本ブログについて

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弥生小学校敷地内にある旧アメリカ領事館解説ボード。新しい校舎ができても、この隣に「旧大火復興小学校跡地」という解説ボードを設置して欲しいものだ。

今更ながらであるが、本ブログのコンセプトについて説明したい。
と言っても、以前より読んでいただいている方には「そんなことはどうでもいいのではないか。要は記事が面白いかどうかだろう」と思われるだろう。全くその通りである。これはどちらかと言うと、自分自身が改めてブログを続ける上で考えの整理をするために書くようなものだ。

ブログ開設前にどんな内容にするか考えた。何かひとつの課題をついて延々と述べていくものにしようか?それは不可能だ。何かひとつのことについてずっと話題を提供できるほど根気強くないし、また深い造詣があるわけではない。
それではせめて、例えば函館のことについて話したり情報提供したりするものにしようか、いや、これも無理だ。そのうちきっと違うことも話したくなるに決まっている。

それでは、函館という地方都市に住んでいるあるオヤジがそれまでの人生やその時に考えたり感じたりしたことをそのまま綴っていこうと決めた。つまり、何でもありのブログにしようと考えた。それがいい。
人間いつも同じことを考えて生きているわけではない。仕事のこと、家族のこと、社会経済のこと、次の休みの遊びのこと、財布の中のこと、ここでは書ききれないくらい様々なことを考えたり感じたりして生きている。それをそのまま書けばいい。そう思ったのだった。

普通文章を書く時は、題材を絞って書くのが常套だ。その方が読者にとっては読みやすいし理解しやすい。だが、それでは読者には「〇〇の人」というイメージができてしまう。そのように見られるのは私にとっては不本意なのだ。函館に住んでいるからこそ書けること、住んでいるいないに拘らず人間として書けること、色々あるのは当然だ。

ネットの発達によってどこに住んでいても発信は平等にできるようになった。新聞社や出版社に持ち込まなくとも自分の書いた文章は全世界に発信することができる。ただ発見されるか、共鳴されるかどうかだけだ。一部の情報についてはまだ中央集中傾向があるが、それ以外については地域格差はない。
それであれば函館のことだけではなく、世の中にあることは何でも書いて、もし共感を得ることができたら私と言うネット上に存在する人間が理解されたことになる。そんな立派なことではなくとも、せめて「何か面白いことを書いてる奴がいる」くらいのことを感じてもらえる人が現れるのではないかという思い上がりでこのブログを始めたのだった。

安易だがこれは自分の多くの面を曝け出すことになる。まぁ、いいか。どうせそれ程奥の深い人間ではないのだからちょうど似合っている。そんな感じで好き勝手なことを毎日のように語っている次第である。
だが、それは正直でなければできないと思っている。自分を美化しようと思えば得意分野でボロを出さないように続けていれば良い。あちこち手を出すとボロが出やすい。

それでも私は最初のコンセプトどおりにこれからも綴っていこうと考えている。
いろいろなことが同時に起きているのが世の中なのだから。
by jhm-in-hakodate | 2010-11-11 23:42 | その他雑感 | Trackback | Comments(4)
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Commented by ayrton_7 at 2010-11-14 21:30
この写真からだったのか、久しぶりに弥生小学校まで足を運んでしまいました・
Commented by jhm-in-hakodate at 2010-11-16 00:07
ayrton様、今の弥生小学校を見ると、ただの工事現場という風にしか見えず、寂しくなってしまいますね。
これからどんな建物が姿を現そうが、虚しさという感情以外に持つことは困難であると思っています。
Commented by ayrton_7 at 2010-11-16 03:53
確かに、弥生小学校の記録を残そうとしていただけに
あのみすぼらしい姿を見ると脱力以外の何物でもありません。
Commented by jhm-in-hakodate at 2010-11-17 10:02
はい、物を物としてしか見ていないのだなという思いも抱きました。そういう人から見ると、たぶん私たちがどうしたらもっと綺麗な写真が撮れるかと試行錯誤した写真も、ただの一風景が映っている紙切れに過ぎないでしょうね。