カテゴリ:函館の現状について( 235 )

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連休に北陸に行った人からの話だ。帰函が連休終盤に偶然なり、利用したのは東北北海道新幹線だった。関東地方で乗換え、新幹線で函館に向かったそうだが、ずっと満席だった新幹線は八戸でどっと降り、新青森駅を時点で函館まで向かう車内はたったの3名しかしなかったそうだ。

私は仕事柄旅行は平日にするため、同じような光景を目にしても「今日は平日だからな」と半ば自分にその理由を言い聞かせるように納得していた。しかし、このゴールデンウィークに同じような現象がみられるとなると問題はちょっと異なってくる。

この度、JR北海道が運賃の値上げを決めた。累積赤字がかなりの額になったためというのがその理由らしいが、「新幹線効果」があちこちで期待を込めて騒がれていたのは、やはり開業間もない頃だろう。だいたい観光客はなるべく早くに移動して、その日のうちにある程度函館を見て回ろうという計画を立てると思う。自分だったらそうすると思う。だから比較的早い時間の新幹線はそれなりの乗車率があったかもしれない。でも、函館からどこかに旅行をして帰って来るという数、つまり連休終盤の函館に戻って来る地元市民の数は恐ろしく少ないという事実がわかってしまったのだ。

つまり、函館には多くの観光客が訪れて来てくれるが、その恩恵を受けている函館市民は自ら新幹線に乗って旅をしないということだ。
せっかく北海道新幹線ができたのに伴い、青森や十和田湖、奥入瀬、白神山地、岩手・宮城のリアス式海岸、中尊寺、そして東日本大震災の被害地等々、私たちが目にすべきものはたくさんあるのだが、(たぶん)どこにも行っていないのだろうな、ということが安易に想像されます。

函館にはたくさんの旅行客が来て欲しい。それによって函館という街に落ちる金は変わってくる。収入という点ではだ。ところが、函館市民はあまり青森には行かない。あるていど金は欲しいけど、こちらから金を使いたくないという、「収入一辺倒」という考えが定着しているようです。また、本州に旅行をするとしても、施設(東京ディズニーランドやUFJ、ライブイベント等々)という一点の目的が中心で、それを基準とすると、旅の過程はほとんど無くなる。点から点への移動でしかない。
だから手っ取り早く飛行機を利用することになるし、上空を通過する東北地方などには立ち寄るプランさえ考えない方が多いのではないかと想像する。

旅は目的地も当然大切だが、その過程で偶然目にするその地方の風景・街並・料理などもプロセスを楽しめない人々にとってはどうでもいい話となってしまう。
別に東北の観光だけを推奨しているわけではないが、せっかく新幹線でたったの2時間から3時間程度で北海道では知りえない風習や景観を体感できるのに、函館市民は残念ながらそれをやらないように数字が示している。

私がいつも心にしていることは、「自分は生まれて来て60年も生きているのに、まだ日本のことを全然知らない」ということだ。それが私の旅心をくすぐり、時々日本地図を眺めてしまう。
せっかくこの世に生まれて、それがたまたま日本という国で、地域によって風景や慣習や料理などが違っているのに、それを知らずに死んで行くのはもったいないような気がするのは私だけでしょうか?青函トンネルを挟んで向こう側には、ディズニーランドなどはないけれど、私たちが社会を考える上で参考になる場所は山ほどある。いつも神戸に行こうじゃないかという話ではないのだ。1泊二日で隣の地方のその地域の独特のもを体感できる機会を函館市民は作っていないだけだと思います。

リアス式海外の普段の穏やかな海や、その海が突然大津波となって街を襲った傷痕や、移民によってできた北海道に住む自分のルーツの場所を見つけたり、北海道に伝わらず現地に残ったままの料理を食べたり、私たちには体験して決して損にはならない体験を、青函トンネルの先にはいくつもある。それを函館市民は選択していないだけではないかと思う。
たぶん今年も私は奥入瀬にいくと思う。しかし、ホテルをどこにとるかによって私の旅は変わる。同じ目的地への旅行でも楽しみ方は何通りでもある。
函館市民はもっと未踏の地に知ることができるはずなのだ。それに気付くと、連休終盤の新青森~新函館北斗間の乗客が3人程度しかいないということはありえなくなることでしょう。





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ある時、ふと思ったことがある。
それは、函館のオシャレなカフェに、普通に年配者がお客さんとしている、ということ。

