宮城県の被災者の話、東京の人の話

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基坂。

その一部をツイッターでつぶやいたが、妻の職場の同僚の友人が宮城県で震災に遭った時と避難所生活の状況を、同僚を通じて妻が聞いた話をご紹介する。

本人はその時、たまたま自宅にいた。
激しい地震が起き、しばらくして津波が襲って来た。二階建ての家だったため家族は二階に上がり、難を逃れたが、一階はほぼ水でいっぱいになったという。少し水が引けてから避難所に移動することにした。
ところが、水位は肩の下くらいまであり、必死に前に進もうとしても、ほとんど動かなかったそうだ。体力は急速に衰え、絶望的な気持ちになった時に、たまたま救助ボートが近付き、乗せてもらって一命をとりとめたとのことだ。

避難所には700名くらいがひしめき合って暮していた。
避難初日、つまり地震当日の食事は一人饅頭一個、次の日はパン一個を3人家族で分けて食べたそうだ。
携帯は何とか持って行けたのだが、回線状況は最悪。メールを打っても相手側に到着するのに2日もかかっていた。その前に偶然電話が繋がって、既にメールが届いているという前提の話をすると、全く内容が噛み合わなかったそうだ。
電話での友人の話声は妙にひそひそしたものであった。決して遅い時刻の会話でもないのに不思議に思った妻の同僚が理由を訊くと、照明に電気が通っていないから、夜になると皆布団に入り、寝るわけでもなく、じっと静かにしているから声が小さくなってしまうとのことだった。

避難所での不便さは随所に見られたが、その中のひとつがトイレだった。水が出ないため水洗トイレは使えず、汲み取り式の簡易トイレで用を足さなければならなかった。しかし、何せ700人もの人間が利用する。あっという間に便槽はいっぱいになり、床にまで溢れてきたそうである。さすがにそれでは使用できないため、我慢するか、ゴミ袋で用を足したこともあったそうだ。

また、何日かすると、避難して空いている家から物や金を盗む者も現れたそうだ。

こんなことは報道では決して伝えられないことだ。まさに体験者だけが話せることだ。

また、私が東京の方と今日会話して知った東京の今。

物は一部品切れのものもあるが、選り好みをしなければ物資に困るということはない。また、余震も震度3くらいであれば、あまり気にならなくなったという。
海外に知人の多いその人は、地震後各国の人からお見舞いの電話をもらったが、皆一様に「日本人は素晴しい。自分の国だったら暴動が起きている」と絶賛されたという。

だが、そんな冷静な反面、関東の人々はやっと地震の恐ろしさを肌で感じたのだという。阪神淡路大震災や中越沖地震などの被害に対して、可哀想とは思っても、どこかの部分で離れた場所での出来事という意識がどこかあった。それが今回の地震で、予想されている関東・東海を震源地とした、これから自分たちが遭遇するであろう大震災の「実感」をやっと想像できるようになったのだという。つまり、人ごとではないということを体感できたということだ。

おまけに放射能の恐怖だ。その方は、福島の犠牲によって成り立っていた東京の電力を不条理に思えていると話した。誰かが犠牲にならなければならない。福島の現場で作業している未来ある若者と自分が代わることができるのなら、そうしたいと話す。これからの日本を背負って立つ人たちを犠牲にしてはいけない、とも話した。
その方の家には、幾人もの人々が一時的に避難場所として利用したという。茨城に住んでいた息子夫婦もやって来て、結局茨城に戻ることを断念し、妻の実家がある四国に移住することにしたという。
被害は宮城・福島だけではない。また、今回の震災は被災者の人生を大きく変えることとなった。天災である部分は仕方ない、とその方は話す。だが、原発は間違いなく人災だ。その人災の影響を受けて、生き方まで変えなくてはならない人が出現しているのだ。

こんな話を聞くと、北海道の人間は一部被害があったにせよ、のほほんとしている、といわざるを得ないだろう。



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by jhm-in-hakodate | 2011-04-05 23:57 | その他雑感 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 3D Harmony at 2011-04-06 01:48 x
jhmさん、こんばんわ。
>北海道の人間は、ののほんとしている。
本当にそう思います。

でも、果たして今のままで済むでしょうか。私は本当に心配でならない。もちろん、福島原発の汚染水放出です(あえて流出ではなく、「放出」としています)。

函館の一番の売りの一つは、やはり魚介類がおいしいという事でしょう。観光に来られる方で、これを求めて来られない方はほとんどいないのではないでしょうか。

汚染水は、今のままでは北海道周辺にも及んでくることは間違いありません。こういうのはすぐには影響はなく、しばらく経ってから出て来ます。

そして、いったん、汚染されているという情報が流れれば、たとえその一回食べたきりでは害があるとは言えなくとも、観光客はまず間違いなく敬遠されることは、現在の福島、茨城の様子を知れば一目瞭然です。

しかし、東電、政府は、原発の危機回避のため、流出が止まらないふりをして、あえて「放出」していると思われます(完全に止めると、かえってまずい)。その犠牲は誰が負うのでしょうか。
函館が心配でなりません。杞憂に終わってほしい。
Commented by captain at 2011-04-06 02:36 x
大変な震災でしたね。
私の知り合いの両親が石巻にいて先週まで
連絡取れなかったのですが、なんとか連絡取れて
一安心でした。
そのご両親がマスコミにはない現実を息子に
話した事を聞いてびっくり!
ダフ屋みたいな悪党が100円のカップヌードルを
「1000円で買わない?」・・・その話を聞いて
絶句でした。
けど、現実は皆買うらしい。

腹立つ話でした。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-04-07 08:13
3D Harmony 様、その危惧はあります。今回の福島原発の件といい、建設中の大間原発といい、函館の意識はまだ低いものがあります。
市民の中には、大間原発が建築中であるということを知らない方までおります。その影響を調べて本ブログで私なりに発信してみたいと考えております。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-04-07 08:17
captain様、酷い話ですね。ですが、そうなってしまった原因のひとつを作ってしまったのも私たちです。
物心双方の支援を、これからも続けなくてはと再認識してしまう次第です。