新撰組最後の地標

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市電「函館どっく前」電停隣に児童公園がある。私が子供の頃からある公園だ。この公園の厳島神社側に、上の写真の石標が建っている。
これは、地元民においても馴染みのないものだ。それもそのはず、建立されたのが昨年11月、つまり半年前だったからだ。
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この標を建てた方々は「函館歴史顕彰会」であり、その中には、函館の歴史書を多数発刊している称名寺の住職、須藤隆仙氏の名が連なっている。
そして、標の裏側にはこんな文字が彫られている。
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「箱館戦争のとき、旧幕府軍の一隊として、ここにあった弁天台場を守っていた新撰組百余名は、明治二年(一八六九)新政府軍の猛攻撃で、五月十五日に降伏した。ここが最後の地である。」

ここで誰もが疑問を持つに違いない。「ここにあった弁天台場」となっている所だ。弁天台場跡の標がどっく正門前にあるのはご存知のことだろう。どうして2箇所も標が?と思ってしまう。
そこで調べてみると、簡単に言えば、児童公園前は台場の入口附近の場所にあり、どっく正門前は台場の中心部に位置するようだ。だからどちらも間違いではない。児童公園前にはちゃんと説明版もある。だから、ここが新撰組の最後の地だとしても不思議ではなくなる。

これは物凄いことなのだ。全国には数え切れないほどの新撰組ファンがいる。その方々は当然新撰組の結末にも感心があるはずだ。そんな重要な場所を曖昧にしておくのは、函館ならではの歴史に対する粗雑な扱い以外の何物でもない。
日本の歴史の中で、最も大きな流れが変わった幕末の物語の結末を飾るものが、この函館には山ほどあるのに、なかなかそれを大切にしようとしない。本当に残念だ。

明日15日は新撰組が事実上の解体を余儀なくされて142年目になる。つまり、江戸幕府が「本当に」倒れて142年経ったことになる。


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by jhm-in-hakodate | 2011-05-14 23:26 | 函館の歴史 | Trackback | Comments(8)
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Commented by 伊予 at 2011-05-15 07:44 x
新撰組2番隊組長・永倉新八とともにその時代が目に浮かぶようです。
ゆっくりと訪れてみたい。
Commented by てっちゃん at 2011-05-15 11:45 x
幕末の新撰組と箱館戦争から開港、そして函館山には戦時中の要塞・・・古い建物達もそうですが、この街にはなんと多くの歴史的財産があるのでしょう。

月並みな言葉ですが、ホントに「スゴイ」街だと思います。

そんな街が故郷であることに誇りを持ちます。
Commented by gokuriapple at 2011-05-15 22:58 x
今日がその日だったのですね。
たった142年前に・・・穏やかな入舟町あたりの街並みからは想像もできませんね。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-05-15 23:27
伊予様、函館には碧血碑といい、当時を偲ばせるものがたくさんあります。幕末を想像しながら歩くと面白いですよ。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-05-15 23:31
てっちゃん様、私も函館の歴史の持つ重さ、日本での歴史的出来事の重要な舞台となった地であるということを知った時、何てすごい街で育ったのだろうと胸が高鳴るのを感じました。
堂々と誇れる素敵な街です。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-05-15 23:34
gokuriapple様、高校時代、毎日通学(時にはそうでなくなったこともありましたが)で乗車した「どっく前」電停も弁天台場の一部だったとは思いも付きませんでした。
日本の長い歴史の中のたった142年前のことです。
Commented by えんど~ at 2011-05-17 15:23 x
jhmさん  こんにちわ
ちなみに,一応榎本軍は「旧幕府脱走軍」でありまして,
すでに幕府は終わっていて,ここで新撰組さらに3日後の五稜郭明け渡しも,幕府の終焉ではないと・・・思いますが・・・(*^_^*) 

PS 近くにきましたら又寄ってください。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-05-18 10:12
えんど~様、こんにちは。
仰りたいことはよくわかっています。ただ、私の中では、旧幕府脱走軍が(現実的にはありえませんが)もし北海道を独立国を作っていたら、違った形での江戸時代が続いたわけですし、まだ少なからずとも幕府への「思い」は残っていたはずです。
彼らは自分たちの死に場所を探していたのだとも想像できますが、いずれにしても幕府への思いを持って戦った人間の最期がこの箱館戦争であり、個人的にはその時が江戸幕府の終焉と勝手に思っている次第であります。
ちなみに、伊達家の北海道移住者に対して公家をすぐ傍に配置して監視させるなど、明治政府の旧幕府勢力の徹底的な排除を図ろうとした行為も考えると、実質的に鎮圧されたのは何時なのか、わからなくなってしまうと自分勝手に悩んでしまってもいます(笑)
また遊びに行きます。取材もさせてくださいね。