函館古建築物地図(入舟町2番、3番)

<入舟町2番>
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入舟町2番は、市電「函館どつく前」で下車し、進行方向、つまり入舟漁港方向を見やった時、最も手前の右手にある一角だ。ご覧の通り、どつく従業員用施設があるが、2番のほとんどは「ドックグラウンド」が占めており、建物があるのは電車通りの延長上にある道路に面した場所だけだ。

そのため、古建築物と言えるのは下の蔵しかない。

話は戻るが、「ドックグラウンド」は現在従業員用駐車場となっている。私が子供の頃は、このグラウンドでよく野球をやったものだ。もちろん正式競技用のグラウンドではないため、打球がいつもイレギュラーバウンドしていたものだ。それでも広いグラウンドで毎日のように思い切り野球ができたのは、今となっては恵まれていたと思える。

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<入舟町3番>
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入舟町3番は、2番からそのまま漁港方面に向かう隣の一角だ。2番で解説するのを忘れたが、2番はちょうど弁天台場の入口付近に当たる。ところが3番になると、1番同様その一部が明治初期は海であったのではないかと想像する。

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弁天町を商いの街だとすれば、入舟町は生産者の街と言える。つまり、水産加工場が多くあるということだ。それも大規模工場というものではなく、この写真のように、自宅に工場を併設したようなものを多く見かける。これは勝手な想像だが、入舟漁港で水揚げされた海産物を、入舟町で加工し、弁天町や大町で販売するという図式があったのではないか。そして設けた金は隣の末広町の銀行に貯金する。しかし、その前に弁天町の繁華街や弥生町の遊郭があったため、金が末広町に着くまでもったのかどうか疑わしい(笑)

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また、入舟町は見事に下町だ。弁天町や大町のように、商家と庶民の家が混在するというのではなく、誰がどう見ても庶民が居住者の中心であったと思う。

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函館にはこの写真のような、通りに面している部分は二階建てで、棟続きの奥の家が平家という建物が多い。おそらく本州にもこのような形式の建物はあるだろうが、現在でもこのように当たり前のように残っている街はどれだけあるだろうか。

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こちらは、その奥にある平家の長屋である。

(撮影日:2013年5月8日)






このシリーズでご紹介する建物は以下の基準で選択・掲載しています。

1.新築年は戦前以前と思われるものとします。ただし、全てを調査するのは困難ですので、基本的には建築様式などで筆者が主観的に判断します。実際の建築年と異なっていたとしても一切の責任は負いません。
2.外壁・屋根などが現代のものに改装されていても、建築様式が前記に当てはまると判断した建物は掲載します。ただし、外観に建築当時の痕跡が無く、明らかに現代のものに改装されているものは除きます。
3.基本的には1棟1枚の写真としますが、建物の規模が大きい場合には2枚掲載する場合があります。また、長屋などはまとめて何戸かの写真を掲載する場合があります。
4.ご覧になった方に先入観を持っていただきたくないため、その建物の肩書(景観形成指定建築物、伝統的建築物、あるいは建物にまつわる物語など)は一切添付いたしません。どうかあなたの感性だけでご覧になってください。
5.写真の過度な編集は行わず、実物に近い状態の写真を掲載します。ただし、筆者の感性でモノクロにした方がいいと判断した場合は、自分に従います。
6.基本的には○○町○番を一括りとして掲載します。枝番(○号)までは掲載しませんので、気なった方は地図を片手に現地を歩いてみてください。
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by jhm-in-hakodate | 2013-05-30 23:34 | 函館古建築物地図 | Trackback | Comments(0)
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