カテゴリ:社会・経済について( 152 )

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昨日の報道で、今年のノーベル平和賞にコンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ氏とイラクの少数派ヤジディ教徒ナディア・ムラド・バセ・タハさんに授与されることが決定されたことを知った。最初の感想は、少なくとも一部に候補として挙がっていた中国の習近平国家主席と北朝鮮の金正恩委員長のダブル受賞やトランプ大統領でなくてよかったというのが正直な気持ちだった。
これらの者たちに賞を与えるのはあまりにも軽率であり、ノーベル賞の品格が下がると思ったからだ。(ノーベル賞の品格がどれほどのものなのか、ちゃんとしたことはわかっていませんが)

さて、今回の受賞予定(本人にも拒否をする権利があるため)の両者に共通しているのは紛争地において起きている女性への性暴力に対して行動をとった方々だが、この方々に対してではなく、受賞の理由などに少し疑問を持った。それは報道の表現の仕方なのか、本当にノーベル賞委員会がそう言ったのかはわからないが、「紛争地で兵士が行った性暴力という残虐な行為に対して・・・・・」という表現があった。
私はこういう言葉を聞くたびに疑問を持ってしまう。

人間にとって最も残虐な行為とは、どんな理由があろうとも、それは殺しである。戦争はそれを互いにやる最も残虐で非理性的な行為だ。人間が行う行為として最も愚かで絶対に許されないものである。しかし、国際法で戦争時における性暴力は戦争犯罪であるという内容の定義づけをしているようだが、これ自体が私にはよく理解できない。性暴力は戦争時であろうが平和時であろうが、犯罪であるという本質性には差がない。それを戦争時においてという状況設定することによって行為の種類が変わるとはとうてい思えない。

国際法には同じように「非人道的兵器」と定義しているものがある。私から言わせていただくと、人を殺すのに人道的・非人道的の差があるのか?ということだ。人を殺す時点でそれはもう「非人道的」行為なのだ。その殺し方を区別するのはおかしい。例えば機関銃の銃弾をかいくぐって最後は敵をナイフで刺して殺すとしたら「正しく正統的で人道的な殺人」になるのだろうか?

今回受賞した両者に対して異議を唱える気は全くない。私がいつもおかしいと思うのは、戦争はあって当たり前という前提で、そこで行われている行為の比較をしている「グローバルスタンダード」というものに対してだ。たぶん私はそういう意味での「グローバルスタンダード」を永遠に理解できないであろう





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今、安倍首相はトランプ大統領とアメリカの貿易赤字に関しての話し合いをしている。

もちろん皆さんご存知のように、アメリカの日本への輸出額に対して日本のアメリカへの輸出額の方が多いから、アメリカにとっての貿易赤字が発生するわけですが、私は、これは外交問題だとは思っていない。
ただ単純にアメリカ製品に魅力を感じないから買いたいと思わないだけだ。

外交問題にするよりも、もっと世界を魅了するものをつくれるかどうかが問題なのだと思うのですが、皆さんはどう思いますでしょうか?
いいものも作らずに力づくで売ろうとしても、「はい、わかりました。アメリカ製品を買います」という日本人はどれだけいるでしょうか?

それは、外交問題でなく、アメリカ国内産業の問題であるはずなのですが、うーん、それに気が付かないのでしょうね。
どこかの都市と似ていますね。



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ここ連日、森友学園の財務局の決裁書改ざん事件に関してのニュースが大々的に報じられていますが、どうも焦点を当てているのが買い残が事実か、政治家が関与しているのかという点ばかりで、それはそれで追及としては大切なことなのですが、なぜ、ある時突然財務省化書き換え前の文書を公表すると、今までの態度を一変したのか気付いていない方もいらっしゃるのではないでしょうか?

もちろん最初は朝日新聞のスクープによって書き換え前の文書があったという報道がなされたことが事の始まりだったのですが、それでも財務省や与党は色々な理由をつけてそれを認める方向の答弁を決してしていなかった。ところが、あるささやかな、スクープというほどのものでもない報道(一言)から事態が豹変したのでした。

それは、財務省が決して公開のこの字も口にしなかったが突然公開すると発表した何日前かの小さなニュース。それまで財務省は、文書は全て検察が押収しており確認できないというお決まりの答弁を繰り返していた時、大阪地検が、「ある程度捜査が進んだので、文書をお返ししてもいいですよ」とのコメントをしたのだ。
この一言で、事態は大きく変わった。返却された文書をまた隠して発表しなかったとしても、いずれ裁判で明らかになる。実際に改ざん前の文書は実在していたのだから、公表しないと、「文書は地検にある」という言い訳もできなくなる。地検からすると、ちゃんと返却したのだから、それを公表したらどうですか?ということを言いたかったのだろう。

