函館古建築物地図(弁天町12番)

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弁天町12番は電車通りと大黒通り、千歳坂と幸坂に挟まれた一帯である。前回の11番には小路に古建築物が多くあったが、12番は表通りに多い。すなわち、昔店舗(あるいは社屋)兼用の建物が多くあるということだ。

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西部地区には、景観形成指定建築物に指定されていないが、充分その価値がある建物が多い。以前、函館市市職員に選定基準を尋ねたが、指定対象となるのは、昭和9年の大火以前に建築されたもの、というのがあるらしい。
しかし、その後に建てられた建物にも、見どころがある建物がたくさんある。そのような基準で分けられるのは古建築物の保存という観点から言うと、片手落ちだと言わざるを得ない。せめて戦前より昔の建物とすべきであると思う。

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西部地区にはこのような、1階よりも2階がせり出ている建物が意外と多い。どのような理由でそうしたのかはわからないが、相当年数が経っても、とりあえず形状を保っているのだから、当時の建築技術はハイレベルであったのではないかと思う。

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この界隈を歩いたことのある人なら誰もが目に焼き付く建物。それが上の写真の建物だ。現在、店舗部分は空き家となっており、すぐ解体されると聞いていたが、どうやら噂だけだったようだ。向かって左側の蔵の部分にはまだ居住者がいるようだ。

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同じ建物を電車通り側から見た写真。なお、この建物は、世界的舞踏家・大野一雄の生家だったのではないかという説もある。

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この12番は、豪奢ではないが、函館の繁栄に取り残されるなと、小さくてもこだわりを持って建てられた建物が多いように感じる。そして、それが今でも残っているのだ。

(撮影日:2012年5月1日)



このシリーズでご紹介する建物は以下の基準で選択・掲載しています。

1.新築年は戦前以前と思われるものとします。ただし、全てを調査するのは困難ですので、基本的には建築様式などで筆者が主観的に判断します。、実際の建築年と異なっていたとしても一切の責任は負いません。
2.外壁・屋根などが現代のものに改装されていても、建築様式が前記に当てはまると判断した建物は掲載します。ただし、外観全てが明らかに現代のものに改装されているものは除きます。
3.基本的には1棟1枚の写真としますが、建物の規模が大きい場合には2枚掲載する場合があります。また、長屋などはまとめて何戸かの写真を掲載する場合があります。
4.ご覧になった方に先入観を持っていただきたくないため、その建物の肩書(景観形成指定建築物、伝統的建築物、あるいは建物にまつわる物語など)は一切添付いたしません。どうかあなたの感性だけでご覧になってください。
5.写真の過度な編集は行わず、実物に近い状態の写真を掲載します。ただし、筆者の感性でモノクロにした方がいいと判断した場合は、自分に従います。
6.基本的には○○町○番を一括りとして掲載します。枝番(○号)までは掲載しませんので、気なった方は地図を片手に現地を歩いてみてください。
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by jhm-in-hakodate | 2013-05-13 00:16 | 函館古建築物地図 | Trackback | Comments(0)
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