函館市民にとってはそれが普通であるため、ほとんど意識したり、考えたこともないかもしれないが、他の街ではちょっと違う。もちろん私も全国各地のカフェを歩き回ったわけではないので断言はできないが、少なくとも札幌ではあまり見かけない光景なのだ。実際、札幌でそれなりにオシャレと言われているお店のお客さんは、だいたい30代くらいまでがなぜか多い。私もそういうお店に函館感覚でお気楽に入っていくのだが、周りを見回しても、私と同じような年代を見かけたことはほとんどなかった。
私は普段と変わらぬつもりでいても、何となく周りの雰囲気がちょっと違う。

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この写真を撮ったお店、cafe D'ici の店主さん(札幌居住経験あり)も同じ感想を持っていた。札幌ではあまり見かけないと。そして、年配者も若者も関係なく来ていただけるのはとても嬉しいとも。それを望んでいたとも。

札幌はどういう経緯なのかはわからないが、年齢別に「住み分け」ができているような気がする。もちろん年齢関係なく様々な年代層のお客さんがいるお店もある。だが、そういうお店は、コンセプトも店内の雰囲気もそれなりになっている場合が多く、特段「オシャレ」とは言えないお店が多い。若者が好奇心を持って行くお店は、違った角度で見た場合、我々年配者はきっと入りづらいのだろう。

きっと、それは珈琲の歴史が、札幌より函館の方がずっと昔から定着していたからではないからと思っている。明治初期から、当時高価で一般市民の生活の一部にはなりえなかった珈琲が、函館では当たり前のように普通の人々が飲んでいたと言われている。珈琲はとても身近で、だから時代とともに喫茶店からカフェなどと呼び名が変わっても、近くにあるちょっと雰囲気のいいお店に気楽に入っていける。きっとそんなものなのではないか。
私は思う。

でも、これから函館以外の街に行ったとしても、いいおじさんが函館と同じようにふらりとオシャレなカフェに立ち寄ったりするかもしれない・それは現地の人にしてみるとちょっと驚くことなのかもしれないが、函館では普通な光景なのである。そういう意味で、函館はカフェ文化としては他の街よりも成熟しているのかもかもしれないし、それが函館のやさなのかもしれない。




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さて、今年もランチパスポートのシーズンを迎えました。このシーズン、私にとって昼食をとろうとする時、きちんと調べなければならないとても面倒くさい時期であります。その理由は昨年もお話ししましたので、何度もしつこく書くつもりはありませんが、昨年題材となったお店には、その後ほとんど行かなくなりました。

さて、ランチパスポートに色々文句ばかりつけても仕方ないので、これは面白いのではないかと思いついたのが、ランパスのランチを1000円に統一するというアイディア。ランチパスポートのHPによると、「通常700円以上するランチを、本を提示すると500円になる」というのが謳い文句であるのですが、この500円という金額によって、掲載店やメニューなどに疑問を多く持ってしまう原因を作ってしまっているのではないかと思っています。
例えば、同じような料理を通常料金で食べてしまった者からすると何となく面白くない(それが美味しい料理でしたら、ランパス買っておけばよかったと思うのですが、そうではない料理に例えば700円も支払ってしまうのは納得がいかない)、掲載店の大多数が(全部とはいいません)日常的に行ってみたいと思うような魅力的な店ではないこと、そして500円でも採算が採れるように料理を改悪しているところもある等々で、ともかくいいイメージはありません。
ランパスを利用したいという方は、どの店でもいいからともかく安くたくさんのお店に行ってみたいという、「美味しいお店を探したい」という食べ歩きのモチベーションとはちょっと違うものが動機となっていると想像されます。
余談ですが、函館に戻ってから色々な人に美味しい店はどこかと訊いて、試しに行ってみると、「美味しい」とは味のことではなく、「安くて量がたっぷり」のことを言うのだとわかるまでに1年くらいかかりました。味は料金・量の次の三番目に大切なことなのだとわかりました。しかし、実際に安くて量があるものに、美味しさを期待してはいけないものです。それをある程度バランスよく成り立たせたのがラッキーピエロですが、でも、私の歳になるとラッキーピエロのあんかけ焼きそばは注文する気になれません。もっと量が少なくてもいいから、もう少し(贅沢は言いません。もう少しでいいのです)料理の質を上げたものを食べたいというのが本音です。

