函館の都市伝説

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弥生小学校解体時の未公表写真。弥生小の解体中の写真はまだ多くあるが、気が向いたら公開しようと思っている。もったいぶっているわけではない。なかなかその気になれないだけだ。

たまには俗っぽい話をしようと思う。
この記事の執筆中にサッカー中継があるせいもあるが、たまには眉唾物の話も許されるだろう。

私の妻は、若い頃霊感が強かった。強いといっても、有名になるほどではない。また、具体的にはっきりと「その姿」が見えるわけではない。おぼろげに何かが見えたようだ。その程度なのだが、一緒にいてリアルタイムに「誰かがいる」と言われたら、こっちもたまったものではない。
結婚前に札幌までドライブしたことがある。その途中の小樽の運河沿いのあるレストランに入って夕食をとっていた時のことだ。けっこう広めの店内には広い吹き抜けがあり、そのため二階の一部が下からも見えた。二階には手摺があり、そこに立つと一階を見渡すことができるレイアウトになっていた。
そんな店での食事中、妻が「あそこで誰かがきょろきょろと一階を見ているよ」と話した。その時、既に妻の霊感を知っていた私は、その後なかなか食べ物が喉を通らなかった。その後何年かしたら、その店は流行っていたにも拘らず閉店となっていた。

そんな妻と当時私が勤めていた会社が入っていた函館市内のあるオフィスビルに一緒に行ったことがある。休日だったが、用があり、立ち寄ったのだった。妻がそのビルに立ち入るのは初めてだった。
薄暗いエントランスの奥にあるエレベーターで最上階に向かった時のことだった。ちょうど4階を過ぎたところで、妻が「何か3階と4階の間で嫌な感じがした」とつぶやいた。「あまりいい感じではない人の姿があった」
またか、と私は思ったが、冷静に考えてみると、立地条件のいいそのビルで、なぜか3階と4階には空室が多かった。その他の階は全部埋まっているのにだ。
その後私が転勤で函館を離れたが、出張で函館に戻った時に事務所に立ち寄ったら、また4階の空きが増えていたのだった。私は間違っても3階と4階には降りないよう常日頃気を付けていた。
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だが、上には上がいるものだ。
妻と知り合う前に妻が経験したことだ。妻と友人が「占い師さん」と呼んでいた中年女性の所に行った時の話。その占い師は殆ど何の情報も伝えていないのに、名前と生年月日だけ教えると友人の誰にも話していない過去のことを次々と言い当てていったそうだ。
それだけで凄いことだが、今度は二人に向かって「あんた達、昨日〇〇町の店に行ったでしょう」と話し始めた。「その店はL字型のカウンターがあったでしょ」
妻と友人はドキッとした。その話を占い師さんに言っていなかったからだ。
「そのカウンターのちょうど角の処に人がいたんだよ。その人はちょっとまずい人で、付き纏われたら大変なことになるからね。今のところ大丈夫だけど、もう絶対その店には行くんじゃないよ」
妻と友人は急に怖くなったという。もちろんその店のその場所には誰もいなかったからだ。

その店舗も程なく閉店し、その後二度と利用されることなく、現在も空き店舗となっている。

まだまだ話はあるのだが、あまりこの手の話を繰り返そうとは思わない。では、どうして話したかと思うだろうが、気が向いたからだ。弥生小学校の解体の写真のように。
なお、文中の町名・店名・ビル名を全て匿名にした。だが、妻や占い師さんの「感覚」の信憑性は別として、全て実在するものである。


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by jhm-in-hakodate | 2011-01-21 23:36 | その他雑感 | Trackback | Comments(4)
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Commented by えんま大王 at 2011-01-22 03:24 x
霊感の持ち主は奥さんよりあなたです。

>その店は流行っていたにも拘らず閉店となっていた

そんなに頻繁に訪れている店ではないようなのに(文面から察するに)、流行っていたと断言できるのですから。
Commented by えんど~ at 2011-01-22 08:53 x
おはようございます。  弥生小学校は称名寺跡地に立地しており明治12年の大火まではお寺になります。 この弥生小学校の
解体写真はおそらく函館山側~坂の上の方だと思います。 
ここは当時,墓地があった所になり,工事関係者によると遺骨のような物がいくつも出たそうです~((+_+))

本堂,宿坊など,その他の建物は現在のパス通り側にあり,
幕末時は英仏領事館,カトリックの司祭館,フランス語学校,
その後新撰組の屯所としても使われた,かつて函館の中心で
あった所になりますが・・・

もかしたらもDNA鑑定を日野在住の子孫にお願いすれば
称名寺に墓碑建立したとの文献もあり土方俊三の遺骨が
上の写真の所で発見されるかも・・・(*^^)v

Commented by jhm-in-hakodate at 2011-01-23 00:53
えんま大王様、その店には何度か一人で行ったことがあり、流行っていることは知っていました。
そのことを書かなかったという理由で舌を抜くのは勘弁してください、えんま大王様。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-01-23 01:02
えんど~様、さすがお向いさんであり、史に長けている方ですね。遺骨が出たとは知りませんでした。
本当に土方歳三の遺骨はどこにあるのでしょうかね。何か新たな事実が立証できれば、素晴しいことです。でも、この遺骨の発見は遺跡の発見に近い歴史的価値があるはずですが、遺跡調査のように工事停止して綿密な発掘調査をできなかったのでしょうかね。