財務局にはもう逃げ道は無くなってしまったのだ。時間稼ぎもできなくなってしまった。そこで、(想像では、もちろん財務省と政府が協議し)文書を公表することにし、その落としどころとして、佐川長官の首を差し出した。政府としても全ては官僚がやったこと、政治家・政府は関与していないという方向に無理矢理話を進めざるを得なくなってしまった、というのが本日までの流れだろうと私は推測している。

もともと、公務員の人事に必要以上に口出しし、自分の都合のいい人物を昇進させる安倍体制に少なからずとも、役人側にも反感を持っていた人々がいたという。例えば、財務局局長であった佐川氏が知らぬ存ぜずで答弁を押し通したのちに待っていたのは、国税庁長官というポストであった。
「よく難局を突破してくれた」ということに対する「ご褒美」なのだろう。

その立役者に全責任を押し付けて、辞職させ、自分たちの保身を図ろうという政府の姿勢に、不信感を持つ国民は数多いだろう。
さて、それでも佐川氏は証人喚問で、黙秘や「記憶にございません」と明確な答弁をすることを拒むのだろうか。退職金5000万円をもらえたお礼として。または、今後の自分の立場を「悪いようにしないから」という約束をもらった忠誠心からか(これは想像)。
それとも、自分だけに責任を押し付け、保身を図ろうとしている政府への報復として真実を話すのだろうか。

その結果は想像もできないが、ともかく、この問題が大きく動いたのは大阪地検の「文書を返してもいいですよ」というささやかな一言からだったのを私はしっかりと覚えている。ちなみに、朝日新聞に情報提供をしたのも大阪地検の一職員ではないかと推測されているが、まぁ、「驕れるもの久しからず」といいますか、事態を大きく動かすには強烈な発言は必要ないのです。タイミングを見て、ボソッと一言話すだけで充分なのです。

私も、ボソッと一言つぶやいていることが多いのですが・・・・・・(笑)




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仕事が休みだった本日、ちょっとした素朴な疑問を持ち、ネットでミシュランのホテルの格付けを調べてみた。今まで泊まったホテルにミシュランの星が付いているのだろうかどうかと。
すると面白い結果が出て来たのです。

普段私が札幌に行った時に泊まるホテルには三ツ星が付いていたのです。
少し驚きました。えっ、あのホテルが?別にそのホテルが酷いとサービスが悪いとかという訳では決してなく、もちろん私は快適に泊まらせてもらっているのですが、いわゆる「高級」という訳ではなく、気軽に泊まれるホテルの中ではハイクラスの部類に入るという程度のものです。(ちょっと誤解を招く表現かもしれませんが)

しかし、昨年泊まった東京のホテルは普段札幌で泊まっているホテルより室料が高いにもかかわらず、星は二つでした。でも、実際に泊まった個人的な感想としては東京の二ツ星のホテルの方が、洗練されていて、邪魔にならないほど良いサービスの質が高かったに思えます。例えば、フロントやロビーのデザインひとつにしても、客室に滞在した時に視界に入って来る風景・室内のデザインなども東京の二ツ星の方がはるかに洗練されていたのです。

では、なぜそんなことが起こるのかと私なりに考えてみたのですが、その地方の五ツ星のレベルが違うからなのではないかとの推測ができた次第であります。
例えば、北海道で五ツ星ホテルはご存知のウィンザーホテルであり、これは誰しも納得するでしょう。しかし、五ツ星ホテルはこれだけなのです。
このウィンザーホテルを基準に四ツ星、三ツ星と「順番に比較して」格付けしていくから恐らく東京では星の付かないホテルまで星が与えられてしまうのではないかと考えました。

参考までに4月10日、ツインで50㎡以上のお部屋で朝食付き、1人利用で、東京の五ツ星ホテル「ザ・リッツ・カールトン」と「ウィンザーホテルの室料を比較してみたが、リッツが約12万円だったのに対して、ウィンザーは約6万円だった。これだけでも、五ツ星の基準が違うことがよくわかると思ううし、それを基準として札幌の私がよく泊まるホテルが三ツ星であるということがお分かりになるでしょう。

ちなみにをミシュランの本場フランスでは三ツ星レストランがその位置を維持ではなくなるかもしれないという噂が流れたことによってシェフが自殺したいということがあった。また、三ツ星を返上したレストランもあった。それほど本国では厳格にに格付けがなされているのだ。それに比べると東京は審査が緩いと言われているし、札幌はより緩いと言わざるを得ないでしょう。

