碧血碑から教えられたもの

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今月発行されたpeepsに柳川熊吉のことが書かれていた。
柳川熊吉に関しては、碧血碑の傍にある「柳川熊吉翁の碑」の解説板にあることしか知らなかったため、その人物像の一端が窺えて大変参考となった。そこで改めて先日碧血碑を訪れてみた。かなり昔、このブログで碧血碑のことを取り上げようとして訪れた時以来である。

その記事にも書いたかもしれないが、私が碧血碑を初めて知ったのは30代半ばの時だった。今のようにネット情報などもない時代の中、何のきっかけで碧血碑の存在を知ったのかは記憶にないが、碧血碑は私の考えを変えるきっかけを作ってくれたものだった。当時私はこれからどのように生きて行ったらいいのか、その方向が全くわからなくなっていた。ただ、その日をとりあえず生きているという、ただ生存欲だけでかろうじて命をつないでいたような日々を送っていた。逆に言うと、自分ではいつ死んでもそれも当然だろうという気持ちでいた。

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そんな時、この碧血碑と出会った。そして、この碑が作られた経緯を知り、自分がこんなに歴史が詰まっている函館で生まれてきたことになぜか意味を感じた。この意味は第三者から見ると特別意味のある事とは思えないであろう。函館で生まれた人間は数多くいたのだから。私だけに与えられた特別な意味とはならないと人が思うのは当たり前のことだろうと思う。だが、自分の中から何もかもが無くなりそうになっていた私にとっては、それは自分がこの世に存在する意味をかろうじて見出すことができるきっかけとなった出来事だった。

自分が育ったこの街で戦争があり、徳川が完全に終わり、その後北海道で最も豊かな(あるいは全国的でも)都市となった街を幼いころから自分が歩き回っていたと思うと、自分と函館の間に何かで繋がった気がした。

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そんなことを碑の近くにある東屋から市街地を眺めながら考えていた。今、その場所からは市街地が木々の枝葉で見えづらくなっている。自分の記憶が変わらないまま、時間と木々の成長が現代に向かっていたのだった。

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そんなこともあり、私が函館の歴史に関心を持った最初の出来事がこの碧血碑であった。函館の歴史を語る貴重な痕跡は、特に西部地区の普段気が付かない場所に、まるで探し出した者にだけしか教えてあげないよ、といわんばかりに密かに佇んでいる。

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by jhm-in-hakodate | 2018-10-24 22:37 | 函館の歴史 | Trackback | Comments(0)
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