結局、私は今年もランチパスポートを買うことはないでしょうし、参加しているお店を避けて昼食をとることになると思います。でも、もしランパスのランチが1000円だったら、私はちょっと興味を持つかもしれません。普段は1200円~1300円するランチを1000円で食べることができたら、それは嬉しいことでしょうし、あるいは、通常食べやすい料金として700円~800円の価格設定していた料理をグレードアップして食材をよくしたり調味料も高級なものを使用したりして、そのお店の料理のポテンシャルを表現するということでしたら、是非一度買って今まで行かなかった所にも行ってみたいと思うでしょう。

この1000円という料金、もし通常価格に戻ったとしても、同じく美味しいものを食べることができるなら、1200円~1300円になったとしても納得がいくでしょう。また、通常の700円~800円に戻ったとしても、あれより安いのだからこれくらいは仕方ないよねと納得できるでしょう。
私個人としては、1000ランチのパスポートであれば興味をそそります。でも、たぶん販売冊数は激減するでしょうね。なにしろ、ランチパスポートを利用したい方々の目的は「安く、色々なや店に行ける」のであって、本当に美味しいお店を探したいというのとは異なると思うからです。でも、もし、1000ランチが好評を得たとするなら、函館の人々の料理に対する味はもっとうるさくなるでしょう。
それは、その先の函館の食文化にもつながることになるのですが、うーん、今はまだ難しいのでしょうか。





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30年以上前、千歳空港から東京行の飛行機に乗ると、(極端に言えば)2人に1人は「白い恋人」か「六花亭」の紙袋を携えて機内に搭乗していた。
北海道に来たらこれをお土産にするとみんなに喜んでもらえるから。あるいは間違いのないものだから。とりあえず失礼はないだろうから。理由は個人によって異なるでしょうが、それはびっくりしてしまう光景でした。
今でも、先日見たテレビ番組では、日本の中でお土産人気No.1がRUTAOでNo.2が白い恋人だとか。これは北海道の中のランキングではなく全国のランキングだった。

そう、私も旅の帰りにご当地のお土産を考えると、けっこうそれだけで時間だけではなく精神的にロスをしてしまうことがある。
そんな時、〇〇に来たら、何はともあれ、これは定番でしょう、というものがあると助かる。
もうすっかり慣れた味とはいえ、仙台に行ったら必ず私は「萩の月」を買うルそれは二十代の頃、お土産でもらった萩の月を初めて食べた時、衝撃が走ったからだ。こんな美味しいお菓子がこの世にあったなんて!

それ以来、仙台のお土産=萩の月という公式が私の頭の中に出来上がった。
このようなインパクトを与えると、それを造った人たちが住んでいるその街のイメージもなぜか良くなってしまう。これは多くはないかもしれないが、私だけではないだろう。
しかし、函館には残念ながらそのようなお土産スイーツがない。全くないという訳ではないけれど、たぶん函館の観光客は、「迷わずこれ」というものには出会っていないだろうと思うし、とりあえず函館という名前がついているお菓子を買って行けばいいだろうという認識ていどなのではないか。

では、なぜ函館にはそのようなネームバリューのある土産用スイーツがないのか、話し始めるととても長くなるので、シリーズとして数回に分けて述べてみたいと思っています。それは、函館の人の気質の上に成り立っているものだからです。





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中国人観光客の方々へ。

ようこそ函館へ!中国ではあまり見かけない街の特徴を持つ函館を、どうぞ充分ご堪能ください。
美味しい海の幸もたっぷり召し上がってください。そして、帰国したら、是非函館という街は素敵だったよと近い人にお伝えください。
函館はあなた方を歓迎しています。

でも、ひとつだけお願いがあります。

どうか、車道に立ったまま写真撮影をすることは、絶対にやめてください。
たまたま、大きな事故がないからまだ運がいいと済ませているのですが、車を運転する身としては、あなた方の行動はとても危険です。車が近付いても気にする様子も全くなく、自分の撮りたいシチュエーションに身を置き撮影をすることは命よりも大切なのことですか?
もちろん、私も状況判断をして減速したり回避したりしますが、何かの理由で車が制御不能となった時、あるいは日本人的な感覚で道路を走って「まさか車道上に人が立って微動だにしない」ということを想定できになかった時、起こってはいけない交通事故が発生する可能性が確実に上がります。

