2011年 12月 05日 ( 2 )

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住吉町の海岸。

以前投稿した記事、「社会の消費者」と似た内容になってしまうが、今の世の中、切れて文句を言った者がなぜか有利になってしまう世の中だ。
日常的な消費の中で、クレーマーとならない程度の苦情であれば、企業はまず陳謝の方向で話を進める場合が多い。顧客対応業務をしていると、そう感じることが時々ある。

ちょっとしたことで苦情を言い、それが通らないと仕舞いには切れる。そんなパターンだ。きっと読者の中にもそんな人を対応した経験があるだろう。苦情を言うことが多い人間にはある共通点がある。それは、「自分はこんなに真面目に生きている一般市民なのに、こんな酷い目に会わされる、なんて悲運の人間なのだろう。悪いのは奴らだ」という思考回路を持つ人たちだ。
違った言い方をすると、自分を省みることがなく、常に相手の落ち度を探して攻撃する傾向の人間だ。そういう人たちは、そのような思考回路に従わなければ自我の危機に瀕する。自分が壊れていくかもしれないという危機感を持ち、必死になって苦情を叫ぶ。

もちろん、過去の歴史の中で、企業が苦情がないことをいいことに、やり放題やって儲けようとして、一般庶民を欺いたケースもたくさんあった。だから消費者は企業に対して懐疑的になり、常にチェックをしなければ不安になってしまう習慣がついたと言えるかもしれない。だからどっちもどっちだとも言える。
別のパターンであるが、みなさんご周知のように、産婦人科の医師が減少しているという。常に24時間仕事に臨まなければならないのに、ミスを犯したら裁判沙汰になる。割が合わないから医師希望の学生は、産婦人科医になることを避ける。ますます医師が不足する。すると仕事が過酷になる。人間誰しも過酷な環境下ではミスも起こしやすくなる。するとまた訴訟が起こる。それが嫌で産婦人科医希望者がいないくなる。そんな悪循環になっているのが現状だろう。

人の命という大切な問題であるため、簡単に苦情ばかりと言い切ることは決してできないが、私には人が互いの首を絞め合っている気がしてならない。互いを責め合い、互いにストレスを与え、だが、生きて行くためには笑顔で接しなければならない。このような環境から脱出できなければ、人は鬱になる。世の中全体も鬱状態になる。
そんな時、はっきりものを言う人間は好意的に受け入れられる。小泉純一郎がいい例だ。政策の良し悪しではない。きっぱりと言う姿に好感を持ったのだ。日本社会は世界とも連動する部分も多いため、全てが小泉の所業とは言わないが、彼の時代に格差社会が拡がったのは確かだ。つまり、言ったもん勝ちの時代でもあるわけだ。

切れたもん勝ち、言ったもん勝ちの世の中。
理想は、仕事は使命感で、消費者は、例えばスーパーで間違って商品に触れ、陳列棚から落としてしまったら、最低元に戻すくらいのマナーがある。そんな人間たちであれば、きっと切れればいいというわけではない、言えばいいというものではない、ということが常識になるだろう。もし日本を再生させたければ、そんなことも見直してみる必要があるのではないかと思う。

*コメントをくださった方々、コメント返しはもう少しお待ちください。


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