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今まではこの子のことを「海を見つめる少女」と呼んでいたが、今度から「街を見つめる少女」と呼び直そう。
「街を見つめる少女」は変わりゆく街をどのように見ているのだろうか?



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仙台に行ったことがある方の中には、ここを歩いた人も多いでしょう。

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単に両側にケヤキの木が植樹されているということだけではなく、歩道の一部にはこのような彫刻がさりげなく我々を迎えてくれる。

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この定禅寺緑地の両側には車道があり、車がいつも行き交っているが、この道を歩いているとそんなことも気にならなってしまう。

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そして、この通りには建築物としても注目に値する建築物がある。そのひとつが「せんだいメディアテーク」だ。

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結婚式場。

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こんな素敵なストリートで毎年9月になると、「定禅寺ストリートジャズフェスティバル in 仙台」が開催される。
こんな美しい通りが音楽だらけになるなんて、なんて素敵なことだろう!!日本はもちろんのこと、海外からの出演者もあったり市民グループの演奏もあるようだ。

ある意味、札幌よりも仙台の方がずっとずっと楽しそうかもしれない。
(で、是非今年行ってみたいと思ったのですが、どう考えても仕事上無理なので、いつか日程調整をして必ず行きたいと思っている次第であります)



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最近のニュースを見ると、政権にとって都合の悪いことは何とかうやむやにして丸め込めようとする内閣の「どうせ自分たちの権力は揺るぎないのだから、強引に逃げ切ってしまえ」という姿勢が強く見えてきます。

何かの疑惑に対して、その事実としての「答え」が地面に着きそうになると、突然風が吹き宙に舞ってしまう。

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Bob Dylanは、彼の最初となる伝記の中で「風に吹かれて」の唄ができた経緯についてこう語っている。それはグリニッジビレッジで若者たちが政治や社会について討論をしていた様子を見て作ったという。
「みんな色々な意見を述べ討論しているのだけれど、いくら話し合っても結論が出ない。答が出そうになってもすぐまた答えは宙に舞ってしまうんだ」

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答の宙の舞い方は違いますが、私たちはいつまでも答えを地面にきちんと着地させることができないのでしょうか?
それは政権の問題ではなく、私たちが声を発するかどうかの問題であると考えます。

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さて、そんなわけで猫親子3匹との共同生活が始まったわけだが、強調したいのは「共同生活」を始めたという自分の認識だ。決して猫を飼ったという意識はなかった。そもそも経緯からして、少なくても私が望んだ同居ではなかった。どういう理由かわからないが、親猫が私の部屋を育児するための場所として選んだとしか考えられなかった。だから私としては能動的に「猫を飼った」という意識にはとうていなれなかった。
また、相変わらず基本的には干渉はしないという暗黙のルールは守られていたので、やはり「共同生活」という言葉が最も適切だと思う。

ところが、そんな悠長なことを言ってもいられない状況がすぐにやって来た。この奇妙な共同生活が始まって間もなく、私のアパート(というより、玄関が共同であるため貸間と言うべきだろう)に片足を引きずって歩く小猫が舞い込んで来たのだった。誰が最初に発見したのか、今となってははっきり覚えていないが、建物の別室に住んでいた若い女性と北大生と私の3人で話し合い、北大の獣医学部にその怪我の状態を診てもらうことにした。その結果は骨折ということだった。車に轢かれたか何かで骨折したのだろう。だが、特別な処置をすることもできないので見守るしかない。そんな感じの診断だった。
やれやれ、こんな状態でどこかに放してしまうのも酷なことだ。仕方ない、3匹も4匹も同じようなものだ。まとめて面倒見るしかない。そんな軽率な勢いで結局私がその小猫の面倒をみることになった。

その小猫は、共同生活中の子猫に比べるとはるかに大きかったが、成人(ではなく成猫)した猫よりははるかに小さかった。当時の私の推測では生後2~3か月くらいではないかと思っていた。だから、食事はもう普通に魚の缶詰か何かを食べるのだろうと思っていたが、実際に部屋の連れて戻ったら、やっと目の開いた子猫たちと一緒に親猫の母乳を啜ったのだった。驚いた。骨折している小猫がまだ離乳していなかったこともそうだったが、自分の子供でもないその小猫に何の抵抗もなく乳を吸わせている。
ある意味、人間というのは何で「家族」というシステムを作らなければならなくなったのか、その不便さに疑問を持った。小猫が乳を望めば誰の子であれ母となった猫はそれに応じる。何という平和なシステム何だろうか。
私は猫の世界が少し羨ましく思えた。