私たちも、せっかく来ていただいた観光客が交通事故に会ってほしいなどとは全く思っていませんし、自分たちがその加害者になりたいなんて全く思っていません。
ですからお願いします。本当に本当に大変危険ですので、車道に立ち止まって写真撮影をすることは決してしないでください。
素敵な写真を撮る方法は他にいくらでもあるのですから。

安全な旅をして、函館のいいところだけ想い出になさってください。そして、また函館に来て、「安全に」観光をしていただきたく強く希望しています。

どうかどうか、よろしくお願いいたします。
旅は生きて祖国に帰ってこそ楽しい思い出になるはずなのですら。
奇特な方は,これを中国語に訳してお伝えください。

函館に住む人間として、せっかく来ていただいた大切なゲストに傷を負わせたり、命を落としたりしてほしくないからです。




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いつものことながら、写真と記事は関係ありません。

さて、日常的に目にする函館市民の「ちょっと困った習慣的な行動」について、少しだけお話ししてみる。

まず銀行のATM。今日のような給料支給日には、けっこうな数の行列ができる。これは仕方ないことだと思う。みんな給料をもらうために働いていたのだと思うし、その支給日となればATMが混雑するのは当然のことであると思う。だが、その中でちょっと困ったことがよくある。一人で1台のATMを長時間占領している人がいることだ。
えっ、そんなの当たり前と思っている方もいるかもしれませんが、大都市部の混雑しているATMでは、数回の取引を行ってもまだ用が完遂しない場合は、一度ATMの前を離れ、最後尾に並び直して再度続きの手続きを行う人が度々見られる。
しかし、函館でそのような並び替えをした人を今まで一度も見たことがない。気配りがないのか、自分さえよければ他人の都合などどうでもいいと思っているのか、延々と5分以上「占領」している人を、特に金の動きが集中する日には目立つ。
ATMの操作がスムーズにできない高齢者は仕方ないとして、それ以外の長時間占領者は、例えば必要以上にゆっくり車を走らせ、後ろに何十台もの車を引連れて渋滞を起していることを何とも思わない人と同じように、他の人の「時間」を奪っているという意識が皆無なのだと思う。とにかく自分の用を済ますことが最優先、つまり自分ファーストの発想しかできないのではないかと民度の低さに困ったな、思うことがあります。

次に運転。

ひとつめは、信号のない交差点の優先道路がわかっていない。誰でも自動車学校で勉強したと思うのですが、「止まれ」の標識のある道路とそれがない道路の交差点での優先通行権は標識がない方にあるのですが、その道路を走って来た人が、なぜか「止まれ」でもないのに一時停止をしてしまうのです。一方「止まれ」の標識のある道路側の車は交通ルール―を守り、優先道路の車が横断するまで待たなければならないのですが、優先道路の車が一時停止をしてしまうと、結局「お見合い」状態になり、酷い時は10秒以上それが続くことがある。
私は心の中で「こっちはルールを守りたいのだから早く行ってよ」と心で願っていても、相手は微動だにせず、結局お見合いが続くことになってしまい、ここでもお互いの人生の大切な時間を浪費してしまうことになっしまうのです(ちょっと大袈裟な表現ですが)
もちろん交差点で事故は最も多く発生しますので用心に越したことがないのですが、まず自分がどのような道路を走っているのかくらいは理解してほしいものです。

そういう意味では、一方通行。特に函館市役所の出口専用の駐車場から出る市道は一方通行となっていることに、しっかり標識があるにも拘らずそれを認識していない人々が多く存在するのではないでしょうか。駐車場を出ると右折しかできません。それは今説明した通り一方通行だからなのです。そしてこの一方通行路、楽々2台並走できるくらいの道路幅員があるので、車線はないけれど、実際2車線の一方通行道路となっています。
さて、この道を走る車で、一方通行なのになぜか左側を走り、次の交差点で右折をする車両があるのです。私は元々次の交差点で右折する予定の場合は右側(庁舎側)を走り、右側に寄って右折をします。それが普通の一歩通行の走り方であるはずなのが、なぜかそのように走っていると、並走している左側の車からクラクションを鳴らされたり、窓越しにジロっと睨まれたりしてしまうのです。
そのような方々は一方通行の左側から右折をしています。クラクションを鳴らしたいのはこちらの方なのですが、どうもその方々は一方通行であるという認識がないためなのか、右折する時でも左側に寄らなければならないと思っているのかわかりませんが、でも、考えてもみてください。片側2車線の同眼の左側車線を走っている車が、交差点に近付いたら右折のウィンカーをあげて交差点を右折することくらい危険なことはないはずです。それでも、クラクションを鳴らす方は、今走っている道路にどんな規制があるのか、きっとわかっていないのだと思わざるを得ない次第です。
駐車場の出口の向かい側にしっかり「一方通行」の標識があるのですが。

