2019年 08月 15日 ( 2 )

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今年に入ってから自分でも信じられないくらい一眼レフでの写真撮影をしていなかった。なぜなのか、その理由を一言で言うと「面倒くさかった」になる。もう少し詳しく離すと、重たいカメラとレンズを首からぶら下げて、さもさも撮りますよ、という具合に構えてファインダーを覗く行為そのものが自分にとっても重く感じていた(重量もですが)もし撮りたくなったらサッとコンデジでスマートに撮ればいい。そういう日々がづっと続いていた。
そのおかげで約半年間、撮ろうと思って一眼レフを持ち歩いても実際に撮影するということはなかった。

だからと言って、自分ではスマートに撮っているつもりのコンデジの写真が納得できるものかというとそうでもなかった。このような経過説明を省いて結論だけ言うと、はっきり言って自分は下手くそになったということだ。久し振りに一眼レフを持っても、コンデジを持っても、きちんと写真に向き合っている気持ちが伝わる写真にはならなかった。

そう、ちょっと面倒くさがり、格好つけているうちに、全く面白くもなんともない写真ばかりを撮るようになってしまったのだった。その重っ苦しい悪循環は、本当に私にはカメラが必要なのかどうなのかという自分への疑問にまで変わっていた。しかし、自分からカメラを取ったら、何のとりえもないただのオヤジになってしまう。カメラで自分なりにやれることがまだあるのではないかと、大いに反省し、撮り始めた頃の「人からどう見えてもいい。いい写真が撮りたい」という気持ちを少しだけ思い出して、昔の定番撮影コースであった、ベイエリア・元町・緑の島辺りをずっしり重たい、EF70-200㎜ f/2.8 IS Ⅱ USMというレンズ〈よく記者会見などで見かけられる長い白っぽいボディのレンズです)首からぶら下げて撮ってみた。格好よく撮ろうなんて考えずに。

ベイエリアは、日本人や中国人と思われる人々がそれなりに多く歩いていた。

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家族連れの若いカップルも目立っていた。

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不思議とレンガ倉庫の前に車が停まると絵になるんですよね。

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新しくできたこのイタリアンレストラン、まだ行ったことない・・・・。

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たまにはこんな写真も。

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二十間坂の角にあるピンクビルディングの店舗の一部が変わっていた。

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そうそう、変わると言えば、ついにこの建物も解体されて新しい建物が建つような噂話を聞きましたね。素敵な建物が建つことを期待してやまないです。台風が近付いどんよりとして曇り空だったため、色彩的には冴えませんが、また、地道に地道に写真輪撮り続けようと思っています。格好など気にせずに(笑)





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明日、74回目の終戦記念日を迎える。と同時に対外的に戦争を行わなかった日々が74年間続いたということになる。
今では戦争がない日常が当たり前のようになっており、また、一応民主主義によって得ることの権利を私たちは享受している。それはとても幸せなことなのだ。しかし、そういう自覚を持っている人々はどれだけいるだろうか?

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先日の参議院選挙で投票に行かなかった部下の女子社員にどうしていかなかったのか尋ねてみた。それは家庭全体として選挙に行くことが慣習的になっていなかったという理由であったと環境的な原因だと答えた。
それに対し、私は頭ごなしに社会人としての責任回避であるなどのもっとも論的な話をしなかった。社会人なのだから行くべきだというような話をしても若い人には面倒くさい感情を与えるだけでかえって逆効果にとれないかもしれないと思ったからだ。
そこで私が話したのは、こうやって政治家を選挙で選ぶことができるのはとても幸せなことなんだよ。世界には独裁政権国家がいくつもあり、その政権に対してNoと言えたくても言えない国民がたくさんいる。そういう国でクーデターなどで政権を民主主義推進派が得たら、国民選挙を行うと投票率90%以上になった国もあったんだよ。その国民は自分たちで国のリーダーを選ぶことができるという環境になったことにとても幸せを感じていたはずだ。なぜなら、それまでは言いたいことがあっても何も話せず、ただ奴隷のように政府に従っていたのだから。だから、せっかく投票ができるという権利を得たことを無駄にしたくなかっただろうし、せっかく与えられた権利なのだから行使したいと思うのは当然のことだろうし、国民にとっては幸福なことだった。

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彼女が本当に納得してくれたのかどうかはわからないが、ともかく私たちは一国民に様々な権利を与えられ、それを享受している。それでも色々不満はでるだろう。すくなくとも特栽国家よりはずっとましであることには違いない。ところがそれが当たり前になると、与えられている「幸福の権利」はすっかり忘れ去れてしまっているのが残念な現実だ。

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現在、東アジア情勢は各国の思惑が交差し、複雑に絡み合って予断を許さない方向へと向かっている。色々な原因はあるだろうが、そのひとつの原因となっているのは名本政府の対応であろう。日本政府を批判するわけではない。仮に批判して野次を飛ばしても警察に連行されてしまうような国になったのだから、一抹の不安は払しょくできないが、まだ手段を変えると正当に主張することは、私たちには可能だ。

まだ「権利」というものがしっかいり機能している時に、わたしたちは何ができるのだろうか。そしてあなたたちには何ができるのだろうか?
もちろん大きなことは個人レベルではできないにしろ、自分が持っているフィールド中「平和」に繋がる繋がる行為はできるのではないだろうかない。
明日終戦記念日を迎える。

平和が日常的になっている日本の現在。多少のことが国際的な場面で怒ったとしても>起こったとしても、いつまでもそう大きくは変わらないだろうというのは、あまりにも短絡的すぎる。そのような考えを持っしまっている、終戦記念日前夜の一国民であります。



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