2011年 02月 21日 ( 2 )

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懐かしさを感じさせる商店のショウウィンドゥ。

タイトルの町はもちろん松川町である。
幕末に函館に渡来し、主に土建業で活躍した人物だ。五稜郭公園の土塁の築造は多難だったようだ。一度積み上げた石垣が、一冬越すと崩れ落ちることが何度もあったそうだ。
この工事に使用する物資を輸送するために造った道が、本ブログで「旧幕府軍の道」と呼んだ、現在の海岸町1番から始まり、途中で高砂通りを経て五稜郭へと続く真直ぐな道路だ(参照、旧幕府軍の道(1)旧幕府軍の道(2))。
この道は、松川弁之助が私財を投じて造り上げたそうだ。当時は「松川街道」と呼ばれていたようだ。

また、松川は海岸埋立工事にも尽力し、現在の豊川町・大手町の海岸の埋め立てたのであった。つまり、現在ベイエリアと呼ばれている海岸の半分は彼の埋立工事の成果として残されているわけである。

松川弁之助は、今の新潟県三条市の出身である。彼の函館での活躍で、後に丸井今井の今井藤七氏や堤商会・日魯漁業の堤清六氏が函館に移住するきっかけになったと言われている。
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松川町は、新しい建物を探すのが難しい。特に幹線道路から住宅地に入るとそれが顕著となる。
この町も変わる「理由」がなかった町なのだろうか。古い老舗と思われる建物が当り前のように、景色の中に溶け込んでいる。

市営住宅も、まるで昭和30年代の映画を観ているような気持ちにさせるものだ。そして、この松川町と同じように古さを残しているのが、隣の万代町である。いずれ、万代町の建物等もご紹介したい。
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この地域を歩いていると、歩くのもおぼつかないご老人と何度もすれ違った。

本日、ハコダテ150+のスタッフ日記に、映画「海炭市叙景」のトキさん映画の中で住んでいた町を歩いたリポートを投稿した。ここでは、そのリポートの肝心な部分を少しだけ掘り下げて記してみたい。
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この町には広大な空地がある。決してアクセスが不便な場所ではない。国道5号線付近という少し古めかしさを感じさせる地帯ではあるが、ここまで廃屋が点在するだけで、寂しさ以外の何も感じさせない町になるべき位置にはない。

この地帯の建物は、皆ただ死を待っているだけだ。再生はされない。それには理由がある。この一帯の建物は借地の上に建っているからだ。借地は通常、建物を建てるための賃借権で関係が成り立っている。
つまり、建物が土地上に無くなると、賃借関係は終了し、その権利は消滅するのが通例となっているだ。また、建替えをしようとすると、借地となる対象物が変更になるために、更新料ないし新たな権利金という形でまとまった金が必要となるか、建替えを拒否される。ある意味で地主は、借地人の生活を左右できるだけの権利を有していることとなる。

たまたま、玄関先にいたご年配の女性と話をすることができた。女性は長年この地域に住んでずっと町の移り変わりを見てきたという。
そして、ある廃屋を指差し、「あの家なんか、突然いなくなったままそれっきり誰も帰ってこなかった。地代だってずっと払っていないみたいだし」と語った。「でもね、この家も自分の代で終わりだよ。娘がいるけど、娘は、お母さん、私は借地は絶対嫌だからね、と言って、土地買って家を建ててしまったからね」
つまり、その家も、主を失うと、また廃屋の仲間入りをすることになるということだ。
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函館の歴史において、ある時期までは、借地は市民にとって有効にその機能を果たしていたと想像される。昔は今のように一般市民がローンを組んで土地建物を購入することはできなかった。売買は現金でなければ成立しないことがほとんどであった。そのため、せめて土地は借地を利用してそこに建築するという手段を取るのが精一杯であったと思われる。それでも、とりあえずは「自分の家」に住むことができたのだ。また、不要となった土地や、金が必要となった土地所有者は、財産のある大地主に自分の土地を買ってもらっていた。土地を購入できる者は限られていたからだ。
そこで大地主の所有地は拡大し、借地の賃料だけでも生活が充分できるようになったと思われる。その時代は互いのニーズに充分適っていたのだったろう。

だが現代は違う。土地を所有するのは当り前になり、銀行もその資金を融資してくれる。借地は、今となっては敬遠されるものとなってしまっている。
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函館旧市街地から郊外に家を建てて移り住む者の中には、借地に住んでいた者も多く存在する。これが空洞化の原因のひとつになっている。

函館市長選・市議選が近付き、立候補予定者の方々の考えを知る機会が増えている。どの者も、西部地区や駅前・大門地区活性化・再構築を「公約」のひとつに挙げる。だが、それは函館の“アンタッチャブル”に手を付けなければ解決しない部分が大きい。

いつまで私達は、虚しい空地を眺め続けなけければならないのだろうか?


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