だが、少したって、子猫がやっと歩けるようになり、それどころか走れるようになり、骨折していた小猫が普通に動けるようになると、私の部屋は子供たちのかけっこ場となった。小さい3匹じゃれ合って遊び、親猫は黙って何も言わなかった。そうなると当然部屋の中に置いてある物を倒したり、引っ掻いたりと目茶苦茶な住環境を迫られることになってしまった。しかし、さすがにそれを認めていたらこっちもたまったものではない。私は小猫たちに悪さをするたびに体を拾い上げ、軽く頭を叩いて叱った。すると、叩くと同時に親猫は「まずいことになった、申し訳ない」とでも言いたそうに首を引いて目を瞑った。彼女なりに私に対して謝罪の意思表示をしたのだろう。

そのように育児をしなければならなくなった頃から、私たちの生活は共同ではなく、猫の飼育という要素が加わって来た。人間と同居する上では守ってもらわなければならないルールを教えなくてはならなくなったのだ。そんな日々を過ごしていると、ある時、子猫が面白い反応を示すことを知った。それはたまたま私が電気カミソリで髭を剃っていた時のことだった。小さな子猫2匹はカミソリの電動音に異常な反応を示した。反応と言っても興味津々というものではなく、明さまに敵意を持った反応だ。そこで試しに子猫2匹の前にその電気カミソリを動いている状態のまま床に置いてみたことがある。すると2匹は、前足を真直ぐ引いて、いかにも臨戦態勢に入り、「にゃ~」ではなく、「カーっ」という威嚇の戦闘態勢に入ったのだった。でも、他の小猫と親猫は知らんぷり。
これが経験の差なのだろうか。各自の反応を見ているとそれがよくわかった。

まぁ、そんなこんな色々な出来事があるにせよ、少しの間は4匹の猫との共同説生活は続いた。子猫が少し大きくなると、試しにキャット空中3回転ができるかどうか試してみた。すると子猫はたちは体が柔らかいせいか、見事に空中3回転を達成できた。親猫はその体重の重さから1回転半しかできなかった。やはり若さはいいものだ。
そんなバタバタしているが楽しい生活を私たちは楽しんでいた。

それがある時から事態は暗雲の中に行っていくことになる。それは次回で。(だんだん5話まで行きそうな気がしてきました)



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その猫に対して、私は特別な感情を持たなかった。正確には、猫が好きな人のような可愛がり方をしなかったということだ。しばらく顔を出さなかったとしてもそれほど気にはならなかったし、たまに「あいつどうしているのだろう」と思うくらいで、とりあえず来た時のために缶詰を用意しておいているものの、まぁ、猫には猫の都合というものがあるのだし、他にもっと可愛がってくれる人がいるのだったらそれはそれでいいのだから成り行きに任せよう、という感情しかなかった。

2週間くらい顔を見なかったこともよくあった。久し振りに顔を出した時は「よう、何やってたんだ?」と話しかけてみるのだが、猫はまるで「そんなのはこっち勝手でしょ」と言いたげに知らんぷりしていた。まぁ、いいか。気が済むまでそこにいたらいいさ。だいたい私たちはそんな関係で、お互いに干渉はしなかった。ところがある時、私の部屋の窓に訪れない期間がかなり長くなった時がある。たまに「そう言えば見ていないな」と思うことがあったが、たぶん「定住」できる家を見つけて、きっとそこは完全に家の中だけで飼われているのだろう。それはそれで良かったのかもしれない。そんな風に思っていた。

しかし、もちろん私にはこの時だけしか体験しなかったこと、恐らく多くの人々も体験しないであろう奇妙なことを私は体験した。

それは、もうその猫のことは頭の片隅の一部にしか存在が無くなって来た頃のことだ。いつものように窓を開けて、私は真昼間から布団の中に入ってボーとしていた。すると窓の敷居に猫が突然現れた。一瞬それは過去の何気ない登場の仕方のように思えたし、でもどこか違うような気がした。そして、しっかりと猫を見ると、何と口に真っ白い子猫をくわえていたのだった。えっ!子供を産んだのか?そうか、そうだったのか。だからしばらく顔を見せなかったんだな。と咄嗟に思ったと同時に、その時その猫がメスだったことを初めて知ったのだった。それくらい私は無頓着だった。

だいたい私は猫の種別にも関心がなかった。だから、その猫の毛の模様についても大雑把にほとんど灰色と白としか認識していなかった。ところが、その灰白の猫から全身真っ白な毛の子供が産まれた。どういうメカニズムなのだ、と不思議に思ったが、考えても答えが出るわけもなく、ともかく「あっ、そーなんだ」という妙な納得を無理矢理自分に言い聞かせていると、猫は子猫をくわえたまま、すっと床に降り私の許にとことこやって来た。
私は一瞬戸惑ったが、まぁとりあえず布団の中に入りなよ、と掛け布団を持ち上げて中に入れてやった、すると親猫は遠慮なく私の胸近くに座り子猫をやっと口から離し、ぺろぺろと子猫の体を舐め始めた。間近で白い子猫を見ると、まだ目が開いていなかった。産後何日目で目が開くのかなんて私は知らないが、ともかく生まれて間もないに違いない。そのくらいは何となくわかった。

