10を目指すから5ができる

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イチローが世界記録(日本寄りの認識)を達成した。
その際にインタビューでこんな内容のことを話していた。
「ずっと僕は人に笑われる歴史だった。大リーグなんか行けないだろう、行ったら首位打者になんてなれないだろう。そんな悔しさをバネに頑張って来た」要約するとそんな内容だった。

私も、イチローの自分への厳しさには足元にも思わないが、それと似たような気持ちで今まで生きて来た。大学を中退した私は、きちんと卒業した人たちに比べて決していい条件での就業ができないことはわかっていた。だから就職すると、まず仕事が最低限のレベルまで早く達するよう努力した。しかし、その時、実は頭の中だけではもっと上のことを考えていた。そうしなければ、低い目標を達成するとそこでの安堵感でレベルが止まると思っていたからだ。
もちろん私は天才ではない。少しだけ何かをやってみて、一人前の領域に達することはまずない。就職して華々しいデビューを飾ったことは一度もない。本当の底辺の一社員からスタートしていた。

だが、頭の中ではもっとレベルの高い仕事ができる自分を常にイメージしていた。何千万・何億という取引があっても動じない空想上のシュミレーションはは行っていた。それと並行して、目の前の仕事をひとつひとつクリアすることを心がけていた。

私はその繰り返しをずっとやって来た。そして、ある年齢の時にこんなことを思いついた。「大抵の仕事は努力だけで一定レベルまでに必ず達する」

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特別な専門知識が必要な仕事を除いては、仕事というものはそのようにできているものだ。しかし、どれだけ誰からも認められるプロになろうという意識を持たないと、そこには達成しない。10を完全なプロだとしたら、5までは努力だけで誰でもなれるものだ。
だから目標は高く設定しなければならない。

話をカメラに移したい。
私は誰でもがそうであるように、とりあえず「いいな」と見えたものを何も考えずに撮り始めた。そのうち、もっとましな画像にしたいと考え始めた。そこでカメラの機能を色々調べた、その次にモデル撮影をしたいと思うようになった。私にとっての写真の究極の被写体は人間だと思っている。だから人が撮りたくて仕方なくなった。
私は男性ですから、被写体は女性がいいと思うのは自然なながれで、そこまではいいのですが、いざ女性を撮りたいと話をしてもOKしてくれる人はほとんどいなかった。
たぶん、写真を始めたエロオヤジだと思われたのかもしれない。まぁ、それも仕方のないことだ。

最も象徴的な出来事があった。私はある女性の取材で、写真を撮らせてもらおうとした。ところが、その女性はメディアに載るのはみんな断っているんです、との返答があり、まぁそれなら仕方ないか、本人のプライバシーも大切にしなければならないだろうから、とご本人の写真は撮らないことにした。

それからしばらくして新聞を見るとその女性が何かのイベントの告知のために取材を受け、モロニ自分の顔写真が掲載されていたではないか。私は正直、「あの人はそんな人なのか」という否定的な考えを持ちそうになった。しかし、それでは自分はそれ以上のカメラマンにしなれないなと思い直した。

女性に撮らせてと言って、撮ってもいいよ、と返事をもらえるカメラマンになろう、そう心に決めた。おかげさんで、私に撮られることに協力的になってくれる女性が増えた。とてもありがいことだ。
でも頭の中では、実際に撮った写真よりもはるか上質な写真を撮りたいと思っているから、撮らせていただいたとしても、満足はしていない。それは被写体の問題ではなく、私自身の問題だ。

だから、いつも目標は高い所に置いている。それ故にどんなに撮っても、これてせいいというものは一つもない。でも、だからこそまた写真が撮りたくなるのだろうと思う。ずっと繰り返しです。

まぁ、そんなわけで、これからも同じように、10を目指してやっと5ができるという状態が続くでしょう。それは仕方のないことです。そして、写真展が終わったら、また絵を見に行きたいと思います。


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by jhm-in-hakodate | 2016-06-20 00:07 | その他雑感 | Trackback | Comments(0)
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