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「インスタ映え」という言葉が流行語大賞を受賞したみたいですね。

受賞したからかどうかは別として、その言葉が頻繁に使われていたのは確かに認識していましたし、でも、そういう言葉が誕生した時点でinstagramは陳腐化したのだなと思っておりました、はい。

インスタ映えという言葉ができるということは、人気が出るものの写真の種類が限定化されたということ。ということは、同時にマンネリになることであり、陳腐化されたことになるのではないかと思います。

instgramに投稿していない私は、そのようなことを意識することももちろんなく、自分の撮りたいように、あるいは撮りたいものを目指して撮っています。

服でも何でもそうですが、流行って、はやった時には既に下降が約束されているものが多いんですよね。
もちろん、それでも下降しないものは「本物」であるということなんですが。



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今日たまたまEテレにチャンネルを変えたら、突然見たことのある風景が飛び込んできた。喫茶店の中の映像だった。1分近く見ていたら、それが今年の夏銀座で立ち寄ったランブルに違いないことがわかった。

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間違いないと確信したのは、使っていたドリップとアールの形をしたカウンターであった。そして、日の店の店主さんが長年こだわって焙煎している様子も映し出されたが、その方は、(少なくとも私が店にいる間は)会計所の向かいの小部屋に引っこんで椅子に座っているだけだった。

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上の写真の珈琲豆袋が重なっている場所の手前の小部屋の中に主はいた。

ところでこの店のカウンターの中ではちょっとした面白いゲームが行われていた。入って来たお客さんが何を注文するか、従業員同士で当てあっこしているのだった。
もちろん、ゲームの時間は、お客さんが店に入って来てから注文をするまでの間の限られた時間に、初めて来た人間にはわからないような暗号めいた会話で、予想を話し合っているのだ。しかし、それも100種類近くあるメニューの中から選ぶのだが、私の場合は、見事に当たってしまった。はい、わかりやすい人間です、私は。

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きっとそのようなゲームも、人を見て、その人に最も適した珈琲は何かを考える勉強の一つなのかもしれない。

それにしても、人から「いい店ですよ」と言われて紹介してもらったお店が本当にいいものだったら、それはなぜか嬉しくなってしまう。2日後の夜、私は八戸にいる。そこでの夕食は、あるシェフから教えてもらった「ここは絶対行った方がいいですよ」というお店にしようと今から決めている。

人に勧められる(味を知っていそうな人に人)お店はやはり美味しい。わざわざさまざまなネット情報を時間をかけて調べ上げなくても、「まぁ、その人が美味しいと言っているんだから、美味しいに決まっているだろう」という信頼関係を作れたら、もあ私はその人に身を委ねる(大袈裟!)

東京・銀座8丁目の「珈琲だけの店 ランブル」もその中の一つだった。


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BoB dylan 「Like A Rollingstone」は言うまでもなく世界の中での最も優れたロックだ
素直のDylanのマスターピースは何かと訊かれたら、迷うことなく「Like A Rollingstone」と答えるだろう。


さて今回の戦況を終えて、一言でいうと「Lke a rollingstone」だとも言える。

そし、。たぶん次もこの曲を聴くことになると思う。それは今回と違った意味で。




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昨日の報道番組で、陸前高田市の造成された「新市街地」に津波によって店舗とその経営者である父親を失った方が新しい店舗で営業を始めたという内容のものを見た。その映像を見て、いても立ってもいられなくなった。

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そうだ、私は約1年1か月前にそこに行ったのだ。正確に言うと、その新市街地には行っていない。そもそも新市街地が私が見た風景のどこに位置していたのかもその時はわからなった。

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だから私には「新市街地」について語る資格などまったくないのだが、なぜかその時自分が撮った写真を改めて見たくなってしまった。そしてその写真は公開すべきではないと思っていた写真だった。<br>

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写真を撮るには何らかの理由がある。その風景がきれいだったから、とか、その一瞬を記録しておきたかったから、被写体をこう撮ったら編集・加工して自分が想定している写真に仕上がるからとか。ただ何となくでも立派な理由だ。

だが、私が撮った陸前高田の風景は、せっかくここまで来たのだから何かを撮っておきたいという不純な理由からだった。それは、見事に写真に反映されてしまった。この写真をご覧になった方は、きっと何も感じないでしょう。ただの土木工事風景だと思うかもしれません。それは当然だと思います。撮った人間の心が不純だったからだ。

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陸前高田に着いた時、私は愕然とした。何もないからだ。それは津波によってそのあたりの全てのものを奪い去られたから、というのは頭では理解できた。だが、感覚としては全く理解できいなかった。私は混乱した。こまで来ていったい何を自分の頭に記憶し、写真に記録したらいいのだろうか。まったくわからなかった。またその必要はあるのだろうか。被災地という名を持った街を訪れることだけに意義を持っていたのではないだろうか。色々考えた。その混乱がそのまま写真に出ていた。

