貧困

貧困_a0158797_023050.jpg

まずお断りしておきますが、いつものことですが写真と本文とは関係ありません(笑)

貧困。この言葉ですぐにイメージするのは、食べるのがやっと、一歩間違えるともう死ぬしかない、という経済状況にある状態が一般的だと思われますが、ここでは少し広い意味で、その字の如く「貧しくて困っている」という状態を指すことにします。

こう書くと、「それは自分のことだ」とかなり多くの方が手を挙げるでしょう(笑)私もすぐ手を挙げます。
さて、どうして貧困は起きるのでしょうか?
理由は簡単です、富の偏りです。まず心理的な分野での説明をしますと、仮に皆が同じレベルでの収入であったとしたら、たぶん誰も自分が貧困だとは認識しないと思います。誰を見ても似たり寄ったりですので、それが普通だと思うでしょう。
しかし、一部の層に収入が集まり、その他の層との収入の乖離が大きくなると、低収入の人々は相対的に貧しいと感じることになります。実際、それなりの収入がある人たちが購入できているもの、旅行に行く場所、泊まるホテル、食事している店などを利用できなかったりすると、より自分が貧しいという認識を得ることでしょう。
それなりの収入というのは、決して高収入という意味ではありません。日本の平均年収をちょっとでも超えたら、「それ以外」の人々の数は、現在の日本においては、相当な数となるでしょう。それほど収入層の偏りがあると思われます。

貧困にいる人間が同じような境遇の周囲を見て、日本の総貯蓄残高が1000兆円もあると実感できるでしょうか?私も想像はできても実感はできません。それが心理的に感じる「貧困」です。

貧困_a0158797_9451329.jpg

次にお金の流れとという点を見てみましょう。
私が偶然知ったあるタクシードライバーの収入(手取り)が5万円ということでした。その方の出勤日数がどれほどで、どれだけ仕事に対しての努力をしたのかまでは不明ですが、労働基準法云々という以前に、もうこれはレベルが違い過ぎる話です。けっこう収入がある人でも10万円程度という話もしていました。

バブルが崩壊して、日本全体が金を使わなくなった時、自民党政権は次々と規制緩和を実施しました。その中で、タクシー業界の新規参加の基準も緩和すると、ただでさえ利用数が減少しているマーケットの中にタクシー台数が増加したらどうなるか、誰でも簡単に想像できますよね。
単に不景気・デフレということではなく、貧困者を産む構造ができた、ということです。

では、誰が得したでしょうか?当然タクシー会社の経営は安泰ではありません。函館市内でも吸収合併された会社はいくつかあります。そうです、経済が疲弊する中救われたのは自動車製造業です。これが貧富の差を大きくする社会構造です。

そのようなものは、「競争原理」によっても産まれました。例えば、公官庁の民間業務委託。確かに「お役所仕事」で専門性もないのに提供しなければなないサービス部門での「経費」に見合わない質の仕事は問題で、それは民間委託によって改善されたものは多くあります。この部分だけ見れば素晴らしいことだと思われるでしょう。
ですが、この民間委託、契約期間が定まっており、それが終了すると競争入札という形で行われます。もちろん入札の際にはプレゼンテーションによって仕事の質も問われることとなるのですが、現在委託されている民間企業が選外となった時、当然その業務に就いていた者は解雇されることとなります。
もちろん競争入札ですから、高い委託料は期待できません。それは人件費に反映されます。そのような低収入で働いていた人間が解雇される。
これは雇用不安を増長されますよね。

貧困_a0158797_1025843.jpg

では、次に実力主義。

例えばあなたが頑張って仕事をして高収入を得たとします。それは素晴らしいことです。頑張ったのだから、それに対する報酬があって然るべき。確かにその通りかもしれません。
でもちょっと考えてみてください。世の中全体の金(国民総生産)が増えていない中、あなたの収入が増えるということは、誰かの収入が減るということです。単純な足し算と引き算です。あなたの成功は誰かの失意を増長させているのです。最悪の場合、あなたは高収入の副産物として自殺者を作り出していることになるのです。
本人の本意ではないにしろ、結果的に成功者というのは貧困者の屍や苦悶によって初めて成り立つ称号なのです。

ところが困ったことに、世の中の論理や施策というものは、けっこう金に困っていない人が創り上げていることが多いのです。色々な人の考えを聞くと、この人がもし低収入であったなら同じことが言えるのかな、と思われる発言がたくさんあります。そのような人たちが社会の最前線で働いているのを見ると、世の中は何も変わらないとではないかと失望する人も多いでしょう。結局、どうせ自分が何を言ってもどうしようもないのだ、という諦めが世の中に蔓延します。

本来、そのような人々の声を吸い上げることができるのがSNSであるはずなのですが、残念ながら日本においてはそれが実現できていません。それどころか、特にfacebookでは真逆の方向に向かっているような気がします。
さて、私たち貧困者はどうしたらいいのでしょうか?みんなで考え発言していかなければならないのは当然ですが、その時、経済を疲弊させ貧富の格差問題を抱えている某国の論理を持ち出しても仕方ないのは誰でもお分かりでしょう。




いつもお読みいただきありがとうございます。日本ブログ村北海道風景写真ランキングに参加しました。
どうか二つのクリックお願いします。(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 写真ブログ 北海道風景写真へ

by jhm-in-hakodate | 2013-10-23 10:59 | 社会・経済について | Trackback | Comments(0)