2019年 07月 30日 ( 1 )

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えー、60年も生きていますと、色々な人を拝見させていただいたり、お付き合いさせていただき、色々なことを気付くわけで、今回のタイトルのようなこともある時からずっと教訓として私の中に細々と存在しているわけです。
成功者と失敗者いう言葉を使いましたが、何が「成功」なのか、何が「失敗」なのかというとはっきりした定義などないわけですので、この言葉自体が誤解を招くものです。例えば、社会的には名声を得て、経済的にも満たされいるけれど、プライベートでは孤独感で救いを求めている人、という方もいるでしょう。仕事のために家庭を壊してしまった方もいるでしょう。反対に何をやっても仕事がうまくいかないけれど、とても理解のある家族や友人に囲まれていて、精神的に満足している方もいるでしょう。

ですから、断定的には言えないのですが、ここでは、成功者は「その道で為すべきことを成した人」、失敗者は「一時期だけ評価を得たが、その後は落ちぶれた人」という意味合いとして使い話してまいります。

まず成功者は、基本的に謙虚です。いわゆる威張っているとか、威圧的であるとか、そういう人はそういません。なぜこういう人を成功者と呼べないかと申しますと、そういう方は、人間関係の中で自分の立場をより上位にするために、相手を「見下す」ことによって事をスムーズに進めようとするからです。相手がその威圧にに負けて従ったら、本人は「成功した」と思うでしょう。しかし、その人がやったことは人間関係で上位に立ったことだけであり、何かを為したわけではありません。
成功者は、常に上を目指していますから、どうして自分は今以上のことができないのだろうか?自分が自信を持って行った事が、実は間違いなく失敗であったのではと反省したりしていますと、人に対して大きな態度はとらないものです。
実際にそのような人はたくさん拝見しております。おごることなく、過去の失敗を教訓に常に上を目指している。その結果が「その道で為すべきことを成した人」になりえるのではないかと考えます。

今夏の甲子園の地方予選が盛んですので、野球を例にとってお話ししましょう。地区予選で優勝し代表として甲子園に出場できるようになった。それはとても素晴らしいことですし、大変名誉なことですし、出場校の地元は大いに盛り上がるでしょう。そうです、その地域にとっては甲子園出場校の選手はスターになったのです。しかし、これで満足した人はそれまでです。地方大会よりもハイレベルな甲子園で勝ち上がるためには、相当の技術力と精神力が必要となります。そういう舞台で、出場だけで満足した人は実力を出すことなく、敗れてしまいます。甲子園で勝ちあがったチームはハイレベルなチーム同士の戦いを余儀なくされます。地方大会とは雲泥の力の差を見せつけられるかもしれません。そして、甲子園で勝ち残ったチームはからはドラフト会議で指名を受けることがよくあります。で、めでたく入団。ここでもそうですが、プロ野球選手になることだけが目標だった人はそれに満足して1軍のレギュラー選手になることができないかもしれません。そのレギュラー選手の中でも、とびきりの実力を発揮した選手だけが高額所得を得、大リーグから注目され世界最高の舞台で挑戦を続けます。

そうです、上を見たら気の遠くなるような果てしない先まで到達しなければなりませす。そこに辿り着くためには失敗を克服する努力が必要となるでしょう。だから謙虚に上で括約している人々から教訓を得て、努力するわけです。しかし、もう既に地方大会を勝ち抜いただけで満足してしまった人たちは、、それ以上にならない可能性があります。結局1回戦ないし2回戦で敗れる結果が待っています(もちろん、全てがこの方式に当てはまるという訳ではありません)。
それでも甲子園出場を果たしたら、それはもう地元のヒーローです。中には、甲子園出場をいつまでも得意げに話す人もいるでしょう。それがここでいう「一時期だけ評価を得たが、その後は落ちぶれた人」であるのです。

経済界に置き換えますと、それまでパッとしなかった業績が、あることをやったことによって急激に売り上げが伸び、あちこちから注目を浴びた、という方もいます。
そういう方の一部は、セミナー講師として全国あちこちの会場でお金をとって自分の成功談を話すのですが、私はそういう話を聞くたびに、人に教えるよりも自分でその事業を拡大して世の中にその会社の素晴らしさが黙ってても知れ渡るくらいにした方がいいのでは、と思うのです。そんなに素晴らしいノウハウを持っているのなら、是非そうすべきだと思うのです。
結局、成功が一時的だったから、そうしたのか、もうそれ以上の「その道」を追わなかったのか。理由はわかりませんが、そういう方のお話を聞いてもあまり心に響かないものです。人間、自分という存在に不安(どう見られているだろう、怪しく思われていないだろうか?)を感じている時は、自分が評価されるかもしれない自慢話を多くするものです。みなさまもそういう人に出会ったことがあるでしょう。(有名な)誰々を知っているとか、本当はたいしたことをしていないのに何々に関わったとか。

残念ながら函館に多いのは後者の方です。函館だけで自分の「位置」が確立できればそれで満足。そういう方を多く見受けます。

さて、こんなことを偉そうに話している自分はどうなのか?これから奥入瀬で一人ぽっちになって見つめ直したいと思います。






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