相続制度原則廃止法案

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また大袈裟なことを考えてみた。

実は、相続を廃止した方がいいと思ったのは、20代の若い頃だった。その理由は、「平等」というものを考えて行くうちに、家庭環境の不平等さもその一種となると考えたからだ。
男女平等という概念は、緩やかではあるが時代との変化と共に浸透してきているが、育った家庭環境の平等性というものはなかなかまな板にも載らない項目となっている。しかし、これが最も不平等の根源であるのだ。

例えば、いくら教育の機会の平等性を謳ったところで、知能の低い者はかなり高い確率で東大には入学することはできない。これは、いくら精神論で根性だとか努力だとか言っても、克服できない物理的現象だ。しかし、東大がすべてというわけではないが、いわゆる一流と呼ばれている大学を卒業した者の方が、高収入を得ることのできる企業に就職できるのは事実だ。(実際に就職するかどうかは別として)
この知能は遺伝よるもの以外の何物でもない。

そうなると、現行の社会体制による収入の格差は、誰の家庭に生まれて来たかによって、既に決まっている場合が少なくないことになる。もちろん、すべてがというわけではない。だが、自分の周りを見てみれば、そのような人が多いことがよくわかるだろう。

つまり、この世に生まれた時点で既に不平等という洗礼を受けなければならないということになる。
こんなことを20代、つまり30年くらい前に考えていた。だが、知能に関して言えば、この不平等性を是正しようとしても不可能なことだと考えた。では、せめて相続制度だけでも無くなれば、少しでも生まれた環境による不平等性を少なくできるのではないかと考えた。

しかし、もし相続制度を廃止したとしたら、労働意欲や相続されなかった物の処分方法などの弊害が生じるだろうと考え、しばらくの間、そんなことは考えずにいた。
しかし、近年の国債の度重なる追加発行による国の債務の肥大という、「麻薬漬け状態」から脱皮について考えると、相続廃止もひとつの手立てとなるのではないかと思うようになってきた。

まして、今回自民党内閣で早速景気浮上案として10兆円の補正予算を組むとの話を聞き、考えは強くなった。余談だが、補正予算で借金がまた増えるのに、株価が上がるなんて、やっぱり株式市場は賭博場であると思いましたね。本当にゲームですね。


さて、相続廃止についてだが、タイトルに原則と入れたのは、相続対象の者を配偶者か同居する子のみに限定するという前提があるからだ。つまり別居の子供には被相続権はないということでの相続制度廃止という提案だ。
配偶者は、例えば本人名義の資産がない妻などは、夫が亡くなった途端、何もかも無くなって途方に暮れるということを避けるためだ。また、同居する子は、同居しなければならない事情もあるだろうし(例えば障害を持っているなど)、また配偶者同様、相続人の面倒をみている場合も多いだろうから、故人の財産を受け継ぐ必要性があるためだ。
このことによって、不動産に関しては、古き良き建物は保存されるであろうし、残された家族も安心できることになる。別居している子供が不動産を相続されても、それを維持できるのは費用的にかなりの負担となるし、このことによって結局解体された建物が函館にもたくさんある。

被相続権のない別居している子供は、「独立した一社会人」となっているはずであるから、親の財産など要らないはずであるし、それでこそ「独立」と呼べるものだ。
では、相続されない財産はどうなるのかというと、新たに国家に遺産を受け入れる組織を作り、一旦その組織の所有物となる。そして、現金は全額国債の返済に充てる。その他の不動産や有価証券は市場へ売り出し、その売却金でこれまた返済に充てる。これらはまた、福祉事業や年金に回すなどの使い道も充分考えられる。

もちろんその組織は金のやり繰りをできる組織となるため、どの省庁にも属さず、また、国民は常に監視できるシステムを構築する必要があるが、それ以前に、今回の選挙の投票率の低さのような意識が改善されるという前提が必要となる。

今、日本の貯蓄高が1200兆円とも言われているが、そのうちの一部でも相続されずに放出されたとしたら、毎年兆単位の金が動くのではないかと想像する。
当然反論は多いだろう。特に立法化する役目の国会議員などは、相続の恩恵にあずかっている人が多いだろうから、本気で立案するつもりもないかもしれない。だからこそ私たちは、政治家を慎重に選ばなくてはならないのだ。


国債という麻薬を私たちがずっと使用し続けるのか、それとも金を循環させ、福祉や年金や返済に充てるのか、元々現在の日本の貯蓄高も、麻薬を注入し続けているから増えたものだ。元に戻そうという考えがあってもおかしくないのではないかと思う次第である。


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by jhm-in-hakodate | 2012-12-20 02:38 | 社会・経済について | Trackback | Comments(4)
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Commented by たける at 2012-12-20 09:57 x
こんにちは 基本的に賛成です

相続税の課税価格は2010年で10兆円あります。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/property/137.htm
税収が1兆円そこそこですから、全て、相続できないとしたら、9兆円がまるまる国家の税収となるわけですね。
Commented by 函館のヨッシー at 2012-12-20 12:44 x
余りに飛躍しすぎてて実感が湧きませんが( ̄▽ ̄)
基本的には反対ですね〜
相続は親から子へ、または世話になった方、愛する人への最後に出来る事だと思うんですよ。
その為に色々制度を設けるのは分かりますが、絶対にその通りにいかない場合や、それを悪用する奴らは必ず出てきます。
現行でもそうなんですから、基本理念として相続が無くなれば更に増える気がします。
不平等は当たり前です。
今の時代、それを実行したら大混乱になるはずですから。
古い建物が無くなるのは制度の問題じゃなく、関心の問題です。
無くなるのは別に問題じゃないです。
問題はその事で何が起きるのか、どんな事が失ったのかを市民が感じるかだと思いますよ。
Commented by goryo5 at 2012-12-22 17:00 x
jhmさん。今日は。

相続制度、相続税。大きな問題があるんですね。
漠然とは感じておりましたが。

関連して直感的に気付いた点を羅列してみました。

●親の財産をあてにするようでは情けない。人は自分の経済生活を自力で築く気概が大切ではないだろうか。そこに人間の成長、発展もある。
●財産は社会の富でもあり、沢山の人達が関わって作られるものである。勿論、個人の努力も含まれているから、それを一概に否定することは出来ない。
●封建社会では家族制度の下に相続が行われておりました。殿様の領地を若殿が相続。家長の財産を長子が相続。今の相続制度はその名残なのだろうか?
●政治家の世襲制度にも結びついてくるのかなぁ。
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以上。スケッチです。

経済学ではどのように体系だてているのか。大変興味が出て来ました。
Commented by じゃ at 2019-07-12 10:39 x
総論大賛成です。
相続金額を一人あたり(土地と家、資産の総額の合計を)一億までにするだけで、巨額の相続による不公平を是正できると思います。
被相続人が会社の代表取締役などであった場合の株式の譲渡もなんとかするべきかもしれませんね。
ちなみに私は会社の経営者ですが、正義のほうが大切だと思っています。