2014年 09月 02日 ( 2 )

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8月31日午後11時40分、別れを告げる時がついにやって来た。

その前に千鶴子さんからお客さんへの最後のご挨拶があった。

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その後店内に「また逢う日まで」が流れ、店にいた者たちが大合唱した。
そうだ、これで終わるわけではない。まだ続きはあるのだ。だが、これを機に退職することになった成田さんは感極まって目頭を押さえた。

そして、北大水産学部の寮歌なのか何かは忘れたが、アルバイトの方々が合唱した。そうだ、ここのアリバイとは水産学部の学生が歴代務めていた。切っても切れない関係だ。

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すると隣にいた高校の同期生が函館中部高校の校歌を歌い始めた。私の母校でもあり、元子さんの母校でもある。

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今まで何度もシャッターが閉まるまで飲んで元子さんと一緒に帰ったことがあったが、この時はシャッターを閉める場面を見たくなかった。それは私たちにとって永遠に閉じられるシャッターだからだ。

さぁ、杉の子を目に焼き付けよう。

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そしてまた逢う日まで、金粉入りのシャンパンで最後の乾杯だ。

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杉の子物語と言っても、私は語れるほど杉の子に通い詰めたわけではない。
通い始めたのはここ4~5年のことだ。店の長い歴史から見ると、ほんのわずかな期間だ。
だから、世間一般の方々が読んでためになるようなことは書けない。あくまで自分が知り、感じ、思った自分との自分たけの物語を少し話そうと思う。

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杉の子に生まれて初めて行ったのは、中学2年の時(1972年)だったと思う。当時は昼間の営業もしていたようだ。写真上の故泰郎マスターの息子と同級生だった私は、彼と大門で遊んだ(確か映画を観に行ったと記憶している)後に、彼に連れて行かれてこの店に入った。
その時は彼のお母さん(千鶴子大ママ)がカウンターの中におり、青いソーダ水をご馳走してくれた。ちょっと薄暗く、正直言って、子供の来る所ではない(笑)と感じたし、また、この店の素晴らしさを知る由もなかった。ただ、同級生の親が経営している店。そんな存在でしかなかった。

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その千鶴子さんの言葉で今でもはっきり覚えていることがある。
それは、彼の家に遊びに行った時のことだった。今で同級生と映画の話を色々しているうちに、(年齢的にそろそろ関心を持ち始めた)ポルノ映画を観に行こうかという話になった。もちろん大真面目ではなかったが、その会話を聞いた千鶴子さんがこう話した。

「ポルノ?そんなのつまらないから他の映画を観たら?」

衝撃的に素敵な言葉だった。普通の母親であれば、「まだ子供なんだから、そんなの見るんじゃない」と叱るのが定番だったからだ。千鶴子さんに叱りたい気持ちを抑えている雰囲気はなかった。
学校の他の同級生の間では、彼の両親の子供になりたかったという者がけっこういた。私もその気持ちがよくわかった。

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その同級生が生まれた年に杉の子は誕生した。
広く知られていることだが、その年泰郎さんはキャバレー経営に失敗し、1200万円(北海道新聞では1000万円となっていたが、元子さんは1200万円と言っていた)もの借金を抱えていた。今のお金に換算すると何億になるのだろうか。そして、新たな子供が生まれた。

そんな四面楚歌のような状況の中、杉の子をオープンさせた。もちろん貧乏であったはずだ。だから店のマッチのデザインも印刷屋さんに頼むのではなく、千鶴子さんが書物を切り取ってマッチ箱に貼りつけ、その上に手書きで店の名前を書いた。それが冒頭のマッチだ。オープン当初のものということだ。

今では、博物館に飾ってもいいほどの貴重なものだが、当時はそうするしかなかったのだろう。

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泰郎さんと千鶴子さんは、家に行くといつもにこやかに出迎えてくれた。そして彼の部屋で遊んでいると、東京の大学から帰省したお姉さんと時々会った。それが元子さんであった。内心、凄くきれいなお姉さんだなと子供心に思っていた。

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高校を卒業して、私はしばらく函館を離れ杉の子で飲むことはなかった。
しかし、40代後半だったろうか、行こうというきになって一人でいってみたら、千鶴子さんは大喜びをしてくれた。私のことももちろん覚えてくれていた。
それから、千鶴子さんが引退して元子さんが経営者としてカウンターに立ってしばらくしてから私は通うようになった。そこでとても中学生ではわからない杉の子の良さを知った。

それは、父泰郎さんが娘元子さんに教えた言葉がきちんと伝わっていたからだろう。

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昨夜、最後の挨拶をするために駆け付けた千鶴子さんと話した。
「昔は友達の親の店というイメージで見ていたけれど、今では普通に素晴らしいみせだと思っています」
すると千鶴子さんは、「きていただいたお客さんがみんないい方たちばからりだからこうなったんですよ」
私は速に返した。
「いえいえお父さんお母さんがいい方だから人が集まったんですよ。

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