街にくり出そう

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今日(もう昨日だが)、ある人と札幌のある地域のことについての話となった。昔に比べて良くなった、とその人は言った。何を基準に良くなったと言ったかというと、郊外型店舗がずらっと並んで便利になったからだ、とのことだった。

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私はそれは違うと否定しようとしたが、その人は人の話を聞く耳も持たずに、いやぁいいを繰り返した。何がいいのかよくわからない。どこにでもあるようなチェーン店が数だけ集まっているのが、それほどいいのだろうか?郊外型店舗は郊外にあるからいいのだ。その周りが住宅街になってはいけないのだ。

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批判を覚悟で言うと、郊外型店舗は心の貧しさの象徴だ。一見便利そうに見えるが、その便利さは私たちを「引きこもり」にした。ちょっと車で走れば、だいたいのものが「とりあえず」揃う。
食料品も宅配してくれる。どんなに冷めてまずくても宅配ピザの方を好む。つまり、積極的に何かを求めなくても、手軽に手に入れることができる生活が「便利」と呼ばれているのだ。

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逆の言い方をすると、家に引きこもれる環境が整っているということだ。郊外型店舗だけではなく、ネット通販などもしかりだ。画一化したものでも、近くにあればそれだけで「便利」なのだ。個性はいらない、ただとりあえずすぐ都合よく欲しいものが入手できたらそれでいい。

そんな生活が心を豊かにするだろうか?

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そのような市街地形成が先なのか、人間が先なのかはわからないが、日本総鬱病になる環境はこのようなところからも整備されている。鬱病の特徴として、とにかく外出が億劫になるというものがある。便利さにかまけて、それを利用ばかりしていると、充分鬱へ向かう傾向を助長する。

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世の中は甘くはない。自ら求めて動き回らないと、何も得ることはできない。一定の範囲だけで行動するのは、どんなに大きな都会に住んでいようが、村に住んでいるのと同じだ。郊外型店舗は見事にそれを実現している。札幌を例にすると、あちこちに村が出現しているということだ。

しかし、札幌くらいの人口になると、ある程度仕方のない部分もある。だが、それをもっと小さな地方都市に置き換えると、もうそれは人間そのものの意欲の衰退となって表れてしまう。

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便利さだけを受けていると、消費者にしかなれない。何かを新たに生み出す生産者には決してなれない。色々なものを受け取って批評はできるが、決してその批評を基に自らが新たなるものを生み出すことはできない。

さぁ、街へくり出そう。そこには何かを創出しようとしている者がいる。それに巡り会えるかどうかは、あなた次第だ。小さな「村」で自己完結してはいけない。まだまだ知らない世の中の顔が街にはたくさんある。



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by jhm-in-hakodate | 2013-06-03 01:46 | 函館の街並・建物 | Trackback | Comments(0)
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