本当に函館市民の間では、ちょっと困った慣行があるようです。


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写真はSUQ+

もしも函館から西部地区が消えたなら、まず一番身近な問題として、私は函館に住まなくなるかもしれない。
後に残った市街地は、全国どこにでもある地方都市になってしまうからだ。もちろん、魅力度No.1の街などには程遠い単なる北海道の一都市にしか過ぎなくなるであろう。なぜなら、それ以外に大きな魅力がないからだ。

もしも函館から西部地区が消えたなら、仕事は大幅に減少し、現在の市民も他都市への移住を決断しなければならなくなるだろう。例えば、炭鉱が閉山した街のように、労働者は他の都市に移住し、その時、函館の人口は、私のいい加減な直感で15万人前後まで減少するでしょう。逆に言うと、道南最大の都市で集積機能があるというだけでかろうじて15万人くらい住んでいられるだろう、と思っている次第です。

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もしも函館から西部地区が消えたなら、それはもう、いつ死んでもいいくらい、心の拠り所が無くなるでしょう。



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厚沢部町・鶉ダムの岩肌。

<これは2012年2月から3月初めにかけて、私が函館市内の各地域の特性を考えて、将来こうなればいいという構想図を言葉で表したものの原文であります。当時は何日か置きに書いたりしていましたが、今回は全10章をひとまとめにお読みいただければと思い。再投稿したものです。文章は約6年近く前のものをそのまま使用しています。
今後函館をどうしたらいいのか、皆さまが考えるヒントになればいいと1章から最終章まで順番通りに通りに全てそのまま再投稿しました>

「中心市街地活性化」かーに関する記事の続きを書こうと、休日の今日、ゆっくりと函館市のHPを開いてみたら、新しい「函館市都市計画マスタープラン」を策定したとの新着情報を見た。そこでそのページを開いて読んでみるとびっくりした。
私がこのブログを開始して以来、一貫して訴えてきたことが、ほとんどそのまま「まちづくりの基本方向」と「まちづくりの方針」の現状把握と今後の理念として挙げられていた。もし疑われるのなら、本ブログを最初からお読みいただきたいが、それも大変面倒なことだろうと思うので、ここで私が訴えてきたものをまとめてご紹介したい。

1.函館市をコンパクトシティーに
 
 人口が減少する中、市街地の拡大は何の意味もなさないどころか、不必要な市街地拡大は単なる自然破壊にしか過ぎなくなる。また、人口減少は必要とされる家屋数の減少にもつながる。現状の市街地のままでも空地が散見するのに、このまま人口減少を続け、繁華街がいくつもあると、函館市は点在する村の集合体となってしまう可能性がある。つまり、函館郡美原村や本村や若松村のような規模に縮小してしまう恐れがあるということだ。
 これは大袈裟としても、少ない人口の割に広範囲に公共サービスを実施しなければならなくなり、人口減によって見込まれる歳入減の市の財政を大きく脅かす存在となる。

 それだけではなく、生活に必要な機能が分散することは、高齢化する社会に対応できないことは明白。もし現状のままこれ以上の高齢化社会を迎えたら、市民全員が高齢者のお世話を常にしていかなければならなくなるだろう。現在でも不便であるのに、今後はそれがより顕在化することになるだろう。

 この解決策としては、市街地のコンパクト化しかない。機能を極力集中させ、高齢者が利用しやすい環境を整えることが必要だ。そのキーワードとして「歩ける街」というものを、私は掲げた。歩いて楽しい街なのか、歩いて用を足せる街なのか。これが重要だ。
 大都市がなぜいつまでも大都市なのか?それは「歩ける街」だからだ。札幌がそのいい例だ。札幌はどんなに市街地が拡大しても、中心地は札幌駅前からすすきのの間である。近年は客足が大通から駅前に移ったようだが、それでもエリア全体としては不動だ。ここを中心として地下鉄で移動すると、各駅前もまた歩いてそれなりに最低限の所用を済ますことができる機能を有している場所が多い。