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それはもちろん陸前高田という街のせいではなかった。撮る側の問題だった。何もないもの撮るという心のレベルに達していない人間の問題だった。だから被災地から帰って来てから陸前高田で撮った写真を公開したのは「奇跡の一本松」だけだった。それしか出せなかった。

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だからこれらの写真はずっと封印していた。今回やっと公開しようとしたのは、津波の恐ろしさを知らせるためでもなく、被災地の惨状を伝えるためでもなく、ニュースを見た時に感じた、自分はもとよりたぶん多くの人々が「何もない」ということを心から実感できていないだろうと思ったからだ。

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そもそも複数の被災地を1日で駆け巡ることが大きな間違いだった。そのことで自分を責めた。今度被災地に行く時は、車をどこかに停め、自分の足で街を回りそこの底流にある事実を把握しなければならないと痛切に反省した。

あっ、そう言えば南三陸町のさんさん商店街のお土産さんのご主人に約束していた。また来ます、と。今度は時間をかけ、自分が理解までとはいかなくても、心に何かをおさめることができるまでその場に時間の許す限りいつづけようと思った。

1年以上経ってやっとそのことが言えた。



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しばらく体調を整えることを優先してブログの更新は鈍くなりますと言って間もなくですが、どうしても述べさせていただきたいことができ、今日はちょっとだけ無理して投稿したいと思います。

みなさんニュース等で既にご存知であると思いますが、衆議院が解散する前後から政界に大きな動きがありました。
その内容については、私よりもみなさんの方が詳しいかもしれませんので説明は省きます。でも、実は3か月くらい前から解散総選挙が近いことはわかっていました。その理由を具体的に述べることはできませんが、ひとつだけお話ししますと、実にわかりやすい行動をした方がいらっしゃったからです。しかし、具体的にいつ、どのような大義名分で解散をするのかまではわかりませんでした。

ともかく自民党の中では着々とその時に向かっていたのだろうと思うのですが(もちろん推測しかできない)、まさか国会の休会中に今回の臨時国会で何の審議もせずに、首相の権限を利用して解散するとは夢にも思いませんでした。しかし、よく考えてみると、私ごときがそれを察していたのですから、その前から当然小池東京都知事も解散はあるとの前提で自らの政治塾を作り国会への進出(知事自らかどうかは別として)を画策していたと思います。
恐らく水面下での駆け引きを私ごときで想像できないほど緊迫していたのではないかと思います。安倍首相としては、森友・加計問題や度重なる自民党議員のスキャンダルから国民の関心を逸らそうと画策していたのかもしれません。でも、それが目的であるならば、昨今の北朝鮮問題は格好のエスケープのための題材となり、より戦略的にそれを強調すれば済んだはずです。実際に私たち国民はかつてないほどの危機を感じているのですから。まだまだ寝ていたい早朝のエリアメールは、効果としてはそれはもう絶大なものでしから(笑)ところがそれを思っていたほどせずに、「よくわからない解散」をしてしまいました。ひょっとしたら安倍首相は北朝鮮よりも小池知事の方に危機感を感じていたのでしょうか。つまり小池体制が整う前に選挙をやってしまえ、という単なる戦略だけのための解散だったのでしょうか?もしそれが本当だったとしたら、私たちの税金の600億円を超える額を、「都合」だけで使われてしまうことになります。

もう、これは政治ではありません。税金を使って演じる茶番劇です。そして、その茶番劇のドタバタに、より効果的に加わったのが小池知事であり民進党でした。解散対策として(あるいは既に計画していたものを急遽前倒しして)小池知事は新党を立ち上げました。自らの都知事当選に加えて都議会選での圧勝を受けて恐らく小池知事は「私は人や政界を動かせることができる」という「おごり」を持ってしまったかもしれません。ですから、国会にも自分の影響力を知事という立場でも充分効果的に発揮できるのとでも思ったのでしょう。ですが、実際小池「人気」はそのドラマの脚本の作り方によって、より国民の話題となり(あるいは話題となるように発言をして)想定に近い進行でことを進めているのだろうと思います。その「おごり」の段階に入りつつある小池氏に民進党は身を任せることを決断しました。
政策で合意できるかどうかもじっくり話し合わず、小池氏に立候補者の選択を事実上一任してしまったわけであります。これで茶番劇の登場者が全て揃ったわけであります。(これからも増えるかもしれませんが)

この茶番劇を見ることになってしまった私たちは、この劇の流れのままでは、多額の税金を使う選挙に投票という観覧料を支払ってしまうことになります。私たち国民を愚弄した策略家同士の戦いに結果的に料金まで払ってお付き合いしてしまうことになるのです。正直言ってくだらない映画を強制的に見せられて入場料を取られるようなものです。