普段私がホテルを選ぶときは、もちろん室料の他にアクセス、客室やホテルのデザイン、想像されるサービスなどを総合して選んでいます。ですが、それは私なりの基準で選んであることで、ミシュランを参考にすることは全くありません。格付けよりも自分に心地良い・満足を与えてくれそうなホテルが一番なのですから(笑)





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2016年9月7日、私は被災地を巡った。しかし、後悔ばかりが残った。自分が立てたスケジュールはあまりにも安易であった。車でひと通り訪れるという旅程は、政治家の形式的な訪問よりも粗末な訪問であった。

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私は目に入ったものを、ただ写真におさめた。もちろん私にはそれくらいしかできなかった。それ以上の何が自分にできただろうか?
奇跡の一本松に観光バスで訪れる観光客と何一つ変わらない存在であった。いや、それ以上の存在になりえるわけがないのは最初からわかっていたはずだ。

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被災地を巡った後、誰かに何かを話そうとしても何も話せなかった。何を話したらいいのだ?何もわかっていない人間が話すべきことなどない。
だから、このブログでもしばらくは写真すら出すことができなかった。

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陸前高田には何もなかった。何もないものを撮影することがこれほど困惑するとは思ってもいなかった。元々何もなかったのか、何かが無くなってしまったのか、それすらわからなかった。

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しばらく自分にも重たい気持ちが支配した。なんて馬鹿なことを考えて行ったのだろうか?
自分の愚かさを恨んだ。

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だからこそもう一度行きたかった。そして昨年年末に再び訪れてみた。
仙台に着いた日の夜、地元の人たち何人かと話した。その中には、震災被害の後片付けが終わってから両親が離婚したという人がいた。「どうして?」と訊きたかったが言葉が出なかった。岩手県で被災し、仕事を求めて仙台に移住した人もいた。その人は言った。「仙台は真っ先に復興したけれど、地方はかなり後回しにされている」

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その次の日、私は海岸沿いを北上した。だが、今度は写真を撮る気すらなくなっていた。
深く傷ついているのは津波に流された街や人だけではなかった。生き残った人たちにも推し量れないだけのキズを負っていたのだった。
それは決して写真におさめることはできるものではない。

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たぶんまたいつか被災地にはまた行くだろう。
でもその度に人々の心の底を摑めない自分に疑問を抱き、写真を撮ることができるかどうか、今はまだわからない。
ただ、私は日本人の責務として行くべきだという自分の考えに基づいて、3度目の訪問をすることになるだろう。



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「記録」を全てモノクロにしました。

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阪神淡路大震災から23年経った。当時の報道により、とてつもない自然災害、そしてそれが都市という人工的な環境の中で及ぼす被害という恐怖と教訓を我々に与えた。
しかし、7年前に起きた東日本大震災では人口物どころかもともと祖日にあったはずの自然も全て津波によって呑み込まれて行った。

上の写真は、高台に位置する陸前高田市の消防署前の駐車場から撮影した何枚かの1枚だが(別の1枚は以前掲載しました)、この高台に逃げた人は、下の平地に見えた、粉々に破壊した家々や人々や自動車や鉄橋や木々や泥やあらゆるものが津波に呑み込まれて遡上し、引いて行くのを肉眼でただ見るしかなかったのかと想像すると恐ろしくなってくる。

「何もできない」その高台にいた人々はそう思っただろう。

東日本大震災が起きる前に、たまたまネット上で神戸のデザイン会社真社長さんと知り合いになった。
その後東日本大震災が起き、少ししてから、私は彼に「今、私は東北の方々に何かをしてあげたいと考えているのですが、いったい何が被災者の最も望むことなのでしょうか?」というメールを送ったことがあった。彼から帰って来た返事は、「被害の規模が桁違いすぎて、何かをお話しすることなどできない」というものだった。
あの、ズタズタに都市構築物が破壊され、死者も多数出た震災を経験した方が、「わからない」という言葉を口にするということは、もう私たちの想像の域をはるかに超えた出来事が起きたのだ、ということだけは理解できた。