 これに対して函館は、車がなければ不便極まりない街となってしまった。それはなぜか?これは函館だけに現れている現象ではなく、どこの地方都市でも問題とすべき事柄なのだが、わかりやすく説明するために、函館の例をあげよう。
 それは、現在の都市計画が、人口も経済も地方自治団体の歳入も右肩上がりであろうという大前提に基づいたものだったからだ。その前提でできたのが産業道路周辺の街だ。その中心となっているのが美原地区だが、ここを中心として奥側に市街地が拡大していった。つまり、現在機能的に函館の中心となっている街は、前時代の思想による「まちづくり」だったのだ。

 「前時代のまちづくり」、つまり車での移動を前提とした街並だ。どこの都市も、それを基準に都市計画を策定していた。車のアクセスが街を発展させるという「日本列島改造」神話だ。これは、産業の発展という点では大いに貢献した。それは否定できない。だが、住宅地・商業地を交えたものまでにしたのが結果的に致命傷となった。
 車の移動に主眼を置いた道路と住宅地の整備は、機能の分散化を招いたに過ぎなかった。人口と経済がいつまでも右肩上がりであれば、いくつかの中心地ができても、それぞれの場所に機能を持たせることができたであろう。だが、それは地方都市では難題であった。
 人口減少が続く地方都市において、このような前時代の施策は、過疎化を加速させるに過ぎなかった。自分の目で確かめたいというのなら、北海道内や全国の各地方都市を視察してみるといいだろう。同じような現象が起きているはずだ。

 どの地方都市も、車が必要不可欠なまちづくりをしてしまった。その結果、大都市ほどの水準でもない収入の中で、車の購入・維持に占める支出の割合は当然高くなる。そうなると、その他に費やす金額は必然的に低くなる。街に金が回らなくなる。いっそう地方都市の経済は疲弊する。つまり、昔車好きの一部の若者が送っていた、「車に乗るために、食事はカップ麺で我慢する」という生活をしているわけだ。
 だが、人間は錯覚の生物だ。何歳になっても車を運転する生活ができるという思い違いを持っている。それを基準にできた「便利な場所」は発展した。それが函館では産業道路周辺の街だ。

 ところで、歩く街という観点で美原地区を見ると、例えば末広町あたりから20分歩くと、駅前・大門まで容易に辿り着くのに対して、美原の産業道路の交差点から20分歩くとちょうど昭和タウンプラザあたりに着く。末広町から大門までの間には、いくつもの金融機関もあり、市役所もあり、ちょっと道を外れると、気の利いたカフェもいくつもある。古い建物や風情を体に感じながら歩くことができる。では、美原出発はどうだろうか?最初に金融機関と亀田支所があるだけで、あとは荒涼とした風景の中を歩かなければならない。私は、どっちかを20分歩けと言われたら、何の迷いもなく末広町出発を選ぶだろう。車を中心として作られた道路は、産業道路に限らずただ苦痛なだけだ。そして、そこには何もない。ただ点として所々にちょっとまとまった商業施設があるだけだ。

 高齢化社会がますます加速するこれからの時代には、このような街並は「前時代の遺物」以外の何ものでもない。人間は正直だ。郊外型店舗の進出を抑えて、市役所周辺を中心に機能を集中させた伊達市は、僅かながらだが人口が増加している。つまり、高齢者の移住が増加しているということだ。
 歩いて日常的な用事を済ますことができる街こそ、これからの「便利な街」だということだ。

 次回に続きます。




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風力発電機と山々。江差町にて。

前回、現在の中心市街地と言われている美原地区を、「前時代の思想による街」と呼んだ。どうしてそのようになったのか。それは、車中心の道路整備によってできた街だからと述べたが、それによって歩けない街になってしまったのも流れとしては当然のことだ。また、その背景には、大型商業店舗が集まっており、それらが車で乗りつけて買物をすることが前提となっている施設であることも拍車がかかってしまった。
このような街並では、庶民が享楽できる店舗は育ちづらい。一番いい例が、飲食店だ。それも飲み屋さんである。歩けない街に酒を飲みに行くことは困難だ。私も最も落ち着いて酒が飲めるのは、自宅に車を置いて、車のことを何も考える必要のない状態になった時だ。だから、今も酒を呑むのは本町が中心となっている(個人的には大門で飲むのが好きだが)。札幌が大都市である理由のひとつは、いくら客足が衰えたとはいえ、絶対的存在として「すすきの」が存在していることにある。馬鹿なことを言うなと思われるかもしれないが、街の繁栄のためには「色々な意味」ですすきののような歓楽街が必要なのだ。また、カフェや雑貨店等の若者向けの店舗も然り。

