2019年 04月 04日 ( 2 )

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樋口一葉が小説を書きたいと思ったある人の一言があったという。

樋口家は一葉の父や兄が役人でだったこともあり、それなりに裕福な家庭であったという。しかし、先に兄が、続いて父が亡くなると一家は極貧の生活を強いられることになった。当然住まいも貧しい人々が暮らす下町に移らざるをえなくなった。そんな日々の中で、まだ「お嬢様気分」が心のどこかに残っていた一葉に、長屋の老婆のある一言に衝撃を受けたという。


老婆「つらいねぇ」

一葉「えっ、何がつらいのですか?」

老婆「馬鹿だね、生きるのがに決まっているじゃないの」

その後、しばらくしてあの有名な奇跡の14ヶ月が始まったという。




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私は20代初めのころまで、自分が考えたことを言いたい放題話してきた。その話の内容は、その時点では間違いなく正しいと思っていたし、それなりの根拠もあった。例えばたまたま親しくなった人を洞察し、その人の潜在的なものが影響する欠点・困難などを指摘することもできた。それはある程度(絶対とは決して言えない)的を得ていたと思うし、そもそも私の考え方の根源的な考え方ができたのもその時期であった。

そして、私の話はけっこう的中していた。それ故に、私が頭の中に浮かんだものは「後から証明される」かたちで世の中の現象として現れて来た。
つまり、私が頭に浮かんだことが、世の中の現象として多くの時間をかけ現実のものとなっていたのです。まぁ、こんなことを話せば、おおよその見方としては「思い込み」「ナルシスト」と批判されてしまうのがオチになるでしょう、それが世の中の常であると思いますから、「意外と自分は凄いんだよ」ということは極力避けていました。
でも、不思議なことに、ずっと世の中を見ていたり、仕事をしていると、ある言葉やある数字がどことなり突然頭に浮かんでくるのです。
もっもと顕著だったのは、ある本州の地方都市の支店を任された時、「さて、この支店を経営ベースの売り上げにするためにはどうしたらいいか」と思いを巡らせていた時、ぱっとある数字が頭に浮かんできました。それはその街の主力産業の企業からの受注(契約)が14社になったら、この支店は経営上存在価値を示すことができるのではないか、ということでした。
こんななことを言うと変な宗教の誰かさんと同一視されるかもしれません、ずっと考えているとなぜかある時、根拠もない数字がすーと頭に下りて来るのです。まあ、それは私の経験からくるものなのかもしれないので、それはそれとして、日々仕事をしていたら、支店としての経営的分岐売り上げ(支店としてこれからも営業可能な最低売上)を達成した時、「ぁっ、最初にイメージで目標として14社との契約は知らないうちに達成していた」と振り返ることができた。

まぁ、それはそれとして今はこれでも言いたいことをかなり抑えてこのブログでも実生活、仕事でも控えめにして人生を送っています。でも、そのまま人生を終わろうと思っているわけではありません。たぶん社会との接点もなかり減少し、「しがらみ」や「忖度」を考えなくても、あるいは「もうそんなものどうでもいいや」という時期になりましたら、支持する人と非難する人が両極端に分かれてしまうような意見を述べることになるでしょう(その時まだ生きていた、あるいはまだPCで文章を書けていたのなら)

でも、20代前半までは「言いたいことを言った」ために軋轢もたくさん生じて来たし、そのためなのかどうかはわからないが、暴力をうけたことがあったが、そのことについては別の記事で詳しくお話ししますが、少なくとも「直接的な言葉で」で相手を気付付けないように、じっと我慢をしてまいりました。
どうしてそのような人間になったのか、近いうちにお話ししましょう。


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