今私に何ができるか?今あなたたちに何ができるか?

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明日、74回目の終戦記念日を迎える。と同時に対外的に戦争を行わなかった日々が74年間続いたということになる。
今では戦争がない日常が当たり前のようになっており、また、一応民主主義によって得ることの権利を私たちは享受している。それはとても幸せなことなのだ。しかし、そういう自覚を持っている人々はどれだけいるだろうか?

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先日の参議院選挙で投票に行かなかった部下の女子社員にどうしていかなかったのか尋ねてみた。それは家庭全体として選挙に行くことが慣習的になっていなかったという理由であったと環境的な原因だと答えた。
それに対し、私は頭ごなしに社会人としての責任回避であるなどのもっとも論的な話をしなかった。社会人なのだから行くべきだというような話をしても若い人には面倒くさい感情を与えるだけでかえって逆効果にとれないかもしれないと思ったからだ。
そこで私が話したのは、こうやって政治家を選挙で選ぶことができるのはとても幸せなことなんだよ。世界には独裁政権国家がいくつもあり、その政権に対してNoと言えたくても言えない国民がたくさんいる。そういう国でクーデターなどで政権を民主主義推進派が得たら、国民選挙を行うと投票率90%以上になった国もあったんだよ。その国民は自分たちで国のリーダーを選ぶことができるという環境になったことにとても幸せを感じていたはずだ。なぜなら、それまでは言いたいことがあっても何も話せず、ただ奴隷のように政府に従っていたのだから。だから、せっかく投票ができるという権利を得たことを無駄にしたくなかっただろうし、せっかく与えられた権利なのだから行使したいと思うのは当然のことだろうし、国民にとっては幸福なことだった。

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彼女が本当に納得してくれたのかどうかはわからないが、ともかく私たちは一国民に様々な権利を与えられ、それを享受している。それでも色々不満はでるだろう。すくなくとも特栽国家よりはずっとましであることには違いない。ところがそれが当たり前になると、与えられている「幸福の権利」はすっかり忘れ去れてしまっているのが残念な現実だ。

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現在、東アジア情勢は各国の思惑が交差し、複雑に絡み合って予断を許さない方向へと向かっている。色々な原因はあるだろうが、そのひとつの原因となっているのは名本政府の対応であろう。日本政府を批判するわけではない。仮に批判して野次を飛ばしても警察に連行されてしまうような国になったのだから、一抹の不安は払しょくできないが、まだ手段を変えると正当に主張することは、私たちには可能だ。

まだ「権利」というものがしっかいり機能している時に、わたしたちは何ができるのだろうか。そしてあなたたちには何ができるのだろうか?
もちろん大きなことは個人レベルではできないにしろ、自分が持っているフィールド中「平和」に繋がる繋がる行為はできるのではないだろうかない。
明日終戦記念日を迎える。

平和が日常的になっている日本の現在。多少のことが国際的な場面で怒ったとしても>起こったとしても、いつまでもそう大きくは変わらないだろうというのは、あまりにも短絡的すぎる。そのような考えを持っしまっている、終戦記念日前夜の一国民であります。



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by jhm-in-hakodate | 2019-08-15 00:24 | | Trackback | Comments(0)
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