母なる山と山麓地区

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青柳町電停近くから谷地頭方面を見る。函館山が目の前に迫り、いつも厳粛な心持になる。

函館にとって函館山は母なる山である。
なにしろ函館の街が始まったのはこの山の麓であったし、函館を「函館」と意識できる人間にとってはこの山を見て暮らすことは空気を吸うくらい当り前のことなのだ。また、その山の加護を受けるかのように作られた麓の街、すなわち西部地区もまた母なる地域である。

ちょっと大袈裟に書いたが、この地域を歩き続けると、そう表現したくなる気持ちになる。
私はよくカメラを肩に掛け西部地区を2~3時間散策する。(冬期は根性がないため車か短時間の散歩になるが)それだけ歩けば当然足腰に疲労が来るが、気分だけは一向に萎えない。持久力のある肉体を持ち家族サービスの遂行義務がなければ、1日中でも歩ける。時にはベンチで休み、時には喫茶店でお茶を飲み、時には博物館や文化施設に立ち寄りながら朝から夕方まで過ごせる自信がある。

こんな街はそんなにない

以前住んでいた新潟県上越市(特に天地人で有名になった旧高田市地区)の寺町や古い町並みが残る本町・仲町などの見ごたえのある所でもそんなに長く歩けなかった。長期出張した長崎でも静岡でもそんな気になれなかった。
何故だろうか?
正直、上手く言葉では表せない。言えるのは、この地域を歩くと時間がゆっくり流れ、その流れの大きさにじたばたする気が全くしなくなるということだ。心が穏やかになり、行き交う老人の歩く遅さが、人間の本来の歩くスピードであると自然に思えてくる。それに逆らって歩くことは冒瀆であり、生き急ぐ人間には母なる山の加護を受けれらなくなるぞ、と忠告されるようである。

やはり上手く表現できなかったが、嘘だと思うなら1日の予定を無くして、静かに気ままにこの地域を歩いてみるといい。何度かそれを繰り返すと私の言いたいことも少しはわかってもらえるかもしれない。
by jhm-in-hakodate | 2010-02-02 23:09 | 函館の街並・建物 | Trackback | Comments(2)
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Commented by てっちゃん at 2010-02-03 20:40 x
小5~中2までをこの地域で過ごした私です。
>函館を「函館」と意識できる人間にとってはこの山を見て暮らすことは空気を吸うくらい当り前
・・・その通りです。
函館に帰ると、まっさきにその姿を探してしまいます(^^ゞ

私も函館を出て、いろんな街で過ごしました。
また、いろんな歴史ある街も訪ねました。
函館の西部地区に流れる、ゆったりとした時の流れは他にはないものです。
先回帰省したとき、つくづく感じました。

この街並みがなくならないことを、切に願います。
Commented by jhm-in-hakodate at 2010-02-04 19:30
昨日、旧友と会い久々に昔話やら函館の話をしました。
てっちゃん様と同じように彼も函館を出て今は埼玉に住んでおりますが、同じように函館の街並の良さ・文化性の高さに愛着を持っておりました。また、時々帰省すると街の変化を顕著に感じると話しておりました。函館出身者が思う函館への思いは、函館リピーターが持っているものに似ていると思います。両者の想いが幻滅に変わった時は普通の観光客も激減する時でしょう。