つまり、美原地区は本来、週末に家族で車に乗ってまとめ買いなどをする、「郊外型店舗」中心の街であるべきだったはずなのだ。それがなぜか住宅地も兼ね備えた中心的存在になってしまった。これは衰退型地方都市の典型的スタイルである。函館がそのようになってしまったのには、単なる都市計画上の問題だけではない。旧市街地の借地問題や建築基準法上の許可が下りない道路、一個の宅地が狭小であるなど、現代生活にそぐわない要素が多くあったということも大きな原因だ。
そのため、ある程度の広さを持ち、自己所有できる住宅地が産業道路より山側に出現した。これによって土建業・建築業はある程度潤った。特に今の北美原地区の開発は広大なものなり、バブルが終わってからもなお、しばらくの間、函館の建築土木業にはその恩恵があったはずだ。建築土木業にとって、原野を道路や宅地などに変えることは将来の仕事を約束されたものだから、市街地拡大の都市計画はありがたいものであったに違いない。

ところが、今はというより10年以上前からそんな時代ではなくなった。少子高齢化が将来の課題として挙げられた時点で、都市計画も抜本から見直さなければならなかったのだ。これは全国的な課題だったのだが、函館もやっとその必要性を認めざるをえなくなってしまった。

さて、函館の中心を美原地区に据えると仮定しよう。そのために、高齢者でも歩いて買い物などができる街に変貌させる作業を行うことにしたとする。そのためには膨大な費用がかかるはずだ。街並の再整備や、今でさえ渋滞する交通網の整備のための、道路拡幅や渋滞解消のための新たな道路の敷設、公共サービス施設の移転など、高度経済成長時期に行った開発をもう一度行わなければならない。そんな金が函館市にあるのだろうか?

もうひとつの問題として、仮にそのように整備ができたとしたら、当然また市民の住居移動が始まる。旧市街地は今よりも廃れたものとなるだろう。特に若者が少ない西部地区は見るも無残な街並になるだろう。人が住まなくなった建物は朽ちるのが早くなる。また、街の中心が移動すると、当然夜景も変わる。正直に言って、昔見た夜景の方がきれいだった。どのような夜景か?函館山の手前側が明るい夜景だ。今はまだかろうじて夜景を売り物にできているが、街並が変わるとそれも大きく変わる。その時、観光に変わる主幹産業を構築することができるのだろうか?
もっと平たく言えば、「あんた、観光を捨てて何か市民が食っていける仕事を作れるのかい?その覚悟はあるのか」ということだ。
まさか今時企業誘致という前々時代の手法が通じるわけではないだろう。観光を捨てても市民が食っていける企業となれば、企業本体が大規模で、かつ二次的・三次的に裾野が拡がる産業が構築されなければ難しいだろう。今の函館にそのような企業・産業が誕生する素養はあるだろうか?

物事は全体的に考えなければならない。高齢化社会、それを支える金を産み出す産業、交通網、都市形成等々。観光もその他産業もという都合のいい選択はできないはずだ。そこまでの潤沢な金はない。私たち市民は覚悟を決めて、これからの市街地形成を考えなくてはならない。その岐路に立たされているのだ。

今日、実家に立ち寄ったら、父が雪掻きをしていた。実家に隣接する向こう3軒の家の住人が全て高齢者で、なおかつ、病気で動けないため、80近い父が自宅を含めて4軒分の雪掻きをしていたのだった。病気になっている高齢者たちは、全て父より年下だ。体がとりえの父は、整骨院に通いながらも4軒分の雪掻きを毎日やっている。休日だった私は雪掻きの手伝いをしてきた。
街並を考える時は、暖かい室内の机上で考えるのではなく、高齢者と一緒に雪掻きをして考えなければならない、と思っている。

次回に続く。




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ささきようすけ作品。「道南美術の21世紀」北海道立函館美術館にて開催中。

前回・前々回と美原地区を中心とする産業道路周辺の住宅地を否定的な論調で述べた。それに対して、お叱りとも言えるコメントをいただいた。断っておくが、私は特別に美原方面が嫌いであるとか、住民が嫌いであるというわけではない。ただ、美原地区が中心地化することに、函館の危機を感じてやまないからなのだ。
元々、今回述べようとしていたことに、その危機感も含まれていたため、まずそのことから述べよう。