ではなぜこうなってしまったのでしょうか?もちろん一つの要因だけではなく、私たちが知らないような永田町の事情もあるのでしょうが、根底には日本国が採用している政党政治というものの欠陥部分が具象化された結果ではないかと考えています。政党が支持を多く集めると、どんな無能な議員でも当選してしまう可能性があるからです。それは、どこの党にも共通する欠陥です。私たちが一生懸命考え、国の議会での代弁者として「代議士」を選ぶという民主的行為は、その政治家が所属する政党の方策によって歪められることも多数あるでしょうし、そもそもその政党に所属していたから政治的主張がほとんどなくても「国会議員」に就職できてしまうという、おかしなことが起きてしまうのが政党政治であります。

大きな党を作ってしまえばいいんだ、そして、大きな党に所属していればいいんだ、そういう動機が生じてしまうのが、この国の大きな欠陥であります。また、国民の直接投票による最高責任者(日本では首相・他国では大統領)を選ぶことができないということも大きな欠陥であります。今の法律では多数勢力を作ることが大切で、健全な国会議論は場合によっては「たわごと」にしかならないのです。
しばらく野党に勢いがないとみた自民党は「独裁的」に物事を推し進めました。しかし、突然「希望の党」という小池氏の独裁政党が誕生すると、自民党という独裁政党はあわててしまいました。しかし、冷静に見ると、独裁同士が争うという構図はとても非健全的なのではないかと考えてしまいます。
最も理想的な政治形態は、保守とリベラルの力が均衡し、それぞれのいいところが国策に反映されるというものがとても健全であるはずなのです。しかし、現実ではそうではありません。保守と保守改革というよく理解できない構図に政界はなろうとしていますし、話題もそんなことはお構いなしに、安倍が勝つか小池が勝つかに集中しています。まるで安っぽい2時間ドラマを見ているようです。健全な政治とはかけ離れてしまっています。

では私たちはどうしたらいいのでしょうか。もう、政党がどうこうではなく、立候補した者の能力を優先して投票するしかないのではないかと思います。
明治維新はなぜ見事に出たのか。これも一言では決して言えませんが、少なくとも優秀な政治家・思想家が多数存在していたから成し遂げられたのだと思います。黒船来日という当時では考えられないような出来事が起こり、国家の危機感を強く感じた者たちが必死に考え話し合い、その中から優秀な政治家を輩出できたから明治維新は、クーデターではなく、日本の歴史の分岐点として位置づけられているのです。その優秀な政治家たちは今でも大きく改正しない民法を作りました。民主主義というものを真剣に考えたから今でも通用するものがたくさんあるのです。

さて、今の日本にそれほどの政治家はどれほどいるでしょうか。風見鶏的な行動や、長いものにはまかれろ的な発想からは健全な議論ができるわけはありません。もちろんこれは今に始まったことではありませんが、特に北朝鮮と米国間の間に入ってしまっている日本の危機という状況ではそんなのんきなことなど言ってもいられません。特に今、私たちには「有能な国会議員」が必要なのです。もう政党などどうでもいいのです。しっかりした政策を立てて提案し議論し実現できる能力あるそんな議員が必要なのです。地方に仕事に持って来るという飴を提供すると見せかける傍ら、戦闘国家としての流れを続ける以外に手段を見つけることができない政府と、知事選に公認されなかった意地で対抗し、それが好感を得て「有頂天」なりつつある独裁者(あるいは策略家)によって弄ばれているのは私たち国民です。

国際情勢が不穏であるからこそ、私たちは国会に行ってこの国をより良くしようとする議員を、政党とは関係なく選ばなくてはならないのでしょうか。
それでこそ、日本は民主国家であると世界に対して言えるのだと思うのですが。



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先日の休日、北海道の高校野球夏の甲子園で2年連続日本一となった駒大苫小牧の試合をYOUTUBEで観た。
それは北海道民にとって奇跡的な出来事だった。

それまで北海道というのは、農業畜産業などの1時産業以外は全国にはるか遅れをとっていると思っていた。
しかし、プロサッカー―チームのコンサドーレ札幌が誕生し、北海道にプロのスポーツチームなんてできるわけがないと諦めることが当たり前となっていた市民にまず第1歩の希望を与えた。

そしてついに2004年、日本ハムファイターズが札幌を拠点を移転し、史上初の北海道のプロ野球球団が誕生した。それだけで凄かった。私にとって自分が死ぬまで何も変わらないだろうと諦めていた。プロ野球球団が北海道になんて構想することすらないだろうと思っていた。ところが2004年に奇跡が起きた。
北海道日本ハムファイターズの誕生のみならず、その年は駒大苫小牧が初めて夏の甲子園で(いや、春夏合わせて)初めての優勝を勝ち取った。