それから6年以上経ってから私は現地に2度も行ってみたが、1度目よりも、2度目の方が写真を撮ろうという気になれなかった。

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私は報道カメラマンではない。無理に「その後」を見つけて写真におさめる理由がない。だから、被災地訪問の2日目は1枚も写真を撮らなかった。
「わからない」それが心の大半を占めたからだ。きっとここには民家があって、とても小さいなりにも集落があったのだろうな、と思われる浜でも、そこには今も何もなく、整地が進まれている。それを見ると、言葉にできるのは、「わからない」以外にはない。
何かから逃げるための「わからない」ではない。そこに何があって、津波によって建物が飲みこまれ何人被害者が出たのがこの現場ですよ。という写真輪をとってもいったい何の意味があるのだろうか。1個人が2.3日見ただけで何かも言葉に出せるものではない。それと同じように写真に写すことなどもできない。

でも、たぶんそこには「生」がきっとあったのだろう。そのくらいの想像は私にもできる。
これは三陸海岸に沿って走る道路を北上した時に見た、小さなとても小さな複数の(過去には)集落だった風景の印象だった。しかし、そこは既に「平地」に整備され、元々民家があったのかどうかすらわからない。

そう、私にはわからないのだ。


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仙台で止まったホテルの向かい側にあったワインショップにあった「テ・マニア・リースリング・アイス 375ml」というワインを買ってホテルで飲んだ。ニュージーランド産で氷結した舞踏から作るという何年に1度しかできないワインらしく、とても葡萄の甘味が凝縮された甘味のある美味しいものだった。
仙台はもう、見た目は普通の大都市のひとつのよう見える。
だが、酒場で話した女性の両親は、震災後父が石巻に住み、母は福島に住み、本人は仙台に住んでいるという。また別の女性は、岩手県の中部海岸地域から震災後仙台に来たという。なぜそうなったのか、などという質問は、初対面の私には深く訊けなかった。

ただただ仙台は人でごった返していた。喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか、そんな判断は私にはできない。




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昨日の報道番組で、陸前高田市の造成された「新市街地」に津波によって店舗とその経営者である父親を失った方が新しい店舗で営業を始めたという内容のものを見た。その映像を見て、いても立ってもいられなくなった。

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そうだ、私は約1年1か月前にそこに行ったのだ。正確に言うと、その新市街地には行っていない。そもそも新市街地が私が見た風景のどこに位置していたのかもその時はわからなった。

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だから私には「新市街地」について語る資格などまったくないのだが、なぜかその時自分が撮った写真を改めて見たくなってしまった。そしてその写真は公開すべきではないと思っていた写真だった。<br>

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写真を撮るには何らかの理由がある。その風景がきれいだったから、とか、その一瞬を記録しておきたかったから、被写体をこう撮ったら編集・加工して自分が想定している写真に仕上がるからとか。ただ何となくでも立派な理由だ。

だが、私が撮った陸前高田の風景は、せっかくここまで来たのだから何かを撮っておきたいという不純な理由からだった。それは、見事に写真に反映されてしまった。この写真をご覧になった方は、きっと何も感じないでしょう。ただの土木工事風景だと思うかもしれません。それは当然だと思います。撮った人間の心が不純だったからだ。

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陸前高田に着いた時、私は愕然とした。何もないからだ。それは津波によってそのあたりの全てのものを奪い去られたから、というのは頭では理解できた。だが、感覚としては全く理解できいなかった。私は混乱した。こまで来ていったい何を自分の頭に記憶し、写真に記録したらいいのだろうか。まったくわからなかった。またその必要はあるのだろうか。被災地という名を持った街を訪れることだけに意義を持っていたのではないだろうか。色々考えた。その混乱がそのまま写真に出ていた。

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それはもちろん陸前高田という街のせいではなかった。撮る側の問題だった。何もないもの撮るという心のレベルに達していない人間の問題だった。だから被災地から帰って来てから陸前高田で撮った写真を公開したのは「奇跡の一本松」だけだった。それしか出せなかった。

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だからこれらの写真はずっと封印していた。今回やっと公開しようとしたのは、津波の恐ろしさを知らせるためでもなく、被災地の惨状を伝えるためでもなく、ニュースを見た時に感じた、自分はもとよりたぶん多くの人々が「何もない」ということを心から実感できていないだろうと思ったからだ。

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そもそも複数の被災地を1日で駆け巡ることが大きな間違いだった。そのことで自分を責めた。今度被災地に行く時は、車をどこかに停め、自分の足で街を回りそこの底流にある事実を把握しなければならないと痛切に反省した。

あっ、そう言えば南三陸町のさんさん商店街のお土産さんのご主人に約束していた。また来ます、と。今度は時間をかけ、自分が理解までとはいかなくても、心に何かをおさめることができるまでその場に時間の許す限りいつづけようと思った。

1年以上経ってやっとそのことが言えた。



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