函館古建築物地図(弥生町13番)

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まずお詫びと訂正から始めなくてはならない。前回の「弥生町11番、12番」の文中で、船見中学校がグラウンドを含む広い敷地に存在し、船見坂はそこで途切れている、という内容の記述をしたが、いつも本ブログをお読みになっていただいているtoroさんからメールをいただき、船見坂は称名寺まで続いていたことを覚えているとのご指摘がありました。

そこで過去の函館地図を調べたところ、toroさんの言われた通り、船見中学校の校舎敷地とグラウンドは船見坂で分断されておりました。私も特に小学校時代そのグラウンドで度々遊んだ経験があり、見ていたはずなのですが、人間の記憶って(いや、私の記憶か)あてにならないものです。

お詫びして訂正をさせていただきます。toroさん、大変ありがとうございました。
しかし、基本的には住居表示は、建物が存在する場所に固有に付けられるものですので、グラウンドのように空地と同じような場合は隣接する建物のある所に属されることもあるので、グラウンドに住居表示があったかどうかについては再度調べてみたいと思います。
緑の島のように、建築物が公衆トイレくらいしかない所でも住居表示が設定されている場所もあるので、両方の可能性を探ってみたいと思います。

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さて、弥生町13番だが、前述の昔の函館を調べたついでに、第二次世界大戦時に空襲を受けた弥生町の地域を調べてみたら、函館市の「函館市の土地区画整理事業」という記録の中でこの13番が空襲の被害にあっていなかったことがわかった。ちなみに被害を受けたのは、先般ご紹介した9番、10番、11番、12番と、これからご紹介する14番、15番のようだ。もちろん全ての家屋が破壊・焼失したわけではないため、これらの地区でも残っている建物はある。

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そんな被害のなかった13番であったが、ここは魚見坂と船見坂に挟まれ、南西側(坂上側)が旧西小と向かい合う一帯だ。空襲の被害がなかった割には、古建築物と呼べる建物は少なかった。

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そうなると筆者も不安になる。見落としているのではないか?
これはこれからも続く不安である。

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(撮影日:2013年7月2日)





このシリーズでご紹介する建物は以下の基準で選択・掲載しています。

1.新築年は戦前以前と思われるものとします。ただし、全てを調査するのは困難ですので、基本的には建築様式などで筆者が主観的に判断します。実際の建築年と異なっていたとしても一切の責任は負いません。
2.外壁・屋根などが現代のものに改装されていても、建築様式が前記に当てはまると判断した建物は掲載します。ただし、外観に建築当時の痕跡が無く、明らかに現代のものに改装されているものは除きます。
3.基本的には1棟1枚の写真としますが、建物の規模が大きい場合には2枚掲載する場合があります。また、長屋などはまとめて何戸かの写真を掲載する場合があります。
4.ご覧になった方に先入観を持っていただきたくないため、その建物の肩書(景観形成指定建築物、伝統的建築物、あるいは建物にまつわる物語など)は一切添付いたしません。どうかあなたの感性だけでご覧になってください。

5.写真の過度な編集は行わず、実物に近い状態の写真を掲載します。ただし、筆者の感性でモノクロにした方がいいと判断した場合は、自分に従います。
6.基本的には○○町○番を一括りとして掲載します。枝番(○号)までは掲載しませんので、気なった方は地図を片手に現地を歩いてみてください。
7.本ブログ右側にある「カテゴリー」をクリックしていただきますと、このシリーズだけをご覧になることができます。また、「タグ」ではさらに各町だけに絞ってご覧になることができます。





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by jhm-in-hakodate | 2013-07-28 00:30 | 函館古建築物地図 | Trackback | Comments(0)
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