人生の忘れ物

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大三坂。

私が函館に戻ろうと決めた最大の理由は忘れ物だった。
私の人生観が大きく変わったのは42歳の時だった。その頃までは、自分では若者のなかでの年配者という感覚であった。つまり、中年であったとしても、壮年ではないとたかをくくっていた。ちょっと体力の衰えた若者という、今考えると恐ろしい錯覚をしていた。

ところが、原因不明の症状が頻繁に現れ、検査機材の調った県立病院に診てもらうことにした。総合病院でもあるため、院内はいつも混んでいた。待ち時間が2時間ということもあった。
その待ち時間に、救急車で搬送されてくる患者を多く見てしまった。大多数が老人だった。そして、待合ロビーの自分の周囲にもたくさん老人がいた。

その光景を見て、あることに気付いた。人生80年とすると、42歳は折り返しを過ぎてしまったのだと。折り返し地点を通過すると、向かうのは間違いなく死というゴールだ。思えばあっという間に過ぎた42年間は長いようで短かった。この先、42年も生きていれるかどうかわからない。ということは、残された時間はとても短いということだ。

この時から、少しずつではあるが、心の中で死への準備をするようになってきた。その準備のひとつが、「人生の忘れ物はないのか?」という、自分への問いだった。そして考えてみると、それは数え切れないほどあった。そして、最も忘れ物が多くあったのが函館であった。
内容は、あまりにもプライベートなことであるため、ここでは明かせないが、忘れ物を取り戻したいという気持ちは年を追うごとに強くなってきた。そして、それから9年後にやっと函館に戻る決意をした。

元々、40を過ぎてから、自分の住む街での地域活動に参加したいとの考えが強くなってきた。社会人は、社会との接点を持つことによって、初めて「社会人」と呼ばれるとの持論があったからだ。だが、転勤族であった自分には、その時点での住居も仮のものという意識が強く、その街での地域活動にはためらいを持っていた。地域活動は本当にその街に対して何かしたい、と思える場所でなければできない。
これも人生の忘れ物のひとつである。

今、自分が行っていることが、地域活動となっているのかどうかもわからないが、少なくとも、特定の誰に対して何かを行うのではなく、地域というものに対して発信しているつもりではある。
これが、一方的な個人的満足に終わるのかどうかはこれからだ。今はまだ振り返るにはあまりにも早過ぎる。

あなたには、人生の忘れ物はありませんか?何もないのが一番ですが。


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by jhm-in-hakodate | 2011-06-20 23:49 | その他雑感 | Trackback | Comments(6)
Commented by gokuriapple at 2011-06-21 20:34 x
私もたくさんの忘れ物や落し物をしてきました。
得た物は脂肪と諦めること。
Commented at 2011-06-21 20:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by izumi at 2011-06-21 23:05 x
お久しぶりです。
私もこのまま折り返しても良いのだろうかと思いまして、齢40代後半にして上京しました。現在東京歴1ヶ月です。
函館以外知らない(幼い頃は父が転勤族で全国転々としていましたが、社会人になって20年以上も同じ場所に住んでいました)まま生きて行くのか、ということと、母親の介護で、時間に余裕はあるけど収入に余裕のない暮らしをしていたものですから、貧困ラインぎりぎりで定年を迎えるなあ、という現実的な心配で昇進試験を受け、東京本社に来ました。
通勤時間が考えものですが、エンタテイメントの豊富さ、毎週違う美術館に行ける楽しみ、プロの音楽に触れる幸福、競争が存在する毎日(たとえスーパーにしても必死で商売をしています)、客を客として扱うプロの売り手、に現在の所、非常に満足しています。
転勤族になりましたから、函館に戻る事はないでしょう。それでも忘れ物はここにある、と思えます。
故郷を思う心が強いというだけで良い人とか、故郷に戻る選択をした、というだけで正しい行動とかいわれることって往々にありますが、出る事も選択の一つだと思います。
家の整理に何度か行くでしょうが、私は函館に未練はないですね。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-06-22 00:08
gokuriapple 様、諦めはけっこう大切だと思っています。自然には敵わないとわかっていても、技術力というもので、自然を克服したような気になっていても、結果は単に自然を破壊した、と言うのと同じで、日常生活も、もがけばもがくほど結果は酷くなることが往々にしてありますよね。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-06-22 00:12
鍵コメント様、ありがとうございます。辛かったでしょうね。究極の場面に直面した時、人間は普通のことが一番輝いて見えますよね。
Commented by jhm-in-hakodate at 2011-06-22 00:18
izumi 様、それでいいのだと思います。
私の場合は、故郷というより、函館でした。ただそれだけです。最も大切なものは、自分を裏切らないことだと思います。人に裏切られるより、時間が経つにつれ、じわじわと利いてきますからね。
何かを求めて函館に移住して来る方もいるのですから、その逆があっても全然おかしくないと思います。