアドバイスを話す人間として、私の中に存在した。
昨年珍しく私の写真展に来てくれた。まさか来るわけがないだろうと思っていたからびっくりした。そして、あなたのFacebookでの最後の投稿はなせかTom Waitsの曲であった。Tom Waiitsを聴くようなタイプの人間ではなかったのだが、私が深夜に聴きたくなるというTom Waitsを度々facebookに投稿したのを覚えていたのだったのだろうか、それとも実は元々のファンだったのだろうか。

ともかく、少しくらいは彼は私のことを好いてくれていたのかもしれない。だから困った時に私に電話をかけたのかもしれない。

「下駄を鳴らして奴が来る、腰に手ぬぐいぶら下げて」
彼の登場の仕方は私にとってはまさにそれだった。


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2月14日より20日間にもわたって国際ホテルで開催された写真展が終了し、展示品等の撤収作業が終わりました。
ずっとギャラリーにいれたわけではありませんので、どのくらいの方が来られてご覧になったのかはわかりませんし、写真展そのものが成功だったのか失敗だったのかもわかりません。自分の中ではいつもやる度に失敗だったと思っています。もう少し違うものを作れたのではないか、せめてここをこうした方が良かったのではという反省ばかりが目に見えて「良くできた」などと思える日が一生訪れない気になってしまいます。

ギャラリーには、私へのメッセージを所定の紙面に書いていただき、封筒に入れ、箱の中に投函していただくという形で皆様のお声を聞くようにしていました。
その中で、けっこう多かったのがモノクロの写真が良かったというものでした。モノクロは2点展示しましたが、最初の構想ではなく直前に思い付きプリントしたものでした。しかしメインはあくまでカラー写真の方です。それを評価されなかったのは、きっと私の力不足だったのではないかと思いますが、ではこの次は評判の良かったモノクロで、ということは私はしないでしょう。

なぜなら、モノクロ写真はかなりの数撮っており(またはモノクロに編集したりして)、慣れたものだからです。そして、それは前回の写真でオールモノクロということでやった「過去」のものだからです。それと同じことをするくらいなら、個展をやらない方がいいと思っているくらいです。やるなら前回とは全く違うものを。そういうコンセプトや目標が生まれて来ないのなら、個展をやる必要はないとさえ思っています。
だから自分には慣れていてそれなりに評価されているモノクロをメインにはしませんでした。今の自分にはちょっとハードルが高い表現をあえて選びました。

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メインの背景は、今回の写真展が決まった時から函館の風景を軸にして作ろうという漠然としたものは決めていました。しかし、それをどういう構成でどのような表現にするかは、本当に直前までほとんど空白のままでした。でも、幸なことに、最も写真に登場したモデルさんを撮影することができてから、タイトルも写真のイメージも固まってきました。ですが、それも去年の冬が始まってからのこと。本当に制作という点では時間との勝負になってしまいました。

元となる背景は函館の夜景が主でした。されを単にきれいに撮るというコンセプトであれば、私は写真展はやりません。そのような写真はインターネットに余ってこぼれるくらいたくさん存在するし、私よりもはるかに上手な写真が山ほどあります。皆さんは気軽に自宅や出先でそのような写真をネットでご覧になれます。わざわざ足を運んでいただき、見ていただくのであれば、誰もが作らない写真でなければならない。偉そうですが、それが私の考えでした。

ですから、函館の夜景(あえてきれいなものを潰したものもあります)にモデルさんの姿を散りばめて表現しましたし、それに自分なりに意味を持たせました。そのためにご覧になっていただく順番も決めたのです。それをどこまで理解いただけたか、逆に理解いただけるものになったのかどうかはわかりません。
わからないまま、次はもっとハードルの高いものを作ろうと考えています。それが私が個展をこれからもやりたいと思っている大きな動機であります。

国際ホテルの方々には本当にお世話になりました。在廊中、平日であるため来客も少なく、空き時間はずっと本を読んでいました。そんな私に優しくお声をかけていただいた国際ホテルのスタッフの方々には本当に感謝しています。このご恩は、もし次に開催させていただけるのなら、作品という形でお返ししたいと思っています。
ただ、ちょっとだけ残念なことがありました。それは国際ホテルさんには全く関係のないことですが、先ほどお話ししたご覧になった方からのメッセージ(封筒に入っているはず)が誰かに持ち去られていたのでした。どうしてそれがわかったかと申しますと、用意してあるメッセージ用紙にご記入いただき、隣に置いてある封筒に入れていただき投函する方法を採用したわけですが、その手順がわかりづらいかもしれないと思って、実例のために、時々メッセージを回収する際にも、必ず1部ないし2部箱の中に残しておいたのでした。それを見ると、あぁ、こんな風にやればいいんだということを摑んでいただけるのではないかと思ったからです。
このメッセージの残し方は、封入することによって個人のプライバシーも保たれ、より率直な意見が書けるのではないかという考えからだったのですが、最終日「例」として残しておいたメッセージ入りの封筒が無くなっていたのです。

そうです誰かが持ち去った、それ以外は考えられません。
哀しくなりました。それが宿泊客なのかそれ以外の方なのか、もちろんわかりません。どの国の人なのか、函館の方なのか、わかりません。
そのような方式を採用した私が悪かったのは確かかもしれませんが、それでも私に対してのメッセージが誰かに奪われてしまったのはショックでした。私が見ることのできなかったメッセージを書いた方には本当に申し訳なく思います。ごめんなさい。

再度申し上げますがネこれは国際ホテルさんの問題ではありません。どの場所で行ったとしても、このような「人が見ていないのなら好き勝手なことしてしまえ」という人はいます。そういう方への対処を取らなかった私が至らなかっただけであります。本当に申し訳ありませんでした、と思うと同時にそのような人がいることに哀しみを覚えます。

次は順調に用意ができれば9月に開催しようと思っています。場所は「あそこ」です。
ずっと何年も暖めていた構想を実物のものとして展示しようと考えています。

きれいな写真を作るの比較的簡単です。自分が見えたものを美化すればいいのですから。モノクロもある意味簡単です。でもそれらだけでは表現できないもの、今回も次回もそれに挑戦している私だったのです。

今回ご来場いただいた方々、本当にありがとうございました。とてもいい経験となりました。国際ホテルさん、本当にありがとうございました。


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ラブソングを書きたいと思ている。

この歳になったからこそ書けるような。

それも灼熱の温度を伴った激しいものではなく、
たとえば、朝もやのたちこめる湖の水面に静かに滲みこんでいくような、
穏やかな、穏やかな

あっ、ラブソングといっても曲は無理です(笑)

詩だけです・・・・。




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