友の死/Bell Bottom Blues

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船見町にて。

10月30日、友が死んだ。52歳の誕生日が過ぎて1ヶ月もしないうちに彼は死んだ。死因はガンだった。

彼とは高校時代バンドを組んでアマチュアコンサートに何度も出た。
サウンドパパのHP内のはいからコンサートの歴史の第4回目と第5回目の出演バンドのトップに記載されている「アトランタ」がそうだ。
彼はベースで私はサイドギターだった。リズムを取る役目の私たちはすぐ傍に立ち演奏した。

時々私のギターのリズムが狂いそうになると、キッと睨まれた。演奏時は真剣だった。だが、終わると彼はいつも笑顔を絶やさなかった。
私たちは顔つきが似ており、他の友人から兄弟と呼ばれた。彼も私のことをたまに「よっ、兄弟」と呼んだり、「ブラザー」と言ってふざけた。どっちが兄で弟なのかの決着はつかなかったが、双子ということになっていた。明るい片方と暗いもう一人というのが専ら周りの評価だった。暗い方はもちろん私だった。

彼の高校生活は長かった。最初ある学校に入ったが、その学校が嫌になり、退学して私と同じ学校を受験し入学した。そのおかげで彼は私の妹と同級生となった。
そして妹ともバンドを組んだ。つまり私たち兄弟共通のバンド仲間ということになる。

彼はエリック・クラプトンが好きだった。



彼は気配りをしてしまう人間だった。彼が笑顔を絶やさなかったのも、そんな性格からだったのだろう。
昨年、函館に戻って来た私は彼と電話で話し、今度飲みに行こうと話した。その時彼は胃潰瘍をやってしまって入院していたので調子が良くなってから会おうと言った。
今から思うと胃潰瘍ではなく、既にその時胃がんの摘出手術を受けていたのだ。だが、彼はそれを話さず申し訳なさそうに「もうちょっと待ってくれ」と私に話した。私は全然かまわないから早く治せよと気軽に話した。

その後2度電話で話した後、電話は途絶えた。そして今月の中頃、容態が悪化し再入院したそうだ。家族にはこのことは誰にも話さないでくれと念を押したそうだ。

つまり、ひとり静かに死んでいくことを選んだのだ。

彼の死を知った友人たちは皆、まさか、全然知らなかった、と晴天の霹靂といった感じで驚いた。いかにも気配り屋の彼らしい死に方だったのかもしれない。
だが、それだけによけい悲しい。悲しすぎる。

時々自分が死ぬ時の感覚を想像してみることがある。
もう誰とも話せないんだぞ、馬鹿げたくだらない事だって何一つできないんだぞ、何かをしようと思ってももう遅いんだぞ、そんなことを考えてしまう。

友よ、お前はどんな思いで息を引きとったのだ。

今日の通夜は、涙が出そうになったら我慢しないで泣こうと思っている。「何みっともないことやってんだ」とお前に言われそうだが、俺はお前と違って我儘な男だ。自分の好きなようにやらせてもらう。
そして、残りの人生、もっと我儘に生きていこうと思っている。



I don't wanna fade away, Give me one more day please
by jhm-in-hakodate | 2010-11-01 01:25 | その他雑感 | Trackback | Comments(2)
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Commented by New-Ma at 2010-11-03 17:35 x
かつてお世話になった上司が永眠しました。
「不器用」「正直」「真っ直ぐ」という言葉が頭に浮かぶ人柄でした。
忘れることはないでしょうし、学ぶべきことの多い生き方でした。

In your heart I want to stay
Commented by jhm-in-hakodate at 2010-11-04 01:17
New-Ma 様、本当に記憶と心に残る人が亡くなるのはつらいですね。私にも元上司で多くのことは学べた方がいます。
その方が亡くなったらすぐ飛んで行くと思います。