ドラマのような恋愛話

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本ブログをずっとお読みになっていただいている方は、ひょっとしたら覚えているかもしれませんが、以前20代にお付き合いをした女性のことを書いたことがある。実は、自分で言うのも何だが、その女性との付き合い始めの頃のいきさつが、今思えば(その時は必死でとうてい思わなかったが)まるでドラマのようだった。
今、自分が誰かからその話を聞いたら、「嘘だろう、作り話ではないのか?」と言ってしまいそうな話だ。

ちょうど20歳の時の話だ。
その女性とは1年以上前からお付き合いしていた。お付き合いといっても、互いが思っていた付き合いの種類が異なっていた。私は恋愛の相手と彼女を見ており、彼女は友達として私を見ていた。彼女がそう思うのも無理はなかった。なぜなら、私は彼女よりも7つも年下であったからだ。年下の友人とは考えられても、恋人の対象とはならなかった。

それでも私たちは多くの時間を共にしていた。当時は札幌に住んでいたが、東京のロックコンサートを一緒に見に行ったり、旭川や小樽などにも日帰り旅行したりしていた。また、社会人だった彼女の仕事が終わると、夕食を共にすることもよくあった。
だが、私の思いとは別に、彼女はあくまで友人というスタンスを崩さなかった。そんな月日がしばらく続いた。

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当時、大学生だった私は、大学の自由さをふんだんに利用し、講義も受けずに時々東京の高校時代の友人のところへよく遊びに行った。スカイメイト制度があったために、千歳・羽田間が9,000円くらいで利用できた気軽さもあった。

ある時、また急に東京に行きたくなって、後先考えずに飛行機に乗り、高円寺に住む友人のアパートを訪ねた。突然の訪問に友人は驚いたが、持ち前の図々しさでしばらく居候させてもらうことになった。
ちょうど東京では花見のシーズンとなった頃で、気温も程よく過ごしやすい季節だった。私と友人は電車に乗り、井之頭公園に行き、貧乏学生だった二人は、公園の近くの商店でワンカップ大関を購入して、ちびりちびりと飲んでため息をついた。
春うららの井之頭公園は、親子連れや若いカップルなどがそれぞれの時間を楽しんでいた。そんな中、野郎二人で安酒を片手に眺めていると、どちらからともなく、「虚しいな」という言葉が洩れた。そんな20歳だった。

ところが、虚しいとも言っていられなく場面が訪れた。先にも述べた通り、後先考えずに来たため、帰りの旅費が無くなったのだ。現実の問題に直面した私は、(もっとも、そんなことは札幌を出た時に既に想定できていたことだが)アルバイト情報誌で日払いのバイトをやることにした。四谷にある印刷工場の仕事だった。少しでもバイト料を多くもらうために夜間の勤務帯を選んだ。そして、何日か働き、もう何日かで帰りの旅費と札幌に戻ってからの生活費を蓄えれるなと思った時、彼女のことを思い出して電話をした。

彼女は今どうしているだろうか?しばらく声を聞いていないから、話をしたい。そんな程度の思いからかけたのだが、事態は予想もつかない展開となった。

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電話に出た彼女は、何か思いつめたような声色で意味不明のことを私に話した。今となってはその時の会話は忘れてしまったが、普段の彼女の会話とは全く異なっていた。だが、当時は携帯電話などもちろんなく、また、親と同居していた彼女は、身近にいる親の前で言いたいことも言えない環境であったので、意味不明な言葉に意味があることを直感的に理解した。

ともかく、彼女に何かがあったのは間違いない。そう思った私は、札幌に帰らなければならないと考え、高円寺の友人宅に戻ると、すぐに帰り支度をし、友人に書置きをしてアパートを出た。ところが、よく考えてみると、所持金は飛行機代分しかなかった。千歳空港から札幌までの交通費を出せるかどうかくらいの所持金であった。
そこで私は、豊島区に住む伯母の家に寄り、何とか頼んで1万円を借りた。本当はそんなことをしたくなかったのだが、何かが一刻も早く札幌へ帰れと私に命令していたために、恥を忍んで借りたのだった。

そんなことをしているうちに、羽田空港に着いたのは既に昼過ぎになっていた。着いた時点で最も早く出発する便に乗ろうと決めていた。そして、すぐに出発する便があった。早速航空券を購入しようとカウンターに行くと、係の女性から、「従業員のストのためにこれが本日の最終便となりますのでお急ぎください」と告げられた。それが日航だったか全日空だったかは覚えていないが、双方ともストを予定していたため、本当にその便が、その日の札幌行の最終便であったのだ。