しかし、そこで私はあることを思い出した。誰からか聞いた「猫は自分の子供を人間に見られたり、他の動物からの危機に遭遇すると自ら子供を食べてしまうことがある」という言葉だ。それが本当なのかどうかは私は見たことがないのでわからないが、ともかく警戒するのは本能的に当然だろうというくらいの意識はあった。ところが、この新親猫は警戒どころかまだ目も開いていない子猫を、わざわざ私の部屋に連れて来たのだった。
ありえない。猫に関して無知な私でもそのくらいはわかる。ともかくありえない。

だが、その白い子猫をじっと見ていると、無条件で可愛く思えた。まだ立つこともおぼつかず、よろよろと親猫に寄りすがろうとしている姿は可愛い以外のなにものでもなかった。驚きの次には何とも言えない心を暖めてくれるシーンに包まれていた。まぁ、良かったんじゃないか、と何の根拠もない歓びを私は感じた。
ところが少しすると、親猫は、さて行こうかと窓の方向を向き、そして子供を置いて窓から外に出て行った。おいおい、この子猫はどうするんだ。もしかして私に育ててくれということなのか。とんでもない。そんなことはできるわけがない。だいたい私は母乳が出ない。毛を舐めたりする習慣もない。
そもそも、人間が子猫を捨てという話はよく聞くが、親猫が子猫を人間に預けて育児放棄をするという話なんて全く聞いたことがない。

私は、残されたこの子猫をどうしたらいいのか戸惑って、とりあえず子猫が押し潰れないように掛け布団を持ち上げているだけだった。子猫はよろよろと動こうとするが、思うように動けず、ほとんどその場にとどまっているだけだった。困った、困った、と何もできずにしていると、親猫が再び窓から颯爽と、今度は全身真っ黒な猫をくわえて私の許に歩み寄ってきた。そして、先ほどと同じポジションに座り、同じように子猫を口から離し同じように全身をぺろぺろと舐め始めた。だが、ひとつだけ違うことがあった。それは黒猫はお世辞にも可愛いとは思えない風体をしていたことだ。特に可愛い白猫の後に連れて来ただけに、よけいに黒猫のぶっきらぼうな風体が芳しい印象を与えなかった。
あぁ、この親猫、私の好みを知っていて、まず可愛い方から連れて来て、既成事実ができたことを認識したことを確認してから、可愛くない別の子猫を連れて来たのだ。
これは親猫の周到に考えた策略だったのだろう。見事に私はその策略に嵌ってしまった。仕方ない、こいつらの寝床を作ってあげなければいけない。
そこで私は部屋にたまたまあった段ボール箱の一部を改造して、猫一家の家をこしらえた。段ボールの中には新聞紙や布きれなどを敷いて少しでも暖かく過ごせるようにしてやった。一家にとっては窮屈かもしれないが、寝る時はそこで寝てもらわないとこっちも困るから、私が眠たくなったら、強制的に3匹をそこに入れ、そこが君たちの家なのだ、と理解してもらうようにした。

さて、共同生活を始めるにしろ、食べ物がなければ生活は成り立たない。私はその日からスーパーに行ってお徳用の魚の缶詰を常に買うようになったる
ともかく、通常では考えられない猫親子と私の共同生活が、その日から始まってしまったのだった。

2回で完結しようと書き始めたのですが、どうやら4話以上になりそうです。次回に続く。




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たまにはきちんと何かを話そうと思う。
いや、これから話すことが「きちんとした」ことに分類されるのかどうかはわからない。それは読んだ方が判断することであろう。私が言う「きちんと」というものは、自分の考えをきちんと話そう、という意味だ。

だいぶ前に書いたかもしれないが、本人でさえその確かな記憶がないので、ある部分まではもし重複していたとしてもとにかく書いてみることにした。
それは私が20歳から22歳くらいまでの間のどこかで起きた話だ。時期などの細かい記憶はないけど、出来事は今でも鮮明に覚えている。