今回の題材に対して数多くの方からコメントをいただいた。反対意見も多かった。それでこそある意味健全であると思う。だが、残念だったのは、前回私が述べた「観光に替わって函館市民が食べていける主幹産業をどうするのか」という問いかけに答えてくれた方は誰一人いなかったことだ。
街を整備して欲しい、利便性を良くして欲しい、などは消費者的発想だ。それでは、それを実行するための財源はどうするのか、税収を上げるためにはどうするのかという発想は置き去りにされている。国の税収と同じように、探せば無駄な支出は大いにあるだろう。だが、街を整備するという事業に要される金額はそのレベルを超えるところにある。その金をどうやって作るのか?また、今のままの都市形態を維持するにも金がかかる。人口が減り、高齢者の割合が高くなる将来、次第に要求のレベルが上がる市民の公共サービスを、減るであろう税収でどのようにカバーするのであろうか。それを補える、多額の法人税を納めてくれる巨大企業が誕生するのであろうか?

函館市の過去と現在と未来予測の人口を調べてみた。函館市のメイン市街地である、旧函館市(昭和48年、旧亀田市と合併した時の函館市)の、旧亀田市合併直後の昭和50年の人口は、約32万人であった。その頃、旧亀田市(主な地域は、富岡・美原・桔梗・中道・鍛治・本通・山の手・東山・昭和など)は、5万人強の人口しかなかった。ところが、住宅地の拡大によって、平成22年末には、約12万人が暮している。倍以上になったわけだ。ところが、函館市全体(戸井・恵山・椴法華・南茅部を除く)の平成22年末の人口は約約27.5万人しかいない。
これを何を意味するか?つまり、現在の市街地(戸井などを除く)は、約40万人以上が居住できる広さを持っているが、その7割にも満たない人口しかいないということだ。それが、平成47年には人口が19万人になるとの予測が発表されている。つまり、今の市街地の半分の土地は不要となるということだ。

これをもう少しわかりやすく説明しよう。かなり大雑把になるが、湯の川からの電車通りを函館港に向って万代町あたりで分けたとして、函館山方面でも、美原方面のどちらでもいいが、半分に人が全く住んでいないのとほぼ同じ状態だということだ。
もしこのような人口で現在の市街地を維持するとすれば、無人の半分の地域の道路の舗装の修繕や水道維持・下水の処理、ゴミの収集などを、誰も住んでいないのに行うのと同じことになるのだ。そうなると、公共交通機関などは、便数の増加などのサービス向上どころか、まだあるだけましという状態になる。恐らく減るであろう公務員は、その少ない職員数で、割合的に広くなった地域の公共サービスを行わなければならなくなる。当然公共サービスの質は低下するだろう。

これらを補うのがコンパクトシティなのだ。この考えは生産者的発想になるとわかるであろう。現状の社会を消費するという発想の下では、私の考えは、ネガティブだとか否定ばかりだとか思われるかもしれない。だが、どう思われようが来るものは来るのだ。今のままずっと暮していける可能性はかなり低いということだ。

さて、ここで言う消費者的発想とは、「現状の収入が続くと思い、より自己が受けるサービスの向上を期待し、社会に対して要求する」考えである。生産者的発想とは、「その消費を支えるために、経済的・社会的・地域的基盤を作る」考えである。この双方がバランスよく成り立っていれば問題ないのだが、今は、消費者的発想の方が世の中に幅をきかせているのが実情だ。だから国レベルでは赤字国債の発行を続けなければならないのだと思う。公務員の無駄遣いも、「自己が受けるサービスの向上」のためだ。

札幌のような大きな地域の中心地という役割が与えられている都市は、商業都市として成り立ち、消費者的発想が幅をきかせていても吸収できる部分が多い。しかし函館のような地方都市は、何かを生産していかなければ、衰退の一途を辿るだけだ。だから、市民は産業のことも同時に考えなければ、全体的な視野に立ったとは到底言えない。

とても残念なことだが、今の市街地を維持することは、将来的には困難だといわざるをえない。そのためには、市街地を縮小するしかない。市が今回発表した都市計画マスタープランで示した将来の市街地でも広いくらいだ。
では、街全体をどのようにコンパクにしたらいいか。次回はそのことを説明します。




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