私は駆け足で搭乗手続きを済ませて飛行機に向かった。当時は搭乗口から直接機内に入らずに、空港内のバスで飛行機まで移動するケースが多かった。バスに乗ったのは私一人だけだった。妙な違和感を感じたが、その理由は機内に入ってすぐわかった。

私が座席に着くと、すぐに出入口の扉が閉められた。そして私の息が整う前に、飛行機は動き出した。本当に離陸寸前だったのだ。ということは、私はその日の札幌行の最終便の最後の客だったということになる。そのために多少の離陸時刻の遅れを冒してでも私を乗せてくれたのだろう。
ともかく、私は札幌に向かった。

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札幌に着き自宅に荷物を置くと、すぐ彼女の家に向かった。と言っても、会ったのは彼女の自宅ではなく、別の場所だった。電話でのいきさつからして、到底家では話せない話になるだろうと予測はできた。

話を聞くと、彼女にお見合いの話が浮上したことが分かった。世間一般でいう、当時の結婚適齢期に達していた彼女の両親が、その話をもちかけて来たそうだ。彼女は悩んだ。親の言うこともわかる。親を安心させなければならない気持ちもある。だが、心では納得できない。何かが阻んでいる。考えた。そして、阻んでいるのが私だと分かった時、あの変な内容の電話となったと説明してくれた。

その話を聞いた私は、嬉しい反面複雑な気持ちとなった。自分は何をすべきなのか。単なる好き嫌いという問題とは別のことまで考えなくてはならなかった。わからない。今この歳になっても、同じようなことが仮に起きたとしても悩むだろう。まして、その時は二十歳だ。私もただ悩むだけであった。
結局その時は、また明日会おうという約束だけして別れた。頭が混乱していて、彼女に対して自分の考えを話すことができなかったからだ。彼女も動揺して、自分を見失っているように思えた。

そして次の日、再び会った時、私は、東京で一緒に暮らそう、そう言って彼女の手を引き、千歳空港行のバスに乗った。彼女親を裏切るのだから札幌には住めないだろう。安直に私は考えた。東京の伯母の家ではアパートも経営しており、とりあえずの住まいも何とかなるだろう。今思えばあまりにも安易な発想で東京行を決めたのだが、その時は真剣だった。
彼女も私が引く手を離さず付いてきた。ところが、千歳空港までの約1時間の行程の中で、彼女に不安が浮かんで来た。突然の決断だったため、お金を用意していなかったことに気付いたのだ。そういう面ではさすがに年上だった。結局、私たちはその日の東京行を諦め、千歳で一晩を過ごし、次の日にお金を用意して改めて東京に行こうということになった。

だが、一旦札幌に戻ると、少しは冷静に戻ってしまう。結局私たちは、東京へは行かず、それから別れるまで6年間付き合うことになった。だが、結局結婚はしなかった。そのいきさつは以前に書いたことがある。

今思えば、その二日間は、まるでドラマのような展開であった。もし、私が何気なしにその日彼女に電話をしていなかったら。電話があと何日か後であったら、運命は変わっていたかもしれない。彼女が悩んだ挙句、お見合いを受け入れていたかもしれない。
また、私の羽田空港到着があと5分遅かったら、運命は変わっていたかもしれない。

私が札幌行の最終便の最後の搭乗者となったことが、はたして結果的に良かったのがどうかはわからない。
それは死んでもわからないだろう、きっと。


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by jhm-in-hakodate | 2012-12-14 00:53 | その他雑感 | Trackback | Comments(1)
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Commented by るりるり at 2012-12-15 12:20 x
★こんにちは★

ドラマのような恋ですか。

そんな恋がしたいと望んでる人には、そういう事は無い~。

けど、恋ってある時ホントに落ちてしまうのですょね。
本人達が思ってる以上の渦巻きの中に入り込んでしまう。
理屈ではない・・・どうしょうもない・・・愚かだけど・・・。
それこそ、嵐の中で立っていないと駄目なような状態。
2人だけで抱き合ってるだけなのか、1人立ち去るのか?

もう思い出したくないくらいの事であっても、一度も恋愛出来ないという彷徨う人退屈な人よりより幸福。

今では「陽だまりの中のお昼寝」を選びますけど(*^_^*)

少し苦いほうがおいしいんですょ。コーヒーも人生も。