細胞は意思によって変わる

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38年前、私はある仮説を立てた。

それは「細胞は意思によって変わる」というものだった。

その当時私は科学を研究していたわけではない。勉強していたのは精神分析であった。しかし、突き詰めて考えていくと、そのような仮説に至った。
その理由というものは素朴な疑問からだった。人間というものはどうして文字というものを発明し、衣服とというものを発明し、家屋というものを発明し、仕事というものを発明し、現代で言う人間社会を作るようになったか、というような疑問を持ったからであった。

人は文明というものを創作し(あるいは創作せざるを得なくなったのか)、今の姿で社会を作り、人間という動物としてひ弱な生命を維持し、世界で最も主導権を持ち、また、厄介な存在になったのか。

色々調べてみると、ダーウィンの進化論には相当な無理があるという疑問を持った。その生物がある環境の中で適応していくために「姿や機能」を変えて行った。そしてされはまるで突然変異てぜ行われたかのような説明が当時あった。
「突然変異」これほど科学者にとって逃げ道になる言葉はない。原因が究明できなくなったら「突然変異」で生物が変わったと説明できれば事足りるのだから。もちろん、その当時の理論ではそれ以上の説明ができなかったのかもしれないが、私には到底納得できるものではなかった。
なぜなら、一定の環境の下でその環境に適応するために体が変化するのであれば、その一帯の生物はみんな同じ形をしていなければつじつまが合わないからだ。
深海の水圧が高い海底で生き延びるためには、全てアンコウのような形になっていなければつじつまが合わない。
矛盾がかなりある。

その矛盾を解決する仮説が、「細胞は意思によって変わる」であった。
例えば魚類では、あるものは自らの身を守るために海底の砂と視界的に同化して他の生物に気付かれないようなして、じっと食料となる魚を待つという方法を選択して生き延びようとした。細胞の意思の中で。そのような選択を行い、その医師に適した姿となった。
あるものは見つかて戦いになったら相手を殺すような毒を持つことが最も自らを守ることができる、だから相手を殺せる毒を体外に出そう、という体のシステムをもとうとした。またあるものは、どうせ体長は小さいのだから、大きな魚と共存共栄できるように寄生して生きる道を選んだものもあるだろう。

 例を挙げればかなりの長文となってしまうが、人間のましてとても身近な日本人を例えて言うと、日本人の脚の長さは、世代が新しくなるほど長くなる。それを、食生活の変化によるものだという説を唱える方がいますが、そのような根拠であれば、同じものを食べた人間は全て脚が長くならなければ矛盾する。ちっとも科学的ではない。
 これを私の仮説では、明治維新以降、外国人と多く接するようになった日本人の中に、「あんなかっこいい長い脚になけれたら」という願望が無意識の中で芽生えて、残念ながら本人はもう無理だが、その願望の情報は細胞にしっかりインプットされ、新しい命が母親の胎内で形成されている途中にその願望の意識が細胞を通して伝達され、その細胞情報が細胞分裂して人間の体を形成する際の「こんな体にならなければならない」というメッセージを与えているのではないか。
だから、食べ物が原因ではなく、「私も長い脚を持った人間になりたい」という意思情報を無意識のうちに植え込んだ細胞から新たに誕生する命に伝達するのではないだろうか。

というのが私の仮説であった。
だが、私は化学者志望でもなかったし、もちろん実験もしなかったし、あくまで精神分析を勉強したうえでの、「疑問を明快に説明できる理論」はこれしかないと考えたのでした。この仮説を当時何人かに話してみたが、理解や興味を持ってくれたのはごくわずかの人で、ほとんどは進化論よりの考え方であった。
もちろん、仮に私の仮説が正しかったとしても、当時の私には何のメリットもなかったし、お金が入って来るわけでもなかったし、私は個人的な妄想なのだろうとずっと思って、この話題すらしなくなってしまった。

しかし、わずか40年弱ではあるが、化学はよりコアな部分に達し、細胞はメッセージを送っているというips細胞の存在が明らかになると、なるほど、私の仮説もあながち全く別の方向をむいたものではなかったのだという、変な自信を持つこととなった。
意思も重要なメッセージのひとつだ。そのメッセージが細胞を通じて次の世代に伝わる。これは何も矛盾することではない。

つまり、私が38年前に立てた仮説は私には全く何の利益を及ぼすことがなく、たぶん立証されることになるだろう、という将来を予見している。
まぁ、その時代にインターネットがあって私がブログをやっていたら、きっとその話もしていたと思うけど、結果が出てからこのような話をしてしまっても、またまた、単なるつぶやき以下の話にしかなりませんが。
まっ、そんなことより、写真集刊行の段取りを進めなければ・・・・・。



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by jhm-in-hakodate | 2018-03-24 00:37 | その他雑感 | Trackback | Comments(0)
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