私は札幌北区のあるボロアパートの1階に住んでいた。当時はもちろん昭和だったが、その中でもとびっきりの昭和的なアパートだった。玄関・トイレが共同で、電話も玄関先に1台公衆電話があり、電話がかかって来ると音に気付いた住人の誰かが出て対応するという、今では信じられないようなシステムが当たり前の時代だった。
台所、というより「流し」はレバー式、と言っても今のキッチンにある混栓式のようなお湯と水が混じり合うといったレバーではなく、単に水を出すためにレバーを右から左に回すという代物で、冬になるといつも管が凍結していた。ところが幸いなことになぜか凍結しないトイレの水をやかんに汲んで、コンロでそれなりの高温のお湯にして、レバーからゆっくり下にお湯が流れるようにかけて辛抱強く金属管内で凍結した氷を少しずつ解かしていく原始的な手法を使わなければならなかった。
一度のトイレで組んだ水で解凍できたらまだましだが、何度も繰り替えさなければならない時は、水が出るまで1時間以上かってしまったこともある。

ともかくそんな昭和でも古代に属するアパートに流れる空気はゆっくりしていた。金もなく特別やりたいこともなかったその頃は、夏になると窓の半分を全開にして空気を入れ替え、本人は布団の中でだらだと横になっていることが多かった。音楽を聴きながら布団に入ってボーと天井を見ていることもあった。そんな時期、必ず夕方近くに窓の敷居にひょいと現れる猫がいた。あるいは窓の下で「にぁぁ~おん」と啼き、自分の存在を示すこともあった。最初、当然のことだが私にとってはstrangerであった。
どこかから辿り着いた猫なのだろう。きっとどこかに塒があって、ちょっとした散歩の途中に私の所に立ち寄っただけかもしれない。

だから、その猫が来た時は、「よう、ようこそ」「ちょっと一休みしていくかい?」のような声をかけていた。
猫は怯えもせずにじっと窓の敷居に座って室内の様子を眺めていた。私は、ある時まるで自分の家に訪問したお客さんにするように、「せっかくだからソーセージでも食べるか」とおやつを差し出した。すると猫はそれを美味しそうにしっかりと食べた。むしゃむしゃむしゃ。口からこぼれたら落ちた室内の床に下りて拾って食べ、また窓敷居の定位置に戻った。

そのようにしてかす猫は時々私の部屋をたびたび訪れるようになった。さすがに何度も遊びに来るようになったらシーチキンの缶詰くらいは私も用意することにした。貧乏だったが、私の部屋を訪れる数少ない「お客様」だったので、せめてご馳走くらいは、というきもちだった。
そして、猫と私の関係は、たまにはちょっとふざけて猫を抱いたり、キャット空中3回転の実験をしたりする以外は、ただそれぞれ自分の過ごしたい時間を過ごしていた。私が本を読んでいる時は、その猫には一切構わなかった。そんな状況に退屈したのか猫は帰って行くのだが、また懲りずにそのうちに訪れてくる。
シーチキンをあげる時は、窓の下の地面に缶詰を置いて食べさせた。
一応、窓敷居までが君に許される位置であり、それ以上は勝手に踏み込まれても困るし、猫もそれを察しているかのように自分「定位置」を変えることはなかった。

我々の関係は、ただ偶然知り合った人間と猫、それ以上でもそれ以下でもなかった。
ところがある時から事情が一変した。ありえないことが私の身に起こったのだった。
(次回に続く)




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アメリカがシリアに対してトマホークを59発撃ち放った。
選挙前、世界の警察をアメリカがやねなんてまっぴらだ、と語っていたトランプ大統領が、事前にシリアを非難してはいたが、「正義を大義名分」にして自ら高家無゛木を始めたのだった。なぜこのタイミングにアメリカがシリアを攻撃しなければならなかったのは、今日段階でも諸説あり、その真意はまだ理解できないが、少なくともひとつだけ言えることがある。それは、

「トランプは公約を守った」ということだ。

戦争は公共事業だ。戦争をすると爆弾・武器の補充のために兵器産業が潤う。つまり、国内産業向けに、その生産を促す「正当に理由」ができたということだ。

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海の向こうで戦争が始まる。

私たちは明日のランチをどうしようかと考えている。



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このカラー写真は昨年9月に気仙沼で撮った写真だが、以下の写真は全て南三陸町のものです。
写真を撮る人間として、これほど現場の空気と写真として出現した画像の「重さ」が異なる結果に自信を失ったものはない。
結局現地の空気は撮れないんだろう。私はその程度のものしか撮れないだ。完全なる思い上がりだったことを思い知らされた。それは技術とか何とかではなく、何を撮ったらいいのかわからなくなって感性の麻痺だった。

個々の写真の説明はしません。
感性が鈍ったカメラマンが迷った挙句撮った写真です。

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2泊3日の写真修学旅行に行ってまいりました。
しばらくはその写真を掲載したいと思います。時系列は関係ありません。その日の気分で選びます。
全部で300枚以上撮影したうちの一部です。

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見るからに重たい雪でしょ。

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