こられ全ては、いい大人になって時、自分が死ぬまでの間、決してお目にかかれるものではないと考えることすらしなかったことだった。だが、それが現実のものとなった。たぶん私だけではなく、多くの北海道民にとって「奇跡」を純然たる事実として直視することができた素晴らしい季節だった。
それどころか駒大苫小牧は夏の甲子園2連覇という当時57年ぶり、今の出場校数になってからは初の大偉業を成し遂げたのだった。

ちょうどこられの驚きを体験した頃からか、私の中に小さい仮説が芽生えてきた。それは、地方に住んでいても「全国」で活躍することは可能であるし、それが以前よりも実現困難な状況ではなくなってきている、という希望だった。だから、地方に住むことによって「時代遅れ」「競争環境が整っていない」などという言い訳をすることもなく、何かをやって行けるだろうということを、まるで手に取るように実感させてくれた時期がこの時であった。

その後私は函館に戻り、定住を前提として日常生活を送ることにした。だか、眼は常に全国や世界に向けていたかった。それも地方都市にいてもできる、そう確信していた。おかげさまでこのブログをご覧になっている方は、もちろん函館在住の方が中心だが、数は少なくても日本全国各地や一部の海外の方にもご覧になってもらっている。
では、函館はどうだろうか?明治時代の函館にはことごとく「奇跡」が誕生していた。その内容に関しては、過去のこのブログの探すことがとても困難な記事の中に一部記述されていると思う(筆者も探すことが大変なので、ご覧になっている方はもっと大変でしょう)その「奇跡」の遺産で今の函館の観光が成立っている。そしてそこで生まれる金で私たちは市内で金を回して生活することができている。
このブログでは何度も話しているが、それはあくまで過去の「奇跡」なのだ。

今、私たちが何らかのモチベーションを持ち、全国・世界に誇れるものを生み出すことができるだろうか?
それを産業道路や函館新道を走っていて感じることはない。なぜなら、それは整った環境の中で不便なく日々を暮らしている人にとっては必要のないものだからである。
何もない所から何かを新たに生み出す。それこそが「奇跡」を生み出すきっかけになる。既にある物を利用するだけでは「奇跡」は起きない。
でも「世界」に目を向けている人も函館に入る。そのような人たちは静かに静かに、でも着実にその方向に向って日々を過ごしている。決してFBなどでは騒いだりしない。
そう、静かに静かに、まるで地中でマグマがエネルギーを溜めこんでいくように、その人の中で蓄積されている。

さて、函館はどれほどそのエネルギーを内包しているのだろうか。


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今まではこの子のことを「海を見つめる少女」と呼んでいたが、今度から「街を見つめる少女」と呼び直そう。
「街を見つめる少女」は変わりゆく街をどのように見ているのだろうか?



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仙台に行ったことがある方の中には、ここを歩いた人も多いでしょう。

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単に両側にケヤキの木が植樹されているということだけではなく、歩道の一部にはこのような彫刻がさりげなく我々を迎えてくれる。

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この定禅寺緑地の両側には車道があり、車がいつも行き交っているが、この道を歩いているとそんなことも気にならなってしまう。

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そして、この通りには建築物としても注目に値する建築物がある。そのひとつが「せんだいメディアテーク」だ。

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結婚式場。

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こんな素敵なストリートで毎年9月になると、「定禅寺ストリートジャズフェスティバル in 仙台」が開催される。
こんな美しい通りが音楽だらけになるなんて、なんて素敵なことだろう!!日本はもちろんのこと、海外からの出演者もあったり市民グループの演奏もあるようだ。

ある意味、札幌よりも仙台の方がずっとずっと楽しそうかもしれない。
(で、是非今年行ってみたいと思ったのですが、どう考えても仕事上無理なので、いつか日程調整をして必ず行きたいと思っている次第であります)



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最近のニュースを見ると、政権にとって都合の悪いことは何とかうやむやにして丸め込めようとする内閣の「どうせ自分たちの権力は揺るぎないのだから、強引に逃げ切ってしまえ」という姿勢が強く見えてきます。

何かの疑惑に対して、その事実としての「答え」が地面に着きそうになると、突然風が吹き宙に舞ってしまう。

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Bob Dylanは、彼の最初となる伝記の中で「風に吹かれて」の唄ができた経緯についてこう語っている。それはグリニッジビレッジで若者たちが政治や社会について討論をしていた様子を見て作ったという。
「みんな色々な意見を述べ討論しているのだけれど、いくら話し合っても結論が出ない。答が出そうになってもすぐまた答えは宙に舞ってしまうんだ」

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答の宙の舞い方は違いますが、私たちはいつまでも答えを地面にきちんと着地させることができないのでしょうか?
それは政権の問題ではなく、私たちが声を発するかどうかの問題であると考えます。

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